15 / 22
第二話
イマリの冒険⑤
しおりを挟む
しーん、とその場が静まり返る。口に出す人はいなかったが、観客たちは一様に「えぇ~……」という表情をしていた。
さあ噛みついてくれと言わんばかりの高校生の行動。しかし、痛ましい出来事が起こるだろうという観客(僕を含む)の予想は大きく外れることになる。
ぽす。
信じられないことに、あれほど猛っていた野良犬くんが、高校生の言葉に従ってお手をしていた。声には出ていなかったが、観客たちは一様に「えぇ~!?」という表情を浮かべている。もちろん僕もだ。
さらに驚いたことに、
「おかわり」
さっ。
「ふせ」
さっ。
「くるっと回って~」
くるり。
「ジャンプ!」
びょん。
白髪の高校生の指示に、次々と野良犬くんが応えていくではないか。開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。
よく躾けられた飼い犬のように従順な野良犬くんへ、
「よしよし、よく出来たね」
鞄の中から取り出したビーフジャーキーを与えた高校生は、すっくと立ち上がり、呆気にとられている観客たちに向かってにっこり笑う。
そして、眉間を人差し指でとんとんと軽く叩いた。
すると、観客たちは一様に「ああ」と納得したような顔をして、自分の日常に戻って行ったのだった。
「……えっ? あれっ? なんで皆さん普通に納得してるんですか?」
「あれはね、『自分は能力保持者です』っていうジェスチャーなのさ」
疑問符だらけになっている僕を見かねて、ムタさんが説明をしてくれる。
「あの坊や、動物を操る力でも持ってるんだろうね。それで皆腑に落ちたって顔してたのさ。ま、この街じゃ能力者なんてさして珍しくもないやね」
「能力者を示すジェスチャー? そんなのがあるんですか?」
「あるんだよ。なんでも、一番初めに能力を発現した人物が、力を使うときに眉間を軽く叩いていたからだ、とかなんとか聞いたねぇ」
「ふぇ~。よく知ってますね、ムタさん」
「伊達に長く生きちゃいないってことさ。……おや?」
小声でやりとりしている内に、この場に留まっている観客は僕たちだけになってしまったらしい。
野良犬くんを撫でくり回していた件の高校生が、僕らに気付いて近寄ってくる。野良犬くんを引き連れてやってきた白髪の人物は、僕らの前までくると感心したような声を漏らした。
「これはこれは……。美人さんだね」
「へっ?」
開口一番にそんな言葉が飛び出して、僕は面食らってしまった。もしかして性別を間違われたんじゃ?と軽いショックを受けかけたけれど、どうやら僕のことではないようだ。目の前の人物の視線はムタさんに向かっている。
「君の家の猫?」
今度こそ僕に向けた言葉だ。僕は首を振る。
「いえ、知り合いの家の猫なんです」
「ふぅん。仲がいいんだね~」
にこりと笑顔を見せる高校生。柔和な表情と相まって、全体的に柔らかい雰囲気をもった人物だ。
「おっとそうだそうだ。まず自己紹介だよね」
しまったしまったと呟いてから、白髪の高校生は咳払いをした。
「初めまして。僕は藻波(もなみ)。友人にはモナーって呼ばれてる」
「は、初めまして、藻波さん。イマリといいます。こっちはムタさん」
「藻波さんかぁ。う~ん、どっちかというと、モナーって呼んでくれた方がいいかな。そっちのが慣れてるから」
照れたように眉を下げたモナーさんは、まぁいいか、とにかくよろしくと僕に告げたあと、しゃがんでムタさんに手を差し伸べ、笑顔を作った。
「よろしくね、ムタさん」
「……」
対して、ムタさんはモナーさんの顔も見ない。それどころか差し出された手をぺしっと払いのけてしまった。
「……ムタさん?」
ムタさんはモナーさんを相手にするつもりがないらしく、結局目を合わせることすらなく、モナーさんと距離を取った。
どうしたんだろう? モナーさんが近くに来てから、ムタさんが不機嫌になったような気がする。
「おや、これは残念。嫌われちゃったかな?」
モナーさんは茶化すように肩を竦めた。冷たくあしらわれた格好になったけれど、気分を害してはいないようだ。
僕がほっとした瞬間、携帯電話の着信音がその場に響く。モナーさんはすぐに携帯電話を制服のポケットから取り出し、通話ボタンを押した。
そういえば、どうしてモナーさんは平日にこんなところにいるんだろうか。
『オイ!! てェめェ、一体どこで油売ってやがんだこの野郎ォ!!』
僕が首を傾げていると、いきなりモナーさんの携帯電話から怒声が飛び出した。
