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エピローグ【その背を追って】

永遠の好敵手

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 大勢の者が行き交い、所々で哄笑と怒声、喜悦と愁嘆が響き渡っている。肩を組み往来する者がいれば、すぐ近くでは喧嘩が起こりそこに人の輪が出来ていた。
 ここは「快楽の街ミールウス」。エルモソ王国城下町の僅かに東に位置する王国第2の街だ。
 街全体が繁華街となっており、それこそ無数の娯楽がここにはひしめいている。朝も昼もなく、一日中……一年中この街では享楽の限りが尽くされていた。

「おらっ、おめぇらぁっ! 練習止めて、ちょっと来いっ!」

 そんな巨大な特飲街の真ん中にある、かなり大きな庭付きの邸宅。そこの主が、その庭で鍛錬していた少年少女へ向けて声を掛けた。……いや、怒鳴った。
 豪奢なリクライニングチェアに腰かけた男は、その口汚い物言いとは裏腹に精悍な顔つきをしており、いっそ凛々しいと言って良い風貌をしていた。鍛えられ引き締められた肉体を見る限りでは、とてもアラフォーで2人の子持ちとは思えないだろう。

「何だよ、親父ぃっ!? せぇっかく興が乗って来たってのによぉっ!?」

 そしてそんな男に向けて、剣を肩に担ぐようにして少年は父親と同じような荒くれた口調で応じていた。これだけを見れば、完全に父の影響を受けていると言っても過言ではない。
 その髪型や色、顔つきや肌から瞳の輝きに至るまで、この少年は父親と非常によく似ていた。纏う雰囲気さえも、どこか同じものを感じられる。
 もっとも、それはのだが。

「うるせぇ、キニス! つべこべ言わずに、とっととこっちへ……って、うおっ!?」

 息子……キニスのそんな文句を封殺しようとして、父親はその台詞を全て言えずに終わった。何故なら、話す彼の目の前で急に小さな火花が弾けたからだった。
 不自然な閃光の発生は、正しく魔法でのもの。しかしそれに殺傷能力などなく、良い処花火程度であったろうか。

「……うるせぇです、親父どの。……これ以上お兄様に不遜な態度を取るなら、丸焼きにしますよ?」

「そ……そんなぁ……。ビーシャちゃあん……」

 父親がビーシャと呼んだ娘の辛辣な一言を受けて、彼は殊の外大ダメージを負っていた。このやり取りからは、父親の方がかなり娘を溺愛している様に見受けられる。
 幼さが残るものの整った顔立ち。将来はさぞかし美人になる事が伺えるのだが……そんな素材を台無しにしているのは、どこか昏さを纏わせている半眼となったその瞳だろうか。
 実の父親を見ると言うのに、その眼には敬愛や親慕の情など微塵も浮かんでいない。

「……もう、スキア? でしょう?」

「うう……。ビクダリアァ……」

 娘の言葉に打ちひしがれている父親……スキアに向けて、屋敷の方から歩いて来た母親……ビクダリアは呆れながらもそう告げた。
 ビクダリアの姿はビーシャに瓜二つだ。……いや、この場合はビーシャがビクダリアに似ているのか。そんなスキアを見つめるビクダリアの瞳にも、暗く怪しい光が宿っていた。
 それはスキアに対しての負の感情と言うよりも、どちらかと言えば執着や溺愛と言ったものに近しい。……果たしてそれらが正の感情かどうかは疑問だが。

「でも、ビーシャちゃん? あなた私のキニスに魔法を仕掛けるなんて……」

「あ……う……」

 ビクダリアはキニスに向けていたものとは明らかに違う質の視線を娘へと向け、それを受けたビーシャは一気に縮こまっていた。冗談でも何でもなく、ビーシャの表情には怯えが含まれていて声も上手く出せずにいる。

「と……とにかく親父ぃ! わざわざ稽古を止めてまで俺たちを呼んで、要件をさっさと言えっつってんだよ!」

 劣勢に立たされていた妹を助ける為か、それとものか。キニスは父のスキアへ向けて本題を問うた。

「……お兄様」

 そしてビーシャの方はかなり都合よく解釈したのか、うっとりとした表情で頬を赤らめ、自分の実の兄を見つめている。そんなビーシャを見て、ビクダリアは小さく嘆息していた。

