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エピローグ2
優しき守護霊
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―――目に映るのは白い天井。
窓から光が差し込んでいるのを、沙耶は感じていた。
ここは間違いなくどこかの部屋で、沙耶はその部屋にあるベッドで眠っていたのだと理解出来ていた。
僅かに漂う薬品の匂いが、ここは病院だと直感させる。
自分が何かに大声で叫んだところで目が覚めたのだと言う処までは、彼女も覚えていた。
しかしどんな夢を見て、何に何を叫んでいたのか、沙耶には思い出す事が出来なかった。
体を起こすことなく首だけを巡らせると、その視界にユウキを捉える。
彼女は沙耶が横たわるベッドの傍で、姿勢よくこちらを向き佇んでいた。
「良かった……目が覚めたのですね、沙耶さん」
沙耶と目が合ったユウキは、安堵の色が伺える紅い瞳を湛えて微笑んだ。
ユウキは真っ白な巫女服に身を包んでいた。
背中には美しく長い白銀の髪が流れ、頭には可愛らしい耳がピコピコと動いている。彼女の背後には6本の尻尾も確認出来、フリフリと振られて喜びを表していた。
「あれ……ユウキさん? 私……」
優しく微笑み続けるユウキに、沙耶は状況を確認しようと話しかけるが、どうにも上手く言葉にならない。
彼女に聞こうと思う事が多すぎて、整理が付かなかったのだ。
「あれから沙耶さんは気を失って、その後この病院に運ばれたのです。それから3日間、眠り通しだったんですよ」
コップに注いだ水を手渡しながら、ユウキは簡潔に状況を説明した。
「ふーん……。3日……って、3日―――っ⁉」
思わず飲みかけた水を吹き出しそうになるほど沙耶は驚いた。まさか、そんなに長い間眠っていたとは思いもよらなかったのだ。
むせ込む沙耶の背を摩り、彼女を介抱するユウキ。
「私の見る限りでは、沙耶さんの霊気も、霊力にも異常はなさそうです。念の為に先生を呼びますね」
そう言ってユウキは、沙耶の枕元に備え付けられているナースコールのボタンを押した。
暫くして看護師が駆けつけ、簡単に検温と問診を行い、その後担当の医師がやって来て検査してもらったがどこにも異常は見られなかった。
担当医師の話ではすぐにでも退院可能だが、大事を取って今日一日は入院する様沙耶は勧められていた。その間、ずっとユウキは沙耶の傍に居たのだが、誰も彼女に気付いた様子は無い。
(やっぱり、他の人にユウキさんは見えないんだ……)
今更ながらに当たり前の事を、沙耶は改めて思い至った。しかし、それも無理のない事だろう。
今まで沙耶には、霊が視える事はあっても霊と話す事は出来なかった。しかしそれも、ユウキに出会うまでの話である。
話した事の無い他の霊はどうか分からない。しかし少なくともユウキと、彼女の本体であったユキとは普通に会話出来たのだ。
そして先程も、彼女とは驚く程自然に会話出来ていたのだ。そうなると沙耶には、殆ど常人と霊との区別がつかない。
勿論厳密に言えば、本当に判別が付かなくなると言う訳では無い。やはり常人と霊体では、感じる霊気の質や雰囲気が違うと認識する事が出来る。
しかしそれも注意すればと言う注釈が付き、ユウキの様に自然な振る舞いを取られると思わずその違いが希薄になってしまうのだ。
担当医師の検診も終わり彼等が退室すると、病室には再び沙耶とユウキが2人きりとなった。
「……ねぇ……ユウキさん。その……詩依良ちゃんは……?」
慌ただしい検診が終わり、沙耶は気になっていた事をユウキに聞いた。
結界の出口で詩依良と話した事が間違いないなら、彼女はすぐにでも真砂角高校から転校している筈だった。
「詩依良さんは、毎日沙耶さんのお見舞いに見えていましたが、昨日手続きが済んだとの事で……今日は……」
ユウキはかなり言い難そうに、沙耶の問いに答えた。
彼女から見ても、沙耶は詩依良にとても懐いており、そんな詩依良が沙耶の前から去ると言う事がどれほど彼女にとって辛い事か、ユウキなりに理解していたからだ。
「そっか……。詩依良ちゃん……もう行っちゃったんだねぇ……」
