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奴隷商人編

01 社畜は異世界へと行く

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 夜遅くまで毎日仕事に追われる日々。
 家に帰れば、途中で買ってきた簡単な食事。
 食べ終えると風呂に入り、ベッドに潜り込む。
 休日もなく少しの疲れを取るためにただ寝るだけのために用意された、古いアパートの一室。
 その生活が俺の全てだった。

 その生活がつらいかといえば、実際はそうでもない。
 これまで経験してきた生活から比べれば、頼られるというだけで十分だった。
 だからそんな生活に満足していた。 

 今更何かになりたいと思えるほど、そんな強い願望を持ち合わせてはいなかった。
 それなのに……



 いつの間にか眠っていた俺は、普段ならやかましい目覚まし時計のアラームで起きていたため目が覚めると慌てて辺りを見渡した。
 だけど、薄暗い様子からしても……ここが自分の部屋でないことはなんとなく理解できた。
 ぼやける意識の中、頭を何度も振って自分の身に何があったのかを思い出そうにも、会社から出てからの記憶はまるで靄がかかったかのように思い出せない。

 何処だここは、一体何が起こった?
 体を支える手からはザラザラとした感触が伝わり、木ではなくコンクリートに思える。

「寒い……」

 季節は初夏だと言うのに、この部屋の空気は冷たく寒い。そして、この鼻につく臭いはまるで公衆便所のような感じだ。
 何度か目をこすり、目を細める。

 遠くにある光は弱くここから見えるものは何もかもが薄暗く、少し離れた所には太い何かの模様……それも縦に何本かあるというだけ。

「ここは一体?」

 床や壁をペタペタと手の感触で確かめながら、膝を付けたままゆっくりと模様の所へ進んでいく。
 なぜ俺がこんなことに巻き込まれたのかわからないが、少しでも状況を確認する必要もある。 何かの事件に巻き込まれた可能性から、できるだけ静かに行動する。

「それにしても、まさか……な」

 縦に見える模様に近づいていくと、俺には一つの可能性が浮かんでいた。だけど、それはあまりにもありえないことだったので、そんな非現実的なことを考えないようにしていた。
 見えていた模様に手を伸ばし、手が触れる感覚からして床のようにザラザラとているが、所々ささくれのようなものを感じる。
 はっきりと見えているわけでもないが、太い木が縦に組み込まれ……ありえないと思っていたものが、現実になっている。

 その木があった方を右手側にして、前に進む。
 それほど広くもなく、すぐに壁に手が触れる。ため息を漏らし、同じようにして一周するのに時間はかからなかった。
 壁にもたれ、見えない天井を見上げる。
 この場所が、牢屋という考えに辿り着く。

 今起こっていることは、誘拐事件だと思われる。しかしだ、この俺を誘拐する理由は到底考えつかない。
 単純に人違いだと思うが……捕まえたヤツの手違いによってこんな事に巻き込まれながらも、俺の頭の中では明日の業務に差し支えることが心配だった。

「今は繁忙期で忙しいというのに……なんで牢屋なんかに」

 俺の頭によぎったのは、鉄でできた檻。
 しかし、ここが牢屋だとしても明らかにおかしい……立ち上がり上の方を確かめても、檻のどれを触っても材質はやっぱり木でできていた。

 牢屋であるのならこういった物は、普通であるのなら金属で作られているんじゃないのか?
 そもそも、閉じ込めるだけなら鍵の付いた部屋に閉じ込めればいいだけだ。それに……手足が縛られてもいない。枷もないこの状態はどういうことなんだ?
 檻の中だから、必要がないということなのか?

 明かりの少ないこの場所は、奥の壁は真っ暗になる。
 天井を再び見上げるがこの程度の明かりでは上部が見えづらい。それだけの高さがあるのか、単純に光の加減なのかはわからない。とはいえ、俺の身長は百八十近くはある。
 それなのに……不思議と高く思えるのはどういうことなんだ?

