ギリギリ! 俺勇者、39歳

綾部 響

文字の大きさ
上 下
48 / 71
5.犬猿の遭遇

使い魔の制御

しおりを挟む
 魔王リリアの口にした「魔役の呪法」だが、少なくとも俺が聞くのは初めてだった。その手の事に詳しいかつての仲間「世界の心理」の二つ名を持つ「魔女エマイラ」なら知っていたかも知れないなぁ。
 でも残念ながら、今は彼女が何処に居るのかその生死さえ不明なんだ。これから探して……ってのは非現実的だしな。

「勇者は『魔役の呪法マズニ』について知らないのか? ……ああ、呼称がでは違っていたか。確か人界では……そう、『使い魔』などの呼び方で知られているのではないか?」

 俺の問いかけに、リリアは丁寧に答えてくれた。そして彼女の口にした「使い魔」ならば、俺も何度か聞いた事がある。

 魔法「使い魔」を使えるのは、一般的に魔法使いだけだと言われている。
 そしてその効果は、字の如く魔法で生物を作り出して意のままに操り、偵察や監視に用いるというものだ。
 出現させる事の出来る魔法生物の数や操作の及ぶ距離は術者の技量に依るが、未熟な者でもかなり遠い場所まで送り込めるって話だったな。
 この魔法は、俺の仲間だった魔女エマイラが特に得意としていた魔法だったなぁ……。
「情報は何よりも重要」が彼女の信条で、それで助けられた事もしばしばあった。

「その……『魔役の呪法』についてだが、魔法使いでない俺でも使えるものなのか? それに俺は人族だが、魔族の魔法を使う事が可能なのだろうか?」

 二手に分かれて探索行をする予定のクリーク達とメニーナ達を同時に見張るのに、この「使い魔」と言う魔法は確かに有効だろうな。
 でも、根本的に俺に使えるのかと言う疑問が俺の中にもたげていたんだが。

「この程度の魔法であれば、魔力を有する者ならば誰でも使えると認識している。それにだからな。まだ試した事は無いが、恐らくは問題ないだろう」

 そんな俺の質問に対して、リリアはゆっくりと言葉を選びながら返答した。その話をそのまま鵜呑みにするならば、彼女の言う通り俺にも問題なく使えるだろうが。

「人界では、似たような魔法である『使い魔』は魔法使いにしか使えなかった筈だ。それに、魔法が魔界発祥とは初めて聞いたんだが……」

 それでも、疑問が完全に払拭された訳じゃあ無い。それに何よりも、魔族の魔法を人族の俺が修得出来るのかと言う問題が解消された訳じゃあ無いからな。
 特に、俺は人界を代表する勇者だ。
 魔界の……魔族の使用する技や魔法を、勇者である俺が使えるとは俄かには考えられないんだけど。

「長い歴史の中で、魔界側より発生した魔法も変質したんだろう。特に『レベル』によって『職業ジョブ』に特化した人族では、魔法を使用するのにも制限が課せられたのやも知れぬな」

 俺の疑義に対して、魔王リリアは静かに答えてくれた。今更だけど、彼女の声音には俺を陥れようと言った邪な思惟は感じ取れなかった。

「遥かな昔、まだこの世界が1つだった頃に、我々の側の祖先が魔法を編み出し世界中に広げた……と言う話を聖霊様より聞き知ったのだ。世界が分断された後に魔法はそれぞれ独自の進化を遂げたのであろうが、元々は同じものだったのだから使う事に問題はないと思うぞ。……勿論、我らも注意して事に当たるがな」

 魔法にそんな歴史があったなんて初耳だった。これを魔女エマイラが知ったら、多分何を措いても魔界に来ると言って聞かなかっただろうなぁ……。

「お待たせしました、魔王様」

 そんな話をしていると、虚無魔天王ナダが1冊の本を持って戻って来た。
 今の俺は魔王リリアを全面的に信用しているからな。さっきの説明じゃあ完璧とは言えないが、彼女が大丈夫だというのならばそれを信じるのみだ。

「うむ、ご苦労様。……それでは勇者よ。この書に記されている説明を読んで、そこに書かれている呪文を読んでみると良い。問題が無ければ、其方ならばすぐに『従魔』が出現するだろう」

 俺はナダから本を受け取り、広げられている部分に目を向けた。
 長く魔界に関わる生活を続けて来た事で、俺も随分と魔族文字に精通しているからな。低級の魔法書くらいなら普通に読み進められる。