そう呟いて、沙耶は下を向いた。
どれほど覚悟していても、如何に分かっていた事だとしても、沙耶にとって詩依良が去ると言う事が悲しくない訳はない。
膝元のシーツを握り締める沙耶を前にして、ユウキはただオロオロとするしかなかった。
「あ……あの……沙耶さん……?」
掛ける言葉など見つからないまま、それでも何とか慰めようとユウキは沙耶に声を掛けた。
暫し何かを堪える様に全身を震わせて力を込めていた沙耶だったが、下げていた視線をバッと上げ顔を天井に向けた。
その顔は微笑んでいたが、天を仰ぐ彼女の目には涙が溜まっている。
「でも……でも、何処に行っても私と詩依良ちゃんは友達だから! ずぅっと友達だから! またどこかで会えるよね!」
そう言って隣に佇むユウキを見つめ、ニコッと満面の笑みを作った沙耶の頬を溜まっていた涙が滑り落ちた。
「……ええ……きっと……必ず」
そんな沙耶を見て、ユウキは優しく微笑みながら頷いた。
「そう言えばユウキさんは、これからどうするんだっけ?」
ゴシゴシと袖で涙を拭いた沙耶は、思い出した様にユウキへ尋ねた。
いきなりの話題転換に若干戸惑ったユウキだったが、姿勢を正し表情を改めて沙耶に向き直った。
彼女にすれば、沙耶にその話をする為に今までここに居たと言っても過言では無いのだから。
「その事で、沙耶さんにお願いがあります」
ユウキの真剣そのものである話の切り出しに、沙耶は彼女の意図が全く読めないでいた。
沙耶にしても、ユウキから何かお願いされる様な事など全然思い浮かばなかったのだ。
「……お願い?」
怪訝な表情でオウム返しに答える沙耶に、ユウキは深くゆっくりと頷いた。
「はい。……私が、沙耶さんの守護霊となる事を……認めてもらえないでしょうか?」
ユウキの言葉は沙耶の耳に入ってきているのだが、その内容を理解する事が出来ていない様だった。
「えぇっと……。守護霊……か……って、守護霊⁉」
ユウキの言葉を繰り返す事で漸く理解出来た沙耶は、彼女が言った言葉の中にあった語句に大きく反応し驚いた。
「はい、そうです」
再び深くユウキは頷いた。
その眼差しは、冗談でも何でもなく本気のものだった。
「でも……その……ユウキさんには、間宮悠人さんが……」
元々彼女の存在意義は間宮悠人を守る事、そして見守り続ける事だ。
彼女の言葉は、本来ならば彼に向けられるべきものの筈だった。
守護霊とは呼んで字の如く、憑いている者を守護する事が目的の霊である。
主が危険に合わない様、守護霊が事前に察知して回避を促す。
もし危険と遭遇してしまったならば、主の状態になるべく大きな被害が出ない様に尽力する。
そして質の悪い霊などから、主を守る事も守護霊の仕事だった。
まさしく、ユウキの本体であったユキが発生した事由に相当する。
ユキが居なくなった今、その使命はユウキに託されていると沙耶は思っていたのだ。
「悠人への想いは僅かながらに残っています。しかし強すぎる想いの殆どをユキ様が持って行ってくれました。今の私には悠人に対するものよりも、強い想いがあります」
自分の胸に手を当てたユウキの眼差しが更に強くなり、燃える様な紅い瞳が沙耶を映していた。
「それは沙耶さん、あなたと共に在りたいという事。貴女を守りたいと言う想いです。1度消滅しかけた私は、貴女の霊気によってここに存在しています。ならば私は貴女の物です」
強く優しい想い、迷いのない真っ直ぐな決意。彼女からはそれだけが伝わって来た。
「貴女に迷惑をかける様な事は致しません。駄目だと言われればそれまでですが……私を傍に置いてもらう事は出来ないでしょうか?」
話をそう締め括った彼女の瞳には哀願、そして僅かばかりの恐れが含まれている。
もしも沙耶に拒絶されれば、自分はどうすればいいのか。その想いが迷いや恐れとなって表情にまで現れている。
必死に懇願したユウキの顔は、何処か困っている様でもあり焦っている様でもある。
しかしそんな表情のユウキも美しいと、沙耶はやや見惚れてしまっていた。
「……え……と、ユウキさんは……それでいいのね?」
沙耶の目の前で彼女の答えを待ち続けるユウキの表情をポーッとして見続けていた沙耶だったが、ハッと我に返りそう答えた。
