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学園編

107 お嬢様のお風呂

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 イクミが布団の中へ入りその様子をじっと見つめていたルビーだった。

「お嬢様?」

 頬を押したり、鼻先を押したりイクミがちゃんと寝ているのを確認すると、テラスで待機をしているルキアに監視を任せると客人の所へと向かう。
 しかし、先にドアノブを触ってしまう。目を見開き、周囲を見渡し何かを確認していた。

 この部屋とはいままでとは勝手が違う。

 イクミの寝室では魔法石の力によって外部からの音が聞こえない。そのため、ルビーにはノックをするという習慣がない。執務室であろうともルビーはノックをすることを忘れていたのだ。

 ルビーだから許されているというわけでもなく、イクミだからその程度のことを気にしていないだけに過ぎない。しかし、この中にいるのは貴族のご令嬢であるため、イクミのように勝手に開けるのはご法度である。

 友人であるクレアは度々この屋敷に訪れるが、この屋敷に泊まるのは今回が初めてであり不慣れなこと実感していた。
 掴んでいた手を戻し、ノックをすると中から二人の声が届きゆっくりと扉を開けた。一歩だけ入るとルビーは深く頭を下げていた。

「おはようございます」

「おはようございます。ルビーさん」

 二人は既に起きていて、合わせられたベッドの中央にいるフェルで楽しんでいる最中だった。
 軽く周囲を見渡し、部屋の状況を確認していく。

「イクミちゃんは?」

「大変申し訳ございませんが、お嬢様は少し体調を崩されましたので、私にお二方のご対応を命じられました」

「イクミ様は大丈夫なのですか?」

 心配そうな顔をして駆け寄ってくるクレアの姿に、ルビーの表情は自然と柔らかくなる。事実は違えど、他人である彼女が心配している。
 クレアには以前の出来事で助けられた。あれ以来、彼女は本心から気にかけているのを感じられる。ルビーにとって何よりも嬉しく思っていた。

 クレアがイクミを心配しているにも関わらず、フェルはルビーの言い訳の言葉に対し大きく鼻息を漏らす。
 不機嫌そうな顔をしているフェルを、まるで宥めるかのようにメルティアは頭に手を置く。
 ルビーが睨みつけると、耳を落とすフェルを困った顔をして撫で続けてあげていた。

「お嬢様のことでしたらご心配には及びません。しばらく横になっていればすぐに回復しますから」

「それなら良かったです」

 単に寝ていないだけのイクミは言葉通り寝ていれば治る。
 二人に対して、そんな事実を二人に説明するわけにもいかない。

 なによりも、グセナーレ家として、客人を蔑ろにしたということでどんなお仕置きが必要だろうかとルビーは考えていたが、二人の姿を見て後回しだと思い留まる。

「朝食の前に湯浴みをなされますか?」

「あ、朝からよろしいのですか?」

「はい、構いません。既に準備はできておりますので」

 準備が整っていることを知った二人は目を見合わせていた。

「本当にいいのですか?」

 メルティアは少し困った顔をしてルビーの様子をうかがい、クレアは申し訳無さそうに頭を下げていた。

「私もお願いします」

「かしこまりました。では、ご案内いたします」

 屋敷の一階に案内された風呂を前にして、二人は呆然と立ち尽くしていた。
 前の屋敷ではバスタブだけの風呂を嫌っていたイクミは、奴隷たちの為に作らせた風呂を何度も使用していた。

 そうなれば自然と、奴隷たちは使用を控えてしまう。
 イクミの案ではなく、奴隷たちの意向によって一室を風呂のために潰し、平穏が保たれることになった。

 その経験はここの屋敷でも当然生かされており、イクミの難解な図面を元に試行錯誤の末、このような銭湯に見立てたような浴室が作られている。

 ルキアはイクミたちがいつでも入れるようにと、裏では無数の魔法石が使用されており、温度も一定に保たれている。 
 その事実を知らない二人にはありえない光景だった。

「なによこれ……あの子は、一体何を作っているのよ!」

「桶にタオル。それに腰掛けまで……まるで銭湯ですね」

「やっぱりそう思う?」

 脱衣所には、どう見ても複数人が入れるように棚には籠が置かれ、反対の壁には大きな鏡があって椅子さえも置かれていた。
 湯船は両端の壁まで広く、中央の上部からは常にお湯が注がれている。両端の水路には勾配があり上部から注がれるお湯が流れていた。
 そして、お湯が汲めるように水路が設けられ所々が半円がありそこだけ少し深くなっている。

「ここに腰掛けと桶があるのだから、ここで体を洗えってことね」

 メルティアは桶でお湯をすくい体に掛ける。
 シャワーがないのは残念なことだが、それでも合理的な作りだと少しだけ納得してしまう。しかし、表情は暗いものだった。クレアも想像していたものとは違い、メルティアが暗い顔を浮かべているのを理解してしまう。

 ソルティアーノ公爵家でもバスタブが当たり前だった。そもそも蛇口がないため、お湯は大きな鍋で水を温め何度も移してようやく浸かることができる。
 毎日入りたいと思いつつも、その苦労を見ているクレアは回数を減らすほどだった。

「この後ろでは、使用人たちが頑張っているのかと思うと居た堪れないわね」

「メルティア様もお気になされていたのですか?」

「お風呂には入りたいけど、準備だけであんなにも苦労をさせているとは思わなかった」

「そうですわね。それに……」

 クレアは自分だけが湯船に浸かるが、多くの者達はお湯で温めたタオルで体を拭く。そのため余計に躊躇してしまうのだった。
 きっと裏で何人もの使用人が働いているかと思うと、心地よい湯船から早々に上がることを二人で決めた。

「失礼いたします。お待たせしてしまい申し訳ございません」

「いえいえ、お風呂ありがとうございました」

「いえ、あの……」

 貴族たちの風呂では使用人たちが手伝うことが多い。イクミは自分で適当にやってしまうため、普段は誰かが見ているだけでしか無かった。

 ルビーからこの話を聞いたトワロは急いで数人の使用人を送ったが、二人は既に浴室からでている。そして、用意していたタオルで体を拭き、濡れた髪から落ちる雫が床を濡らしている。その様子を見た、誰もが顔を青くしていた。
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