「無駄にでかい檻だな。俺を閉じ込めるのに、ここまででかいのは必要はないだろ……」

 さっき四方を調べたが、この場所にいるのは俺だけ。
 他の誰かが居てくれれば、それなりにこの状況にも理解ができるかもしれないのに。
 人さらいにしても、こんなおっさんを捕まえでどうするつもりだったんだ?

 手や足は縛られていないのは逃げることを想定していないということなんだろうけど。
 代わりに、俺が身に着けていた物は全て剥ぎ取られ、足は裸足になっているし、太ももには布の切れ端がこそばゆく、着せられた服は布切れのようなものを巻いているだけ。

 この状況に置かれる前は、俺はさっきまで何をしていた?

 自宅に帰った覚えは多分無いと思う。
 会社に居た時の記憶は残っている。昨日と同じく何時ものように、終電の時間に間に合うまで残業をしていたのは覚えている。
 だけど、出社して……それからよく覚えていない。だけど、何かの薬を使われたとして、その時の記憶がないにしても……俺なんかを捕まえる必要なんてあるのだろうか?

 顔に手をやると違和感があった。

「なんだコレ……俺の手なのか?」

 今更ながら自分の声はいつもと聞こえる声じゃない。
 腕を掴むが伝わる感覚からして細く感じる。背中にある違和感の正体は腰に届きそうな程の長い髪。
 周りの状況よりも、腕や太ももの大きさがまるで違う事に早く気がつくべきだった。

 俺の体はどうなってしまったんだ?
 スーツを脱がされ、こんなボロ布で包まれるというのも意味がわからない。しかし、髪がこんなにも伸びているのが理解出来ない。

「どうなっているんだ? 床はコンクリートか? なんで檻が木で……全くもって意味がわからないぞこれは……」

「何やら騒がしいのぅ」

 一人でわたわたと騒いでいたら、聞こえてきた声に反応し振り向くと、檻の外には見た目からして高齢の男がランタンを片手に俺の方を見ていた。
 目線は俺よりもだいぶ高い。おいおい、何だその格好は……いったい、なんの仮装だ?
 見た目からして日本人では無いようだけど、ローブのような物を身にまとっていた。

「誰だあんたは?」

「随分と威勢がいいな。ここは奴隷商人の館。そして、お前は此処の商品じゃよ」

 それにしても、見た目とは裏腹に流暢な日本語だな。だけど、《奴隷》という単語を使い、俺のことを商品だといい切っている。
 人身売買がこの地球上で行われているという事実はなく、多くの国が奴隷を認めていない。

「奴隷だと? ふざけたことを言うな。そんなことはどこの国でも認められていないぞ」

「おかしな事を言う子供だな」

 子供? 俺を子供だと言った?
 爺さんは、持っているランタンを俺に近づけ、火の光に照らされた自分の体を見て俺は言葉を失う。
 体に違和感があると思っていた。爺さんが大きいのじゃなくて、単純に俺が小さく、そして子供と呼ばれる意味。

 見えることで、俺の体はまるで別の人間に成り代わっていた。その、最も代表的なものがこの背中まで伸びている長い髪の毛だった。
 ランタンの光が弱いが……黒ではなかった。
 日本人にとって当たり前の黒い髪が、赤い髪へと変わっていた。

 体の状態からしても全くの別人となった俺は……奴隷で、しかも商品だって?
 その事実はありえないし認めたくもない。
 奴隷なんてものは、自分の時間というものはなく、今までのような快適な労働よりも過酷なのでは……いやいや、待て待て、ちょっと待て。
 よく分からない状況に流されていたが、地球では奴隷なんて制度は認められていない。

 そして、この爺さんが持っている明かりは懐中電灯でなくランタン?

 まさか、ここはもしかして……そんなこと起こるはずないだろう? きっと、夢か何かに間違いない。
 どう考えてもおかしいことだらけで、ありえないことさえも夢であればどんな事象さえ起こりうる。
 だったら、言いたいこと言ってやる!!
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