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エピローグ【北方の地にて】
その後の現実
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クリークとメニーナが互いに凌ぎを削り冒険に勤しんでいた頃、別の場所では彼等とはまた違う目的で別の一団が動き出そうとしていた。
ここは、エルモソ王国より遥かに北へと向かった小さな村「コルヴォ村」。
そこには且つて勇者の仲間として共に旅をし、とある理由でリタイヤしたライアンとマリアが……住んでいた。
いや、今も住んでいるが仲睦まじく2人で……と言う訳ではない。
「……それじゃあママ。あたし達、行くわね」
「あんた達2人で何が出来るって言うの!? 馬鹿な事は言わないで、ここで私と生活して頂戴!」
美しい水色の髪を短く纏めた細身の少女が、顔には笑みを浮かべて彼女達の母親に別れの挨拶をし、それを受けた金髪の母親は狂気をその碧眼に浮かべて怒鳴り散らした。
この母親こそ、以前は「暁の聖女」として知らぬ者はおらぬとまで言われた「マリア=リュミエール」その人であった。彼女は旅の途中でライアンとの子を身ごもり、勇者のパーティを抜けてこの地に隠棲していたのだ。
そして月日は流れ。
「……し……心配しないで、ママ。王国に付いたら、姉さんと2人で聖騎士目指して頑張るから。落ち着いたら、また連絡するよ」
先に答えた彼の姉と同じ顔。しかしその声は間違いなく少年のものであり、その瞳は少女に比べると遥かに柔らかく穏やかで優しい。
「……じゃあね。……あ、もしもパパを見つけたら、戻るように伝えておくわ」
「……ふん! あんな極潰し、もう二度と顔も見たくないよ! ……ああ。何で私はあの時彼を選んで冒険を止めてしまったのかしら……」
姉の言葉にきつく言い返した後、マリアはまるで落ち込むようにブツブツと呟き頭を抱えて俯いた。その様子は、情緒不安定を絵に描いたようである。
そんな母の姿をまるで見下すように一瞥した少女は、小さく鼻を鳴らして家から出て行った。弟はと言えば、すでにこちらには何の意識も向けずにただ自分に自問自答してマリアリアを心配げに見つめた後、先に出て行った姉を追いかけていったのだった。
「……姉さん! ミザリー姉さん! 本当にパパを探すの!?」
何とか姉のミザリーに追いついた弟は、先を歩く彼女の背中に恐々と言った風に話し掛けたのだが。
「……はぁ? エルシト、あんた本気で言ってんの? 何で私が、私たちを置いて出て行った男を探さないといけないのよ?」
エルシトの言葉を受けて、ミザリーは心底蔑んだ瞳を自分の弟へと向けて吐き捨てた。冷たい態度や言葉、視線を投げ掛けられても、エルシトに怯えたような態度は無く薄っすらと笑みを浮かべているだけだ。
「それに、パパならもう何処に居るのか知れてるじゃない。あんな気弱な男が、本当にママやあたし達から離れて生きていける訳がないもの」
そう口にしたミザリーは、この村から最も近い山の方に目をやった。エルシトもまた、姉の視線を追いかける様に同じ方を見つめる。
彼女達の居る場所よりそう遠くない場所には、それほど高くはない山がある。ミザリーの言が正しければ、そこに以前「轟炎の重戦士」と謳われたライアンが1人で暮らしている筈であった。
良くある話である。
勇者とのパーティを離れたライアンと身重のマリアは、広く顔の知れている大きな街を避けて小さな辺境の村に腰を落ち着けて生活を開始した。
貧しくとも2人でひっそりと静かに暮らしたい……そう言いだしたのはライアンであったか、マリアであったか。
兎も角2人は都会での名声やそれに付随される豊かな暮らしを投げうって、生知られない様な山間の小さな村での生活を選んだのだった。
程なくしてマリアは双子を出産し、2人の生活は幸せの絶頂期だったと言っても過言では無いだろう。
「大体さぁ。手に職も知識もないのに、こんな辺鄙な村で過ごせるってなんで思ったんだろうね? バカみたい」
しかしミザリーの言う通り、少年期から戦いに身を置き続けそれしか知らない大人に出来る事などそれほど多くは無い。
