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学園編

118 お嬢様は大根役者

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 二人は婚約者でもなく、今日たまたま知り合っただけにしか過ぎない。
 けれど周りの声から察するに、そんな事を知らない皆からは、二人がそういった関係にあるように捉えている。

 これでは子爵の思うつぼになりかねない……

「メル……大丈夫なの?」

「イクミ・グセナーレ様。お久しぶりにございます」

 そう言って、手を胸に当てて深く頭を下げるクレア兄、その隣ではメルがスカートを広げ頭を私の目線よりも低くし今にも膝が床に付きそうだった。
 さっきまで一緒だったというのに久しぶりとは……このアドリブは何が目的だと言うの?

「二人共、楽にして……どういうつもりなのよ」

 私の言葉に、メルは目配せをしている。
 子爵に対しての牽制とでも言うの? だとするのなら、ライオが適任よね。
 ここは私が退席する、必要があるのかしら?

「あの者は一体。何処の令嬢だ?」

「忌み子がなぜこのような場所に……汚らわしい」

「しかし、ソルティアーノ公爵家のご子息が頭を下げるなど、一体どういうことなのだ?」

 また、忌み子か。あの時は理解できなかった。
 クレアたちがその言葉に怒りを覚えていたことに……この世界の人間は髪と瞳の色が一致するのが当たり前らしく、私のように色違いは忌み子として人知れず処理をされることが多いらしい。

「クレアの所へと挨拶に行くのだけど、二人もご一緒にいかがですか?」

「はい。お供いたします、グセナーレ様」

 踵を返して、クレアの所へと向かうが私は押しのけられた事により転倒してしまう。 

「メルティアなのか!?」

「イクミ様、ご無事ですか? お父様、何をなされるのですか!」

 こ、こいつがレイネフォン子爵だと言うの?
 小娘なのは理解しているが、あんな乱暴に扱ってくるとは……想像以上の外道ね。

「貴様。グセナーレ様に対し、謝罪も無いのか?」

 私を突き飛ばしたのが、メルの父親であるレイネフォン子爵?
 手首を少し痛めたわね。こんな事が、ルビーに知られるとまずいのに……余計なことをしてくれたわね。

「メルティア、どうしてお前がここに。それに、ソルティアーノのご子息様とご一緒とは」

「質問に答えろ。グセナーレ様に対して、これ以上の侮辱するつもりか!」

 私は立ち上がり、痛めていない方の手で軽くスカートを払う。
 悪びれる様子もなく、私を見下すような眼をしているわね。

「全く、余計なことをしてくれるわね」

「道を塞いでいた、お前が悪いだけだ」

 私が振り返り、すれ違いざまに押してきたのはそっちでしょ……よくそんな事を平然と言えるわね。

「貴様」

「ジェドルト様。落ち着いてください」

 メルは、クレア兄を腕を掴み、なんとか制止を促している。
 なるほどね……こうなるのを見越しての演出というわけね。なかなかいい演技をしてくれるわね。けれど、被害を受けたのだから私も少しは反撃をしてもいいのかしら?

「メル。貴方のお父上は面白い冗談を言うのね。邪魔だからと言って、強引に肩を掴み突き飛ばすのは当然の事なのかしら?」

「大変申し訳ございません。イクミ様、何卒ご容赦を……」

 私がメルを睨みつけた所で、慌てるかのように膝をついて私に対して許しを請う。しかし、その様子が気に入らないのか、子爵はメルを無理やり立たせるもののそれに抗い、クレア兄が割って入るとメルの方を抱いて彼女を支えていた。
 
 ここまで行くと二人の演技は、すごいわね。
 公演しても十分通用するのではないかしら?

 これだけの騒ぎにもなれば、ライオもこちらに気がついたようね。だけど、二人ともすごい顔をしているわね。

 周りも私のことを心配することもなく、子爵とクレア兄の対立に注目をしているわね。
 それにしても、これほど子爵が強気なのはどう言うことなの?

「ソルティアーノ様、私に何の相談もなくこのような場に連れ出すとは、どのようにお考えなのですか?」

「お前に許しを請う必要があるのか? 彼女は父から招待されているのだからな」

 その言葉に、口角を上げている。
 二人の仲を完全に誤解をしているのだろう。そう思わせるためにも、メルによって作られた流れなのだろう。怪我になるぐらいなら、事前に話をしてくれてもいいものを……
 
「しかし、今はそんな事よりもグセナーレ様に対する非礼を詫びるんだな」

「グセナーレ? はて、そのような家名を私には耳にしたことはございませんな」

 グセナーレという言葉に対して、周りにいる貴族からも首を傾げているものが多い。
 爵位のない私の家を知るものこの中には誰も居ない。
 身元が分からない私を擁護するよりも、静観していたほうが身のためなのだろう。

「爵位なしの家名とは言え、さっきのようなことを振る舞うとは……程度が知れるわね」

 私の売り言葉に対し、拳を振り上げる。
 挑発したのは、すぐ近くにライオを居たためあえて煽り、私の前にライオが立ちクレアが私の方に手を置く。

 王太子を前に、振り上げていた拳をすぐに下ろしていた。
 私を睨みつけようにも、私の隣りにいるクレアを警戒している。

「イクミ様。お怪我などなされてはおりませんか?」

「大丈夫よ、クレア」

「ゼムレーディオ・レイネフォン子爵。グセナーレ様に対して暴力を振るわれたようだが、理由をお聞かせ願えるか?」

「これはこれは、殿下。暴力とはいささか大げさではないですか? 私はただ、娘と話をするためにこちらへと赴いただけのこと。少し触れただけでこの者が勝手に倒れただけのことです」

 よくもまあ口が回ることで……肩を掴んだのが少し触れただけとは随分な言いようね。
 子爵からの視線が外れたことで、メル達は何かを話しあっている。
 この場合、私はどう対処するべきなのかしらね。

「ライオット殿下。先程グセナーレ様は転倒されたことで、足を痛めているご様子。このまま立たせておくのはあまりよろしくはないかと」

 いやいや、そこは間違えないで、私は足じゃなくて手を痛めたのよ?
 メルの視線が突き刺さるのを感じとり、私のそういう演技をしろということね。
 わかったわよ、とことん付き合うわよ。

「いたた、あ、あしが……いたい」

 私の言葉に、メルは視線をそらして笑いを殺している。
 けどね、側にいる二人はそんなことはお構いなしに、怒りを顕にしていた。

 ライオは握りこぶしに力を込め、クレアは子爵に対して目を大きく開く今にも掴みかかりそうだった。
 そんな事をさせないためにもクレアの腕を掴み制止をさせる。私の周りにはどうしてこんなにも血の気が多い人ばかりいるのよ。

「クレア。グセナーレ様を別室に、頼めるかい?」

「イクミ様。それでは失礼します」

「ちょっと」

 クレアは腰をかがめ、あの時のように軽々と持ち上げるのだが……この格好はダメ!
 皆が注目しているにも関わらず、お姫様のように抱きかかえられる。
 この子はなんであの細腕でこんなに力があるのよ。

「くっ」

「少しご辛抱ください」

 痛めていた右手がクレアの体に当たり、その痛みで顔を歪めてしまう。
 ライオに指示により、私達は会場から別室へと移動することとなる。

 しかし、私はクレアに案内された部屋に置かれると、一人だけ取り残されることになった。
 これは……つまり、用済みってことなのかしら?

「なんで……どうしてよ!?」
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