あすきぃ!

海月大和

文字の大きさ
上 下
6 / 22
第一話

ギコの受難⑥

しおりを挟む
 まず鬼を決めよう、という意見が出たとき、俺はそれほど危機感を感じていなかった。

 どうせ俺が強制的に鬼にさせられて、そんでもって三人して一斉に俺に豆をぶつけててきて「いってえ! ちょっ、いてっ! おまっ……ガチで全力投球じゃねえかバカ野郎!」なんて展開になるんだろうなぁ、なんていう幻想を抱いていたくらいだ。

 甘かった。

 現実ってのは、そんなちんけな予想など余裕でぶち破ってくれるということを、俺はまざまざと見せ付けられたのだ。

 断続的に轟く銃声。高らかに響く憎たらしい笑い声。

 頼みの綱である木製バリケードに背を預け、ひたすらに身を縮こめるしか今の俺に出来ることはない。

 ああそうだ。俺の見通しが甘かったのは事実さ。けど、俺は声を大にしてこう言いたいね。

 こんなクレイジィな状況を予め想定しておくなんて、無理に決まってるだろう、と。

 理不尽さに苛立つ頭の片隅で、分かっているはずなのに受け入れられない、そんな類いの疑問がぐるぐると渦を巻いていた。

 どうしてだ。どうしてこんなことになっちまったんだ……?





「俺が鬼になろう」

 兄者はそう言った。

 この面子じゃどう考えても損な役割である鬼の役を買って出たことを、俺は意外に思ったのだが特に深く考えることはしなかった。

 それよりも、あいつらが取った次の行動にツッコミを入れざるを得なかったからだ。

 弟者が持参した鞄からノートパソコンを取り出し、それを受け取った兄者がカタカタとキーボードを鳴らす。小気味良い音を立ててエンターキーが押されると、ウィーンと近未来的な効果音とともに居間の床の一部がスライドして、黒光りする何種類もの銃器が顔を出――。

「うん、ちょっと待とうかキミタチ」
「なんだギコよ、頭など押さえて。頭痛か?」
「必要なら頭痛薬があるぞ?」
「あるのかよ。いや、大丈夫。これは頭痛とかじゃないから。どっからツッコミ入れたらいいか頭ん中を整理してるところだから」

 あんまりにも自然な動作で不自然な状況を作り出されたから、タイミングを見失っちまったんだよ。

「っていうか、なにを勝手に人ん家の改造とかしてくれてんですか君らは」

 不法侵入って立派な犯罪なんだぞ。まあ、つい数時間前に鬼っ子が一名ほど無断侵入してきたばっかりだけどさ。
 大家さんに言って防犯対策を見直してもらおうかな、なんてことを俺が考えていると、兄者はいかにも心外といった風に反論した。

「失敬な。無断改造ではないぞ」
「……は?」

 今なんて言った? 無断じゃない?
 はっはっは、まさか。俺は許可なんて出してないぞ?

「ちゃんと大家さんに許可を取ったからな」
「はあ!?」

 なんですと!?

「いやいやいや! そんな筈……」

 無いだろ、と言い切ろうとした俺の脳裏に、大家さんに関するキーワードがいくつか浮かんだ。面白いこと好き。派手好き。割といい加減。豪胆。男前。そして色々とフリーダム。

 わお、否定する要素が見当たらないぜ!

「『面白そうだからよし。やったれ!』だそうだ」
「ちょっと大家さーん!?」

 人ん家の改造にノリでゴーサイン出さないでくださいよ!!

 俺は明日、大家さんを説き伏せて絶対に部屋を元に戻してもらうと心に決めた。

「なあなあ兄者~、このかっちょいい銃は?」

 年頃の男子らしい好奇心で、フサがスパイ映画のような置かれ方をしている銃たちの一つを指差す。こいつも、丸っきり他人事だと思って暢気なもんだ。

「うむ、これはな……」

 ひょいっとその銃を取り出す兄者。

「ポンプアクション式散豆銃、名付けてショッ豆丸(ズガン)。エアガンを改造して作った、実弾の代わりに大豆を発射する銃なのだよ!」

「自慢げなわりにけっこう普通な読み方だな」
「シンプル イズ ベストの精神だ」
「どっちかっつうと親父ギャグじゃね?」

 とりあえず銃刀法には違反しないらしい。

「おぉ~! すっげぇ!」

 フサが素直に歓声を上げる。俺も不本意ながら同意した。

「そうだな。確かにすげえよ」

 今日この日のためだけにそんなもんを作っちまう、お前ら兄弟の変態的技術力はな。注力する方向性、絶対に間違ってると思う。技術力の無駄遣いはやめてもらいたいところだが、そもそも言って聞く連中なら苦労はしない。

 まあそれでも、本気で説得すれば居間も直してくれるだろう。こいつらも、根っから悪い連中じゃないし。

 まったく、こんなことを考えるなんて俺の心も広くなったもんだ。

「弟者ぁ! 俺にもああいうかっちょいいやつくれよ!」
「うむ。フサとギコにはこれを渡しておこう」
「これは?」

 フサの訴えに応えて弟者が差し出してきたのは、兄者の持つものよりずっと小さい、自動拳銃というやつだった。

「オートマチックのハン豆丸(ズガン)だ」
「あくまでネーミングは統一するんだな」

 しかし、こんなものを渡して、この兄弟は一体どうするつもりなんだ?

