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15、イフリートの野望
アデライード暗殺未遂
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イフリート公爵ウルバヌスは不機嫌に黒服の暗部の男を叱責した。
王都ナキアの王城。王族用の小部屋の一角で、ウルバヌスは配下の〈黒影〉から至急の報告を受けていた。
報告は不首尾――結局また、アデライードの暗殺に失敗したのだ。
「ですが、どうやらアデライード姫が魔力暴走を起こしたようで……総督がかなりの重傷を負ったようです」
「総督が――?」
「はい。総督府で大きな爆発状の事故が発生し、しばらく総督府の機能が停止いたしました。また聖地・太陽宮から、その夜のうちに治癒魔法のできる僧侶が数人、総督府に入りまして、相当の怪我人が出ていることは確実です。おそらくその中には総督も……」
暗部の黒服の男が頭を下げるのを、天鵞絨張りの肘掛け椅子に腰かけ、脚を組んだウルバヌスは一瞬、目を眇め、だが次の瞬間にふん、と鼻で笑った。
「肝心の、アデライードが生きていては意味もない。東の皇子など何十人もいるのだぞ。あれを一人片付けたところで、代わりはいくらでもいる。要はアデライードなのだ。あの忌々しい小娘を始末せぬ限り、我がイフリート家の宿願は叶わぬ」
そこまで言い放ったところで、暗部の者が手を上げてウルバヌスを制した。
「どうした――」
「誰か、人が――」
暗部の者がまったく気配を動かすことなく扉に近づき、さっと開くと、そこには青い顔をしたアルベラと、その護衛官のテセウスが立っていた。
「お父様……! 今の話は、本当なのですか?」
アルベラがそのまま部屋に入り、父の前に立つ。
「なんだ、アルベラか。驚かすな。迂闊な者であれば、口封じをせねばならぬところであったぞ」
「お父様!」
「……忌々しいことに、本当だ。今度こそ、仕留められると思っていたのだがな。数か月の準備をかけ、帝国からの女の側仕えに化けさせて、刺客として送り込んだにもかかわらず。……まったく、アデライードの悪運には呆れるばかりだ」
「まさかそんな……」
アルベラは父の答えに絶句した。しばらく息を整えてから、アルベラは改めて尋ねる。
「……て、帝国からの女って?」
「ふふふ、総督も所詮はただの男に過ぎなかったというわけよ。〈聖婚〉を理由に古い女を振り捨ててアデライードを娶ったが、その女の腹に子が出来ていたのだよ。捨てられた女は子をたてに取って復縁を迫るため、はるばるソリスティアに赴く。その側付きに、こちらから刺客を仕込んでおいたのだ。さすがに自分の子を孕んだ女は総督府内に入れざるを得まいと思ったのだが、想像以上のクズ男でな、これが! 離縁した以上は側室でもなんでもないと言い張って、総督府内への立ち入りを禁じたそうだ。どうやらアデライードにすっかり骨抜きにされて、男としての責任を取る気もないときた」
ウルバヌスは如何にも可笑しいというように、黒い脚衣をぴしりと掌で打った。
「それは、さっきシメオン兄様に聞いた……」
「ほう、シメオンもこの話を知っておったか。あれはあれで情報を集めておるのだな。……それでも何とか総督府内に入って、アデライードを害さんとしたが、どうやら失敗に終わったらしい。侍女に化けて潜入した二人の行方はわかっていない。概ね死んだか……たとえ捕らえられていても、我らの情報を渡すことは絶対にあり得ぬ」
アルベラは父がアデライードの暗殺を謀ったことに衝撃を受けていた。
アデライードは現在残る、最後の陰の龍種だ。アルベラの子は〈王気〉を持つかどうかわからないが、アデライードの子なら確実に〈王気〉を持つ。アデライードが死ねば、陰の龍種は絶えてしまうかもしれないのだ。
「どうしてそんな……龍種の暗殺を企てるなど! 天と陰陽に対する重大な反逆ではありませんか!」
アルベラの知る父は、常に民のために動くが故に〈禁苑〉には距離を置いていたが、しかし天と陰陽に歯向かうような人間ではないはずだった。月蝕祭の時にアデライードと総督の暗殺を謀ったとして、〈禁苑〉から破門を突き付けられた時も、アルベラは父は濡れ衣だと信じていた。だが今、父自身の口からアデライードの暗殺未遂を聞かされアルベラは動揺する。
「何を今さら。そなたを女王にするためには、アデライードを殺す以外にないと、以前にも言ったではないか」
「それは……でも、物の喩えだとばかり……アデライードを殺さなくても、わたしは女王になれます! 龍種の血筋を絶つような、そんな恐ろしいこと!」
「今になって怖気づいたか、この愚か者が!」
地を這うような声で、ウルバヌスが咆哮する。
「むしろアデライードを殺したところで、〈禁苑〉はそなたの即位を認めることはない。〈王気〉がないからな。だが、我がイフリート家の宿願のために、お前は女王になってもらわねば困るのだ」