ライアンは当初、村の警護を主な収入源としていたのだが、この村の周囲には不思議と魔物が少なく弱い個体しか生息していなかったのだ。
山間部の僅かな平地に作られたこの村で、ライアンの仕事は殆ど無かったのだった。
それでも何とか農作の手伝いなどを行っていたが、それこそ山間部での農業では人手が足りないと言う事も無い。また、多少忙しくなっても報酬は僅かなものだった。
「きっと、頑張ればなんとかなるって……」
「はぁ? だから、それが馬鹿だって言うのよ。理想だけで生活が成り立つなんて、この村の子供だって考えちゃいないんだから」
エルシトの父親に対するフォローも、辛辣なミザリーに一蹴されてしまう。
彼女の言う通り、何とか生活を続ける内に産後の疲労より回復したマリアが、村で子供たちに学問を教え教会の手伝いをし出した。僻地でもあるこの村では学問を教える先生は赴任せず、また宣教師も少ない事からマリアは重宝された。
ライアンが思い描いた生活とは程遠い現実に直面し、いつしか収入もマリアと逆転してしまったのだ。
良くある話である。
そうなれば、家で娘と息子の面倒を見るのはライアンの方が多くなってきていた。
その様な日々を送る内にこれまでの自信や矜持など粉々に打ち砕かれ、家長としての威厳さえ損なわれ、残るのは何も持たないただの力自慢となってしまったのだった。
「それでも、パパは頑張ろうとしていたんだよね?」
「知らないわよ、そんな事。でも、パパが出て行った決定的原因は間違いなく……ママね」
追い打ちを掛ける様に、マリアは日々の忙しさからかヒステリックになりライアンを罵り出したのだ。
双方ともに、百戦錬磨の元冒険者である。清楚で可憐だと謳われたマリアも、その内面には気の強い部分がある。
そして日常の生活に追われれば、そんな表面的な物はこそげ落ちてしまうものだ。その後に残るのは、激しい気性だけである。
本当ならばライアンも豪胆な持ち主であったのだから、多少の雑言など意には介さなかっただろう。それまでの彼の立ち居振る舞いを見れば、もしかすれば一笑に付していたかも知れない。
しかし……タイミングが悪かった。
心身ともに弱り切っていた彼に、マリアの辛辣な愚痴を受け止める事は出来なかったのだ。
そうしてライアンが取った行動は。
―――彼は、家を飛び出したのだった。
ある日突然、ライアンはマリアと子供たちを置いて家を出て何処かへと姿を消した。
そんな彼の行動に少なからず衝撃を受けていたマリアだが、いつまでも落ち込んではいられない。育ち盛りの子供たちを育てる為に働かなければならなかったのだから。
「……はは。まぁ、ママの性格を考えれば……ね」
吐き捨てられたミザリーの言葉に、エルシトは優しく同意した。冒険者の時のマリアを知らない彼女達の事を考えれば、この様な評価となるのも頷ける話であった。
何せミザリーたちが物心ついた時には既に家庭内の不協和音は起こっており、その後のマリアの姿だけが彼女達の知る母親の姿だったのだから。
「……はぁ。でもまぁ、あんなのでも私たちのパパだからね。この村を発つ前に、挨拶でもしに行ってやるかぁ」
家を飛び出したは良いが、ライアンにはもう行く当てなどなかった。
冷静に考えて街にでも出れば、武術の指南役に取り立てて貰える可能性はあった。彼の技量や来歴を考えれば、もしかすれば騎士団長を任されるまでになっていたかも知れない。
ただ残念ながら、この時のライアンにその様な発想など無かった。無論、自分が強く有能であるなどと言う考えにも至らなかったのだ。
もはや見る影もなくただ気の弱いだけの男は、家を飛び出したは良いが遠くへと逃げる事など出来なかったのだ。
その結果、彼はマリアや子供たちの住む近くの山でひっそりと息をひそめて隠れ住む事になったのだった。因みに、ミザリーたちはその事に気付いてはいるが、当のマリアは全く気付いていない。
家庭を捨てて飛び出したとはいえ、ライアンは2人にとってはれっきとした父親である。それが例え今現在マリアと不仲であっても……だ。
口の悪いミザリーだが、流石に心底ライアンを憎む事は出来ないらしい。
「……そうだね。行こうよ」
そんなミザリーに向けて、エルシトはどこか嬉しそうに返していた。それを受けたミザリーは、彼に返事をする事も無く歩き出したのだった。
