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6.女王の棲み処
女王の間 ―災難と言うなら―
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俺の使用した魔法「静謐なる深遠の祭壇」は、勇者固有のスキルである「勇敢の紋章」の発動中にしか使えない、この世で最高の回復魔法だ。
ただでさえ高い勇者の能力を更に向上させる「勇敢の紋章」を発動させた事で、何とかこの最上位回復魔法を使う事が出来る。
そして、それを編み出したのは何を隠そう……俺だ。
だから言うなればこの魔法は、この世で俺だけが使えると言う事になる。
「……あの、先生」
全員が目の前に起きた奇跡に圧倒される中、何とか口を開いたのはクリークだった。彼はさっきまで死にかけていたんだから、誰よりもその奇跡を痛感しているだろうな。
「その……。先生から出てる、その光は……?」
でもクリークの口から出て来たのは謝意や謝罪の言葉じゃなく、純粋な疑問だったんだ。気づけば彼の目は、キラキラと光り輝いている。
「……お前なぁ。……これは勇者だけが使えるスキルを発動させたときに出るオーラだ」
そんなクリークに呆れながらも、俺は彼の疑問に簡潔に答えてやった。今はまだ戦場であり、呑気に教鞭を執って良い場合じゃないからな。
「す……すげぇっ! 勇者ってすげぇっ! 先生って凄かったんだなっ!」
それを聞いたクリークは、何とも子供らしい感動を見せていた。まぁ純粋に俺の事を褒め称える姿は、見ていて嫌な気分にはならないんだけどな。
「そ……そうよっ、凄いでしょっ! ゆうしゃさまは凄いんだからっ!」
そしてそれに、メニーナも興奮気味に食いついていた。目をクリークに負けず劣らず輝かせ、鼻息荒く誉めそやしてくれる。
いやだから、今はそんな場合じゃないんだよ。
それに、この状態は長時間維持していられる訳じゃあ無い。全てを片付けてここから出るくらいは持つだろうけど、それでものんびりしていて良い訳じゃあ無いからな。
このまま放っておいたら、クリークとメニーナの「勇者様凄い談議」が永遠に続きそうだ。
「……イルマ」
未だ俺の姿を瞬きもせずに見つめ続けている彼女へ向けて話し掛けた。とりあえず、この場を冷静に仕切れるのはイルマだけだろう。
「は……はい!」
でも当のイルマは、俺の問いかけに声を裏返させて返事をよこした。どうやら彼女も、俺の行った奇跡に圧倒されているみたいだな。
「ここを撤退する。こいつ等を下がらせて準備を進めておいてくれ。周囲に警戒してな」
「……はい、先生!」
俺の指示に、イルマは声を張り上げて返事をした。顔が紅潮しているのは、きっとまだ興奮が冷めていないんだろう。
それでもイルマは、未だに盛り上がっているクリーク達を後退させて前線より距離を取った。これで彼らに危害は加わらないだろうな。
このままここから撤収できれば、それはそれで問題ない。
でもその準備を、目の前の女王蟻と従者蟻が黙って見逃すとは思えない。
少なくとも、女王蟻は自分の居城へ進入して来た者を見逃すはずが無いからな。
さっきの俺の広範囲全回復魔法で、クイーンアントとバトラーアントも回復している。とは言えバトラーアントの負傷なんて殆ど無いし、パルネの攻撃を受けたクイーンアントの傷も大した事は無い。
それでもその傷が一瞬で回復させられれば、敵としては脅威に感じて然りだ。そんな存在を、黙って見過ごす訳が無いからな。
―――例え、明らかにレベル差があると分かっていても……だ。
そして俺の目の前で、女王蟻は明らかに戦闘態勢を取りつつあった。
距離があるから直接攻撃は難しいんだろうが、卵嚢部分にある多数の空気孔……気門から無数の触手が生えだしていたんだ。そしてその攻撃対象は言うまでもなく……俺だ。
「せ……先生っ!」
何の前触れもなく、その触手全部が俺へ向けて放たれた! 突き刺そうとしているのか、それとも巻き付けて身動きを取れない様にしようとしているのか。
「……ふん」
その攻撃を、俺はスラリと抜いた魔剣「氷結の剣」の一振りで全て退けた!
