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3.聖霊神殿へ
世代を超えた友
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対立する……ってのはちょっと違う。
敵対してるとか、憎みあっているってのも全く当て嵌まらない。
でも……明らかに対峙している両陣営を前にして、俺は声を出せずにただ立ち尽くすだけだった。
一体、何が原因でこんな事になっているんだ?
さっきまでの会話で、一体どうすればこんな事になっちまう?
「ふふふ……うふふふ……」
「はは……ははは……」
そしてこれ! この笑い声だよ!
魔王リリアも、メニーナも、パルネも、ルルディアも、その顔には笑みを浮かべている。
浮かべてるんだけど、目が……笑ってないんだよなぁ!
そして、この空間を埋め尽くす気配だよ。
これまで何処でも……どんな戦場ででも感じた事のない……肌を刺すみたいな空気を初めて触れて、俺にはどうする事も出来ないでいたんだ。
でも幸いだったのは、そんな状況がいつまでも続かなかったって事だな。
「……良いだろう。勇者との話は別室で行う故、全員私の後を付いて参れ」
フッと気を緩めた魔王がそれまでとは違う笑みを浮かべ、玉座から立ち上がって俺たちにそう告げたんだ。
「お……おう」
俺は何とか了承の意を示すと、リリアはそのまま隣の部屋へと続く扉へ歩き出したんだ。
「……ゆうしゃさま」
「……魔王様に……付いて行かないと」
「さぁ、おとうさん」
どこか惚けていた俺にメニーナ、パルネ、ルルディアが声を掛けて来た。それに俺の方も漸く気を取り直し、3人に頷くとリリアの向かった扉へと歩を進めたんだ。
魔王リリアに通された部屋は、俺も一度来た事がある歓談室だった。ここは魔王の私室じゃないけれど、改まって案内される応接室とはやや趣の違う作りとなってるんだ。
無駄に広く豪華な調度品が並べられている応接室とは違い、小ぢんまりとしていながらもどこか落ち着いて過ごせるというか……。リリアの性格が表された部屋だよなぁ。
きっとここは、友達とまでは言えないけれど気を許しても良い相手が来訪した際に使われているんだろうな。
「ははは。そうか……勇者はそんな事を……」
「はい! そうなんですよ、魔王様。だから私は……」
「……メニーナ。……少し落ち着いて」
そこでは今、魔王リリアとメニーナにアカパルネ、それにルルディアが本当に楽しそうな会話を交わしている。
4人の漏らす笑い声は、さっき魔王の間で聞いたような薄ら寒く乾いたものじゃあなかった。心からこの時間を楽しんでいる……そんな微笑ましい笑いだった。
ったく……さっきのは一体何だったんだ?
俺には全く理解出来なかったけど、あのやり取りがあって今に至る……それだけは分かったんだ。
「そ……それで、魔王よ。先ほどの話なのだが……」
同席しているものの完全に蚊帳の外だった俺だけど、僅かに会話が途切れた瞬間を狙って本題を切り出した。
俺の記憶が確かなら、ここへは世間話をしに来た訳じゃあ無い筈だ。
すっかり打ち解けていつもの話し方をしているメニーナとは違い、俺はさっきまでの改まった口調で問い掛けたんだけど。
「ああ、勇者よ。先ほどまでの話し方はもう良い。普段通り接してくれて良い」
どう言った心境の変化が起こったのか、リリアはメニーナたちの前でも普段通り接して構わない事を俺に告げた。
例え子供とは言え、対外的に威厳を保たないといけない筈なのにこの心境の変化は一体……?
