あすきぃ!

海月大和

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第二話

イマリの冒険⑥

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 玄関をくぐったら壁がありました。

「はぇ~……」

 下駄箱と同じくらいの高さの壁のようなものを見上げて、僕は気の抜けた声を出した。

 つい先ほどのことだ。学校に到着した僕はムタさんと別れ、何事もなく校門を通り過ぎて正面に見える玄関へ向かった。そして、生徒用だと思われる下駄箱に挟まれて鎮座する、壁のようなものを見つけたのである。

「これ、なんなんだろう?」

 疑問に思い、目の前の壁らしきものを観察してみる。

 下駄箱の一番上の段と同じくらいの高さがあって、丸みを帯びている。全体としてみると、大きなボールのようだ。でも、完全な球体ではない。巨体から二つの足(だと思う)が生えているし、足の先には靴がくっ付いている。

 見れば、この丸い物体が着用しているのはギコさんの学校の制服だ。つまり、壁の正体はギコさんの学校の生徒で。何故かは分からないけれど、下駄箱に挟まれて熟睡している、と。

「ほぇ~……。でっかいなぁ」

 気の抜けた感想が口から漏れた。

 羨ましいなぁ。僕ももう少しでいいから背が高……いいや、今は考えないことにしよう。それよりも、ギコさんの教室は何階だったっけ?

 教室の場所と、そこに辿り着くルートを今一度頭の中に思い描く。ほとんど来たことがないので道順が合っているかどうか自信はない。けれど、もし迷ってしまったら、近くにいる人に尋ねればなんとかなるだろう。

「ぐぎゅるぉ~ぅ」
「!?」

 僕が記憶を辿る作業を終えると、すぐ近くでそんな音が鳴った。とても大きな音だった。玄関が静かなのでなおさらよく響く。

 どうやら僕の前方、すなわち壁のように大きなこの人物から発せられた音らしい。びっくりした僕はしばらく様子を窺ってみる。

「……」

 が、特にリアクションはなかった。

 もぞり。

「!?」

 と思ったら、数秒遅れで動きがあった。四肢を投げ出して寝ていた人物が、ゆっくりと上体(どこからが上半身なのかは分からないけど)を起こす。

「ぐぎゅるるぅ~」

 盛大に腹の虫を鳴らした彼は、寝ぼけ眼をこすりつつ、すんすんと匂いを嗅ぐ仕草をした。

「いい……匂い……」

 そして、緩い動作で首を巡らし、僕へ焦点を合わせる。

「こ、こんにちは」

 弁当箱を抱え、僕はおずおずと挨拶をした。なんだかのんびりした人だなぁ。そう思いながら。

 対して、彼の反応は。

「……」

 じゅるり。

「!?」

 無言で涎を垂らすという不可解なものだった。

「美味……そう……」

 さっきまでの眠たそうな目つきはどこへやら。目を光らせ、口を三日月のように吊り上げた彼は、そう呟き、僕の頭を鷲掴めそうな手をこっちに伸ばしてくる。

 美味そう……って、狙いはもしかしてこのお弁当!?

「あわわわわわ……」

 お弁当を奪われちゃダメだ。無事にギコさんに届けなければいけないんだ。そうは思っても体が動かなかった。蛇に睨まれたカエルのように硬直する僕に、太い腕がゆっくりと近付く。

 僕の倍以上の太さの指がお弁当に届く寸前、目を瞑った僕の脳裏に浮かぶのは、ムタさんの言葉だった。

『譲りたくないものがあるなら、無抵抗じゃあいけないよ』

 そうだ。このままお弁当を奪われたら、何のために僕はここまで来たんだ? 渡しちゃいけない。これは、僕が絶対に届けなくてはいけないものなんだ!

「てやぁっ!」

 僕は身を沈め、弾丸のように前方に飛び出した。丸太のような腕を掻い潜り、校舎内へ転がり込む。

「こっ、これは僕にとって大事なものなんです! 渡すわけにはいきません!」

 壁のような背中に向けて、声を張った。

「……」

 反応はない。分かってくれた、のかな?

 ぐりん。

「!?」

 と思ったら、またも数秒遅れで動きがあった。物凄く機敏な動作で首を回し、僕を視界に捕らえる。

 背筋がぞわぞわする。何だか、本能がヤバイと警告を鳴らしている気がした。

「美味……そう……」
「ってやっぱり諦めてなかった!?」

 瞳が更に輝きを増している。もはや完全に獲物を狙う目だ。

 危険な気配を感じた僕は一目散に駆け出した。廊下を走るな!という張り紙があったけど、今はそんなことを気にしていられない。

 早くギコさんのところまで行って、お弁当を渡してしまおう。さすがに、あいつも僕を追ってまでお弁当を奪いには――

「ん?」

 僕は思考を中断して、速度を緩める。

 なんだろう。床が振動してる。地震かな?

 足を止め、耳を澄ますと、何かが転がるような音が聞こえてきた。段々と近付いてきている。狭い通路で大岩が転がりながら迫ってくる。そんな、映画のワンシーンを彷彿とさせるような音が。

「まさか……」

 息を飲み、僕は恐る恐る後ろを振り向いた。

 廊下の向こうから、丸い、大きな塊が高速回転しながら迫ってきていた。
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