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奴隷商人編

44 お嬢様は博打をする

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 夜。私は人生をかけた勝負をしていた。

「お嬢様の番です。あら? ここに置かれるのは、いかがでしょうか?」

 ルビーが笑ってる。あのルビーが笑ってる。
 劣勢な私を蔑むかのように、嬉しそうに笑っている。

「分かってる、分かってるよ!!」

 私はルビーが言っている所にしか置けない。
 だけど……

「これで、次の手はお嬢様の置ける場所がありません。では、もう一度ですね」

「くっ」

 ルビーとの真剣勝負のはずが……最後まで打つこともなく結果は見えていた。

「では、また私の勝ちです。お嬢様には明日から一週間。午前は座学を、午後は淑女としてマナーおよび、ダンスのレッスンを受けていただきます」

 ルビーから提案されたのは、私が勝てば勉強、貴族マナーの授業を一週間なしにするというもの。
 あまりにも唐突で、あの時の私は……

 素人相手ならと、私は勝てると思っていた。

 これまでの授業は週四回だけで、午前中に終わるものだった。
 しかし、一度負けた私は、午後の時間を掛けて勝負に挑んでしまった。
 それだけに留まることはなく、次は日数を増やし……撃沈した。

 ほんと賭け事って怖い……

「それじゃあ、ルビー。勝負よ!」

 あの屈辱の日から二週間。
 ルビーとトパーズにみっちりと扱かれ、ボロボロだった毎日の疲れも取れ、前回のオセロでは散々な結果だったが、今回は私にとって秘策がある。
 今度こそ私は自由な時間を取り戻す。

「構いませんが、私の方に駒が二つほど足りていないのですが?」

「ほら、あれよ。大人と子供のハンデってやつよ。だから私も待ったなんて言わないわ」

「こういうときだけは、子供を利用されるのですね」

「うっ」

 今こそオセロの雪辱を晴らす時。
 テーブルゲームが強いのは分かったけど、近所のじいちゃんを打ち負かしたこの私だが、卑怯と言われようがそんな事はどうでもいい。

 相手が素人のルビー相手に二枚落ちのハンデを付けさせた。
 私の条件は以前と変わらず、一週間の授業免除である。
 テーブルマナーだけならまだしも、歩き方、社交界のダンス、上品な言葉遣い等など私には過酷でしかない。

 座学の勉強は、この世界で必要な知識だし別に退屈ではないのだけど。
 しかし、勝負の世界においてこれは決して卑怯ではない、高度な戦略と戦術を兼ねたイカサマ。
 早い話、勝てばいいのよ。勝てないはずがないでしょ。

 一時間が経過。

 おかしい、何かが圧倒的におかしい。
 一枚しかないはずの飛車と角、それがなぜこちらを狙っているのだろうか?
 一体どうしてこんなことに……私は何処で間違えた?
 どこかに落とし穴が……あれ、ここままじゃ私詰むんじゃないの?

「待って! 今のはちょっと置き方を間違えた。ごめんね」

「待ったは無しではなかったのですか?」

「ちがうちがう。私が置き間違えただけなの」

「そうですか。私は一向に構いませんが」

 オセロのときといい、ルビーって一体何者なの?
 一度も対戦していないのに、私の手の内がバレているようなこの感じは一体どうして?
 しかし、ここで負ければあの地獄がまたやってくる……それだけはなんとしてでも阻止しなければ。

「本当はこっちを動かそうと」

「なるほど、では……」

 危ない危ない、あのままだったらすぐに詰むところだった。
 王の隣ががら空きだと金を打たれれば終わっちゃうところだったよ。

「ここです」

「あ、あれ……ルビーお姉さん」

「待ったは無しですし、また間違えたなどと言わないですね」

 王の守りを固めたのに意味なくない? 私の銀を狙うは、桂馬さん。
 取れないし、逃げれないし取られると負けるし……打つ手なくない?

「ルビーあれは何なの?」

「なにか見えましたか?」

 今だーー!!
 邪魔だった角さんに二マスほど後退して頂いたのだ。

「鳥だったのかな、ごめんごめん」

「そうですか……これはこれは、随分と姑息なことを」

「な、何を言ってるのかなー。私の番だったよねー」

 それからは、地獄だった。
 攻めることを許されない攻撃の嵐。どんどんと減っていく駒を眺め、盤の上に残ったのは王一枚のみ。
 そう、駒をすべて取られ、心折れた私を嬉しそうに見つめるルビーさん。

「参りました」

 オセロでも負け、将棋でも負け。
 普段からやらないにしてもあまりにもおかしくはないだろうか?
 ああ、あれだ……私が弱いだけなのか?

「ルビー、強すぎて、辛い」

「何を仰っているのですか。もう少し相手の行動を考え、陣地を把握さえしていれば私程度、簡単に勝てると思われるのですが?」

「考えたよ、これなら行けるってちゃんと考えたよ」

「お嬢様には、こういったことには不向きなのかもしれませんね」

「はぁ、またあの一週間が続くのね」

 落胆していた私はベッドに身を投げだすと、ルビーも珍しくベッドに腰を下ろしていた。

「それでは失礼いたします。罰ゲームというものでしたか? 私の言う通りにしてください」

 これは果たして罰と言えるのだろうか?
 負けた私は、ルビーに膝枕に頭を置きそして優しく撫でられている。

「これは罰なの?」

「ええ、大人くしくして頂くためです。それと今後あのような真似はしないでください。奴隷達との対戦であれば士気を下げてしまいます」

「ルビー相手にしかやらないよ」

「ですから、あのように卑怯なことはなさらないでくださいと言ってるのです。お分かりになりませんでしたか?」

「は、はい。もうしません」

 言葉では鋭く感じたけど、撫でる手の優しさは変わらなかった。
 ルビーはなんでこんなことを……

「眠くなったのでしたらそのままお眠りください」

 久しぶりにルビーに撫でられ、その心地よさに瞼は自然と下がってくる。

「おやすみなさい……お嬢様」
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