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間章 側室リラの物語

リリアの日常

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 交代で夕食を取りに食堂に下りたリリアは、櫃台カウンターのおかずを取り分け、厨房にスープを注文すると積んであるパンをトングで挟んで皿に載せ、盆を持って食堂の隅っこに座った。

 今日のおかずは鶏肉のソテーに青椒ピーマンの炒め物、ひよこ豆の煮もの。東方出身の騎士たちは白飯を山盛りにして食べているが、ソリスティア出身のリリアはどうしてもパンの方が食べ慣れている。総督は自他ともに認める貧乏舌の持ち主だが、配下にそれを強要したりはしないので、恭親王が赴任して以来、総督府の〈奥〉の厨房は格段に水準が上がった。何しろ厨師長ちゅうしちょうは後宮の大膳房だいぜんぼう仕込み。その気になれば宮廷料理だって作れるのだ。ソリスティアの素材を使った料理にも挑戦していて、騎士の娘として慎ましく育ってきたリリアは、こんな贅沢なものを食べていいのかと思ったくらいだ。

 ちょうど騎士たちの休憩時間に当たってしまったのだろう。食堂は混雑していて、男たちがガヤガヤと喧しい。当初、聖地の別邸でひっそり暮らしていたリリアは、年が明けてから一気に増えた東方からの騎士たちの集団にはまだ慣れない。食堂の一角には代々ソリスティア在住の騎士たちも陣取っている。彼らには〈中奥〉にある食堂で賄いを出していたが、総督が常時在府する関係で〈奥〉の厨房に一日中火を入れている都合上、無駄を省くために夕食は〈奥〉の厨房に一括することにしたのである。彼らは総督府の外に住居を構えて家庭を持っている。宿直の当番以外は夕食は必要ないのだ。

 リリアはその一団――髪の色が薄いので、すぐにわかる――をちらりと見て、そこに兄のバランシュがいないことを確認し、ほっとする。兄は口煩くて、姫様や殿下に失礼をしていないか会うごとに尋ねてきて、はっきり言って鬱陶しいのだ。

(さ、急いで食べて戻らなくっちゃ!)

 リリアが細切りにされている鶏肉のソテーを箸で摘まみ、口に入れたところで、副厨師長が温めたスープを運んできた。

「リリアちゃーん!今日の湯は、魚介の赤茄子トマト煮込みだよ! ソリスティア風の味付けで、僕が作ったんだ! お姫様にも好評だったんだよ! お代わりもあるからね!」

 副厨師長はソリスティア出身の料理人で、恭親王がソリスティアに赴任してから雇った男だ。赤茄子のような色の髪に、灰色っぽい水色の瞳を片方つぶって、リリアに愛想を振りまく。

「あ、ありがとうございます」
「それからこれは女性陣への特別サービス! 姫様用デザートのお裾分け、焦糖カラメルソースがけのプディングだよ!」
「そんな贅沢なもの!」
 
 南方渡の砂糖はまだまだ高級品だ。実はさっき給仕したときにアデライードが美味しそうに食べているのを見て、ちょっとだけ羨ましいと思っていたのだった。しかも殿下は一口食べて、甘すぎるからいらないとか抜かしたのだ。――貧乏舌だけど、まちがいなく皇子だな、とリリアは思う。自分だったら口に合わなくても涙目で食べるに違いない。

「いいのいいの、一個だけ作るわけにもいかないでしょ? 遠慮しないでどうぞ!」

 そう言いおいてウインクして厨房に戻っていく副厨師長を見送って、リリアは再び箸を取る。半分くらい食べたところで、ふと目の前に影ができ、顔を上げるとすらりとした男が盆を持って立っていた。

「失礼、ここ、空いているかな?――女性の近くは遠慮すべきかと思ったけれど、今夜はやけに混んでいて、空いているテーブルがなくて……」
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