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第一話
ギコの受難①
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二月三日、節分の日。
「ただいま~、っと」
俺は買い物袋を片手にアパートの扉を開けて、気の抜けた声を出す。
高校ではギコというあだ名で呼ばれる俺こと赤城鋼兵(あかぎこうへい)は、今日も今日とて騒々しくもバカらしい学校生活をどうにかこうにか捌ききり、ちょうど今し方帰宅したのであった。
八畳ほどの部屋に足を踏み入れ、上着を脱いで暖房のスイッチを入れた俺は、ふと視線を感じて窓の方へ目を向けた。
顔も知らない中学生くらいの少年が、ベランダに足をかけて固まっている。
それはもうばっちりと目が合ってしまった。
絡み合う視線。なんだかよく分からない微妙な空気が闖入者と俺の間に流れる。
どさっと買い物袋を落とした俺は、
「なっ……どっ……」
一瞬の躊躇もなく、
「どうりゃあ、こんちくしょう!」
少年に向かってそのへんに置いてあったティッシュ箱を投げつけた。
「うわあ! ちょっ、いきなり何すんですか! あぶっ!」
飛来してくるティッシュ箱を避けた拍子にバランスを崩した少年は、ベランダの床に顔面から落っこちる。
何をするだって? 不法侵入者に対する俺流迎撃マニュアルを実行に移しただけだろう。何の問題があるというのか。
「そんで? お前さんは人ん家に勝手に入って何をしようというのかね? ん?」
侵入者の頬を両手で掴み、みにょーんと伸ばしながら問い詰める。
「えと、その。か……」
「か?」
「匿ってください!」
「イヤだ」
「即答!? 理由を聞こうとか、ちょっとは思わないんですかっ!」
「まったく思わないっ!!」
「え~……」
こちとら学校で友人、もとい変人たちの暴走に毎日巻き込まれてくたくたなんだ。余計な面倒ごとはお断りなんだよ!
「さあ今すぐゴーバックホームだ家出少年。でなきゃ警察を呼ぶ」
「い、家出じゃありません!」
今までされるがままだった少年は俺の手を振り払い、ベランダに正座した。
「じゃあ、家出少年もとい空き巣少年。速やかに警察のご厄介になりなさい」
「僕は空き巣でもありません!」
少年Aはきっと俺を睨みつけてくる。
「信憑性の欠片もないだろ。んじゃ訊くが、お前はどうして俺の部屋に忍び込もうとした?」
「え、いや、なんか手頃でちょろそうな感じだったんで、つい……」
後頭部に手を当て、悪びれもせずに少年は言い放つ。その頭をスパーンと俺は叩いた。
「ついじゃねえよ! それ完璧に犯罪者の言動だからな!? っていうか手頃でちょろそうってなんじゃコラ? あん?」
そりゃうちは防犯対策なんてこれっぽっちもしてねえけど。築二十年のボロアパートだけど! あんまり悪口言うと大家さんにチクっちゃうぞこのヤロウ。
俺は三倍速でほっぺたみにょーん(技名)を少年に繰り出した。
「ふ、ふいまふぇん」
おたふく風邪みたいになった頬をさすりながら、少年は謝ってくる。目にちょびっと光るものが見えた。
そうやってしょんぼりする様を見ると、この少年が悪い人間だとはとても思えない。なので、これ以上苛めるのはやめてやることにした。
「仕方ねえな。警察には通報しないでやるから、とりあえず俺の家からは出ていってくれ」
はっと少年は顔を上げ、悲しげに俯いた。正座した膝に置かれたこぶしをぎゅっと握り締める。
な、泣くのか? とちょっとたじろぐ俺。
「お願いします! 一晩だけ! 一晩だけでいいので泊めてください!」
泣くどころか土下座して少年は懇願してきた。
「お前なぁ……」
「お願いします! 何でもします!」
呆れる俺の言葉を遮り、額を擦りつけんばかりに下げる少年。
「だ、だめですか……?」
真剣な様子に言葉を詰まらせる俺を、少年は上目遣いに見上げる。つぶらな瞳で見上げてくるそれはまるで捨てられた子犬のような愛くるしさで、俺は思わず――
「って待てぃ!」
何を小動物的な可愛さに絆されかけてんだ俺は! これはあれだ、新手の強盗に違いない! このいかにも無害ですって感じに負けて泊めたら最後、翌朝には財布とか通帳がなくなっているんだきっと。
「だめだ、やっぱり出て行ってもらうぞ!」
俺は少年の首根っこを掴んで玄関へ引きずっていった。えぐえぐ泣いてるけどクールな俺はそんなこと気にしない。気にしないったら気にしない!