「イフリート家の……宿願?」
「――閣下、それ以上は」
王都ナキアの王城。王族用の小部屋の一角で、ウルバヌスは配下の〈黒影〉から至急の報告を受けていた。
報告は不首尾――結局また、アデライードの暗殺に失敗したのだ。
「ですが、どうやらアデライード姫が魔力暴走を起こしたようで……総督がかなりの重傷を負ったようです」
「総督が――?」
「はい。総督府で大きな爆発状の事故が発生し、しばらく総督府の機能が停止いたしました。また聖地・太陽宮から、その夜のうちに治癒魔法のできる僧侶が数人、総督府に入りまして、相当の怪我人が出ていることは確実です。おそらくその中には総督も……」
暗部の黒服の男が頭を下げるのを、天鵞絨張りの肘掛け椅子に腰かけ、脚を組んだウルバヌスは一瞬、目を眇め、だが次の瞬間にふん、と鼻で笑った。
「肝心の、アデライードが生きていては意味もない。東の皇子など何十人もいるのだぞ。あれを一人片付けたところで、代わりはいくらでもいる。要はアデライードなのだ。あの忌々しい小娘を始末せぬ限り、我がイフリート家の宿願は叶わぬ」
そこまで言い放ったところで、暗部の者が手を上げてウルバヌスを制した。
「どうした――」
「誰か、人が――」
暗部の者がまったく気配を動かすことなく扉に近づき、さっと開くと、そこには青い顔をしたアルベラと、その護衛官のテセウスが立っていた。
「お父様……! 今の話は、本当なのですか?」
アルベラがそのまま部屋に入り、父の前に立つ。
「なんだ、アルベラか。驚かすな。迂闊な者であれば、口封じをせねばならぬところであったぞ」
「お父様!」
「……忌々しいことに、本当だ。今度こそ、仕留められると思っていたのだがな。数か月の準備をかけ、帝国からの女の側仕えに化けさせて、刺客として送り込んだにもかかわらず。……まったく、アデライードの悪運には呆れるばかりだ」
「まさかそんな……」
アルベラは父の答えに絶句した。しばらく息を整えてから、アルベラは改めて尋ねる。
「……て、帝国からの女って?」
「ふふふ、総督も所詮はただの男に過ぎなかったというわけよ。〈聖婚〉を理由に古い女を振り捨ててアデライードを娶ったが、その女の腹に子が出来ていたのだよ。捨てられた女は子をたてに取って復縁を迫るため、はるばるソリスティアに赴く。その側付きに、こちらから刺客を仕込んでおいたのだ。さすがに自分の子を孕んだ女は総督府内に入れざるを得まいと思ったのだが、想像以上のクズ男でな、これが! 離縁した以上は側室でもなんでもないと言い張って、総督府内への立ち入りを禁じたそうだ。どうやらアデライードにすっかり骨抜きにされて、男としての責任を取る気もないときた」
ウルバヌスは如何にも可笑しいというように、黒い脚衣をぴしりと掌で打った。
「それは、さっきシメオン兄様に聞いた……」
「ほう、シメオンもこの話を知っておったか。あれはあれで情報を集めておるのだな。……それでも何とか総督府内に入って、アデライードを害さんとしたが、どうやら失敗に終わったらしい。侍女に化けて潜入した二人の行方はわかっていない。概ね死んだか……たとえ捕らえられていても、我らの情報を渡すことは絶対にあり得ぬ」
アルベラは父がアデライードの暗殺を謀ったことに衝撃を受けていた。
アデライードは現在残る、最後の陰の龍種だ。アルベラの子は〈王気〉を持つかどうかわからないが、アデライードの子なら確実に〈王気〉を持つ。アデライードが死ねば、陰の龍種は絶えてしまうかもしれないのだ。
「どうしてそんな……龍種の暗殺を企てるなど! 天と陰陽に対する重大な反逆ではありませんか!」
アルベラの知る父は、常に民のために動くが故に〈禁苑〉には距離を置いていたが、しかし天と陰陽に歯向かうような人間ではないはずだった。月蝕祭の時にアデライードと総督の暗殺を謀ったとして、〈禁苑〉から破門を突き付けられた時も、アルベラは父は濡れ衣だと信じていた。だが今、父自身の口からアデライードの暗殺未遂を聞かされアルベラは動揺する。
「何を今さら。そなたを女王にするためには、アデライードを殺す以外にないと、以前にも言ったではないか」
「それは……でも、物の喩えだとばかり……アデライードを殺さなくても、わたしは女王になれます! 龍種の血筋を絶つような、そんな恐ろしいこと!」
「今になって怖気づいたか、この愚か者が!」
地を這うような声で、ウルバヌスが咆哮する。
「むしろアデライードを殺したところで、〈禁苑〉はそなたの即位を認めることはない。〈王気〉がないからな。だが、我がイフリート家の宿願のために、お前は女王になってもらわねば困るのだ」
「イフリート家の……宿願?」
「――閣下、それ以上は」
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