『俺一人でモララーの面倒なんか見切れねェっつんだよ!! 早ェとこ学校に来きやがれ!!』
耳を塞いでも聞こえてくるような迫力のある声に、しかしモナーさんは顔色一つ変えず、淡々と対応する。
「ごめん。学校行くの遅くなりそう」
『あぁ!?』
「ってか、もしかしなくても今日はサボるかも」
『ちょっ、待てやコラァ!! ふざけんなこのブラックハー……』
ピッ。
容赦なく通話を打ち切ったモナーさんは、携帯電話の向こうにいる人物の剣幕に圧倒されていた僕に笑いかけた。
「それじゃあ、この子を世話してくれるとこを探すから、僕はこれで失礼させてもらうよ」
野良犬くんの頭を撫でながら、モナーさんは言う。
「ええと、僕も用事があるので……」
僕がそう返すと、モナーさんはにっこりと笑顔を浮かべて、僕とムタさんを意味ありげに見比べた。
「うんうん。また会えると面白いね」
野良犬くんを促して、モナーさんは去っていく。もちろん、学校からは遠ざかる方向へ。
「ふん。いけ好かない坊やだよ」
モナーさんを見送る僕の足元で、いつの間にか戻ってきていたムタさんがつまらなそうに呟いた。
「そうですか?」
悪い人ではなさそうだけどなぁ、と思うのだけど。
「鈍いねぇ」
ムタさんは不思議な顔をする僕を真正面から見据える。
「あんたも気を付けなよ。ああいう類の人間にはね」
「ああいう類……? それは、どういう意味なんですか?」
「ま、知らないなら知らないでいいさね」
僕の質問を受け流したムタさんは、疑問符だらけの僕を置いて歩き出した。
「あ、待って下さいよぅ!」
慌てて僕はムタさんの背中を追った。
学校はもう目と鼻の先。道中色々あったけれど、ここまで来れば僕の役目は終わったも同然だろう。このとき、僕は心の底からそう思っていたのだった。
一番大きなイベントは、この後に待っていたというのに。
さあ噛みついてくれと言わんばかりの高校生の行動。しかし、痛ましい出来事が起こるだろうという観客(僕を含む)の予想は大きく外れることになる。
ぽす。
信じられないことに、あれほど猛っていた野良犬くんが、高校生の言葉に従ってお手をしていた。声には出ていなかったが、観客たちは一様に「えぇ~!?」という表情を浮かべている。もちろん僕もだ。
さらに驚いたことに、
「おかわり」
さっ。
「ふせ」
さっ。
「くるっと回って~」
くるり。
「ジャンプ!」
びょん。
白髪の高校生の指示に、次々と野良犬くんが応えていくではないか。開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。
よく躾けられた飼い犬のように従順な野良犬くんへ、
「よしよし、よく出来たね」
鞄の中から取り出したビーフジャーキーを与えた高校生は、すっくと立ち上がり、呆気にとられている観客たちに向かってにっこり笑う。
そして、眉間を人差し指でとんとんと軽く叩いた。
すると、観客たちは一様に「ああ」と納得したような顔をして、自分の日常に戻って行ったのだった。
「……えっ? あれっ? なんで皆さん普通に納得してるんですか?」
「あれはね、『自分は能力保持者です』っていうジェスチャーなのさ」
疑問符だらけになっている僕を見かねて、ムタさんが説明をしてくれる。
「あの坊や、動物を操る力でも持ってるんだろうね。それで皆腑に落ちたって顔してたのさ。ま、この街じゃ能力者なんてさして珍しくもないやね」
「能力者を示すジェスチャー? そんなのがあるんですか?」
「あるんだよ。なんでも、一番初めに能力を発現した人物が、力を使うときに眉間を軽く叩いていたからだ、とかなんとか聞いたねぇ」
「ふぇ~。よく知ってますね、ムタさん」
「伊達に長く生きちゃいないってことさ。……おや?」
小声でやりとりしている内に、この場に留まっている観客は僕たちだけになってしまったらしい。
野良犬くんを撫でくり回していた件の高校生が、僕らに気付いて近寄ってくる。野良犬くんを引き連れてやってきた白髪の人物は、僕らの前までくると感心したような声を漏らした。
「これはこれは……。美人さんだね」
「へっ?」
開口一番にそんな言葉が飛び出して、僕は面食らってしまった。もしかして性別を間違われたんじゃ?と軽いショックを受けかけたけれど、どうやら僕のことではないようだ。目の前の人物の視線はムタさんに向かっている。
「君の家の猫?」
今度こそ僕に向けた言葉だ。僕は首を振る。