 うひょーぅとかいう喜びの声を上げるフサの横で首を傾げる。

「準備は整った。『THE・MAMEMAKI』を始めようではないか」
「なんか映画のタイトルみたいな発音だな」

 ローマ字にすりゃかっこいいってもんじゃないと思うけど。

「さて、今宵は俺が鬼……」

 ジャコン!と物騒な音を立てて豆(タマ)を装填した兄者は、銃口をこちらに向けて言った。

「さあ! 力尽くで俺を追い出して見せろ!」
「豆まきってそんなハードな行事だったっけ!?」

 引き金にかけた兄者の人差し指に、徐々に力が込められていく。
 おい待て! 室内でそんなもんぶっ放す気か!?

「マジかよ!」

 咄嗟に俺はテーブルの足を掴み、後ろに飛びのいて盾にした。慌ててそこへフサが滑り込んでくる。と同時に。

 ドバゥ!と派手な音が炸裂。複数の硬いものがテーブルにぶつかる音が聞こえてきた。

「危なかった……! 今のはマジで危なかったー!」
「おう、間一髪だったな! ナイス判断だぜ、ギコ!」

 簡易バリケードに背を預け、フサが俺の行動を褒める。俺としてはあの一瞬にこんな対応が出来てしまう自分がちょっと悲しいが、経験が役に立ったと考えることにしよう。

 今はあのバカを早いとこ黙らせるのが最優先事項だ。

「人ん家でなんてこと始めやがんだあのウルトラバカめ…………うおっつぁい!」

 定期的に聞こえるでかい発砲音の合間にテーブルから顔を出してみたが、即座に狙いをつけて発砲してくるのでぶっちゃけめちゃくちゃ怖いです!

「どうしたどうした! そんなことでは俺を追い出すことなど出来んぞ!」

 高笑いとともに兄者が挑発してくる。

「なろォ! 調子に乗りやがって!」

 フサがバリケードの端から腕を出し、反撃とばかりに豆(タマ)をばら撒いた。

 パン! パン! パン! ぺしっ。ぺしっ。ぺしっ。

「…………」

 ジャコン。 チャキッ。 ドバゥ!

「全然効かねえし!」
「はっはっは。そんな豆鉄砲で俺は倒せんよ!」
「うっさいわ! 上手いこと言ったつもりか!」

 なんだよこの理不尽な戦力差は! 同じ豆(タマ)使ってるのに威力違いすぎだろ!

「おかしいって絶対! この初期戦力の差はありえないと思うんだけどそこんとこどうなの!?」
「なに、鬼は屈強なものと相場が決まっているだろう?」
「それは鬼を過大評価しすぎだー!」

 本物はあんなに人畜無害な感じだというのに。それ以前に鬼なら鬼らしく原始的な武器を使えっての!

「っていうか、そんなもんが直撃したら怪我するだろ!」
「大丈夫だ。仮に直撃しても三ミリほど身体にめり込む程度の威力しかないからな」
「それのどこが大丈夫なんだ!?」

 充分に痛そうなんですけど!

「おいギコ! この武器じゃ埒が明かねえぞ!」

 銃だけを覗かせて、牽制にもならない反撃をしていたフサが声を張った。

「んなこと言ったって、これしか手元にないんじゃしょうがないだろ!」
「そんなあなたにデリバリーサービス」
「うお、弟者!」
「なんでここに!」

 そして何故に鞄を頭に乗せて匍匐前進中?

「そんなことはどうでもいいだろう。今日は獲物に差がありすぎてお困りの君達に、新しい装備を持ってきたのだ。という訳でバリケードの中に入れてくれないか。さっきから跳弾が当たって地味に痛いのだ」

 そりゃこんな危ない場所にのこのこ来るからだろう。自業自得だと言いたい。

「おうギコよぅ、こいつを人質にしたら勝てるんじゃねえか?」
「お前、それは人としてどうかと思うぞ?」
「なかなか恐ろしい提案が聞こえた気がするが、とりあえず俺は中立だ。こうも一方的では面白くな……もとい、可哀相なので助太刀に来たのだ」

 おい、今ちょっと本音が出なかったか?

「なあギコ、やっぱりこいつ盾に使おうぜ」
「まあ落ち着け。俺も出来るならそうしたいけどその方法は倫理的にヤバイと思うからやめとけ」

 弟者の額に突きつけられたフサの拳銃を下ろさせ、俺はバリケードの中に弟者を招き入れた。

 正直なところ、思わぬ味方が現れてくれて助かった。ここらで八方塞がりな状況を変えたいところだが、はてさて、そう上手くいくだろうか。

 憎らしい高笑いはまだ続いている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

Husband's secret (夫の秘密)

設樂理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

処理中です...