とは言え、俺の方も話し方に気を遣うってのも疲れるのは事実だからな。この申し出を素直に受ける事にしたんだ。
「あ……ああ、分かった。それでさっきの話なんだが、『変化の首輪』を作るのに『魔法石』が足りないと言う事だが……」
さっき俺が話の内容に触れた際、確か彼女は俺の言に肯定を示していたように思う。
もしも「魔法石」が足りないなら、大至急「マルシャン道具店」へと赴いて都合して貰わないといけない。
あそこのオヤジは風体こそ悪いけど、面倒見は良いし何よりも仕事が早いからな。辺鄙な場所に店を開いてるのが難点だけど、それだけに来客が極端に少ないから俺の急な依頼も即座に熟してくれるんだ。
「あ……うん……。その話なのだがな……」
俺の問いに対して、リリアの返事は何だか奥歯に物の挟まったように歯切れが悪かった。
……おかしいな? 仕事の話なら、普段はもっとハキハキと答えてくれるんだが……。
「じ……実は今思い出したんだが、在庫に若干の余裕があったのだ。1人分ならなんとか問題なく作成出来る故、慌てる必要は無いぞ」
「そうか。なら、次回にここへ来る時にでも持参する事にするよ」
彼女の言葉は先ほどのものと真逆だったけど、それよりも材料が足りないと言う話じゃ無くて安堵した俺はリリアにそう約束した。
事前に頼んでおけば奴の事だ、割と早い段階で用意してくれるはずだからな。
「ゆうしゃさまぁ! それなら、私も一緒にここへ来ても良い?」
俺が次に来る事を約束したと思ったんだろう、メニーナが目を輝かせて俺に懇願して来た。期待感を漂わせて、パルネにルルディアも俺の方を見つめている。
いや、俺は別に構わないんだろうけど……。
「いや、俺は構わないけどな。でもお前たちが頻繁に魔王城へと顔を出しちゃあ、魔王リリアが困っちまうだろう……」
「……リリア?」
この魔王城は、誰彼構わず気軽に訪れて良い場所じゃあない。特にこの「魔王の間」へやって来るともなれば、魔王リリアに上申を認められた者か彼女自身が呼び寄せた者と相場が決まっているからな。
そういう意味で、俺がメニーナを窘めたんだが。
何やら彼女は、それとはまったく違う部分に引っ掛かったみたいだ。
「……リリアって……誰の事ですか?」
それはメニーナだけじゃあなく、パルネとルルディアも当然の事ながら同様だったみたいだ。低い声音でズバリと尋ねて来るパルネに対して、ルルディアは息を呑んで俺の返答を待っている。
「あ……ああ、言ってなかったか? 魔王リヴェリアの愛称はリリアと言ってな。勇者である俺はそう呼んでも良いと言われてたんだよ」
だから俺は、簡潔にその問いへと答えた。……んだが。
「……ふぅん。……あっ、ねぇ魔王様! 私も魔王様の事をリリア様って呼んでも良い?」
「こ……こら、メニーナ!」
いやぁ……子供ってほんと凄いよなぁ……。
ここに来たばかりの時は魔王の御前と言う事もあって「魔王様」とちゃんと呼んでいたし、子供なりの敬意を持った接し方をしていた筈なんだけどな。
さっき打ち解けて会話したからか、もう魔王の愛称を使って良いか聞いちゃってるよ。しかも、その口調はかなり砕けたものになっている。
子供に畏まれってのは難しいとは分かっていても、これほど順応力を見せるってのは驚きの限りだよ。
「……ふむ」
そんなメニーナの一種無礼な問い掛けに対して、リリアは真剣に検討している。
いや、ダメなものはダメって言っちゃっていいと思うぞ? 子供には、確りと可否を断じて躾けないといけないんだから。
「……そうだな。そなたたちも直に長育するであろうし、私も友と呼べる存在は多い方が良い。メニーナ、アカパルネ、ルルディア、今後は私の愛称である『リリア』と呼ぶ事を許そう」
「……良いのか!?」
てっきり拒否するだろうと思い込んでいた俺は、リリアがメニーナの申し出を受け入れた事に驚き問い質していた。
いくら子供の成長が早いと言っても、それは人族の感覚での事。長命種である魔族において子供の期間はとても長く、まだまだ幼いと思えるメニーナたちでも既に50歳は超えている訳だからなぁ。
この調子だと、まだまだ幼少期は続くんじゃないかと俺は考えていた。
それにいずれは大人になるだろうけど、それを「友」と呼ぶってのも気の早い話だ。
実際のところリリアが何歳なのかは知らないけど、如何に成長したメニーナたちを前にして「友」ってのは少し無理があるんじゃないか? 大体、リリアは魔王でメニーナたちには何の権威や貴族位も無い訳だし。
「わぁ! ありがとう、リリア! これからもよろしくね!」
「……よろしくお願いします」
「よろしくね!」
でも子供の切り替えは恐ろしいほどに早い。既に3人は、魔王の事をリリアと呼び捨てにしてるんだからな。……おい、敬称はどこいったんだ!?