「いえ、知り合いの家の猫なんです」
「ふぅん。仲がいいんだね~」
にこりと笑顔を見せる高校生。柔和な表情と相まって、全体的に柔らかい雰囲気をもった人物だ。
「おっとそうだそうだ。まず自己紹介だよね」
しまったしまったと呟いてから、白髪の高校生は咳払いをした。
「初めまして。僕は藻波(もなみ)。友人にはモナーって呼ばれてる」
「は、初めまして、藻波さん。イマリといいます。こっちはムタさん」
「藻波さんかぁ。う~ん、どっちかというと、モナーって呼んでくれた方がいいかな。そっちのが慣れてるから」
照れたように眉を下げたモナーさんは、まぁいいか、とにかくよろしくと僕に告げたあと、しゃがんでムタさんに手を差し伸べ、笑顔を作った。
「よろしくね、ムタさん」
「……」
対して、ムタさんはモナーさんの顔も見ない。それどころか差し出された手をぺしっと払いのけてしまった。
「……ムタさん?」
ムタさんはモナーさんを相手にするつもりがないらしく、結局目を合わせることすらなく、モナーさんと距離を取った。
どうしたんだろう? モナーさんが近くに来てから、ムタさんが不機嫌になったような気がする。
「おや、これは残念。嫌われちゃったかな?」
モナーさんは茶化すように肩を竦めた。冷たくあしらわれた格好になったけれど、気分を害してはいないようだ。
僕がほっとした瞬間、携帯電話の着信音がその場に響く。モナーさんはすぐに携帯電話を制服のポケットから取り出し、通話ボタンを押した。
そういえば、どうしてモナーさんは平日にこんなところにいるんだろうか。
『オイ!! てェめェ、一体どこで油売ってやがんだこの野郎ォ!!』
僕が首を傾げていると、いきなりモナーさんの携帯電話から怒声が飛び出した。
『俺一人でモララーの面倒なんか見切れねェっつんだよ!! 早ェとこ学校に来きやがれ!!』
耳を塞いでも聞こえてくるような迫力のある声に、しかしモナーさんは顔色一つ変えず、淡々と対応する。
「ごめん。学校行くの遅くなりそう」
『あぁ!?』
「ってか、もしかしなくても今日はサボるかも」
『ちょっ、待てやコラァ!! ふざけんなこのブラックハー……』
ピッ。
容赦なく通話を打ち切ったモナーさんは、携帯電話の向こうにいる人物の剣幕に圧倒されていた僕に笑いかけた。
「それじゃあ、この子を世話してくれるとこを探すから、僕はこれで失礼させてもらうよ」
野良犬くんの頭を撫でながら、モナーさんは言う。
「ええと、僕も用事があるので……」
僕がそう返すと、モナーさんはにっこりと笑顔を浮かべて、僕とムタさんを意味ありげに見比べた。
「うんうん。また会えると面白いね」
野良犬くんを促して、モナーさんは去っていく。もちろん、学校からは遠ざかる方向へ。
「ふん。いけ好かない坊やだよ」
モナーさんを見送る僕の足元で、いつの間にか戻ってきていたムタさんがつまらなそうに呟いた。
「そうですか?」
悪い人ではなさそうだけどなぁ、と思うのだけど。
「鈍いねぇ」
ムタさんは不思議な顔をする僕を真正面から見据える。
「あんたも気を付けなよ。ああいう類の人間にはね」
「ああいう類……? それは、どういう意味なんですか?」
「ま、知らないなら知らないでいいさね」
僕の質問を受け流したムタさんは、疑問符だらけの僕を置いて歩き出した。
「あ、待って下さいよぅ!」
慌てて僕はムタさんの背中を追った。
学校はもう目と鼻の先。道中色々あったけれど、ここまで来れば僕の役目は終わったも同然だろう。このとき、僕は心の底からそう思っていたのだった。
一番大きなイベントは、この後に待っていたというのに。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

地獄三番街
有山珠音
ライト文芸
羽ノ浦市で暮らす中学生・遥人は家族や友人に囲まれ、平凡ながらも穏やかな毎日を過ごしていた。しかし自宅に突如届いた“鈴のついた荷物”をきっかけに、日常はじわじわと崩れていく。そしてある日曜日の夕暮れ、想像を絶する出来事が遥人を襲う。
父が最後に遺した言葉「三番街に向かえ」。理由も分からぬまま逃げ出した遥人が辿り着いたのは“地獄の釜”と呼ばれる歓楽街・千暮新市街だった。そしてそこで出会ったのは、“地獄の番人”を名乗る怪しい男。
突如として裏社会へと足を踏み入れた遥人を待ち受けるものとは──。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる