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第一話
ギコの受難⑤
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「よし、そろそろいい頃合いだな」
しぃの淹れたお茶で一服し、皆の体が暖まった頃。兄者がそう切り出した。
「む? 始めるのか兄者?」
弟者が察したように返すと、兄者はうむと頷いた。
「始めるって、何をだよ?」
二人のやり取りに疑問を持ったのか、フサが流石兄弟に尋ねる。俺もしぃもイマリも、同様の疑問が頭に浮かんでいる。
「今日は節分」
「とくれば、やることは決まっている」
台詞を淀みなくリレーした二人は、声を揃えてこう続けた。
「「豆まきだ」」
いや、そんな『決戦だ』的なハモリ具合で言う台詞か、それ?
真剣な顔で何をと思ったら、豆まきのことだったのな。やり取りがいちいち芝居がかってるもんだから、何か重要なことでも始めるのかと思ってしまった。
そういえばドタバタしてたせいですっかり忘れてたなぁ。っていうか、あれ? これやばくないか? 正真正銘の鬼がこの部屋にいるんだけど。
そう思ってイマリの方を伺ってみると、案の定、顔面蒼白で冷や汗だらだらでマナーモード状態だった。
「え~と……。べ、別にやらなくてもいいんじゃないか? ほら、撒いた豆拾うのとか面倒くさいだろ?」
あまりにも哀れなので助け舟を出してみる。これでどうにか引き下がってくれればいいんだが……。
「せっかく豆を買ってきたのに、やらないの?」
そうは問屋が卸さなかった。至極全うなしぃの質問が、俺の助け舟をあっさり沈めてくれる。
「散らかってもいいんじゃねえ? 片付けんの俺じゃないし」
おいコラ、その考えは人としてどうなんだフサ毛?
「あ~……っと、実は、買ってきた豆は俺が食おうかなぁなんて思ってたりして」
フサの意見は丸っきり無視して、俺はなおも粘る。
皆が気付かないのが不思議なんだけど、イマリがマジでぶっ倒れそうなんですよね。微振動してるからか、徐々にテーブルから遠ざかってるし。
話が出ただけであの状態なんだ。直接豆がぶつかったら死んでしまうんじゃないだろうか。
「大丈夫だギコ。その点は心配ない」
兄者はいつもの無駄に偉そうな口調できっぱりと言い切った。
「へっ?」
イマリの状況に気をとられていたせいで何のことを言っているのか分からず、変な声が俺の口から零れる。
「弟者、例のものを」
と、兄者はこれまた威厳たっぷりな声で弟者に指示を出した。
「了解だ、兄者」
頷いた弟者は、持参していた(らしい)鞄から何かを取り出し、テーブルに並べた。
「この通り、念のため、大豆1kgを二袋ほど用意しておいた」
合計2kgの大豆様が、テーブル上で確かな存在感を放つ。
「あぁ、そう……」
なんでこういう余計な周到さは持ってるんだろう、この兄弟。俺は妙なところがまともな流石兄弟をちょっと恨めしく思った。
しかし、いよいよもって逃げ道が途絶えてしまったぞ。俺はイマリの状態をちらりと横目で確認した。
「……」
大変だ。顔色が蒼白を通り越して土気色になっている。というより、見た感じほとんど活動停止状態になってる。早くなんとかしないと、生命活動まで停止しそうな勢いだ。
こうなったら、どうにかしてイマリをこの場から遠ざけるしかない。何か無いかと考えを巡らしていると、思い出したようにしぃが呟いた。
「あら、そういえば、お鍋の下ごしらえがまだだったわ」
どうしましょ、としぃがやんわり首を傾げる。行事には参加するべきだろうけど、鍋の準備もしたい、といった様子だ。しぃは大の料理好きなのである。
俺はまたとないチャンスに速攻で飛びついた。
「じゃあ、豆まきは俺らが適当にやっとくから、しぃは鍋の準備をしてくれよ。イマリと一緒にさ。お前らも、それでいいよな?」
こうすればイマリの無事は保証されるし、しぃ一人に負担をかけることもない。
同意を求められた残りの連中も、特に異論は――
「あ、じゃあ俺も一緒に……」
「お前はここに残れよフサ」
「なんでだよ」
「いいから残れ。貴様にしぃの隣は任せられん」
「なんだと……? ギコ、貴様、何の権利があって俺の邪魔をする?」
「ふっ。甘い。甘いぞ我が強敵(とも)フサよ、貴様はもう忘れたというのか?」
「なに? 俺がいったい何を忘れていると?」
「知れたこと。ここの家主は俺だ」
「ふん、それがどうした? そんな事実で俺が止まるとでも――」
「俺の家で勝手な真似は許さんと言っている!!!」
「ぬぅ……っ! なんだその凄まじい気迫はァ! この俺が、圧(お)されているだとっ……!?」
「この程度で恐れをなしているようでは貴様はまだまだ未熟!! 分かったら居間で大人しく豆でも撒いていることだ」
「むぅぅ…………。ちっ、仕方ねえ。今回は言う通りにしてやらぁ」
異論は出たけどノリでねじ伏せました。
ぶっちゃけ、暴走する可能性がある奴は目の届くところにおいて置かないと何をしでかすか分からないからっていうのが本音だったりする。
いや~しかし無駄に濃いやり取りだったなぁ、今の会話。なんかオーラっぽいもんも出てたし、ゴゴゴゴゴっていう効果音が見えた気がする。
「うむ、四人いれば十分だろう。それに、女子供を巻き込むわけにはいかんしな」
「そうだな兄者。台所の方が安全だ」
アホなやり取りが終わったところで、流石兄弟も同意を示した。
どうでもいいけど、豆まきってお前らの認識だとそんなに危険な行事なの?
「まあ、そういうことだからさ、鍋の準備、頼むな」
「うん。それじゃ、ちょっと台所借りるね」
「ああ。悪いな、手伝えなくて」
「ううん、全然平気だよ~」
私も楽しいし。朗らかに言って、しぃは席を立ち、置物と化していたイマリの手を引いて居間を出て行った。
居間に残ったのは超問題児ばかりが三人。
意地でもこいつらは俺が抑えておかねば。と決意を固める俺だったが、ここからの滅茶苦茶度は俺の予想を軽々と超えるものであった。
しぃの淹れたお茶で一服し、皆の体が暖まった頃。兄者がそう切り出した。
「む? 始めるのか兄者?」
弟者が察したように返すと、兄者はうむと頷いた。
「始めるって、何をだよ?」
二人のやり取りに疑問を持ったのか、フサが流石兄弟に尋ねる。俺もしぃもイマリも、同様の疑問が頭に浮かんでいる。
「今日は節分」
「とくれば、やることは決まっている」
台詞を淀みなくリレーした二人は、声を揃えてこう続けた。
「「豆まきだ」」
いや、そんな『決戦だ』的なハモリ具合で言う台詞か、それ?
真剣な顔で何をと思ったら、豆まきのことだったのな。やり取りがいちいち芝居がかってるもんだから、何か重要なことでも始めるのかと思ってしまった。
そういえばドタバタしてたせいですっかり忘れてたなぁ。っていうか、あれ? これやばくないか? 正真正銘の鬼がこの部屋にいるんだけど。
そう思ってイマリの方を伺ってみると、案の定、顔面蒼白で冷や汗だらだらでマナーモード状態だった。
「え~と……。べ、別にやらなくてもいいんじゃないか? ほら、撒いた豆拾うのとか面倒くさいだろ?」
あまりにも哀れなので助け舟を出してみる。これでどうにか引き下がってくれればいいんだが……。
「せっかく豆を買ってきたのに、やらないの?」
そうは問屋が卸さなかった。至極全うなしぃの質問が、俺の助け舟をあっさり沈めてくれる。
「散らかってもいいんじゃねえ? 片付けんの俺じゃないし」
おいコラ、その考えは人としてどうなんだフサ毛?
