あすきぃ!

海月大和

文字の大きさ
上 下
17 / 22
第二話

イマリの冒険⑦

しおりを挟む
「ひいぃぃぃぃ~!!」

 大岩のような塊から全速力で逃げ回る。塊の進む速度はあまり速くなかった。しかし、一向に止まる気配がなく、うっかりしていると追いつかれそうだ。

 おまけに、どんなボディバランスをしているのやら、角を連続で曲がっても難なく付いてくる。まさに終わりの見えない鬼ごっこだ。

「というか……」

 それ以前に、こんな異常事態に誰も気付かないんだろうか?

 自分たちの教室のすぐ横をでっかい塊が転がりまくっているのに、誰一人として教室から顔を出す人がいない。なんでなんだろう?

 僕が走りながら悩んでいると、ある教室からこんなやりとり聞こえてきた。

「せんせー、またマキノフが廊下転がってまーす」
「牧野が? あぁ、言われてみれば足元が揺れてるな」
「ま~た誰か追っかけられてんだろうな~(笑)」
「先生、俺ちょっと行って止めてきましょうか?」
「いや、いい。そのうち生徒会がなんとかするだろう。まあ、どうしてもトイレに行きたくなったら、轢かれないように気を付けて行ってこい。授業続けるぞ」

 当たり前のように受け入れてしかもスルー!?

 なるほどそうか。道理で誰も見に来ないはずだ。気付いていないんじゃなくて、とっくに気付いていて放置してるんだ。ということは、僕は自力でこのマキノフという怪物から逃げ切らなきゃいけないのか……。

 うぅ、現実って厳しい。

 僕は後ろを振り返る。相変わらず転がりながら追っかけてくるマキノフがいた。やっぱり、速度が落ちる様子がない。このまま持久走をしていても、こっちの息が上がる方が早そうだ。どうにかしてあいつを引き離さないと。

「よ~し!」

 僕は勇んで階段へ飛び込んだ。平らな廊下と違って、凹凸のある階段は転がるのにも支障が出るに違いない。そして、回転が止まってしまえば、あの巨体に階段の上り下りは難しい行為のはず。がくっとペースダウンしたところを一気に引き離せば、問題解決だ。

 一段飛ばしで階段の踊り場まで上った僕は、手すりに手を着いて一息ついた。息を整えつつ下を見れば、マキノフは転がるのを止め、黙って僕を見上げている。

 あれ? もしかして、このまま諦めてくれる?

「やっ……」

 喜びの声を上げた瞬間、マキノフが跳んだ。

「?」

 たんっ、と軽い跳躍音で天井ぎりぎりまで垂直に飛び、落下と同時に体を勢いよく捻る。強烈な回転を加えられたバスケットボールのように、マキノフは前方に向けてバウンドした。

「え」

 階段にぶつかって更に大きく跳ねた巨体が頭上から落ちてくる。

「ええええええええ!?」

 慌てて階段を駆け上がる僕を、マキノフはスーパーボールよろしく跳ねながら追跡してきた。なんて常識外れな器用さだろう。しかも微妙に角度調節までして、的確な方向転換まで行っている。

 追い立てられて三階まで上りきってしまったときには、僕はもう肩で息をしている状態だった。

 まずい。どこかで休まないと、息が切れて走れなくなってしまう。そう思った僕は、追い付かれないうちに、と手近な教室に転がり込んだ。

 飛び込んだ先は普通の教室と違うようで、濃い緑色の机の上には、なにやら用途の分からない器具が置いてあり、教卓の向かい側の壁には幅広の棚がずらり。棚の中にはこれまた使い道の全く分からない物体が乱雑に収められていた。

 カーテンは全て開け放たれていて、部屋の中はとても明るい。物音一つないので、冗談みたいな穏やかさに満たされている。

 そんな中、だん、と重い音が響いた。

 僕は体を一瞬だけ強張らせ、それから息を殺して廊下側の壁に張り付いた。あれはマキノフが着地した音に違いない。幸い、廊下側の小窓は高い位置にしか付いていないので、こうして張り付いていれば僕の姿は廊下から見えないはずだ。

 ゆっくりと足音が移動する。おそらく、小窓から教室の中を覗き込んでいるんだろう。

 き、教室に入ってきたらどうしよう? 隠れた方が……。でも、今動いたら見つかってしまう。

 ばくばく、ばくばく、と心臓が高らかに脈打っている。

 足音が扉の前で止まった。

 全身が石のように固まっている。冷や汗が止まらなかった。

 この沈黙がひどく恐ろしいもののように感じられる。

 早く。早く立ち去ってくれ、と目を瞑り、僕は必死に願った。

 そして――

 がらり。

 扉は無造作に開かれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

地獄三番街

有山珠音
ライト文芸
羽ノ浦市で暮らす中学生・遥人は家族や友人に囲まれ、平凡ながらも穏やかな毎日を過ごしていた。しかし自宅に突如届いた“鈴のついた荷物”をきっかけに、日常はじわじわと崩れていく。そしてある日曜日の夕暮れ、想像を絶する出来事が遥人を襲う。 父が最後に遺した言葉「三番街に向かえ」。理由も分からぬまま逃げ出した遥人が辿り着いたのは“地獄の釜”と呼ばれる歓楽街・千暮新市街だった。そしてそこで出会ったのは、“地獄の番人”を名乗る怪しい男。 突如として裏社会へと足を踏み入れた遥人を待ち受けるものとは──。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

処理中です...