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
そして何を考えているのやら、リリアも嫌な顔をすることなく微笑みそれに応じていたんだ。
敵対してるとか、憎みあっているってのも全く当て嵌まらない。
でも……明らかに対峙している両陣営を前にして、俺は声を出せずにただ立ち尽くすだけだった。
一体、何が原因でこんな事になっているんだ?
さっきまでの会話で、一体どうすればこんな事になっちまう?
「ふふふ……うふふふ……」
「はは……ははは……」
そしてこれ! この笑い声だよ!
魔王リリアも、メニーナも、パルネも、ルルディアも、その顔には笑みを浮かべている。
浮かべてるんだけど、目が……笑ってないんだよなぁ!
そして、この空間を埋め尽くす気配だよ。
これまで何処でも……どんな戦場ででも感じた事のない……肌を刺すみたいな空気を初めて触れて、俺にはどうする事も出来ないでいたんだ。
でも幸いだったのは、そんな状況がいつまでも続かなかったって事だな。
「……良いだろう。勇者との話は別室で行う故、全員私の後を付いて参れ」
フッと気を緩めた魔王がそれまでとは違う笑みを浮かべ、玉座から立ち上がって俺たちにそう告げたんだ。
「お……おう」
俺は何とか了承の意を示すと、リリアはそのまま隣の部屋へと続く扉へ歩き出したんだ。
「……ゆうしゃさま」
「……魔王様に……付いて行かないと」
「さぁ、おとうさん」
どこか惚けていた俺にメニーナ、パルネ、ルルディアが声を掛けて来た。それに俺の方も漸く気を取り直し、3人に頷くとリリアの向かった扉へと歩を進めたんだ。
魔王リリアに通された部屋は、俺も一度来た事がある歓談室だった。ここは魔王の私室じゃないけれど、改まって案内される応接室とはやや趣の違う作りとなってるんだ。
無駄に広く豪華な調度品が並べられている応接室とは違い、小ぢんまりとしていながらもどこか落ち着いて過ごせるというか……。リリアの性格が表された部屋だよなぁ。
きっとここは、友達とまでは言えないけれど気を許しても良い相手が来訪した際に使われているんだろうな。
「ははは。そうか……勇者はそんな事を……」
「はい! そうなんですよ、魔王様。だから私は……」
「……メニーナ。……少し落ち着いて」
そこでは今、魔王リリアとメニーナにアカパルネ、それにルルディアが本当に楽しそうな会話を交わしている。
4人の漏らす笑い声は、さっき魔王の間で聞いたような薄ら寒く乾いたものじゃあなかった。心からこの時間を楽しんでいる……そんな微笑ましい笑いだった。
ったく……さっきのは一体何だったんだ?
俺には全く理解出来なかったけど、あのやり取りがあって今に至る……それだけは分かったんだ。
「そ……それで、魔王よ。先ほどの話なのだが……」
同席しているものの完全に蚊帳の外だった俺だけど、僅かに会話が途切れた瞬間を狙って本題を切り出した。
俺の記憶が確かなら、ここへは世間話をしに来た訳じゃあ無い筈だ。
すっかり打ち解けていつもの話し方をしているメニーナとは違い、俺はさっきまでの改まった口調で問い掛けたんだけど。
「ああ、勇者よ。先ほどまでの話し方はもう良い。普段通り接してくれて良い」
どう言った心境の変化が起こったのか、リリアはメニーナたちの前でも普段通り接して構わない事を俺に告げた。
例え子供とは言え、対外的に威厳を保たないといけない筈なのにこの心境の変化は一体……?