「あ~……っと、実は、買ってきた豆は俺が食おうかなぁなんて思ってたりして」
フサの意見は丸っきり無視して、俺はなおも粘る。
皆が気付かないのが不思議なんだけど、イマリがマジでぶっ倒れそうなんですよね。微振動してるからか、徐々にテーブルから遠ざかってるし。
話が出ただけであの状態なんだ。直接豆がぶつかったら死んでしまうんじゃないだろうか。
「大丈夫だギコ。その点は心配ない」
兄者はいつもの無駄に偉そうな口調できっぱりと言い切った。
「へっ?」
イマリの状況に気をとられていたせいで何のことを言っているのか分からず、変な声が俺の口から零れる。
「弟者、例のものを」
と、兄者はこれまた威厳たっぷりな声で弟者に指示を出した。
「了解だ、兄者」
頷いた弟者は、持参していた(らしい)鞄から何かを取り出し、テーブルに並べた。
「この通り、念のため、大豆1kgを二袋ほど用意しておいた」
合計2kgの大豆様が、テーブル上で確かな存在感を放つ。
「あぁ、そう……」
なんでこういう余計な周到さは持ってるんだろう、この兄弟。俺は妙なところがまともな流石兄弟をちょっと恨めしく思った。
しかし、いよいよもって逃げ道が途絶えてしまったぞ。俺はイマリの状態をちらりと横目で確認した。
「……」
大変だ。顔色が蒼白を通り越して土気色になっている。というより、見た感じほとんど活動停止状態になってる。早くなんとかしないと、生命活動まで停止しそうな勢いだ。
こうなったら、どうにかしてイマリをこの場から遠ざけるしかない。何か無いかと考えを巡らしていると、思い出したようにしぃが呟いた。
「あら、そういえば、お鍋の下ごしらえがまだだったわ」
どうしましょ、としぃがやんわり首を傾げる。行事には参加するべきだろうけど、鍋の準備もしたい、といった様子だ。しぃは大の料理好きなのである。
俺はまたとないチャンスに速攻で飛びついた。
「じゃあ、豆まきは俺らが適当にやっとくから、しぃは鍋の準備をしてくれよ。イマリと一緒にさ。お前らも、それでいいよな?」
こうすればイマリの無事は保証されるし、しぃ一人に負担をかけることもない。
同意を求められた残りの連中も、特に異論は――
「あ、じゃあ俺も一緒に……」
「お前はここに残れよフサ」
「なんでだよ」
「いいから残れ。貴様にしぃの隣は任せられん」
「なんだと……? ギコ、貴様、何の権利があって俺の邪魔をする?」
「ふっ。甘い。甘いぞ我が強敵(とも)フサよ、貴様はもう忘れたというのか?」
「なに? 俺がいったい何を忘れていると?」
「知れたこと。ここの家主は俺だ」
「ふん、それがどうした? そんな事実で俺が止まるとでも――」
「俺の家で勝手な真似は許さんと言っている!!!」
「ぬぅ……っ! なんだその凄まじい気迫はァ! この俺が、圧(お)されているだとっ……!?」
「この程度で恐れをなしているようでは貴様はまだまだ未熟!! 分かったら居間で大人しく豆でも撒いていることだ」
「むぅぅ…………。ちっ、仕方ねえ。今回は言う通りにしてやらぁ」
異論は出たけどノリでねじ伏せました。
ぶっちゃけ、暴走する可能性がある奴は目の届くところにおいて置かないと何をしでかすか分からないからっていうのが本音だったりする。
いや~しかし無駄に濃いやり取りだったなぁ、今の会話。なんかオーラっぽいもんも出てたし、ゴゴゴゴゴっていう効果音が見えた気がする。
「うむ、四人いれば十分だろう。それに、女子供を巻き込むわけにはいかんしな」
「そうだな兄者。台所の方が安全だ」
アホなやり取りが終わったところで、流石兄弟も同意を示した。
どうでもいいけど、豆まきってお前らの認識だとそんなに危険な行事なの?
「まあ、そういうことだからさ、鍋の準備、頼むな」
「うん。それじゃ、ちょっと台所借りるね」
「ああ。悪いな、手伝えなくて」
「ううん、全然平気だよ~」
私も楽しいし。朗らかに言って、しぃは席を立ち、置物と化していたイマリの手を引いて居間を出て行った。
居間に残ったのは超問題児ばかりが三人。
意地でもこいつらは俺が抑えておかねば。と決意を固める俺だったが、ここからの滅茶苦茶度は俺の予想を軽々と超えるものであった。
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