「ギチギチギチッ!」
その殆どを切断し、斬り落とされた触手が俺の足元に凍り付いて散らばる。攻撃を遮られた触手の切り口も凍結し引き下がって行く。
クイーンアントはその牙を打ち鳴らして、悔しさを滲ませているみたいに見えるな。
元々のレベル差から考えても、俺と奴とでは力の差は歴然だった。
しかも今の俺は、とっておきとも言えるスキル「勇敢の紋章」を発動させているからな。万に一つも女王蟻に勝ち目なんて無い。
それでも奴はこの巣の主として、戦わないと言う選択肢は無いんだろう。それを考えれば、哀れに感じなくもない……か。
そもそもクリーク達が無茶な行動を起こさなければ、俺がここに来る事は無かったんだからな。クイーンアントにしてみれば災難……良い迷惑だろう。
因みに、俺がここへと瞬時にやって来れたのは「転移魔法」を使ったおかげだ。「転移魔法」を使えば、一瞬で「魔法印」を施している場所に転移出来るからな。
でも元来、「転移魔法」を使うのに必要な「魔法印」は魔物の蔓延る場所には付ける事が出来ない。それは呪術的に「魔法印」が記されている「転移石」を設置しても同様だ。
魔物の発する気……所謂「瘴気」が、暫くすると魔力で打ち込まれた「印」を掻き消してしまうんだ。
それを可能にしたのが「使い魔」と「魔法印」の併用だな。
作り出した「使い魔」に「魔法印」を打ち込んで放つ。これなら「使い魔」が行ける所になら「転移魔法」を使って飛ぶ事が出来る。
ただ「使い魔」は時間が経てば消えてしまうんだけど、元々その「使い魔」自体がどこまでも遠くに送り込む事は出来ない。異界間は当然の事、この人界でも隅々にまでって訳にはいかない。
ただ使い捨ての魔法印だと考えれば、地下迷宮や魔物の巣窟に送り込む事が出来て「転移魔法」も使えるようになる。今回みたいにクリーク達の危機に駆けつける事も可能なんだ。
俺の目の前で、女王蟻が動きを見せる。腹に抱えている巨大な卵嚢から、自分本来の腹部を引き抜き出したんだ!
「せ……先生っ!」
後方から、ソルシエの悲痛な声が聞こえた。自由な動きを得たクイーンアントの威圧感は、そりゃあ半端ないからな。
でも俺は、そんな奴に向けて歩を進めた。今いる場所で戦ったら、もしかしたらその余波がイルマ達にまで到達するかも知れないしな。
俺の動きに合わせて、女王蟻もユックリと歩を進めて来た。そして、まるで決闘でもするように俺たちは対峙して止まったんだ。
こうやって目の前にすると、女王蟻の悲壮な覚悟が感じられる。明らかに勝てない相手に、それでも戦わなければならないと言う強い思いだ。
もしもクリーク達が冷静な判断をしていれば、俺みたいな化け物がこんな所に乗り込んで来る事も無かったろう。それを考えれば、奴も一種の被害者だよなぁ。
何の前触れもなく、女王蟻は右の腕を振るった! 鋭く巨大な鎌が、信じられない速度で俺の首を刈ろうとする! ……まぁ、クリーク達にとってはだけどな。
でも残念ながら、圧倒的なレベル差の前に俺の目にはその攻撃も止まって見える。俺は容易く、その攻撃を手にした剣で弾いて見せた。
即座に、今度は左の鎌が攻撃を仕掛ける! 俺はそれを剣で弾く!
振るう、振るう、振るう、振るう振るう振るう振るう振るう振るう……!
弾く、弾く、弾く、弾く弾く弾く弾く弾く弾く……!
