ギリギリ! 俺勇者、39歳

綾部 響

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過保護なる者ども

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「……ああ。ここに居ましたか、長老」

「……エノテーカか」

「今日も良い天気ですね、長老。でも日向ぼっこでのんびりしているなんて、まるで一気に老け込んでしまわれたような……」

「……のぅ、エノテーカよ。あの娘は……大丈夫じゃろうか?」

「……ふぅ。長老、またその話ですか。もう何度も、その事については話したでしょうに」

「しかしな……エノテーカ。あの娘はまだまだ子供じゃて」

「大丈夫ですよ、長老。あの娘は十分に1人でもやっていけます。アカパルネも一緒ですし、何よりもあの男が同行していますからね」

「そうか……。それもちと寂しいのう……。しかし……」

「なんですか、長老。まだ心配事でもあると言うのですか?」

「……うむ。確かにあの娘は意外に確りしておる。普段はまだまだ幼子の様じゃが、いざとなったら驚くほどの行動力と生存本能を見せおるでな」

「そうですね。あの娘はどんな逆境でも必死に立ち向かうだけの活力を持っています。……それが分かっていて、何を心配しているので?」

「……儂は何も、あの娘の健康だけを案じておる訳ではないのじゃ」

「……と言いますと?」

「……うむ。あの娘には……アカパルネにもじゃが、2人にはもうすぐ〝アレ〟が訪れるのじゃ」

「〝アレ〟……? 〝アレ〟……とは……? ……ハッ!?」

「そうじゃ、エノテーカよ……。あの娘は〝アレ〟により、大きな変化を来す。その結果、もしも……もしもあの男があの娘に手を出す様な事があれば儂は……儂はぁっ!」

「ちょ……長老! 少し落ち着いてください! 血圧が上がってしまいます!」

「お……おお。すまんのぅ、エノテーカよ。少しばかり取り乱してしまったようじゃ……」

「いいえ……。ですが……お気持ちは分かります、長老」

「……エノテーカ」

「あの娘は私にとって、妹の様な……娘みたいなものです。彼女の存在は、私の人生にもいろどりを与えてくれました……」

「……うむ」

「本当にあの娘は、元気で素直に育ってくれました。もしもこのままこの村で育ってくれたなら、きっと美しく器量の良い女性へと成長してくれていたでしょう」

「……うんうん。……うん? エノテーカ?」

「ですがもし……そんなあの娘ににもしも! もしもあの男が手を出そうものならばぁ!」

「エノテーカ? おい、エノテーカよ!?」

「私はどのような手段を用いても、奴を亡き者にぃ!!!」

「エノテーカよ、鎮まれっ! 鎮まれぇいっ!」

「……ハッ!? ……わ……私は……一体!?」

「……うむ。どうやら気持ちを鎮める事が出来たようじゃのう」

「も……申し訳ありません、長老。……お恥ずかしい姿を見せてしまいました」

「良い良い。儂もその気落ちは痛いほど分かるのじゃ……。じゃが考えてみれば、もう全てが後の祭りじゃのぉ……。何せもう、あの娘はこの村を旅立ってしまったのじゃからな」

「……はい」

「今からでは、儂等にはもう何もあの娘にしてあげられる事などないて……」

「……」

「なに……。無駄に案じる事も無いかも知れぬのぉ……。お主も認めたあの男の事じゃ。決して無駄にあの娘を危険な目に晒す様な真似はすまいて」

「そう……ですね」

「……それにのぅ」

「……〝あの話〟……ですね?」

「そうじゃ、エノテーカよ……。あの男の語った話。初めは途方もなく信じるのも難しい内容じゃったが……のぉ」

「……はい。聖霊様に直接お伺いしてしまっては、信じない訳にはいかないでしょう……」

「うむ……。色々と驚かされる事ばかりじゃが、何よりも……あの娘が選ばれてしまうとはのぉ」

「……そうですね。ですが、長老。あの娘の才覚を信じれば、これもまた必然かも知れません」

「……ふむ」

「あの娘には才能が有ります。……恐らくはアカパルネにも。あの男は、それを早くから見抜いていたのかも知れませんね」

「う……む。もしそうだとするならば、全てにおいて……恐るべき男よ。戦闘能力は言うに及ばず、その慧眼も感服に値するのぉ……」

「……はい。奴は人族で最も恐るべき男であり……その力は信頼に足るでしょう。その男が、何の考えもなくあの娘等を連れていくとは思えません」

「……確かにの。とにかく今となっては、全てあの男に縋るより他は無いじゃろうのぉ……」

「ふふふ……。おっしゃる通りです。……ですがこの世界で、あの男ほど頼りになる者もおりますまい」

「……我らよりも遥かに若いと言うのに、大した男よ」

「ええ……。恐らくはきっと、こうなるのが運命さだめだったのではないかと……」

「運命……か。認めたくはないが、そうと考えるより他はないじゃろうのぅ」

「……はい」

「……祈ろうではないか、エノテーカよ。あの娘等の道行きに……そして、あの男の行く末に光あらん事を……のぅ」

「……はい、長老。あの男……あの勇者にあの娘等の全てを……世界の命運を託しましょう。そして、その結末が笑顔と共に訪れんことを祈りましょう」
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