上 下
3 / 71
1.秋嵐の古塔

余裕と慢心

しおりを挟む
 魔界は、この人界とは比較にならないほど過酷な土地だ。
 それは、自然環境が人の住むのに適していない……と言う訳じゃあない。……いや、どちらかと言えば、魔界の方が良いだろうなぁ。
 魔界が人界より過酷だと言えるのは、偏にそこに住む怪物たちの強さからくる話だ。
 魔界に生息するモンスターは、弱いものでもこの人界では上位に属する個体が多い。
 個体数の少なさが幸いして、何とか人の生活圏が確保出来ているんだ。
 メニーナの故郷であるエレスィカリヤ村の周辺に至っては、人界の最上位に属する強さを持つ魔物が稀に現れるほどだ。
 実際俺とメニーナが出会ったのも、エレスィカリヤ村の近くで死狼族ヘル・ハウンドに襲われている彼女を助けたのが切っ掛けだった。
 ヘル・ハウンドの強さは、ハッキリ言ってこの人界でも屈指の魔物と同等だと言って良い。そんな魔物が村の近くに出現するっていうんだから、それだけで魔界の厳しさは言うに及ばず……って奴だ。
 そしてその時襲われていたメニーナは、戦闘訓練など受けていなかっただろうに、2匹のヘル・ハウンドの攻撃を凌いでいた。
 勿論、倒せる様子じゃあなかったし、もう少し遅れていればたぶん食い殺されていただろう。
 それでも、例え大の大人であっても、死狼族の攻撃を耐え続けるなんて簡単に出来るもんじゃあない。
 思えば、その時にはもうメニーナの戦いにおける才能は目覚めていたのかも知れないな。



「ええぇいっ!」

 まるで幼子がボールでも投げる様な掛け声で、メニーナが手にした剣を振り下ろす。一瞬、ほのぼのとしたエレスィカリヤ村での生活を思い浮かべてしまう雰囲気だ。
 無邪気な笑顔を湛えて駆けてくるメニーナを思い出して、思わずホッコリとしそうになるが。

「ギャブッ!」

 その後に響く断末魔の悲鳴が、そんな妄想をあっさりと打ち砕いた。彼女の振り下ろした剣の先には、無残に断絶されたウォーウルフが。
 その様子を見れば、いっそウォーウルフの方が哀れに思えるほどだ。

「やったぁっ! ゆうしゃさまぁ、やったよおぉっ!」

 牙狼ウォーウルフの惨殺死体を前に無邪気に笑う少女メニーナ。……いや、これってかなり怖い情景だぞ。
 それでも俺は、引き攣った表情に何とか笑みを浮かべ軽く手を振って応えてやった。
 ここへと連れて来たのは俺だし、彼女はそんな俺のお題に答えてくれているだけなんだしな。

 ……こりゃあ、早々にこの場所から立ち去った方が良いかもなぁ。

 なんせここはいわゆる公共の場であり、俺たちだけがここで戦っているとは限らないからな。
 他の……本当に・・・まだ駆け出しの冒険者が真面目にこの塔の攻略を試みているかも知れないのに、レベル違いと分かる者たちが乱獲していては迷惑極まりないってもんだ。
 そこまで考えて、俺はもう1人の少女の方へと視線をやった。
 その相手と言うのは当然……パルネだ。
 彼女もまた本格的な戦闘は初めてのはずで、もしかすれば苦戦しているかも知れない。
 メニーナやパルネの身体能力を考えればすぐに危険な状態へと陥る事なんて考えにくいけど、怪我の1つもさせてしまっては可哀そうだからな。

「……我が敵を……燃やし尽くせ。……火炎魔法フラム

 俺がパルネの方へと振り向いた丁度その時、もう1匹のウォーウルフが彼女へと襲い掛かり、パルネはその迎撃に初歩魔法「フラム」を唱えていた処だった。
 対応としては、まるで問題ない。動きの速い魔物の攻撃に対して、魔法使いが出の速い魔法で対抗する事は定石だからな。