完全に足を止めたまま、俺とクイーンアントは攻防を続ける。
「せ……先生」「す……凄い」「これが……ゆうしゃさま」「おとうさん……」
目にも止まらぬ戦いを目に、クリークとダレン、メニーナとルルディアは絶句していた。ソルシエとイルマは、声さえ出せずに凝視している。
そんな中で、俺と女王蟻は只管に鎌と剣を振るい続けたんだ。
ただでさえ高い勇者の能力を更に向上させる「勇敢の紋章」を発動させた事で、何とかこの最上位回復魔法を使う事が出来る。
そして、それを編み出したのは何を隠そう……俺だ。
だから言うなればこの魔法は、この世で俺だけが使えると言う事になる。
「……あの、先生」
全員が目の前に起きた奇跡に圧倒される中、何とか口を開いたのはクリークだった。彼はさっきまで死にかけていたんだから、誰よりもその奇跡を痛感しているだろうな。
「その……。先生から出てる、その光は……?」
でもクリークの口から出て来たのは謝意や謝罪の言葉じゃなく、純粋な疑問だったんだ。気づけば彼の目は、キラキラと光り輝いている。
「……お前なぁ。……これは勇者だけが使えるスキルを発動させたときに出るオーラだ」
そんなクリークに呆れながらも、俺は彼の疑問に簡潔に答えてやった。今はまだ戦場であり、呑気に教鞭を執って良い場合じゃないからな。
「す……すげぇっ! 勇者ってすげぇっ! 先生って凄かったんだなっ!」
それを聞いたクリークは、何とも子供らしい感動を見せていた。まぁ純粋に俺の事を褒め称える姿は、見ていて嫌な気分にはならないんだけどな。
「そ……そうよっ、凄いでしょっ! ゆうしゃさまは凄いんだからっ!」
そしてそれに、メニーナも興奮気味に食いついていた。目をクリークに負けず劣らず輝かせ、鼻息荒く誉めそやしてくれる。
いやだから、今はそんな場合じゃないんだよ。
それに、この状態は長時間維持していられる訳じゃあ無い。全てを片付けてここから出るくらいは持つだろうけど、それでものんびりしていて良い訳じゃあ無いからな。
このまま放っておいたら、クリークとメニーナの「勇者様凄い談議」が永遠に続きそうだ。
「……イルマ」
未だ俺の姿を瞬きもせずに見つめ続けている彼女へ向けて話し掛けた。とりあえず、この場を冷静に仕切れるのはイルマだけだろう。
「は……はい!」
でも当のイルマは、俺の問いかけに声を裏返させて返事をよこした。どうやら彼女も、俺の行った奇跡に圧倒されているみたいだな。
「ここを撤退する。こいつ等を下がらせて準備を進めておいてくれ。周囲に警戒してな」
「……はい、先生!」
俺の指示に、イルマは声を張り上げて返事をした。顔が紅潮しているのは、きっとまだ興奮が冷めていないんだろう。
それでもイルマは、未だに盛り上がっているクリーク達を後退させて前線より距離を取った。これで彼らに危害は加わらないだろうな。
このままここから撤収できれば、それはそれで問題ない。
でもその準備を、目の前の女王蟻と従者蟻が黙って見逃すとは思えない。
少なくとも、女王蟻は自分の居城へ進入して来た者を見逃すはずが無いからな。
さっきの俺の広範囲全回復魔法で、クイーンアントとバトラーアントも回復している。とは言えバトラーアントの負傷なんて殆ど無いし、パルネの攻撃を受けたクイーンアントの傷も大した事は無い。
それでもその傷が一瞬で回復させられれば、敵としては脅威に感じて然りだ。そんな存在を、黙って見過ごす訳が無いからな。
―――例え、明らかにレベル差があると分かっていても……だ。
そして俺の目の前で、女王蟻は明らかに戦闘態勢を取りつつあった。
距離があるから直接攻撃は難しいんだろうが、卵嚢部分にある多数の空気孔……気門から無数の触手が生えだしていたんだ。そしてその攻撃対象は言うまでもなく……俺だ。
「せ……先生っ!」
何の前触れもなく、その触手全部が俺へ向けて放たれた! 突き刺そうとしているのか、それとも巻き付けて身動きを取れない様にしようとしているのか。
「……ふん」
その攻撃を、俺はスラリと抜いた魔剣「氷結の剣」の一振りで全て退けた!
