気ままに陰陽師!

海月大和

文字の大きさ
上 下
6 / 25
第一話

5.予想が外れるときもある

しおりを挟む
 約束の時間に十分ほどの余裕を持って移動していた彰は、住宅街の入り口付近で二宮とばったり出会うことになった。

「早いな。準備の方は?」

 足を止めて問うと、

「万端だよ。とりあえず篠原さんの家まで行こう」

 淡白な答えを返して二宮はさっさと歩き出した。横に付いて歩きながら、彰は疑問を口にする。

「万端って、分かれる前とあんま変わってない気がするんだけど」

 二宮の装備に二時間前と変わったところはほとんど見受けられない。道具を入れるカバンを持っている訳でもなく、着の身着のままといった感じだ。

 あからさまに不審な目を向けても、こちらに向き直った二宮は飄々とした態度でジーパンのベルトとシャツの胸ポケットを指差す。

「準備って言ったって、これとこれを持って来るだけだからね」

 胸ポケットに引っ掛けてあるのは黒いマジックペンのようだが、ベルトに取り付けてあるのは一目では何なのか判別が付かなかった。

「何だこれ」

 二宮のベルトには銀色のリングが取り付けてあり、そのリングにぶら下がって揺れているのは縦一五センチ、横五センチほどの白い紙の束だ。まるで暗記ペーパーを大きくしたものをベルトに通して身に付けているかのように見える。

「お札。仕事道具だよ」

 紙の束から一枚抜き出して手渡してくる。受け取った彰はそれを目の高さまで持ってきて、しげしげと眺めた。

「ふーん。これがねぇ~」

 裏返してみると、何語なのか判断できない文字が筆で紙いっぱいに記してあった。

(こういうの見ると、少しは『陰陽師』って感じがしないでもないけど)

 札の束を左手側に着けているのは、二宮が右利きだからか。おそらく胸にあるペンは札に何かを書くためにあるのだろう。などとあんまり意味のない推察をしながら彰は札を返そうとしたが、まだ沢山あるからいいよ、と言われたのでとりあえず持っておくことにした。

 それからは特に会話もなく、黙々と歩き続けた。

 表面上では何でもない風を装っていた彰だが、胸中では未だに不安やその他諸々がぐるぐると渦を巻いていて、とても世間話に興じられる気分ではなかったからだ。二宮もそれを察してくれたのか、話しかけてはこなかった。

 菜央の家のある通りに差し掛かったところで、彰はあるものを見つけた。

「あれって……」

 篠原家の門の前に車が一台停めてある。あれは確か、自分たちと入れ違いに訪ねてきたお客さんが乗っていた車だ。ということは、客人はまだ篠原家にいるのだろう。近づいて車中を覗いても、やはり誰も乗っていなかった。

 これは出直すべきか。そう思い、二宮の方を向こうとしたら、彼がさっさと門を開けて敷地内に入っていくのが見えた。

「え、ちょ……二宮?」

 お客さんがいるんだから邪魔しちゃダメだろ、と言う間もなく、結局その後を追って彰は篠原家の門をくぐることになった。すたすたと歩く背中に彰が追いつくのを待たずに、二宮は玄関の前に立つ。そのまま躊躇いもなくインターホンを押した。

「不味いって二宮。お客さんいるんだから」

 察しがいい彼なら言うまでもなく気付いている筈なのに、一体どうしたのだろうか。困惑ぎみの彰の言葉に二宮は反応を返さない。代わりに真面目な顔付きでぽつりと言った。

「おかしい」
「は? 何が?」
「誰も応対に来ない」

 そう言われてはっとした。インターホンを押してしばらく経ったのに、何の音沙汰もない。お客さんが来ているのだから、誰かしら家にいるのは間違いないのだ。

「今は手が離せない、とか?」
「どうかな」

 硬い声で言って二宮は来た道を引き返す。どうするんだろうと付いていくと、二宮は門の前で立ち止まり、お札を一枚手に取った。胸ポケットから取り出したペンのキャップを外し、札の真っ白な面にさらさらと文字を書いていく。

『 この門、人の目に留まることあたわず 』

 持ってきたのはマジックペンではなく筆ペンのようだ。書き終えた二宮はペンをしまい、札を胸の前に持ってきて目を閉じる。

 すると、次第に札全体がぼんやりと薄紫色の光を帯びてきた。二宮は目を開け、箱に封をするように門の中心に押し付ける。札はぴったりと門に張り付いた。

 彰はその光景に目を剥いた。思わず感嘆の声が漏れる。

「すっげぇ……。え、今これ、何をしたんだ?」

「人払いだよ。簡易だけど、これで一・二時間は関係ない人間は入ってこない。池永、さっきあげた札をちょっと貸して」

「お、おう」

 門に張り付いた札から視線を外し、上着のポケットにしまってあった札を渡す。二宮はそれに筆ペンで、

『 悪しき力、害なすこと能わず 』

 と書いて返してきた。

「持っててくれるだけで効果はあるから。絶対に手放さないでね」

 二言目をことさら強調してから二宮は玄関まで歩いていく。もう一度インターホンを押し、相変わらず応答がないのを確認して玄関から二歩離れ、そしてジーンズのポケットからカードを一枚取り出した。

「出て来い、与一」

 たちまちにつむじ風が巻き起こり、鎌鼬三兄弟の長男、与一が姿を現す。

「あっしに御用ですかい、旦那?」
「うん。与一、この家から何か感じない?」

 問われた与一は篠原宅を振り仰ぎ、ふうむと顎に前足を添えて唸る。どうやらこの仕草は与一の癖のようだ。

「これはなんとも。良くない気が大量に漂ってきてやすねぇ。家の外でここまでだと、中は大変なことになってるんじゃありやせんかね?」
「やっぱりそうか……」
「おい、どういうことだ? 話聞いてるとなんかやばそうなんだけど」

 彰は堪らず会話に口を挟んだ。これくらいなら大丈夫と言っていた二宮の表情は、ここに着くまでと違って真剣味を帯び、篠原家を見つめる眼差しは鋭い。

 二宮の張り詰めた様子を見ると、なんだか胸騒ぎがした。菜央と菜央の両親は大丈夫だろうか。

「前と明らかに様子が違う。何かあったみたいだ」
「何かって何だよ?」
「それは分からないけど。一筋縄じゃいかなくなったのは確かだね」
「マジかよ。じゃあ、これからどうするんだ?」
「それはもちろん」

 二宮はにっこりと笑い、

「強行突破だね。与一、頼む」

 と、とんでもないことを言い出した。

「承知しやした」

 主の命を受けた与一はしゃりんと鎌をすり合わせ、あっという間にドアノブの周りを長方形に切り取った。鍵の部分と分離されたドアが、内側に少しだけずれる。

「よし、じゃあ行こうか」

 与一をカードに戻した二宮は、強行突破という言葉に似つかわしくないほど気軽な感じで家の中へ入っていった。

 あっけにとられながらそれを見送った彰の口から、ははは、という乾いた笑いが零れる。呆然と立ち尽くした彼は、引き攣って上手く動かない顔の筋肉を使ってこう呟くのだった。

「二宮って、意外とアグレッシブなんだな……」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...