「う……わ……」

 しかし俺は、ここでもまた絶句させられる事となった。
 それもその筈で、パルネの唱えた魔法は正しく初歩魔法。だが出現した火球は極端に大きく、しかも高火力だったんだ!
 どれほどの熱量かと言えば、俺の眼前でパルネに飛び掛かっていたウォーウルフが、彼女の放った火球を受けて消し炭……どころか、骨も残さずに消え去ってしまっうほどだった。

「ゆ……ゆうしゃさま。……い……如何でしたか?」

 唖然とする俺に、パルネがおずおずと問い掛けて来た。
 その様子を伺うに、彼女は自分がどれほどの事をしたのか全く分かっていないようだった。
 人界の駆け出し冒険者がこの魔法を使えば、小さな火球を発現させるだけでも大変で、ダメージよりも牽制に使用されることが多いだろうか。
 勿論魔力がそれなりに備わっている魔法使い……それこそ「魔女」であるソルシエなんかが使えば、実戦でも攻撃力として期待出来るけどな。
 それでもやっぱり、一撃でウォーウルフを殺傷させるまでにはいかないだろう。
 それこそ……消し炭にしてしまうなんて芸当……上級冒険者でもなけりゃあ難しいだろうなぁ。

「な……何か……失敗しました……か?」

 閉口し続けている俺に、パルネは涙目になって再度確認して来た。
 きっと彼女は、何も言えない俺を見て何かまずかったと勘違いしてるんだろう。

「い……いや、失敗なんてないよ。良くやったな……パルネ」

 だから俺は、慌てて笑顔を作って彼女を褒めてやったんだ。
 おかしなもので、そんな事でパルネの表情にも安堵と明るさが戻って来ていた。
 よくよく考えなくても彼女たちにとってこれは初めての戦闘で、俺に試されていると言うものでもある。
 それを考えれば、自分の行動が間違っていないなんて自身で判断出来ないだろうし、年長者である俺が褒めてやらないとダメなんだよな。

 ……年長者と言うよりも、傍から見れば親子……なんだろうが。

 と……とにかく、この場でのメニーナとパルネの動きや能力に不足など寸毫もない。
 ……と言うか、過剰なほどだ。
 これはさっさと先に進んで、他の動向にも目を向けないといけないな。

「ああぁっ! パルネばっかり、ずるいいぃっ! ゆうしゃさま、私も褒めてよおぉっ!」

 俺とパルネのやり取りを見ていたんだろうメニーナが、頬を膨らませて駆け寄り推賞を求めて来たんだ。
 その姿だけを見れば、本当にまだまだ子供だと思わされるんだけどなぁ。

「メニーナも、十分に強かったぞ。……怖くなかったか?」

 だから俺は彼女を褒めた後、戦闘の感想を聞いてみたんだ。
 圧倒的な力量差で勝ったとはいえ、その心中までは推し量る事なんて出来ないからな。
 でもそんな心配は見たままに無用みたいで。

「うん、別に怖くなかった! ヘル・ハウンドに比べれば、動きなんて止まってるみたいだったしね!」

 満面の笑みで、そう返してきたんだ。
 そりゃあ、魔界のヘル・ハウンドとは比べるべくもないだろうに。

「そ……そうなんだ? 私は……怖かったなぁ……」

「ええ、そうだったの!? 全然そうは思えなかったなぁ。ちゃんと魔法も使えてたみたいだし」

 ただここで、聞かなければ分からない事も浮かび上がっていた。
 圧倒的な魔力で初級魔法を中級レベル以上にまで作り上げ、それを以て魔物をあっさりと駆逐したパルネであったが、やはり襲い来る魔獣には恐怖を感じていたらしい。
 結果だけを見ただけでは、この心情は理解出来ないよな。

「そうか。その恐怖心を忘れない事だ。油断や慢心は隙を生むが、恐怖心は警戒心と集中力を生むからな。過剰に反応する必要はないが、常に魔物は恐ろしい存在だと心に留めておけよ。……メニーナもな」

「……はい」

「はぁい」

 ちょっと説教臭かったけど、これからは戦闘の何たるかを逐一教えていかないといけないからな。パルネに説明するついでに、メニーナにも釘を刺しておいたんだ。
 案の定、パルネは先ほどの戦闘で覚えた「恐怖」と言う感情を噛みしめているみたいだったけど、メニーナには今一つピンと来ていないようだった。
 こりゃあ、早急にもう少し強い敵と戦わせる必要があるかも知れない。
 ……いや、それでは本末転倒か?
 ……ったく、やっぱり育成って奴は俺の性には合っていないかもなぁ。
 だいたい、子育てどころか結婚なんてまだしも、女性と付き合った事さえないんだからな。……とほほ。