無論、その方角には父親がいると思われる山がある。
エルシトは笑みを浮かべたまま、先を歩く姉の後を追ったのだった。
ここは、エルモソ王国より遥かに北へと向かった小さな村「コルヴォ村」。
そこには且つて勇者の仲間として共に旅をし、とある理由でリタイヤしたライアンとマリアが……住んでいた。
いや、今も住んでいるが仲睦まじく2人で……と言う訳ではない。
「……それじゃあママ。あたし達、行くわね」
「あんた達2人で何が出来るって言うの!? 馬鹿な事は言わないで、ここで私と生活して頂戴!」
美しい水色の髪を短く纏めた細身の少女が、顔には笑みを浮かべて彼女達の母親に別れの挨拶をし、それを受けた金髪の母親は狂気をその碧眼に浮かべて怒鳴り散らした。
この母親こそ、以前は「暁の聖女」として知らぬ者はおらぬとまで言われた「マリア=リュミエール」その人であった。彼女は旅の途中でライアンとの子を身ごもり、勇者のパーティを抜けてこの地に隠棲していたのだ。
そして月日は流れ。
「……し……心配しないで、ママ。王国に付いたら、姉さんと2人で聖騎士目指して頑張るから。落ち着いたら、また連絡するよ」
先に答えた彼の姉と同じ顔。しかしその声は間違いなく少年のものであり、その瞳は少女に比べると遥かに柔らかく穏やかで優しい。
「……じゃあね。……あ、もしもパパを見つけたら、戻るように伝えておくわ」
「……ふん! あんな極潰し、もう二度と顔も見たくないよ! ……ああ。何で私はあの時彼を選んで冒険を止めてしまったのかしら……」
姉の言葉にきつく言い返した後、マリアはまるで落ち込むようにブツブツと呟き頭を抱えて俯いた。その様子は、情緒不安定を絵に描いたようである。
そんな母の姿をまるで見下すように一瞥した少女は、小さく鼻を鳴らして家から出て行った。弟はと言えば、すでにこちらには何の意識も向けずにただ自分に自問自答してマリアリアを心配げに見つめた後、先に出て行った姉を追いかけていったのだった。
「……姉さん! ミザリー姉さん! 本当にパパを探すの!?」
何とか姉のミザリーに追いついた弟は、先を歩く彼女の背中に恐々と言った風に話し掛けたのだが。
「……はぁ? エルシト、あんた本気で言ってんの? 何で私が、私たちを置いて出て行った男を探さないといけないのよ?」
エルシトの言葉を受けて、ミザリーは心底蔑んだ瞳を自分の弟へと向けて吐き捨てた。冷たい態度や言葉、視線を投げ掛けられても、エルシトに怯えたような態度は無く薄っすらと笑みを浮かべているだけだ。
「それに、パパならもう何処に居るのか知れてるじゃない。あんな気弱な男が、本当にママやあたし達から離れて生きていける訳がないもの」
そう口にしたミザリーは、この村から最も近い山の方に目をやった。エルシトもまた、姉の視線を追いかける様に同じ方を見つめる。
彼女達の居る場所よりそう遠くない場所には、それほど高くはない山がある。ミザリーの言が正しければ、そこに以前「轟炎の重戦士」と謳われたライアンが1人で暮らしている筈であった。
良くある話である。
勇者とのパーティを離れたライアンと身重のマリアは、広く顔の知れている大きな街を避けて小さな辺境の村に腰を落ち着けて生活を開始した。
貧しくとも2人でひっそりと静かに暮らしたい……そう言いだしたのはライアンであったか、マリアであったか。
兎も角2人は都会での名声やそれに付随される豊かな暮らしを投げうって、生知られない様な山間の小さな村での生活を選んだのだった。
程なくしてマリアは双子を出産し、2人の生活は幸せの絶頂期だったと言っても過言では無いだろう。
「大体さぁ。手に職も知識もないのに、こんな辺鄙な村で過ごせるってなんで思ったんだろうね? バカみたい」
しかしミザリーの言う通り、少年期から戦いに身を置き続けそれしか知らない大人に出来る事などそれほど多くは無い。
ライアンは当初、村の警護を主な収入源としていたのだが、この村の周囲には不思議と魔物が少なく弱い個体しか生息していなかったのだ。
山間部の僅かな平地に作られたこの村で、ライアンの仕事は殆ど無かったのだった。
