上 下
27 / 222
奴隷商人編

27 お嬢様は剣術を披露する

しおりを挟む
 ベッドの上に立ち、勢いよく両手を上に上げる。
 そして、そのままベッドに倒れ込んでしまう。
 立ち上がるまでは良かったけど、立ちくらみのように体の力が一気に抜けて、抵抗も虚しく倒れ込んでしまう。

「イクミ様! 大丈夫ですか? そのような無茶はしないでください」

「ルビー。わかった、分かったから。そんな怖い目で見ないで……」

「そう思われるのでしたら、無理をなさらないでください。クロ、私はお嬢様の着替えを持ってきますので、何を言われようとも決して聞いては駄目です」

 そこまで言う必要はないでしょ……ルビーって私の事信用していないのかな?
 これまでのことを思い返しても、逆の立場だったら私だって信用するのも憚られるわね。

「そんなに拗ねないでください。ほら、私の尻尾でも……」

 目の前にあった尻尾を掴み、撫でていると不思議と気分は落ち着いていくように感じる。
 そうか、これが癒やしというものかな?

「クロは護衛だから、チロを尻尾係にでもしようかな」

「何をおっしゃっているんですか。あの子は冒険者として十分役に立つと思いますよ。尻尾が触りたいというのであれば、どうぞ私のを撫でてください」

 チロに対抗をしているのかわからないのだけど、クロとしてはそれでいいのだろうか?
 冒険者達は今の所、大きな被害にあっていない。
 しかし、何時壊滅するかもわからないような所に自分の妹を勧めていいの?
 クロがそれなりに高い戦力なのだから、チロだって十分素質はあるのだろうけど……まだ小さいのだから、自分のやりたいことを見つけて欲しいのよね。

「クロは怖くないの? 冒険者として使ったチロが、私のせいで死んでしまうかもしれないのに」

「ここに居る冒険部隊は、皆強いので信頼できます。あの子は私と同じで、戦闘は向いていると思います」

 狼ということを考えれば、戦闘向きと考えていいのだろうか?
 私よりも小さいのに、それでいいのかな……もしかしたら、私も実はかなり強いんじゃ?

「無駄だろうけど剣の訓練をしようかな?」

「イクミ様が剣を? 興味があるのですか?」

「そういうわけじゃないのだけど。少しぐらい、戦えるほうがいいと思わない?」

 考える仕草はお決まりなのかしら?
 無意識になると、尻尾はブンブンと左右に揺れ、痛くはないけどこれはこれで、気持ちのいいビンタだった。

「ああ、申し訳ございません。私としたことが……」

「いいよいいよ、それはちょっと有りだった。そう言えばさっき、冒険者と護衛との話をしてたね。どうなの? 冒険者のままがいいとは思わない?」

「そう言えばそうでしたね。私はこのままがいいです。イクミ様は、危なかっしい所がありますから、護衛が必要だと思います」

 危ないことはしてないよね?
 それとも、さっき倒れたことを言ってるの?
 いつもいつも、倒れているわけじゃないのよ。
 今日はたまたま調子が悪いだけ、そう今日はたまたま悪いだけ。
 本気を出したら、皆が困っちゃうからね。

「イクミ様は、あえて前に出る必要はないは思います。私が守りますし、このお屋敷には多くの冒険者がいますので」

「私一人でもなんとか対抗できる方がいいと思わない? 無いとは思うけど、誘拐とか……強盗とか……」

 この屋敷に侵入してくるバカがいたらの話だけど……

「このお屋敷にですか? 来るのでしたら、返り討ちにしますよ。ただ、これだけの冒険者が居る所にというのも考えにくいですが」

 だよね、屋敷全体を朝も夜も最低でも五人は警邏をしている。
 私の魔力は、一般人よりも低く、奴隷魔法を使いこなすだけでも苦労した。
 つまり今の私は弱いのだ。

 私がこの世界に来て一週間が過ぎ、二週間が過ぎ。
 魔力というのを理解するというだけで、三週間もかかり結果として分かったのが、私が保有できる魔力は常人の三分の一あるかどうかということ。
 以前の環境のせいか、私の成長もあまり良くはなく年相応以下の身体能力が判明。
 結果、私は無駄に弱い。

「あの、イクミ様?」

「ごめんごめん。ちょっと少し前のことを思い出してただけ。クロが護衛なんだし私の実力を知るというのもいいと思わない?」

「そうですね。お体の良い時に一度手合わせをしてみましょう」

 それから数日が経って、冒険部隊連中は私達の稽古を眺めていた。
 依頼はどうしたの? 良いの? 私を見るほうが面白い?
 バナンからこの話を聞き、午前中は休みにしたとか?

「って、私は見世物か!」

「そういうなって。俺達もお嬢の戦っている姿を見てみたいんだ」

「そういうものなの? まあいいや、見てると良い私の可憐な剣捌きを!」

 木剣を掲げると何故かそれだけで歓声が上がった。

「では、イクミ様。私からは攻撃しませんので、どこからでも打ってきてください」

「言われなくても! てやー。とう。はっ」

 クロに向かって剣を何度も振り下ろし、それをクロが防ぐ。
 当たり前だけど当たるとは私も思ってはいない。
 何度か、打ち合いをして息を切らした所で、私は寝転び空を眺めた。

「空が青いね……」

 私の言葉に、誰も何も言わなかった。
 腕がもう上がらない。
 最初は、剣を振るうたび聞こえていた観客の声は、ドンドンと少なくなっていき、最後にはもう見ていられないと、唇を噛み俯くもの。両手で顔を覆い座り込むものが現れ、私の心は折れた。

