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学園編

60 お嬢様の知らない所で?

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 ダラダラと過ごすことに、皆が文句を言うことはない。
 私がそうできるのは、皆のおかげであり皆の望みでもある。

 私の周りには誰もが笑顔で迎え入れてくれる。
 そんな日々が何よりも心地よかった。
 奴隷であるにも関わらず、十分なほどに衣食住。新しく入った奴隷たちも、数日も経てば生気を取り戻し私のために働いてくれていた。

 あの屋敷で、あの時間がずっと続くものだと思っていた。

「ごめんね、心配をかけたみたいで」

 ベッドから降りて、ルキアの手を握る。
 背の高いこともあってか、膝を床につけていた。

「不安だったのよ。私のせいで、自由に生きていられない生活をさせ、屋敷を離れ新しい場所でまた苦労をさせる。それがね、申し訳なく思ったの」

「イクミ殿」

「もうすぐ王都にって思ったら、前みたいな苦労をさせるのだなって考えてしまってね。ごめんね、全然整理できてなくて。嬉しいのか、悲しいのかよく分からないの」

「恐らく王都では、奴隷というだけで何かしらの問題も起こるでしょう。ですが、お嬢様の奴隷はただの奴隷ではありません。お嬢様が仰った言葉ですよ?」

 それはもちろん覚えているよルビー。
 玄関を開け、整列をしていた皆の前向きな姿勢が嬉しかったんだよ。
 あの時、後ろ向きだった私を、励ましてくれているようだった。

「うん、分かっている。でもあの言葉は少し失敗したかな」

「と、いいますと?」

「奴隷達に向けた言葉ばかりで、忠誠を貰っている皆に何も言ってなかったなって」

 ここに居る二人とバナン達は、私に従えてくれるものの奴隷という立場ではない。
 バナンは冒険者として必要だったから、その時にクロは私が勝手に奴隷紋を開放した。
 エルフだからということで、ルキアには最初から無かったというのに、私の護衛として守ってくれている。

「それなら何も問題はありません。私の心にもちゃんと届いてます」

「私もだ。イクミ殿に仕えれることを、嬉しく思った」

「お嬢様。どうか今一度、あの時の光景を思い出してください。誰が、お嬢様のお言葉に反感を持っていましたか?」

「そうだね。うん……うん」

 誰もが私の言葉に、感化されていたのが分かる。
 誰もが目を輝かせ、私を守るということに迷いはなかった。
 この不安は、多分何かを間違えているのだと思う。
 皆の思いを無視した、私の一方的な思いでしかない。

「大体、ルビーのせいだからね。私の知らない所で先行討伐部隊なんか作ったりして、心配をしていたら余計なことまで考えるものよ?」

「私のですか?」

「イクミ殿に話したのですか? 王都まで、後少しなのですよ?」

「そうですよ。せっかく散々遠回りまで、情報を遮断していたのに何やってるんですか」

 遠回り? 情報の遮断?
 おやおや、ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえたよ?
 ねぇクロ、少しだけその話を詳しく聞かてせ貰いましょうか?
 慌てて口を塞いだ所で、言い切った後でも意味がないよ?

「ふーん、遠回りしていたのね……私が街に出歩けないようにしていたのは、ああ、そうか。王都までの距離を把握させないためかしら? もし、誰かから聞かれたりでもしたら困るよね?」

「あ、いや……」

 ルビーとルキアの視線がクロに突き刺さっている。
 いやいや、あのね。二人も同罪なの分かっているの?

「そういうことだったのね。ようやく納得できたよ。馬車で三週間もかかるっておかしいとは思っていたのよ。皆は無茶をばかりして、全く」

 遠回りをするには、各地にいる魔物の討伐をするため。以前にはなかった素材用の馬車。
 ルビーが言っていた、何故か新しい物を用意するなどにかかる費用を稼ぐためだったわけね。
 バナン以外にも、冒険者登録のために奴隷紋を開放している人が、集まってもらった時にいなかったわよね。

 やっぱり十分、狂人じゃない。
 誰が、最初に言い出したのか……知らないけど。
 大体の目星は付くけど、あの澄まし顔がそうそう喋るはずもないわよね。

「ルキア、クロ。全く余計なことを……お嬢様。お怒りはあるかもしれませんが……」

「ほんとだよ。私がどれだけ皆のことを心配したことか……でも、討伐は屋敷に居たときと同じ。あの時だって今と何も変わらない。私がただ、見てなかっただけのこと。ほんと今更だね」

 見ているようで、肝心な所はまるで見てなかった。
 あの時の恐怖も、あの止まらなかった震えさえも、皆が守っていてくれた。
 だから、こんなことで皆を責める必要はない。
 文句は言うかもしれないけど。

「はあ……まあ、事前に聞いていれば、許可しないかもしれないわね。それにしてもやりすぎだと思うわよ」

「なるほど。バレてしまいましたし、明日からは盛大に討伐ということですね!」

 意気揚々と立ち上がったのかと思えばクロの言葉に、思考が一瞬停止してしまった。

「後二日ともなると、場所が限られるな」

「お嬢様はこのまま北へと向かうのですが、東にベリティア山脈があります。その麓の森には大蛇が生息しているという情報があります」

「ルキア。今度こそ勝負よ!」

「望むところだ!」

「なんでそうなるのよ……」

 起こってしまったことを、今更どうこう言っても仕方のないこと。
 そんな事で張り合ってどうするのよ……

 それにしても、いつもと違う街を見たいという私の気持ちをどうすればいいの?
 海外旅行に行ったのに、空港だけで済ませるようなものじゃないのこれは……

「そうだ。いいことを思いついたわ」

「いいことですか?」

「うん、街を見て回るのよ。もういいでしょ? 少しぐらいなら、大体黙っていた皆が悪いのよ。私にも少しぐらい我儘させなさい」

「致し方ありません。お供いたします」

 渋々と言った様子のルビーに、申し訳無さそうにしている二人。

「ルキア、クロ。二人共ありがとうね。さっきは励ましてくれて、護衛が下を向いていたらだめだよ。それじゃ、夜の街へと繰り出そう」

 私はやはり浅はかなのだと思う。
 ここは異世界であり、現代的な文明による発展のない街は、夜になれば開いている店もなく、行き交う人も当然居ない。
 そう、私がまだ寝ている朝日が登る頃に活動を始め、私がゴロゴロと暇を持て余している夜には、人は眠りの中にいる。

 私はただ何もない街を歩き、巡回中だった衛兵に帰るように促され、宿へと帰った私はベッドの中で不貞腐れるのだった。
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