「おう、そうそう。お前ぇたちな……そろそろ、この街を出るか?」

 息子に促されて、肩を落としていたスキアは復活し要件を語り出した。しかしその表情には、どこか真剣な風情が醸し出されている。

「えっ!? 親父ぃ、俺たちがこの街を出るのを認めてくれんのかよ!?」

 スキアの話を聞き、キニスは途端に顔をキラキラと明るくして問い返していた。そこにはどこか、待ってましたと言わんばかりの風情がある。

「……ああ。俺も1人で冒険に出たのはお前ぇと同じ16歳の時だった。俺は農民の子の出だったからな。初めは右も左も分かんねぇ上に剣の腕も初心者だったが、今は何とか。俺の全てを教え込んだお前ぇなら、きっと全盛期の俺を超える事が出来るからな。思い立ったが吉日ってやつだ」

 彼の言葉に誇張や嘘はない。キニスはまだ女神の加護を受けてはいないが、それでも近隣に出現する魔物ならば決して後れを取るような事は無い腕前を持っていたのだ。

「そして……お前ぇなら、ってもんだ! ギャフンと言わせて来いや!」

 そう言ってキニスに向けて拳を突き上げて見せたスキアに対し。

「おう! ギャフンと言わせてやるぜ!」

 同じようなポーズを取ってキニスは応え。

「……お兄様。……素敵」

 ビーシャはますますウットリと魅入っており。

「……ギャフンて。……それよりもビーシャちゃん? あなたはキニスちゃんについて行くのかし……」

「当然なのです、母上殿ぉ! お兄様が旅立つのに、私がお供しなくてどうするですかぁ!」

 そんな様子を伺っていたビクダリアがビーシャに問おうとするも、その台詞を全て言い切る前に彼女は半ば被せ気味に返事をしたのだった。その顔はキニスのように冒険への憧れに満ちていると言うよりも、鼻息が荒い。

「……まったく。この娘の〝お兄様愛ブラコン〟にも困ったものだわ。仲が良いのは悪くは無いんだけど、誰に似ちゃったのかしら……」

 呆れた様に嘆息するビクダリアだが、その顔には台詞程の深刻さなどない。
 ビーシャの歪んだ愛情と共に陰湿な性格は既に家族全員知る処であり、もはやビーシャ以外の全員が諦めている。執着は相当なものであり、下手に指摘をしようものならばどの様な「仕返し」が待っているのか分かったものでは無いのだ。
 そしてそれが誰から譲り受けられた者なのかも、少なくとも父と息子は知っていたのだった。

「それに……ライバル……ねぇ」

 そんなビクダリアは、スキアの先ほど口にしたこの言葉にも思いを馳せていた。



 剣闘士スキア=カバーンが冒険していたのは20年前の事。勇者パーティが魔王城に攻め込んだ際にも、彼のパーティは最後まで戦い抜き無事に生還を果たしていた。
 それだけでも大したものだったのだが、残念ながら彼はその時に足へと受けた矢傷が元で冒険者を引退する事となった。
 ビクダリア=ダルダールは当時のパーティメンバーであり、彼の引退と同じくして一線を引き、彼を追いかける様に……いや決して離れる事無くこの街へと辿り着き今に至る経緯を持つ。
 スキアの実力も然る事ながらその名声も大したものであり、この一大歓楽街に大きな屋敷を持つに至ったのだった。

「でも〝片思いの好敵手〟……なんだけどね」

 そしてビクダリアは、誰にも聞こえない様にポツリとそう呟いたのだった。



 ビクダリアの言葉通り、ライバルだと思っているのはスキアだけであり当の勇者は全くそんな事を考えてはいなかったのだった。
 ……いや、勇者は実は、彼の存在さえ知らなかった。
 それも仕方のない話で、勇者とスキアが話をした事は皆無。魔王城への侵攻時も完全に別ルートからの陽動を担当しており、彼が勇者と同じ戦場に立つことは無かったのだ。
 一方的に勇者の存在を知り、1人で盛り上がり、自分だけでライバル認定をする。
 これでは流石に、勇者もスキアの事を意識するなど出来るはずがない。

「良いか、キニスよ! 俺にも出来なかった『好敵手 勇者』を実力で打ち負かし、この世界で最強の称号を手に入れるんだぁっ!」

「分かったぜっ、親父ぃっ!」

「ああ……。お兄様……」

 そんな背景を全く語らないスキアと、その様な裏事情など全く知らないキニスは2人して多いに盛り上がり、それを……いやそんな兄をキラキラとした目で見つめるビーシャに、ビクダリアは生温かい視線を送っていたのだった。

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