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奴隷商人編

28 お嬢様のドレス姿

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 ついにこの時が来てしまった。

「はぁ……」

 出さないように心がけているつもりだけど、ため息は漏れてしまう。
 あの日から忘れようと心の奥に潜めていた悪夢がやってきた。

「お嬢様お綺麗ですよ」

「はい、イクミ様ほどお美しい淑女は居ないかもしれません」

 ルビーだけでなく手伝ってくれた使用人たちは私のことを褒めてくれるが、その言葉が何故か私には響かない。
 というか、淑女って何よ?
 私としてはこんなに可愛くはなりたくもなかった。
 鏡の前に立つ美少女……それが今の自分の姿でなければどんなに良かった。
 すぐにでも脱ぎ捨てたい。そう思っても、そんな事を実行できるはずもない。

「褒め過ぎだよ。それに十歳の子供に淑女の魅力なんてあるわけ無いでしょ?」

 まぁ、一部にはそれを良しとするものも居るけどね。
 これから行く所には、そんな奴が居るかもしれないからこそ、こんな姿にはなりたくなかった。
 私の中に残っている、男の自覚が今の異様な姿に抵抗をしている。
 鏡に手を置き、その動作がやっぱり自分の動作であることにため息しか出てこない。

 可愛いのは認める、それに異論はない。
 スカートもだいぶ抵抗はなくなっている。普段の服装も対して気にもしなくなりつつあった。しかしながら、今までよりも女の子女の子している今の姿を認めたくないのだ。

 それにしても、女の化粧っていうものは化けるわね。
 普段の私とはまるで別人にしか見えない。いや、これはもはや別人だよ。

「そういえば、領主の名前ってなんだっけ」

「ラズバード・レフォストール様です。くれぐれもお間違えの無いように」

 ん? 今なんて?

「ラズード・レフォール?」

「ラズバード・レフォストール様でございます。お嬢様の場合おそらく問題はないと思いますが」

 覚えにくい名前をしている。
 問題があった場合は、名前を間違えただけでも不敬罪とかにされたりする?
 私は、紙に名前を書き残して馬車へ乗り込んだ。

 最近では、座席を改良したこの馬車にも慣れたものだと感心する。
 現実逃避をしていたが、ここ最近やたらと厳しいダンスの授業はこのためだったよね。
 お陰でふくよかにならずにすんでいる。少食というのもあるのだろうけど。

 ドレス姿にクロとルビーは、未だに私のことで盛り上がっている。
 私としてはこのまま帰りたいのだけどね。

 馬車の周りには冒険部隊の半数が固めており、要人警護にしては度が過ぎているようにしか見えない。
 領主の屋敷は、いつも行っている街を超えていくのだけど、思っていたほどは遠くはなかった。
 とはいえ、この格好で馬車に揺られ続けるのは正直辛い。
 普段のように座席に、だらりと寝そべることは禁止されている。
 それもこのドレスのせいである、領主の屋敷で着替えるなんてこともできないのだろうしね。

「うちと比べてやっぱり大きいね」

「お嬢様、足元にも注意をしてください。上ばかり見ていると転びます」

「はいはい。わかってるよ」

 会場の中には思っていたよりも人が少なかった。
 領主の誕生パーティーだったと思うのだけど?
 早く来すぎたということ?

「やぁ、ルビー。久しいね」

「ラズバード様。お久しぶりにございます」

 ラズバードこの人が?
 領主ってもっと年を取っているのかと思ったけど、意外と若い人も居るんだな。
 三十後半、華美な服装でもないし今の所は警戒することもなさそう。
 あれ、フルネームなんだっけ……?

「ラズバード様、はじめまして。イクミ・グナセーレでございます」

 ドレスを広げルビーに言われたとおりに挨拶ができた。
 ただ、少し離れた所から私を見る視線が少しだけ気にはなる。
 この辺りに住む貴族たちだろうか、見た目の判断で数人はあまり話したくもない。
 向こうも私を警戒しているのか、それとも領主が目の前にいるからか話をかけてくる様子はない。

「うん、はじめまして。君の活躍は聞き及んでいるよ。魔物討伐も進み領内は安泰だ」

「有難うございます」

「そちらの女性は?」

「私の護衛で、クロと言います」

「そうか、よろしく頼むよ」

 そう言うとクロと握手を交わしている。
 獣人に対して差別もなさそうで私としては安心かも。

「ほぅ。獣人が護衛か……」

「どうかお収めください。そのようなお戯れはお嬢様にとって、害になると思われますので」

 それにしても、貴族のパーティーだと言うのに来場している人の数はかなり少ない。

「おや、これは失礼。イクミの護衛は優秀な方のようだね」

「へ? 有難うございます、ラズバード様。申し訳ございません、じじ、じゃなかった、久しぶりに父を見かけましたのでご挨拶をと」

「ああ、そうだね。行こうか」

 領主の挨拶よりも、久しぶりに見かけた爺さんのほうが気になってしまい、歩き始めたのだけど……なんで領主様も来るの?
 私に気がついた爺さんは、小さく手を振っていた。

「おと……」

「父上。お久しぶりです」

「おお、ラズバード。それにイクミも一緒か」

 あれ……握手を交わしているのが、私ではなくラズバード様。
 父上って何?

 お父さん?
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