それでも何とか農作の手伝いなどを行っていたが、それこそ山間部での農業では人手が足りないと言う事も無い。また、多少忙しくなっても報酬は僅かなものだった。
「きっと、頑張ればなんとかなるって……」
「はぁ? だから、それが馬鹿だって言うのよ。理想だけで生活が成り立つなんて、この村の子供だって考えちゃいないんだから」
エルシトの父親に対するフォローも、辛辣なミザリーに一蹴されてしまう。
彼女の言う通り、何とか生活を続ける内に産後の疲労より回復したマリアが、村で子供たちに学問を教え教会の手伝いをし出した。僻地でもあるこの村では学問を教える先生は赴任せず、また宣教師も少ない事からマリアは重宝された。
ライアンが思い描いた生活とは程遠い現実に直面し、いつしか収入もマリアと逆転してしまったのだ。
良くある話である。
そうなれば、家で娘と息子の面倒を見るのはライアンの方が多くなってきていた。
その様な日々を送る内にこれまでの自信や矜持など粉々に打ち砕かれ、家長としての威厳さえ損なわれ、残るのは何も持たないただの力自慢となってしまったのだった。
「それでも、パパは頑張ろうとしていたんだよね?」
「知らないわよ、そんな事。でも、パパが出て行った決定的原因は間違いなく……ママね」
追い打ちを掛ける様に、マリアは日々の忙しさからかヒステリックになりライアンを罵り出したのだ。
双方ともに、百戦錬磨の元冒険者である。清楚で可憐だと謳われたマリアも、その内面には気の強い部分がある。
そして日常の生活に追われれば、そんな表面的な物はこそげ落ちてしまうものだ。その後に残るのは、激しい気性だけである。
本当ならばライアンも豪胆な持ち主であったのだから、多少の雑言など意には介さなかっただろう。それまでの彼の立ち居振る舞いを見れば、もしかすれば一笑に付していたかも知れない。
しかし……タイミングが悪かった。
心身ともに弱り切っていた彼に、マリアの辛辣な愚痴を受け止める事は出来なかったのだ。
そうしてライアンが取った行動は。
―――彼は、家を飛び出したのだった。
ある日突然、ライアンはマリアと子供たちを置いて家を出て何処かへと姿を消した。
そんな彼の行動に少なからず衝撃を受けていたマリアだが、いつまでも落ち込んではいられない。育ち盛りの子供たちを育てる為に働かなければならなかったのだから。
「……はは。まぁ、ママの性格を考えれば……ね」
吐き捨てられたミザリーの言葉に、エルシトは優しく同意した。冒険者の時のマリアを知らない彼女達の事を考えれば、この様な評価となるのも頷ける話であった。
何せミザリーたちが物心ついた時には既に家庭内の不協和音は起こっており、その後のマリアの姿だけが彼女達の知る母親の姿だったのだから。
「……はぁ。でもまぁ、あんなのでも私たちのパパだからね。この村を発つ前に、挨拶でもしに行ってやるかぁ」
家を飛び出したは良いが、ライアンにはもう行く当てなどなかった。
冷静に考えて街にでも出れば、武術の指南役に取り立てて貰える可能性はあった。彼の技量や来歴を考えれば、もしかすれば騎士団長を任されるまでになっていたかも知れない。
ただ残念ながら、この時のライアンにその様な発想など無かった。無論、自分が強く有能であるなどと言う考えにも至らなかったのだ。
もはや見る影もなくただ気の弱いだけの男は、家を飛び出したは良いが遠くへと逃げる事など出来なかったのだ。
その結果、彼はマリアや子供たちの住む近くの山でひっそりと息をひそめて隠れ住む事になったのだった。因みに、ミザリーたちはその事に気付いてはいるが、当のマリアは全く気付いていない。
家庭を捨てて飛び出したとはいえ、ライアンは2人にとってはれっきとした父親である。それが例え今現在マリアと不仲であっても……だ。
口の悪いミザリーだが、流石に心底ライアンを憎む事は出来ないらしい。
「……そうだね。行こうよ」
そんなミザリーに向けて、エルシトはどこか嬉しそうに返していた。それを受けたミザリーは、彼に返事をする事も無く歩き出したのだった。
無論、その方角には父親がいると思われる山がある。
エルシトは笑みを浮かべたまま、先を歩く姉の後を追ったのだった。
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