とは言え、俺の方も話し方に気を遣うってのも疲れるのは事実だからな。この申し出を素直に受ける事にしたんだ。
「あ……ああ、分かった。それでさっきの話なんだが、『変化の首輪』を作るのに『魔法石』が足りないと言う事だが……」
さっき俺が話の内容に触れた際、確か彼女は俺の言に肯定を示していたように思う。
もしも「魔法石」が足りないなら、大至急「マルシャン道具店」へと赴いて都合して貰わないといけない。
あそこのオヤジは風体こそ悪いけど、面倒見は良いし何よりも仕事が早いからな。辺鄙な場所に店を開いてるのが難点だけど、それだけに来客が極端に少ないから俺の急な依頼も即座に熟してくれるんだ。
「あ……うん……。その話なのだがな……」
俺の問いに対して、リリアの返事は何だか奥歯に物の挟まったように歯切れが悪かった。
……おかしいな? 仕事の話なら、普段はもっとハキハキと答えてくれるんだが……。
「じ……実は今思い出したんだが、在庫に若干の余裕があったのだ。1人分ならなんとか問題なく作成出来る故、慌てる必要は無いぞ」
「そうか。なら、次回にここへ来る時にでも持参する事にするよ」
彼女の言葉は先ほどのものと真逆だったけど、それよりも材料が足りないと言う話じゃ無くて安堵した俺はリリアにそう約束した。
事前に頼んでおけば奴の事だ、割と早い段階で用意してくれるはずだからな。
「ゆうしゃさまぁ! それなら、私も一緒にここへ来ても良い?」
俺が次に来る事を約束したと思ったんだろう、メニーナが目を輝かせて俺に懇願して来た。期待感を漂わせて、パルネにルルディアも俺の方を見つめている。
いや、俺は別に構わないんだろうけど……。
「いや、俺は構わないけどな。でもお前たちが頻繁に魔王城へと顔を出しちゃあ、魔王リリアが困っちまうだろう……」
「……リリア?」
この魔王城は、誰彼構わず気軽に訪れて良い場所じゃあない。特にこの「魔王の間」へやって来るともなれば、魔王リリアに上申を認められた者か彼女自身が呼び寄せた者と相場が決まっているからな。
そういう意味で、俺がメニーナを窘めたんだが。
何やら彼女は、それとはまったく違う部分に引っ掛かったみたいだ。
「……リリアって……誰の事ですか?」
それはメニーナだけじゃあなく、パルネとルルディアも当然の事ながら同様だったみたいだ。低い声音でズバリと尋ねて来るパルネに対して、ルルディアは息を呑んで俺の返答を待っている。
「あ……ああ、言ってなかったか? 魔王リヴェリアの愛称はリリアと言ってな。勇者である俺はそう呼んでも良いと言われてたんだよ」
だから俺は、簡潔にその問いへと答えた。……んだが。
「……ふぅん。……あっ、ねぇ魔王様! 私も魔王様の事をリリア様って呼んでも良い?」
「こ……こら、メニーナ!」
いやぁ……子供ってほんと凄いよなぁ……。
ここに来たばかりの時は魔王の御前と言う事もあって「魔王様」とちゃんと呼んでいたし、子供なりの敬意を持った接し方をしていた筈なんだけどな。
さっき打ち解けて会話したからか、もう魔王の愛称を使って良いか聞いちゃってるよ。しかも、その口調はかなり砕けたものになっている。
子供に畏まれってのは難しいとは分かっていても、これほど順応力を見せるってのは驚きの限りだよ。
「……ふむ」
そんなメニーナの一種無礼な問い掛けに対して、リリアは真剣に検討している。
いや、ダメなものはダメって言っちゃっていいと思うぞ? 子供には、確りと可否を断じて躾けないといけないんだから。
「……そうだな。そなたたちも直に長育するであろうし、私も友と呼べる存在は多い方が良い。メニーナ、アカパルネ、ルルディア、今後は私の愛称である『リリア』と呼ぶ事を許そう」
「……良いのか!?」
てっきり拒否するだろうと思い込んでいた俺は、リリアがメニーナの申し出を受け入れた事に驚き問い質していた。
いくら子供の成長が早いと言っても、それは人族の感覚での事。長命種である魔族において子供の期間はとても長く、まだまだ幼いと思えるメニーナたちでも既に50歳は超えている訳だからなぁ。
この調子だと、まだまだ幼少期は続くんじゃないかと俺は考えていた。
それにいずれは大人になるだろうけど、それを「友」と呼ぶってのも気の早い話だ。
実際のところリリアが何歳なのかは知らないけど、如何に成長したメニーナたちを前にして「友」ってのは少し無理があるんじゃないか? 大体、リリアは魔王でメニーナたちには何の権威や貴族位も無い訳だし。
「わぁ! ありがとう、リリア! これからもよろしくね!」
「……よろしくお願いします」
「よろしくね!」
でも子供の切り替えは恐ろしいほどに早い。既に3人は、魔王の事をリリアと呼び捨てにしてるんだからな。……おい、敬称はどこいったんだ!?
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
そして何を考えているのやら、リリアも嫌な顔をすることなく微笑みそれに応じていたんだ。
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