「お願いです~……ここを追い出されたら行く当てがないのです~……後生ですから泊めて下さいまし~……」
ドアを開けようとしたら、少年が情けない声を上げて俺の腰に縋り付いてきた。
「ええい、離せ! 離さんか! そんなもの、俺の知ったことではないわ!」
思わず変な口調になりつつ、引き剥がそうと少年の顔をぐいぐいと押すが、なかなかに少年は粘り強い。
がちゃり。
物理的押し問答を繰り広げる俺の耳に、聞きなれた音が届いた。開けようと手を伸ばしていたドアノブが回り
、
「ギコくん、入るよ~?」
という、これまた聞きなれた少女の声とともに、ドアが開かれる。
「さっきから騒がしいけど、誰かいる……の……?」
少年にしがみ付かれて固まる俺。
そしてそれを間近で目撃して動きを止める見知った少女。
さて、ここで問題です。
この場合に第三者が取る適切な対処法は?
答え。
「…………」
ぎぃ~。ぱたむ。
見なかったことにしましょう。
相変わらず固まったままの俺。
ぴたりと閉まったドアはまるで壁のよう。
「ってちょっと待ってー!! 違うんだ! いやそのリアクションはある意味正しいけども! でもこれには訳があって、っていうかなにこの浮気男の言い訳みたいな台詞!? 俺もしかして墓穴ほってる!?」
パニックになって自分の台詞にツッコミを入れながら、俺は慌てて外に飛び出し、すすすーっと遠ざかっていく少女、椎名綴(しいなつづり)、通称しぃのあとを追ったのだった。
「ただいま~、っと」
俺は買い物袋を片手にアパートの扉を開けて、気の抜けた声を出す。
高校ではギコというあだ名で呼ばれる俺こと赤城鋼兵(あかぎこうへい)は、今日も今日とて騒々しくもバカらしい学校生活をどうにかこうにか捌ききり、ちょうど今し方帰宅したのであった。
八畳ほどの部屋に足を踏み入れ、上着を脱いで暖房のスイッチを入れた俺は、ふと視線を感じて窓の方へ目を向けた。
顔も知らない中学生くらいの少年が、ベランダに足をかけて固まっている。
それはもうばっちりと目が合ってしまった。
絡み合う視線。なんだかよく分からない微妙な空気が闖入者と俺の間に流れる。
どさっと買い物袋を落とした俺は、
「なっ……どっ……」
一瞬の躊躇もなく、
「どうりゃあ、こんちくしょう!」
少年に向かってそのへんに置いてあったティッシュ箱を投げつけた。
「うわあ! ちょっ、いきなり何すんですか! あぶっ!」
飛来してくるティッシュ箱を避けた拍子にバランスを崩した少年は、ベランダの床に顔面から落っこちる。
何をするだって? 不法侵入者に対する俺流迎撃マニュアルを実行に移しただけだろう。何の問題があるというのか。
「そんで? お前さんは人ん家に勝手に入って何をしようというのかね? ん?」
侵入者の頬を両手で掴み、みにょーんと伸ばしながら問い詰める。
「えと、その。か……」
「か?」
「匿ってください!」
「イヤだ」
「即答!? 理由を聞こうとか、ちょっとは思わないんですかっ!」
「まったく思わないっ!!」
「え~……」
こちとら学校で友人、もとい変人たちの暴走に毎日巻き込まれてくたくたなんだ。余計な面倒ごとはお断りなんだよ!
