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学園編

134 お嬢様は倒れる

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 皆、懸命に頑張っている。私は相変わらずただ見ているだけだ。
 だからこそ、少しでもいいから皆の仕事が楽になればと考える。だけど、私にはそれが思いつかない。

「グセナーレ様。一度、馬車に戻ったほうがいい。あそこは涼しいのだろう?」

「まだ作業が終わっていないわ。せめてここだけでも皆のことを見ていてあげたいのよ」

 たとえ私が居なくても、皆はちゃんと作業しているだろう。ここ最近では、学園のこともあって以前のように触れ合う人もかなり少なくなっている。

 それなのに皆は私の言うことに誰もが素直だった。
 だから、今日ぐらいは見届けたい。

「イクミちゃん。私からも少し指示をしても大丈夫かな?」

「うん。大丈夫よ」

「なら、私も行こう」

 メルとクレア兄は、私に変わり指揮をしているメリンダの所へと向かっていく。
 何かを思いついたのかしらわね……考えるのもなんだかうまく回らない。
 多分そう思うのは、この暑いのせいよね?

 口から出る息でさえかなり熱く感じる。

「お嬢様?」

「イクミ殿!」



 目が覚めると、私は馬車の中に居た。
 けれど、窓にはカーテンで遮られている。ルビーの姿もなく、私はいつの間にか寝てしまっていたのだろうか?

 体を動かすと、額に置かれていた濡れたタオルが落ちる。重だるい体をなんとか動かし、私はドアを開ける。
 辺りは暗く、太陽の代わりに月が見えていた。

 馬車の近くでは、ルビーとルキアが座っていて、私を見るなりすぐに駆け寄ってくる。

「お嬢様! お目覚めになられたのですね」

「ルビー、私は一体?」

「今はまだ馬車にお戻りください。お嬢様は倒れられたのです。覚えてはおりませんか?」

 倒れた?
 私が?
 なんで?

 ルビーは慌てて私を馬車へと押し込める。
 なんでそんなに慌てているのだろうかと思ったが、自分の姿を見て納得した。
 カーテンで仕切られていたのは、私が下着姿のままだったからだ。

「本当に良かったです」

「ごめん、迷惑をかけたね」

「皆、心配していたのですから」

 ルビーからは、大粒の涙がこぼれている。
 涙を流しながらも、額にタオルが置かれる。私は自分でも気が付かないうちに、無理をしていたのだろうか?
 私は相変わらず、昔と同じで弱いまま。

「ありがとう、ルビー。私ならもう大丈夫だよ。だから、そんなに泣かないでよ」

「お嬢様。本当に……本当に私は……」

 いつも隣りにいてくれたから……ルビーだけじゃない、きっと皆も心配をしているはずよね。
 私はルビーを落ち着かせるために、撫でてくれている手を繋ぐ。

「いつも、ありがとう。そばに居てくれて」

「私はお嬢様の専用メイドですから。まずのこちらをお飲みください」

「はいはい。わかったわよ」

 この水を飲めってことね。
 暑かったから、日射病にでもなったのかしらね。ルキアは日傘をしてくれていたし、帽子もちゃんと被っていたのだけど。

 コップに入った水を飲むものの、思っていたものとは違いむせてしまう。
 何度も咳をしたことで、ルビーは背中を擦ってくれる。だけど……今この状況で嫌がらせをすることはないでしょ。

「なによこれ……塩でも入れているの? なんか酸っぱいし」

「はい、クレアローズ様がまず先にこれを飲ませるようにと」

「クレアのやつ、こんなイタズラを……流石にこれだと飲めないわよ」

 そうは言うものの、ルビーはコップを受け取ろうとはしない。
 つまりこの量を飲めってことなの?

 入っている物を知っていたにも関わらず、私に飲ませようとするのは、理由があるってことよね。
 正直に言えば飲みたいものではなかったけど、ルビー達の迷惑をかけたのも事実。罰として飲むしかないのね。

「ううっ、辛いよ。酸っぱい、辛い」

「では、こちらはただの水です。もう少しゆっくりとお飲みください」

 そう言われても、喉を流したいからそんなことは言っていられないのですけどね!
 ごくごくと飲み干していく。ルビーからはため息をつかれるがこっちはそれどころじゃない。

「ぷはっ。ふぅ、落ち着いた」

「それでは、後三十分ほどそのまま楽にしていてください。何を言われようとも、お嬢様のご命令だとしても、お聞きすることは出来ません」

 倒れたということもあるし、ルビーなりに心配をしてくれている。
 ここは素直に従う他ないわね。

「分かったわよ」

 それにしても、クレアとメルの言う通りにしていたおかげで私が助かった?
 あの二人はそういった知識も持っているということなのかしら? あの塩の入った水や馬車の中とは言え、ルビーが私のこの姿のままにしていることも何か理由があるのかしら?

 まだ体が火照っているのか、額の冷えたタオルが気持ちいい。

「それで、あの井戸はどうなったの?」

「無事、大量の水を得ることが出来ました」

 そこまでやってくれていたとは。私が倒れてからも、皆はやっぱりちゃんと仕事をしていたのね。
 すぐにでも労いたいところなんだけど、ルビーが安静にしてろとうるさい。
 迷惑をかけた分、言うことを聞くのは当然なのだろうけど……

「ですが、一つ問題がありまして」

「問題? なんとなく想像が付くけど……正直に言って、それをメルたちでなんとかしてくれると助かるのよね」

「さすがお嬢様です。すでにメルティア様は、ソルティアーノ公爵家へと戻られております」

「そっか。それなら良かった」

 あの時点であれだけ深いのだから、汲み上げると言うだけで労力は途方も無いものになる。
 昔使われていたポンプを作れるのなら、それも有りなのだろうけど。あんな物をどうやって作れば良いのかわからないしね。

 魔法石を使えば、ポンプの代わりを作れると思うけど。
 ルキアに手伝ってもらえば簡単な話だけど、メルのためになるとは思えない。
 今必要になるのは実績で、そのために何個もの魔石を駄目にしようともあれだけ用意していれば、うまくやってくれると思っている。

 その日はそのまま馬車の中で一夜を過ごし、朝になって出来上がった深井戸を見に行った。

「イクミ様!」

「クレア。心配掛けてごめんね」

「でも、良かったです。本当にご無事で」

「皆も今日はありがとう。お疲れ様」

 奴隷たちは、私からお礼を言われたことよりも、私が回復したことのほうが嬉しかったみたいね。
 いつもであれば、私がお礼を言うと喜ぶのに、今は「良かった」「お嬢様がご無事で」などなど労いどころじゃなくなっている。
 あの頃みたいね。皆が私のことを何よりも大切に思ってくれている。
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