続・俺勇者、39歳

綾部 響

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7.破滅の呪い

氷嵐の中の合流

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 魔王リリアの私室から魔王城門前へは「魔王城のペンダント」を使用して。
 そしてそこから、「聖霊の羽根」を使って聖霊ヴィスの像まで。
 更にそこからは「聖霊の証」を使用して、人界にある聖霊アレティの像の前まで移動し。
 そこから、転移魔法シフトを使用して「シュロス城」の近くまで移動する。
 万一を考えてクリーク達が立ち寄りそうな場所には、予め聖印マーキングを打ってあった。
 今回はそれが役に立ったわけだ……最悪の形でだがな。

 そのお蔭で今まで随分と苦労してきた道のりだが、今となっては魔王城内からこのシュロス城付近までほんの僅か……数十秒ほどで到着する事が可能だった。
 ただしそれは、俺の力だけでは不可能な事だ。聖霊達の協力があり、そして何よりも魔王リリアの助力が大きいと言える。
 そして今回は、その力添えに大きな感謝を抱いていたんだ。
 何故ならば。




 足早に少し進むと、霧で霞む先に巨大な古城……シュロス城が確認出来た。
 そしてこれまた大きめの城門前には……廃城には不釣り合いと思える、多数の影が殺到して賑わいを見せていたんだ。
 言うまでもなく、その影の正体は民衆ではなく……怪物だ。「通信石」でソルシエと話した通りシュロス城門前にはクリーク達が陣取っており、そこへ周囲の怪物モンスターたちが押し寄せていると言った寸法だろうな。
 どういう経緯でそうなったのかは分からないが、想像するに門前で無闇に戦闘を行ったのだろう。
 そしてそこで手こずっている間に、更に周囲の怪物が合流リンクして来た……そんな所ではないだろうか。

 敵単体の強さを考えたなら、今のクリーク達なら問題なく対処出来るだろう。それが数体纏まっていたとしても、何とか対応出来るだろうな。
 でも俺が目視できる範囲で確認した怪物の数は、ゆうに30体を超えている。流石にこの数を相手取って、今の彼等じゃあ対処もへったくれも無いだろうな。
 大体ここまで怪物たちのリンクを許した時点で、彼等の冒険はここで終わりだと言って良い。
 そうならない様に気を配るのが必須のスキルだろうし、何よりもそんな事に陥らない為の指導はしてきたはずなんだがなぁ……。
 何か教えていない事でもあったんだろうか?
 厳しい様だが、いちいち危機に陥ったからと言ってわざわざ俺が出張って来たんじゃあ、結局俺が彼等とパーティを組んで同行しているのとそう大差はない。
 本当だったなら、例えクリーク達の懇願だったとしても放っておくべきなのだろう。
 ここで全滅する……若しくは、誰か1人でも生き残ったならば、それを糧としてその後の人生に活かす……。それが〝冒険〟であり、俺も……いや、俺達もそうやって鍛えられてきたんだからな。

 でも、それじゃあ
 俺としても、今回クリーク達を教育指導して行く事は初めての試みだ。
 何が悪いのか? 彼等が何を考え、どう行動しているのか? それらの問題を浮き彫りにして、俺もまた今後に活かさなければいけないからな。

 それに、彼等にはまだ役目がある。人界と魔界を結び付けるテストケースとして、やっぱり今後の為に多くの情報を明示して貰わなければならないんだ。
 だから俺が彼等を助けるのもこの戦闘に介入するのも、決して過保護だからじゃあない。
 過保護じゃないんだからね!
 甘やかしてなんかいないんだからね!
 まぁもっとも。
 更に早足となってる俺の進行速度を傍から見れば、そんなもっともらしい理屈なんて呆れられるだけだろうけどなぁ。

 ……そんな事を考えながら、俺は怪物どもの集団、その最後尾に近づきながら腰に差した「氷結の剣」に手をかけゆっくりと引き抜いたんだ。
 陽の光も弱々しくなる霧の中にあって、それでもこの剣は青白く冷たい光を放っていた。
 この剣の放つ気配を察したのか、それとも俺の事に気付いたのか。怪物の集団まではまだ間があったんだが、最後尾の怪物「生ける屍ゾンビ」の数体が俺に気付いて振り返り、そのまま迫って来たんだ。

 生ある野獣魔獣ならば、俺が本気で放つ気配でその戦意も喪失するだろう。それ程に、この地の怪物たちと俺とのレベル差はあり過ぎるんだ。
 ハッキリ言って、此処に生息する怪物たちに俺を害するだけの力はない。それは俺が、今のように殆ど丸裸であっても……な。
 しかしそれも、命を持たない怪物ならば意味はない。奴らにあるのは生への執着……妄執だけだ。
 知性の無いゾンビ共は、それが到底敵わない相手だろうが関係なく向かって来る。ただ、「生命の息吹」に引き寄せられて集まって来るんだ。
 そこがまぁ、面倒な怪物だと言えるところなんだがな。

 クリーク達に群がっていた怪物たちの半数以上が、徹底抗戦する彼等の方を諦めて俺へと向かって来ている。その殆どが人型のゾンビだが、中には獣型の生ける屍の姿も見えた。
 こいつらは人型のゾンビと違って、生前通りの素早い動きを見せる少し困った存在だ。小数で襲って来たなら、今のクリーク達でも対応は可能だろうが、こうも多くの怪物の中に潜り込まれたなら動きの緩急から翻弄される事だろうな。
 俺は即座に、そして慎重に「氷結の剣」へと魔力を注ぎ込んだ。俺の魔力を吸収した魔剣は、その刀身に纏う凍気を増大させていた。
 この剣は持つ者の魔力……そしてその技能により、様々な特殊効果を発揮する事が出来るんだ。
 これは……その一つ!