「さあ今すぐゴーバックホームだ家出少年。でなきゃ警察を呼ぶ」
「い、家出じゃありません!」
今までされるがままだった少年は俺の手を振り払い、ベランダに正座した。
「じゃあ、家出少年もとい空き巣少年。速やかに警察のご厄介になりなさい」
「僕は空き巣でもありません!」
少年Aはきっと俺を睨みつけてくる。
「信憑性の欠片もないだろ。んじゃ訊くが、お前はどうして俺の部屋に忍び込もうとした?」
「え、いや、なんか手頃でちょろそうな感じだったんで、つい……」
後頭部に手を当て、悪びれもせずに少年は言い放つ。その頭をスパーンと俺は叩いた。
「ついじゃねえよ! それ完璧に犯罪者の言動だからな!? っていうか手頃でちょろそうってなんじゃコラ? あん?」
そりゃうちは防犯対策なんてこれっぽっちもしてねえけど。築二十年のボロアパートだけど! あんまり悪口言うと大家さんにチクっちゃうぞこのヤロウ。
俺は三倍速でほっぺたみにょーん(技名)を少年に繰り出した。
「ふ、ふいまふぇん」
おたふく風邪みたいになった頬をさすりながら、少年は謝ってくる。目にちょびっと光るものが見えた。
そうやってしょんぼりする様を見ると、この少年が悪い人間だとはとても思えない。なので、これ以上苛めるのはやめてやることにした。
「仕方ねえな。警察には通報しないでやるから、とりあえず俺の家からは出ていってくれ」
はっと少年は顔を上げ、悲しげに俯いた。正座した膝に置かれたこぶしをぎゅっと握り締める。
な、泣くのか? とちょっとたじろぐ俺。
「お願いします! 一晩だけ! 一晩だけでいいので泊めてください!」
泣くどころか土下座して少年は懇願してきた。
「お前なぁ……」
「お願いします! 何でもします!」
呆れる俺の言葉を遮り、額を擦りつけんばかりに下げる少年。
「だ、だめですか……?」
真剣な様子に言葉を詰まらせる俺を、少年は上目遣いに見上げる。つぶらな瞳で見上げてくるそれはまるで捨てられた子犬のような愛くるしさで、俺は思わず――
「って待てぃ!」
何を小動物的な可愛さに絆されかけてんだ俺は! これはあれだ、新手の強盗に違いない! このいかにも無害ですって感じに負けて泊めたら最後、翌朝には財布とか通帳がなくなっているんだきっと。
「だめだ、やっぱり出て行ってもらうぞ!」
俺は少年の首根っこを掴んで玄関へ引きずっていった。えぐえぐ泣いてるけどクールな俺はそんなこと気にしない。気にしないったら気にしない!
「お願いです~……ここを追い出されたら行く当てがないのです~……後生ですから泊めて下さいまし~……」
ドアを開けようとしたら、少年が情けない声を上げて俺の腰に縋り付いてきた。
「ええい、離せ! 離さんか! そんなもの、俺の知ったことではないわ!」
思わず変な口調になりつつ、引き剥がそうと少年の顔をぐいぐいと押すが、なかなかに少年は粘り強い。
がちゃり。
物理的押し問答を繰り広げる俺の耳に、聞きなれた音が届いた。開けようと手を伸ばしていたドアノブが回り
、
「ギコくん、入るよ~?」
という、これまた聞きなれた少女の声とともに、ドアが開かれる。
「さっきから騒がしいけど、誰かいる……の……?」
少年にしがみ付かれて固まる俺。
そしてそれを間近で目撃して動きを止める見知った少女。
さて、ここで問題です。
この場合に第三者が取る適切な対処法は?
答え。
「…………」
ぎぃ~。ぱたむ。
見なかったことにしましょう。
相変わらず固まったままの俺。
ぴたりと閉まったドアはまるで壁のよう。
「ってちょっと待ってー!! 違うんだ! いやそのリアクションはある意味正しいけども! でもこれには訳があって、っていうかなにこの浮気男の言い訳みたいな台詞!? 俺もしかして墓穴ほってる!?」
パニックになって自分の台詞にツッコミを入れながら、俺は慌てて外に飛び出し、すすすーっと遠ざかっていく少女、椎名綴(しいなつづり)、通称しぃのあとを追ったのだった。
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