その言葉を聞いて、ユウキの顔がパァッと明るくなった。
「はい……はいっ!」
ユウキはその顔立ちからは似合わない、明るく上擦った声で返事をした。
先程までの曇った表情はまるで嘘のようだった。
「うん、わかった。これからも宜しくね、ユウキさん」
そんな彼女が可愛くて、沙耶の顔も自然と笑顔になった。
「はいっ! 宜しくお願いします、沙耶さんっ!」
そしてユウキは、これ以上ないと言った喜びに満ちた笑顔でそう答えた。
「それでその……沙耶さん、私に名前を付けて頂きたいのですが……」
続けてユウキから、沙耶におかしな提案をされる。
彼女には既にユウキと言う名前がある……筈であった。
「ユウキというのは私の『真名』ですから……出来れば普段は使わない様にしたいのです」
余程疑問を浮かべた表情をしていたのだろう。沙耶の顔を見たユウキが補足説明した。
真なる名と書いて「真名」。それはその者を縛る呪文でもある。
その名を用いれば傷つけるにしても、回復する事も、封印も、消滅する事でさえその効果は格段に上がる。
「そっかぁ……。でもどんな名前が良いんだろう……?」
人の名前だろうがペットの名前だろうと、余程思い入れのある名前でも無ければすぐに浮かぶものでは無い。
ましてやユウキは沙耶の守護霊となるのだ。
彼女は出来るだけ、ユウキに良い名前を付けてあげたかったのだろう。
ウンウンとうなり考えた沙耶に、何か良いアイデアが浮かんだ様だった。
沙耶は嬉しそうに明るくなった顔をユウキに向けた。
「ユウ! ユウちゃんって言うのはどうかな?」
「ユウ……ですか?」
どうかと言われても、実際の所ユウキに拒否権は無い。
沙耶がそう呼ぶと決めたのなら、その時からユウキはユウと呼ばれる事になるのだ。
「ユウキさんは優しいから、ユウちゃん。優しいの優なんだよ!」
しかし、沙耶が一生懸命考えてくれた名前である。
「はい、ありがとうございます! 今日からはユウ、と呼んでくださいね」
だからどんな名前でも、例え安直な……「ユウキ」からの文字落ちだとしてもユウには嬉しかった。
「うん! 改めて宜しくね! ユウちゃん!」
窓から光が差し込んでいるのを、沙耶は感じていた。
ここは間違いなくどこかの部屋で、沙耶はその部屋にあるベッドで眠っていたのだと理解出来ていた。
僅かに漂う薬品の匂いが、ここは病院だと直感させる。
自分が何かに大声で叫んだところで目が覚めたのだと言う処までは、彼女も覚えていた。
しかしどんな夢を見て、何に何を叫んでいたのか、沙耶には思い出す事が出来なかった。
体を起こすことなく首だけを巡らせると、その視界にユウキを捉える。
彼女は沙耶が横たわるベッドの傍で、姿勢よくこちらを向き佇んでいた。
「良かった……目が覚めたのですね、沙耶さん」
沙耶と目が合ったユウキは、安堵の色が伺える紅い瞳を湛えて微笑んだ。
ユウキは真っ白な巫女服に身を包んでいた。
背中には美しく長い白銀の髪が流れ、頭には可愛らしい耳がピコピコと動いている。彼女の背後には6本の尻尾も確認出来、フリフリと振られて喜びを表していた。
「あれ……ユウキさん? 私……」
優しく微笑み続けるユウキに、沙耶は状況を確認しようと話しかけるが、どうにも上手く言葉にならない。
彼女に聞こうと思う事が多すぎて、整理が付かなかったのだ。
「あれから沙耶さんは気を失って、その後この病院に運ばれたのです。それから3日間、眠り通しだったんですよ」
コップに注いだ水を手渡しながら、ユウキは簡潔に状況を説明した。
「ふーん……。3日……って、3日―――っ⁉」
思わず飲みかけた水を吹き出しそうになるほど沙耶は驚いた。まさか、そんなに長い間眠っていたとは思いもよらなかったのだ。
むせ込む沙耶の背を摩り、彼女を介抱するユウキ。
「私の見る限りでは、沙耶さんの霊気も、霊力にも異常はなさそうです。念の為に先生を呼びますね」
そう言ってユウキは、沙耶の枕元に備え付けられているナースコールのボタンを押した。
暫くして看護師が駆けつけ、簡単に検温と問診を行い、その後担当の医師がやって来て検査してもらったがどこにも異常は見られなかった。
