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第二話
イマリの冒険⑨
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内臓が浮き上がる感覚。背筋を走る悪寒。
一瞬の無重力を体感した僕は、
「うわあああああああ!!」
叫びとともに落下した。
死に物狂いで腕を伸ばすが、後ろに倒れるような姿勢で落ちているせいで、手の届く範囲は全て空気だ。
下は芝生。石畳じゃないだけまだマシだけど、このまま落ちたら間違いなく……。
そんなのは絶対に嫌だ!
「手がだめなら……足でっ!」
タイミングを見計らい、ぎりぎり足先が届く距離に来た枝を蹴りつける。
反動を利用して、体操選手のように身を捻った僕は、足から落下するよう体勢を整えた。依然として後ろ向きだけど、垂直落下ではなくなったし、これで背中や頭から落ちることは回避できる。
「あとは……」
足先に全神経を集中する。
迫る緑色の地面。
足の裏が地に触れた瞬間、膝を極限まで柔らかく使って衝撃を吸収。同時に両手で頭を庇い、倒れこみながら尻、腰、背中を無理なく接地させる。
最終的に、ボールのように丸くなった僕はものすごい勢いで地面を転がり、
「ぅあだっ!」
校舎に両手を強打して停止した。そして、ころんと横に倒れる。
「~~~~~~~っ!!」
庇ったとはいえ、頭にも相当の衝撃と痛みが伝わってきて、僕はしばらくの間悶絶していた。
だけど。
「い、生きてる……」
恐ろしさなのか喜びなのか、自分でも分からない体の震えを実感しながら、僕は信じられない思いで呟いた。良かった。大家さんの『なんかやべー!ってときの対処法』を真面目に聞いててほんとに良かったっ!
「ありがとうございます、大家さん」
あなたのおかげで僕は今生きています。全身がびりびりしてて、いまいち力が入りづらいけど、とりあえず生きてます。
「僕が普通の人間だったらどうなってたんだろ」
想像してみる。うん、確実に骨は折れてただろうなぁ。
やってるときは無我夢中だったけど、我ながらものすごく無茶をしたと思う。もう二度とやりたくない。
「はっ。あいつは!?」
マキノフはどうなったんだ? 頭上を勢いよく振り仰ぐ。
「うわあっ!」
窓から顔を突き出して、マキノフが僕を見下ろしていた。
見てる。ものすごくこっち見てる! 諦めてないよあれ!
目を逸らしたら負けな気がした僕は、固唾を呑んでマキノフの動向を見守った。まさか、飛び出してきたりしない、よね?
ごくり。
睨み合いが20秒ほど続いたあと、マキノフは静かに首を引っ込めた。穴が開いた風船みたいに、僕の全身から力が抜けていく。
助かった。今度こそ諦めてくれたみたいだ。これでお弁当を――
「届けられ……?」
右手、無し。左手にも、無し。そういえば僕、お弁当持ってないなぁ。
「#$%&*☆Ш(゜口゜)!?」
言葉にならない驚きってこのことだろう、というくらいに驚いた僕は、頭が真っ白になった。
あれ? 待って。僕はいつからお弁当を持ってなかったんだ?
必死に記憶を手繰り寄せる僕。
マキノフに追い詰められたとき。両手で抱えてた。
飛び降りるとき。口に銜えてた。
落ちたとき。……叫んでた。
「ってことは……」
僕は自分が掴まり損ねた木を見上げた。よ~く目を凝らすと、枝に引っかかっている四角い物体が見える。
「あそこかぁ」
地面に激突しなかっただけ幸運、だったのかな。不幸中の幸いと言っていいのかどうかは微妙なところだけど。
僕は木の傍まで歩み寄り、思案する。蹴ったら振動で落ちてこないだろうか。試しにやってみよう。
「てい!」
がっ。
「いたい!」
足のダメージがまだ回復してなかった。僕の馬鹿……。
思いっきり蹴ったのに、中庭の木は涼しい顔をしている。その頑丈さはさっき発揮して欲しかったよ、と僕は恨めしい思いに駆られた。
そのとき。
僕の周囲にさっと影がさした。まるで雲が隠れたときのように。
こ、この巨大なシルエットは、まさか……。
油の切れた機械のようなぎこちない動きで、僕は振り返った。当たって欲しくない予想ほどよく当たる、というのは真理なのかもしれない。
僕の背後には予想通り、マキノフが立っていた。
「あばばばばばば……」
がたがた震えながら後退りするも、今度は木の幹に背中がぶつかった。それでなくとも満身創痍だというのに、これでは逃げようにも逃げられない。
お、終わった……。
マキノフの手が近付いてくる。僕はそれを眺めている。
父さん、母さん。どうやら僕は、これから本当に怪我人になるみたいです。
他人事のような思考。大きな手が迫ってくる。目を瞑る気はしなかった。
そして、力強く何かを掴む音と、誰かの声が耳に響き、
「何をしている? 牧野」
藍色の髪が、僕の視界に割り込んだ。
一瞬の無重力を体感した僕は、
「うわあああああああ!!」
叫びとともに落下した。
死に物狂いで腕を伸ばすが、後ろに倒れるような姿勢で落ちているせいで、手の届く範囲は全て空気だ。
下は芝生。石畳じゃないだけまだマシだけど、このまま落ちたら間違いなく……。
そんなのは絶対に嫌だ!
