続・俺勇者、39歳

綾部 響

文字の大きさ
上 下
31 / 47
5.説得

無事、目覚める

しおりを挟む
 ゆっくりと……覚醒して行くのが分かる。
 ああ……俺は……目覚める事が出来たんだなぁ……。

 タップリと寝た感覚はある。だから、もうとっくに夜が明けて太陽が空に輝いているだろう事は想像出来ていた。
 出来ていたんだが……。
 薄っすらと開いた瞼に飛び込んでくる光は……どうにも少なく、どちらかと言えば薄暗い。

「ああ……ここは……」

 ハッキリして行く意識の中で、俺は自分が眠っていた場所に心当たりのある事で安堵していたんだ。
 間違いない。
 ここは……いつも俺が定宿としている、エノテーカの店の2階だな。

「ゆうしゃさまあぁっ! 起きたんだねえぇっ!」

「ああ……メニーナかどぐわぁっ!」

 メニーナの元気な声を聞いた俺はそれに応えようとして、腹に凄まじい衝撃を受けたんだ。
 視線をそちらへと向ければ、彼女が思いっきり伸びをした様態で、俺と十字を切る形で圧し掛かっていたんだ。
 考えるまでもなく、彼女が手加減なくベッドで横たわる俺に飛び込んで来た事が分かった。
 分かったんだが……。
 メニーナよ……ようやく目覚めたばかりの俺に、その仕打ちは酷すぎるぞ……。

 まぁ、そこに悪意が無いのは彼女の表情を見ればわかる。
 それに恐らく、俺が目覚めるまでずっとそばに付いていてくれたんだろう。事情を知っているのかどうかは兎も角だがな。
 そんなメニーナに、頭ごなしに怒る事なんて出来ないよなぁ……。
 こちらの方にキラキラとした瞳を向ける彼女の頭に、俺はゆっくりと手を置いた。

「メ……メニーナ……。重いからそこを退いてぐはぁっ!」

 何とか笑みを作り辛うじて優しい声音で彼女を俺の上から退けようとした矢先、メニーナのその向う側……俺の下腹部辺りに、新たな衝撃が起こったんだ!
 完全に不意を突かれた俺は、先程よりも強烈なダメージを受けていた!

 ……うん、場所も悪いしね。

 震える体を今少し起こしてそちらを確認すると、なんとそこにはメニーナと同じ態勢をしているパルネが横たわっていたんだ!
 普段から存在を薄くしている彼女を、俺は完全に失念していた。
 そしてそんな彼女の飛び込み攻撃は、俺に完璧な不意打ちを成功していたんだ。

「パ……パルネ!? 何でパルネまで飛び込んで……」

 苦しみの余り途切れ途切れとなりながらも、彼女にその行動理由を問い質したんだが。

「……メニーナが……楽しそうだった……から?」

 返って来たのは如何にも子供らしい理由であり、更には疑問形でもあったんだ。
 いや……楽しそうってだけで、長く眠っていた者にこの攻撃はいかんだろう……。

「ねえぇ?」

「……ね?」

 そんな俺の思考なんて思いもせず、彼女達は顔を見合わせて頷き合っていたんだ。
 それを見た俺は、何とか体を起こしにかかった。このまま横になっていたら、「楽しい」って理由で体の上で踊り周られそうだからな。

 自作特殊技セルフ・スキル戦硬防御壁バリガサブル・ディファー」の反動は、「勇敢の紋章フォルティス・シアール」を使った時ほど酷くはない。
 単純な疲労から来る睡魔に苛まれるだけだからな……寝て、起きたら治ってるってのが実際の処だ。

 俺は気怠い体を起こして、周囲の様子を改めて確認した。いや、周囲の様子と言うよりは今の時間を……と言うべきか。
 長老とエノテーカと戦った深夜から、間違いなく時は経っている。そして時間は流れて、すでに日も西側に大きく傾いている様だった。
 問題なのは、それが何日後か……と言う事なんだが……。

「……メニーナ。俺はどれくらい寝ていたんだ?」

 パルネと2人して、俺のベッドの上でワイワイと話していたメニーナに話し掛けた。
 若い頃はそれこそ数時間も寝れば復活できていたんだが……流石に……今はそうもいかない様だ……。

「ゆうしゃさま、よっぽど疲れてたんだねぇ……。昨日この村に来てぇ、おじいちゃんの家で話してぇ、ゆうしゃさまは宿屋に戻ってぇ……。それで朝になって迎えに来ても寝ててぇ、ぜんっぜん起きないんだもん。つまんなかったよ」