担当医師の話ではすぐにでも退院可能だが、大事を取って今日一日は入院する様沙耶は勧められていた。その間、ずっとユウキは沙耶の傍に居たのだが、誰も彼女に気付いた様子は無い。
(やっぱり、他の人にユウキさんは見えないんだ……)
今更ながらに当たり前の事を、沙耶は改めて思い至った。しかし、それも無理のない事だろう。
今まで沙耶には、霊が視える事はあっても霊と話す事は出来なかった。しかしそれも、ユウキに出会うまでの話である。
話した事の無い他の霊はどうか分からない。しかし少なくともユウキと、彼女の本体であったユキとは普通に会話出来たのだ。
そして先程も、彼女とは驚く程自然に会話出来ていたのだ。そうなると沙耶には、殆ど常人と霊との区別がつかない。
勿論厳密に言えば、本当に判別が付かなくなると言う訳では無い。やはり常人と霊体では、感じる霊気の質や雰囲気が違うと認識する事が出来る。
しかしそれも注意すればと言う注釈が付き、ユウキの様に自然な振る舞いを取られると思わずその違いが希薄になってしまうのだ。
担当医師の検診も終わり彼等が退室すると、病室には再び沙耶とユウキが2人きりとなった。
「……ねぇ……ユウキさん。その……詩依良ちゃんは……?」
慌ただしい検診が終わり、沙耶は気になっていた事をユウキに聞いた。
結界の出口で詩依良と話した事が間違いないなら、彼女はすぐにでも真砂角高校から転校している筈だった。
「詩依良さんは、毎日沙耶さんのお見舞いに見えていましたが、昨日手続きが済んだとの事で……今日は……」
ユウキはかなり言い難そうに、沙耶の問いに答えた。
彼女から見ても、沙耶は詩依良にとても懐いており、そんな詩依良が沙耶の前から去ると言う事がどれほど彼女にとって辛い事か、ユウキなりに理解していたからだ。
「そっか……。詩依良ちゃん……もう行っちゃったんだねぇ……」
そう呟いて、沙耶は下を向いた。
どれほど覚悟していても、如何に分かっていた事だとしても、沙耶にとって詩依良が去ると言う事が悲しくない訳はない。
膝元のシーツを握り締める沙耶を前にして、ユウキはただオロオロとするしかなかった。
「あ……あの……沙耶さん……?」
掛ける言葉など見つからないまま、それでも何とか慰めようとユウキは沙耶に声を掛けた。
暫し何かを堪える様に全身を震わせて力を込めていた沙耶だったが、下げていた視線をバッと上げ顔を天井に向けた。
その顔は微笑んでいたが、天を仰ぐ彼女の目には涙が溜まっている。
「でも……でも、何処に行っても私と詩依良ちゃんは友達だから! ずぅっと友達だから! またどこかで会えるよね!」
そう言って隣に佇むユウキを見つめ、ニコッと満面の笑みを作った沙耶の頬を溜まっていた涙が滑り落ちた。
「……ええ……きっと……必ず」
そんな沙耶を見て、ユウキは優しく微笑みながら頷いた。
「そう言えばユウキさんは、これからどうするんだっけ?」
ゴシゴシと袖で涙を拭いた沙耶は、思い出した様にユウキへ尋ねた。
いきなりの話題転換に若干戸惑ったユウキだったが、姿勢を正し表情を改めて沙耶に向き直った。
彼女にすれば、沙耶にその話をする為に今までここに居たと言っても過言では無いのだから。
「その事で、沙耶さんにお願いがあります」
ユウキの真剣そのものである話の切り出しに、沙耶は彼女の意図が全く読めないでいた。
沙耶にしても、ユウキから何かお願いされる様な事など全然思い浮かばなかったのだ。
「……お願い?」
怪訝な表情でオウム返しに答える沙耶に、ユウキは深くゆっくりと頷いた。
「はい。……私が、沙耶さんの守護霊となる事を……認めてもらえないでしょうか?」
ユウキの言葉は沙耶の耳に入ってきているのだが、その内容を理解する事が出来ていない様だった。
「えぇっと……。守護霊……か……って、守護霊⁉」
ユウキの言葉を繰り返す事で漸く理解出来た沙耶は、彼女が言った言葉の中にあった語句に大きく反応し驚いた。
「はい、そうです」
再び深くユウキは頷いた。
その眼差しは、冗談でも何でもなく本気のものだった。
「でも……その……ユウキさんには、間宮悠人さんが……」
元々彼女の存在意義は間宮悠人を守る事、そして見守り続ける事だ。