「ギチギチギチッ!」
その殆どを切断し、斬り落とされた触手が俺の足元に凍り付いて散らばる。攻撃を遮られた触手の切り口も凍結し引き下がって行く。
クイーンアントはその牙を打ち鳴らして、悔しさを滲ませているみたいに見えるな。
元々のレベル差から考えても、俺と奴とでは力の差は歴然だった。
しかも今の俺は、とっておきとも言えるスキル「勇敢の紋章」を発動させているからな。万に一つも女王蟻に勝ち目なんて無い。
それでも奴はこの巣の主として、戦わないと言う選択肢は無いんだろう。それを考えれば、哀れに感じなくもない……か。
そもそもクリーク達が無茶な行動を起こさなければ、俺がここに来る事は無かったんだからな。クイーンアントにしてみれば災難……良い迷惑だろう。
因みに、俺がここへと瞬時にやって来れたのは「転移魔法」を使ったおかげだ。「転移魔法」を使えば、一瞬で「魔法印」を施している場所に転移出来るからな。
でも元来、「転移魔法」を使うのに必要な「魔法印」は魔物の蔓延る場所には付ける事が出来ない。それは呪術的に「魔法印」が記されている「転移石」を設置しても同様だ。
魔物の発する気……所謂「瘴気」が、暫くすると魔力で打ち込まれた「印」を掻き消してしまうんだ。
それを可能にしたのが「使い魔」と「魔法印」の併用だな。
作り出した「使い魔」に「魔法印」を打ち込んで放つ。これなら「使い魔」が行ける所になら「転移魔法」を使って飛ぶ事が出来る。
ただ「使い魔」は時間が経てば消えてしまうんだけど、元々その「使い魔」自体がどこまでも遠くに送り込む事は出来ない。異界間は当然の事、この人界でも隅々にまでって訳にはいかない。
ただ使い捨ての魔法印だと考えれば、地下迷宮や魔物の巣窟に送り込む事が出来て「転移魔法」も使えるようになる。今回みたいにクリーク達の危機に駆けつける事も可能なんだ。
俺の目の前で、女王蟻が動きを見せる。腹に抱えている巨大な卵嚢から、自分本来の腹部を引き抜き出したんだ!
「せ……先生っ!」
後方から、ソルシエの悲痛な声が聞こえた。自由な動きを得たクイーンアントの威圧感は、そりゃあ半端ないからな。
でも俺は、そんな奴に向けて歩を進めた。今いる場所で戦ったら、もしかしたらその余波がイルマ達にまで到達するかも知れないしな。
俺の動きに合わせて、女王蟻もユックリと歩を進めて来た。そして、まるで決闘でもするように俺たちは対峙して止まったんだ。
こうやって目の前にすると、女王蟻の悲壮な覚悟が感じられる。明らかに勝てない相手に、それでも戦わなければならないと言う強い思いだ。
もしもクリーク達が冷静な判断をしていれば、俺みたいな化け物がこんな所に乗り込んで来る事も無かったろう。それを考えれば、奴も一種の被害者だよなぁ。
何の前触れもなく、女王蟻は右の腕を振るった! 鋭く巨大な鎌が、信じられない速度で俺の首を刈ろうとする! ……まぁ、クリーク達にとってはだけどな。
でも残念ながら、圧倒的なレベル差の前に俺の目にはその攻撃も止まって見える。俺は容易く、その攻撃を手にした剣で弾いて見せた。
即座に、今度は左の鎌が攻撃を仕掛ける! 俺はそれを剣で弾く!
振るう、振るう、振るう、振るう振るう振るう振るう振るう振るう……!
弾く、弾く、弾く、弾く弾く弾く弾く弾く弾く……!
完全に足を止めたまま、俺とクイーンアントは攻防を続ける。
「せ……先生」「す……凄い」「これが……ゆうしゃさま」「おとうさん……」
目にも止まらぬ戦いを目に、クリークとダレン、メニーナとルルディアは絶句していた。ソルシエとイルマは、声さえ出せずに凝視している。
そんな中で、俺と女王蟻は只管に鎌と剣を振るい続けたんだ。
応援ありがとうございます!
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