「とにかく、当初の目的通りこのままこの塔の最上階まで行くぞ」

 そんなネガティブスパイラルハリケーンに突入しそうな俺の心に活を入れ、俺は2人を連れて更に上を目指したんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺勇者、39歳

綾部 響
ファンタジー
勇者となって二十数年……。勇者は漸く、最終目的地「魔王城」の攻略に取り掛かっていた。 大人となり、色々と限界の見えてきた彼の前に、驚くべき出会いが用意されていたのだった。 勇者と言えど人間です! 年も取るし、色々と考えも変わって来るもの! そんな「当たり前」を前面に押し出した作品です! ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「エブリスタ」「ノベルアッププラス」にも投稿しております。 ※この作品には、キャッキャウフフにイヤーンな表現は含まれておりません。 ※この作品に登場する人物、団体、名称やそのほかの事柄については、実在する団体とは一切関係がございません。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

異世界もふもふ召喚士〜俺はポンコツらしいので白虎と幼狐、イケおじ達と共にスローライフがしたいです〜

大福金
ファンタジー
タトゥーアーティストの仕事をしている乱道(らんどう)二十五歳はある日、仕事終わりに突如異世界に召喚されてしまう。 乱道が召喚されし国【エスメラルダ帝国】は聖印に支配された国だった。 「はぁ? 俺が救世主? この模様が聖印だって? イヤイヤイヤイヤ!? これ全てタトゥーですけど!?」 「「「「「えーーーーっ!?」」」」」 タトゥー(偽物)だと分かると、手のひらを返した様に乱道を「役立たず」「ポンコツ」と馬鹿にする帝国の者達。 乱道と一緒に召喚された男は、三体もの召喚獣を召喚した。 皆がその男に夢中で、乱道のことなど偽物だとほったらかし、終いには帝国で最下級とされる下民の紋を入れられる。 最悪の状況の中、乱道を救ったのは右ふくらはぎに描かれた白虎の琥珀。 その容姿はまるで可愛いぬいぐるみ。 『らんどーちゃま、ワレに任せるでち』 二足歩行でテチテチ肉球を鳴らせて歩き、キュルンと瞳を輝かせあざとく乱道を見つめる琥珀。 その姿を見た乱道は…… 「オレの琥珀はこんな姿じゃねえ!」 っと絶叫するのだった。 そんな乱道が可愛いもふもふの琥珀や可愛い幼狐と共に伝説の大召喚師と言われるまでのお話。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー

ラック極振り転生者の異世界ライフ

匿名Xさん
ファンタジー
 自他ともに認める不幸体質である薄井幸助。  轢かれそうになっている女子高生を助けて死んだ彼は、神からの提案を受け、異世界ファンタジアへと転生する。  しかし、転生した場所は高レベルの魔物が徘徊する超高難度ダンジョンの最深部だった!  絶体絶命から始まる異世界転生。  頼れるのは最強のステータスでも、伝説の武器でも、高威力の魔法でもなく――運⁉  果たして、幸助は無事ダンジョンを突破できるのか?  【幸運】を頼りに、ラック極振り転生者の異世界ライフが幕を開ける!

2年ぶりに家を出たら異世界に飛ばされた件

後藤蓮
ファンタジー
生まれてから12年間、東京にすんでいた如月零は中学に上がってすぐに、親の転勤で北海道の中高一貫高に学校に転入した。 転入してから直ぐにその学校でいじめられていた一人の女の子を助けた零は、次のいじめのターゲットにされ、やがて引きこもってしまう。 それから2年が過ぎ、零はいじめっ子に復讐をするため学校に行くことを決断する。久しぶりに家を出る決断をして家を出たまでは良かったが、学校にたどり着く前に零は突如謎の光に包まれてしまい気づいた時には森の中に転移していた。 これから零はどうなってしまうのか........。 お気に入り・感想等よろしくお願いします!!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...