「手がだめなら……足でっ!」
タイミングを見計らい、ぎりぎり足先が届く距離に来た枝を蹴りつける。
反動を利用して、体操選手のように身を捻った僕は、足から落下するよう体勢を整えた。依然として後ろ向きだけど、垂直落下ではなくなったし、これで背中や頭から落ちることは回避できる。
「あとは……」
足先に全神経を集中する。
迫る緑色の地面。
足の裏が地に触れた瞬間、膝を極限まで柔らかく使って衝撃を吸収。同時に両手で頭を庇い、倒れこみながら尻、腰、背中を無理なく接地させる。
最終的に、ボールのように丸くなった僕はものすごい勢いで地面を転がり、
「ぅあだっ!」
校舎に両手を強打して停止した。そして、ころんと横に倒れる。
「~~~~~~~っ!!」
庇ったとはいえ、頭にも相当の衝撃と痛みが伝わってきて、僕はしばらくの間悶絶していた。
だけど。
「い、生きてる……」
恐ろしさなのか喜びなのか、自分でも分からない体の震えを実感しながら、僕は信じられない思いで呟いた。良かった。大家さんの『なんかやべー!ってときの対処法』を真面目に聞いててほんとに良かったっ!
「ありがとうございます、大家さん」
あなたのおかげで僕は今生きています。全身がびりびりしてて、いまいち力が入りづらいけど、とりあえず生きてます。
「僕が普通の人間だったらどうなってたんだろ」
想像してみる。うん、確実に骨は折れてただろうなぁ。
やってるときは無我夢中だったけど、我ながらものすごく無茶をしたと思う。もう二度とやりたくない。
「はっ。あいつは!?」
マキノフはどうなったんだ? 頭上を勢いよく振り仰ぐ。
「うわあっ!」
窓から顔を突き出して、マキノフが僕を見下ろしていた。
見てる。ものすごくこっち見てる! 諦めてないよあれ!
目を逸らしたら負けな気がした僕は、固唾を呑んでマキノフの動向を見守った。まさか、飛び出してきたりしない、よね?
ごくり。
睨み合いが20秒ほど続いたあと、マキノフは静かに首を引っ込めた。穴が開いた風船みたいに、僕の全身から力が抜けていく。
助かった。今度こそ諦めてくれたみたいだ。これでお弁当を――
「届けられ……?」
右手、無し。左手にも、無し。そういえば僕、お弁当持ってないなぁ。
「#$%&*☆Ш(゜口゜)!?」
言葉にならない驚きってこのことだろう、というくらいに驚いた僕は、頭が真っ白になった。
あれ? 待って。僕はいつからお弁当を持ってなかったんだ?
必死に記憶を手繰り寄せる僕。
マキノフに追い詰められたとき。両手で抱えてた。
飛び降りるとき。口に銜えてた。
落ちたとき。……叫んでた。
「ってことは……」
僕は自分が掴まり損ねた木を見上げた。よ~く目を凝らすと、枝に引っかかっている四角い物体が見える。
「あそこかぁ」
地面に激突しなかっただけ幸運、だったのかな。不幸中の幸いと言っていいのかどうかは微妙なところだけど。
僕は木の傍まで歩み寄り、思案する。蹴ったら振動で落ちてこないだろうか。試しにやってみよう。
「てい!」
がっ。
「いたい!」
足のダメージがまだ回復してなかった。僕の馬鹿……。
思いっきり蹴ったのに、中庭の木は涼しい顔をしている。その頑丈さはさっき発揮して欲しかったよ、と僕は恨めしい思いに駆られた。
そのとき。
僕の周囲にさっと影がさした。まるで雲が隠れたときのように。
こ、この巨大なシルエットは、まさか……。
油の切れた機械のようなぎこちない動きで、僕は振り返った。当たって欲しくない予想ほどよく当たる、というのは真理なのかもしれない。
僕の背後には予想通り、マキノフが立っていた。
「あばばばばばば……」
がたがた震えながら後退りするも、今度は木の幹に背中がぶつかった。それでなくとも満身創痍だというのに、これでは逃げようにも逃げられない。
お、終わった……。
マキノフの手が近付いてくる。僕はそれを眺めている。
父さん、母さん。どうやら僕は、これから本当に怪我人になるみたいです。
他人事のような思考。大きな手が迫ってくる。目を瞑る気はしなかった。
そして、力強く何かを掴む音と、誰かの声が耳に響き、
「何をしている? 牧野」
藍色の髪が、僕の視界に割り込んだ。
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