「従僕……招来。我の招集に……疾く、応じよ」

 俺は、そこに書かれている通りに声を上げて読み進めた。
 全てを唱え終えた途端に僅かな魔力の消費が感じられ、それと同じくして目の前に白光する球体が出現した。

「……これが」

 その白球はみるみると形を変え、1羽の白い鳥の姿を取ったんだ。
 唖然と見つめる俺の肩に、その鳥は恐れる事無く止まり羽繕いを始めた。

「おめでとう、勇者。それが其方の『従魔』だ。姿形はそこに書かれている通り、思い描いた通りのものとなっている筈だが?」

「あ……ああ、間違いない。それにこれは……何とも不思議な感覚だな」

 初めて「使い魔」を使役した俺は、その奇妙な視界や聞こえ方に困惑していた。
 確かに俺の両目は開きそこに映るものを認識している。玉座に座る魔王リリアや、居並ぶ四天王も確りと把握していた。
 また先ほどの魔王リリアの声も、俺の耳にはハッキリと聞こえている。
 でもそれも、……だけどな。

「ふむ……。流石に勇者でも、にはすぐに慣れる事は無いか。一度目を瞑り、従魔の情報にのみ集中すると良いぞ」

 俺の目には、俺と使い魔の見ている物が同時に映っている。そして耳からは、俺と使い魔の聞いた事が同時に聞こえていたんだ。
 俺の視線と、肩に止まる使い魔の視線とでは角度が若干違う。だから同じ方向を見ていても、目には微妙にズレた映像が浮かび上がるんだ。
 同じ物を見ていてもこれなんだ。もしも違う場所からの映像であったなら、恐らく慣れていないと混乱しちまうだろうな。
 因みに、耳から聞こえる情報も僅かに重なって聞こえているんだが、これは何とかなりそうだ。人混みの中で話を聞いているとでも思えば問題ないかも知れない。
 俺は一旦、リリアの助言通り目を瞑って使い魔の映像に集中してみた。
 彼女の言う通り本来の映像を遮断してしまえば、目の中に浮かぶのは使い魔の見ている物だけだからな。これは問題ない。

「従魔を2匹召喚した場合は、左右の瞳に別々の映像が映る。3体ならば左右どちらかに2つの映像が、4体ならば左右に2つずつ映像が追加される事になる。……もっとも、その様な使い方をしては注意が四散して冷静に判別は出来ないだろうがな」

 目を瞑り使い魔の制御に集中している俺へ、リリアが静かに説明をくれた。なるほど、複数の使い魔を同時に操れば得られる情報は増え、術者本人が慌てふためく結果になるだろう。
 慣れもあるだろうが、これは使い方を誤らないように注意しなければならないな。

「従魔から得る事の出来る情報と操作に慣れて来たのなら、今度は目を開けて別々の方へ顔を向けるが良い」

 更に掛けられたリリアの言葉通り、俺は目を開き使い魔とは別の方を向いた。俺の正面には魔王リリアが、使い魔は壁際の四天王を見ている。
 そして俺の目には、その両方の映像が重なって映っていたんだ。もしもいきなりこの状態となったら、流石に俺でも冷静ではいられないかもな。
 それでも、徐々にその見え方にも慣れて来た。意識を置くところを何処にするかと言う部分に気付けば、2つの映像程度ならば問題ない。

「ほう……。この短時間で、もう対応して来たか。ならば、少し試してみよう」

 俺の様子からそう判断したリリアは、俺に話し掛けながら窓際へと向かった。
 魔王の間にあるバルコニーから外へと出たリリアは、スッと持ち上げた手に1匹の青い鳥を召喚して見せた。言うまでもなくそれは、彼女の「従魔」だろう。
 彼女に続いて、俺も使い魔を伴い外へ出る。

「これから、私の従魔を外へと放つ。勇者は、私の従魔を追いかけてくれ。その間、決して視界を塞がない事……いいな?」

 そう言ってリリアは、腕に止まっていた青い鳥を野に放った。彼女の従魔は美しい線を引きながら、大空へと羽ばたき去って行く。

「……分かった」

 彼女の意図するところを理解した俺は、同じように肩に止まっていた使い魔を大空へ飛び立たせたんだ。
しおりを挟む

処理中です...