 昨日この村を訪れてからの行動を説明してくれていたメニーナは、最後には頬を膨らませ唇を尖らせて話を締め括った。
 成程……俺はどうやら、半日以上眠っちまったって感じだろうか?まぁ……数日間動けなくなる「勇敢の紋章」を使った時よりはよっぽどましだけどな。
 でもこんなに睡眠が必要だとは……これが旅先や戦場なら、戦死確定じゃないか……。やはり「戦硬防御壁」も、使うのは考えなきゃいけないな……。

「そうか……。それで朝ここに来てから、俺をずっと看ててくれたんだな? ありがとな」

 そういって俺は、再び彼女の頭に手をやってワシャワシャと撫でてやったんだ。
 まるで子犬のようにメニーナはそれを嬉しそうに、気持ち良さそうに受け入れていたんだが。

「いいよぉ。またおじいちゃんに、この村から出る話をしてもらわないとなんだから。あっ、それからパルネも一緒にいてくれたんだよぉ。パルネも褒めてやってよ」

 そんなメニーナは、思い出したように後ろにいるパルネの事も説明してくれたんだ。
 俺としても、どうして彼女がこの部屋にいるのか不思議ではあったんだが……なるほど、俺の看病と言うよりもメニーナの付き添いって処だったんだろうな。それでもこの部屋で、俺の様子を看ていてくれたのには違いないからな。

「ありがとう、パル……」

 そうして俺は、メニーナと同じ様に頭を撫でてやろうと手を伸ばしたんだが。
 俺の手の接近に、見るからに体を強張らせて僅かに距離を取ろうとする彼女の動きを見て俺はその手のやり場に困って固まっちまったんだ。

 緊張感を露わにしてこちらを見つめるパルネ。

 中空を持ち上げられたまま動きを止めた俺の右掌。

 そして、まるで互いの出方を窺うように視線を交錯させる俺とパルネ……。

 そんな時間が、永遠に続くかと思われたんだ。

 彼女が俺に対して警戒心を抱くのは……分かる。
 いや、勇者としてそんな事は理解したくも無いんだが、今までの行動を考えればパルネが俺に対して心を開いていないと言う事は改めて言われるまでもない事だった。
 まぁ……それはそれで、勇者として大問題だけどな……。
 ただこの場は勇者として……ではなく、大人として軽い気持ちでスキンシップを取ればいいだけなんだ。

 だがそれで……もしも……もしもパルネが大泣きでもしたら……どうする?
 いや……俺は……どうなる?
 この年で幼女……と見紛うだけで実際は俺と同年代か年上な訳だが、それでも傍から見る限りではちょっとした犯罪にはならないだろうか?
 それはまずい! 勇者として……だけではなく、大人として……いやいや、人としてまずい気がする!
 そんな俺の心中の葛藤が、俺の行動を完全にストップさせていたんだ。
 そしてそれに呼応するかのように、パルネもまたその動きを完全に止め更に身体を強張らせていった……んだが。

「もう、ゆうしゃさま。何してるのよ? パルネも恥ずかしがってないで、もっと近くに来なきゃ」

 メニーナから、そんな凝固した空気を一掃する言葉が投げ掛けられたんだ!

 ……。

 な……なに―――っ!?

 パルネのあの態度は俺を忌避していたんじゃあなくて、ただ単に……照れていただと―――っ!?

 メニーナの言葉の真意を確かめる様に、俺は改めてパルネの方を注視してみた。よくよく見れば彼女が身を硬くしているのは確かなんだが、その表情には薄っすらと赤みが差している。
 体を固めて動かない姿も、見様によっては俺の手をジッと待っている……様に見えなくもない。
 俺はメニーナの言葉を信じて、動かせないでいた手をパルネの頭へと移動再開させたんだ。それを見て取ったパルネが、再び身体に力を籠める。
 ……おいおい。……いきなり泣き出すなんて、勘弁だぞ。
 何とも不思議な光景……頭を撫でようとする方も、それを待つ方も妙に力の籠った描写が織りなす中……。
 俺の手が……パルネの頭に……触れた!

 ポスっと置いた俺の手を、パルネは目を瞑って受け入れている。
 だがその表情は先程までとは違い、何とも……気持ち良さそうだ!?
 俺がメニーナと同じ様に彼女の頭もワシャワシャと撫でてやると、その表情は一気に弛んでいた。

「ああぁっ! ゆうしゃさまぁ、私もおぉっ!」

 暫くパルネを撫でてやっていると、メニーナも催促して来たんだ。
 そうして割と長い間、良い大人が2人の少女の頭を撫で続けると言う何とも頭の痛くなる光景が展開され続けていたんだった……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

処理中です...