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14、奪われし者

夢問い

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 結局、アデライードの熱が完全に下がったのは四日後であった。一方、恭親王も浅い眠りを繰り返してはうなされ、やはり目を覚まさない。

「姫君に呼び掛けていただけば、こちらに戻ってこられるかもしれない」

 ジュルチの言葉に、メイローズが頷く。魔力の循環も、火傷や内臓の傷もだいたい治っていて、ただ、精神的な問題で眠りの奥から出てこないのだと、ジュルチもマニも判断していた。そうなると、彼が最も執着しているアデライード以外、呼び戻せる人間はいない。
 アデライードは、まだ月の障りは終わっていなかったが、一番きつい状態は済んでいる。ただ、相変わらず声は出ないということだった。恭親王の方はこれ以上意識が戻らないと、栄養状態に不安が生じてくる。

 月の障りの間、西の女性は部屋から出ないし、男も寄せ付けない。だが宦官の特権でメイローズは姫君の寝室に入っていった。

「姫様、お加減はいかかでしょうか。メイローズです」

 やってきた男のなりだが男でない人物に、侍女たちは対処に困るが、姫君は翡翠色の瞳を見開いて、寝台から身を乗り出すようにメイローズに手を伸ばす。

《殿下は――?殿下のご容態は?》
「――もう魔力の循環が回復しておられるのですが、目を覚まされないのです」
《そんな――》

 アデライードが絶望的な表情をするが、メイローズがあえて微笑んで言った。

「月の障りの間、お部屋から出ないしきたりは承知しておりますが、殿下の寝室においでいただけないでしょうか。姫君が夢問いにて呼びかければ、殿下も目を覚まされるかもしれません」

 アデライードでも無理ならば、別の手段を講じなければならない。アデライードは一も二もなく頷いた。

《長い時間でなければ、大丈夫です。わたしも、殿下にお会いしたい》

 普段よりも分厚い長衣に毛織のマントを羽織って、アデライードは恭親王の寝室へと向かう。熱が下がったばかりということもあって、アデライードの足元もおぼつかなかった。それをアリナが支えるようにして、隣室に足を踏み入れた。

「アデライード、もう大丈夫なのか?」

 マニ僧都が心配そうに問いかけるのに軽く微笑んで、アデライードは寝台の脇に近づく。黒い彼の鷹が、嬉しそうに羽を羽ばたかせる。黒く長い睫毛を伏せて眠る夫は、少しやつれたような雰囲気がある。アデライードはその頬を白い指で撫でる。普段綺麗に髭を剃られて滑らかな頬に、少しだけ不精髭が生えてざらついていた。もともと、髭は薄い方なのだ。金色の〈王気〉が普段よりは薄いものの、ふんわりと取り巻いているのを見て、アデライードは少しだけほっとする。

《殿下――》
  
 アデライードはマニ僧都が勧める椅子に座り、身体を倒すようにして、恭親王の耳元に唇を寄せて念話で呼びかける。深く眠っているのか、反応はなかった。

「夢問いの魔法陣は呼び出せるか?」

 マニ僧都に言われ、アデライードは無言で頷く。

「夢問い受けたことはあるね? 自分でしたことは?」

 アデライードが首を振ると、マニが言った。

「夢問いは人の夢に干渉する魔術だ。夢は人の精神こころを映す鏡で、今の殿下のように体調の良くないときは乱れがちだ。そういう時に無理に踏み込むと混乱に引きずり込まれることがあるから、入った夢が危険だと思ったらすぐに戻るように。今はよく眠って落ち着いた状態だから大丈夫だけれど、離れた場所から夢問いする場合は、タイミングが悪いと悪夢のただなかに入ってしまうことがある。夢問いをする方には本人以外の人物の姿も声も聞こえないけれど、相手が夢の中で苦しんでいたとしても、絶対に声をかけたりしないですぐに出るんだ。それが夢問いのルールだ」

 アデライードが真剣な目をして頷く。

「それから、夢の中では相手に触れることはできないが、魔力は及ぼすことができる。会話は、触れなくても念話でいける。殿下にはただ、戻ってくるように呼び掛けて、覚醒を促せばいい」

 マニからいくつか注意を受けて、アデライードが金色の睫毛を伏せ、魔法陣を呼び出す。椅子の下、絨毯に現れた光の魔法陣の大きさに、ジュルチは黒い目を見開く。

「少し、威力が大きすぎるのではないか。もう少し下げられないか」
 
 アデライードが少し困ったように眉尻を下げ、一度魔法陣を消し、もう一度呼び出す。今度は先ほどのよりはかなり小さい。

「そうだ、距離が短いから、そのくらいで十分だ。あまり大きいと、殿下に負担をかけてしまうかもしれない」

 アデライードは恭親王の手首を握り、魔法陣を発動した。

《殿下――戻ってきて。わたしは、ここよ》
 
 金色の睫毛を伏せ、繰り返し呼びかける。

《殿下――早く、戻ってきて。わたしの、側にいて――》
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