「イクミ様。大丈夫ですか?」

「ちょっと疲れただけ。それで、どうなの?」

「どうとは……け、剣は、そ、そうですね。その初めてでしたからそれはもう……申し訳ありません」

 何かを言おうと思ったのだろうが、その言葉をクロは発することはなかった。

「お嬢様、俺が俺達が守ってやんぜ」

「そうだ俺達がお嬢様を守りゃいいんだよ」

「ああ、気にするこたァねぇよ」

 もう良いから黙ってて……そうだよね。何度打ち付けても、いい音なんて一回もなかったよね。
 三分も経ってないのにこのザマだもんね。

「ありがとう皆。その優しさが嬉しいよ」

「お嬢様。何をなさっているのですか?」

「ルビー。見てのとおりよ」

「剣の訓練ですか。では、なぜ寝ているのですか? 少し遠くから見ていたのですが……酷い有様でしたので、辞めたほうが……いえ、諦めた方がよろしいかと思います」

 その言葉に、冒険者たちの方を見ると誰も視線を合わせてくれない。
 最初から分かっていたことだから、別に傷ついてなんかいないよ。

 本当に傷ついてなんかいないよ……
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

カードクリエイターの魔境ダンジョン帝国

猫の人
ファンタジー
先生やクラスメイトと異世界召喚に巻き込まれた主人公、「四堂 創(しどうはじめ)」。召喚されたのだが、召喚者の不備でゲームのような世界の、魔境と恐れられる森に転移してしまう。 四堂とクラスメイトたちはユニークジョブと専用スキルを与えられていて、その力を使ってなんとか魔境で生き残ることに成功する。 しばらく魔境で生活するが、やはり人のいる所に行きたいと考えたクラスメイトは、体力的に足手まといであまり役に立ちそうにない先生と女子一人を置き去りにして、町への移動を決断する。 それに反対した四堂は、二人とともに別行動を選択。三人で魔境生活を続けることに。 三人で始めた魔境生活は、ダンジョンを手に入れたり、男子に襲われそうになり逃げてきた女子や召喚したモンスターなどを住人として、いつしか誰も手出しできない大帝国へと変貌していくのだった。

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

D○ZNとY○UTUBEとウ○イレでしかサッカーを知らない俺が女子エルフ代表の監督に就任した訳だが

米俵猫太朗
ファンタジー
ただのサッカーマニアである青年ショーキチはひょんな事から異世界へ転移してしまう。 その世界では女性だけが行うサッカーに似た球技「サッカードウ」が普及しており、折りしもエルフ女子がミノタウロス女子に蹂躙されようとしているところであった。 更衣室に乱入してしまった縁からエルフ女子代表を率いる事になった青年は、秘策「Tバック」と「トップレス」戦術を授け戦いに挑む。 果たしてエルフチームはミノタウロスチームに打ち勝ち、敗者に課される謎の儀式「センシャ」を回避できるのか!? この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で最強に・・・(旧:学園最強に・・・)

こたろう文庫
ファンタジー
カクヨムにて日間・週間共に総合ランキング1位! 死神が間違えたせいで俺は死んだらしい。俺にそう説明する神は何かと俺をイラつかせる。異世界に転生させるからスキルを選ぶように言われたので、神にイラついていた俺は1回しか使えない強奪スキルを神相手に使ってやった。 閑散とした村に子供として転生した為、強奪したスキルのチート度合いがわからず、学校に入学後も無自覚のまま周りを振り回す僕の話 2作目になります。 まだ読まれてない方はこちらもよろしくおねがいします。 「クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される」

異世界でもプログラム

北きつね
ファンタジー
 俺は、元プログラマ・・・違うな。社内の便利屋。火消し部隊を率いていた。  とあるシステムのデスマの最中に、SIer の不正が発覚。  火消しに奔走する日々。俺はどうやらシステムのカットオーバの日を見ることができなかったようだ。  転生先は、魔物も存在する、剣と魔法の世界。  魔法がをプログラムのように作り込むことができる。俺は、異世界でもプログラムを作ることができる! ---  こんな生涯をプログラマとして過ごした男が転生した世界が、魔法を”プログラム”する世界。  彼は、プログラムの知識を利用して、魔法を編み上げていく。 注)第七話+幕間2話は、現実世界の話で転生前です。IT業界の事が書かれています。   実際にあった話ではありません。”絶対”に違います。知り合いのIT業界の人に聞いたりしないでください。   第八話からが、一般的な転生ものになっています。テンプレ通りです。 注)作者が楽しむ為に書いています。   誤字脱字が多いです。誤字脱字は、見つけ次第直していきますが、更新はまとめてになります。

スキル【アイテムコピー】を駆使して金貨のお風呂に入りたい

兎屋亀吉
ファンタジー
異世界転生にあたって、神様から提示されたスキルは4つ。1.【剣術】2.【火魔法】3.【アイテムボックス】4.【アイテムコピー】。これらのスキルの中から、選ぶことのできるスキルは一つだけ。さて、僕は何を選ぶべきか。タイトルで答え出てた。

辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい

ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆ 気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。 チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。 第一章 テンプレの異世界転生 第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!? 第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ! 第四章 魔族襲来!?王国を守れ 第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!? 第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~ 第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~ 第八章 クリフ一家と領地改革!? 第九章 魔国へ〜魔族大決戦!? 第十章 自分探しと家族サービス

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

処理中です...