凍鏡フリーレン・エスペリオっ!」

 俺は向かい来るゾンビに向けて……いや、違うな。群がっているゾンビ共全てに向けて、手にした剣を横一文字に振るったんだ!
 その直後! 俺の眼前には、今までなかった筈の氷山が突如として出現したんだ!
 まるで小山ほどもある氷の山が瞬く間に出現すると、それまで生ける屍共が発していた呻き声やら吠え声が一瞬で消え失せて、周囲を驚くほどの静寂が支配した!
 ただ、その氷塊が存在していたのは……ほんの僅かな間だけだ。次の瞬間には、まるで金属同士を打ち合わせた様な澄んだ甲高い音を残して、その巨大な氷は粉々に砕け散ったんだった。
 そして……まるで季節外れの雪を降らせたかのように、弱い陽光に照らされた細かい氷雪はキラキラと輝きながら……霧散して消えてしまったんだ。

 ほんの一瞬で、目の前に群れを成していたゾンビ共が消え去り、俺とクリーク達を隔てる者は何も……そう、何も存在しなくなっていた。

「あ……あれ……?」

「ゾ……ゾンビが……消えた……!?」

「せ……先生っ!」

 余りにも突然の出来事に、ソルシエとクリークはどこか呆けた様子で呟き、そして俺の姿を逸早く見つけたダレンが俺に向けてそう叫んでいた。
 そんな彼等に、俺は剣を鞘へと納めて再び歩み寄っていた。

 氷の魔剣「氷結の剣」には、注ぎ込まれた魔力と扱う者の技量により様々な能力を発揮する力がある。
 その能力の内、攻撃に属する能力……「凍鏡」は、対象とする一帯を一瞬で極低温とする事が出来る。
 その結果、瞬間的に巨大な氷結が出現し敵を氷漬けにするんだ。
 瞬間的に凍結された敵はガラスのように脆くなり、氷が破砕するのと同時に細かく砕け散ってしまうって寸法なんだ。まぁ……凍結に耐性のある敵や強力な生命力を持つ魔物には効果も薄いんだが。
 この技で特に難しいのは、言うまでもなく「コントロール」だろう。
 力任せに振る舞えば、怪物の群れの向う側にいたクリーク達も凍ってしまうだろうし、弱すぎれば一撃で全滅させる事なんて出来なかったろう。
 まぁこの辺は、長い年月で培った技術って奴だな。

 無言でクリーク達の元までやって来ると、彼等は窮地より救い出された事を漸く理解したのはホッとした表情をしてその場にへたり込んだんだ。
 と……そんな安堵した雰囲気も束の間。

「そ……そうだっ! 先生、イルマが……イルマがっ!」

 ハッとした表情を俺に向けて、通信石で話したような切羽詰まった声を発したソルシエがそう叫んでいた。
 彼等の後ろ側を見れば、横に寝かされたイルマが額には脂汗を浮かべて苦悶の表情を浮かべていたんだ。
 なるほど、彼等がこの場から動き出せずに、尚且つここで無理な戦端を開いた理由が理解出来た。
 クリーク達は何らかの理由で倒れたイルマを連れて移動していたが、敵に阻まれて戦わざるを得なかったんだろう。
 そして襲って来た敵を倒しきる前に他の敵が合流リンクを繰り返し……あんな大群に阻まれて立ち往生していたんだな。
 強引に群れを突破しようにも、動けないイルマを連れてとあっては今の彼等では不可能だからな。
 ただ、問題は……。

「落ち着け、ソルシエ。それで……イルマはどうしたんだ?」

 俺は彼等を更に動揺させないよう、殊更に冷静な口調を心掛けて話したんだが。
 その物言いがどうにも冷徹な様子に映ったのか。
 彼等の表情からは先程までの安堵感は消えて、どこか怯えた様な顔になっていた。
 あれ? ひょっとして、また選択を誤った……かな?

「イ……イルマは……イルマは……俺を庇って!」

「イルマさんはクリークさんを庇ってその……得体のしれない怪物に噛まれて……」

 悔し気に俯いて自責の念を溢すクリークの後を継いで、ダレンが恐々とそう説明してくれたんだ。
 得体のしれない……怪物だと?
 この付近で、そんな特殊な魔物が出るなんて話、聞いた事も無いな。
 俺はゆっくりとイルマの元へと近づくと、倒れている彼女をゆっくりと抱き起し、そのまま彼女の全身を慎重に観察した。
 そして……彼女の腕に、獣に噛まれた様な跡を見つけたんだ。

 ああ、そうか……なるほどな。
 それにしても……「得体のしれない怪物」とは……まったく、こいつらは……。

 それを見た俺は、クリーク達が何に襲われ、イルマが今どういった状況なのか理解したんだ。

「せ……先生? イルマは……どうなの……?」

 俺の背中から、探る様にソルシエが問いかけてきた。
 そしてその気持ちは、他の2人も同様だろう。
 そんな彼等を俺は肩越しに見据えて、ゆっくりと口を開いたんだ。

「……お前達……イルマを殺せるか?」

 思ってもいなかった言葉だったんだろう、問いかけてきたソルシエは勿論、その場の誰もがただ一言も声を発する事が出来なかったんだった。
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