彼女の言葉は、本来ならば彼に向けられるべきものの筈だった。
守護霊とは呼んで字の如く、憑いている者を守護する事が目的の霊である。
主が危険に合わない様、守護霊が事前に察知して回避を促す。
もし危険と遭遇してしまったならば、主の状態になるべく大きな被害が出ない様に尽力する。
そして質の悪い霊などから、主を守る事も守護霊の仕事だった。
まさしく、ユウキの本体であったユキが発生した事由に相当する。
ユキが居なくなった今、その使命はユウキに託されていると沙耶は思っていたのだ。
「悠人への想いは僅かながらに残っています。しかし強すぎる想いの殆どをユキ様が持って行ってくれました。今の私には悠人に対するものよりも、強い想いがあります」
自分の胸に手を当てたユウキの眼差しが更に強くなり、燃える様な紅い瞳が沙耶を映していた。
「それは沙耶さん、あなたと共に在りたいという事。貴女を守りたいと言う想いです。1度消滅しかけた私は、貴女の霊気によってここに存在しています。ならば私は貴女の物です」
強く優しい想い、迷いのない真っ直ぐな決意。彼女からはそれだけが伝わって来た。
「貴女に迷惑をかける様な事は致しません。駄目だと言われればそれまでですが……私を傍に置いてもらう事は出来ないでしょうか?」
話をそう締め括った彼女の瞳には哀願、そして僅かばかりの恐れが含まれている。
もしも沙耶に拒絶されれば、自分はどうすればいいのか。その想いが迷いや恐れとなって表情にまで現れている。
必死に懇願したユウキの顔は、何処か困っている様でもあり焦っている様でもある。
しかしそんな表情のユウキも美しいと、沙耶はやや見惚れてしまっていた。
「……え……と、ユウキさんは……それでいいのね?」
沙耶の目の前で彼女の答えを待ち続けるユウキの表情をポーッとして見続けていた沙耶だったが、ハッと我に返りそう答えた。
その言葉を聞いて、ユウキの顔がパァッと明るくなった。
「はい……はいっ!」
ユウキはその顔立ちからは似合わない、明るく上擦った声で返事をした。
先程までの曇った表情はまるで嘘のようだった。
「うん、わかった。これからも宜しくね、ユウキさん」
そんな彼女が可愛くて、沙耶の顔も自然と笑顔になった。
「はいっ! 宜しくお願いします、沙耶さんっ!」
そしてユウキは、これ以上ないと言った喜びに満ちた笑顔でそう答えた。
「それでその……沙耶さん、私に名前を付けて頂きたいのですが……」
続けてユウキから、沙耶におかしな提案をされる。
彼女には既にユウキと言う名前がある……筈であった。
「ユウキというのは私の『真名』ですから……出来れば普段は使わない様にしたいのです」
余程疑問を浮かべた表情をしていたのだろう。沙耶の顔を見たユウキが補足説明した。
真なる名と書いて「真名」。それはその者を縛る呪文でもある。
その名を用いれば傷つけるにしても、回復する事も、封印も、消滅する事でさえその効果は格段に上がる。
「そっかぁ……。でもどんな名前が良いんだろう……?」
人の名前だろうがペットの名前だろうと、余程思い入れのある名前でも無ければすぐに浮かぶものでは無い。
ましてやユウキは沙耶の守護霊となるのだ。
彼女は出来るだけ、ユウキに良い名前を付けてあげたかったのだろう。
ウンウンとうなり考えた沙耶に、何か良いアイデアが浮かんだ様だった。
沙耶は嬉しそうに明るくなった顔をユウキに向けた。
「ユウ! ユウちゃんって言うのはどうかな?」
「ユウ……ですか?」
どうかと言われても、実際の所ユウキに拒否権は無い。
沙耶がそう呼ぶと決めたのなら、その時からユウキはユウと呼ばれる事になるのだ。
「ユウキさんは優しいから、ユウちゃん。優しいの優なんだよ!」
しかし、沙耶が一生懸命考えてくれた名前である。
「はい、ありがとうございます! 今日からはユウ、と呼んでくださいね」
だからどんな名前でも、例え安直な……「ユウキ」からの文字落ちだとしてもユウには嬉しかった。
「うん! 改めて宜しくね! ユウちゃん!」
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