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13、裁きの星
産婆のたくらみ
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エンロンが眉間に皺を寄せて身を乗り出す。
「シーラが……ソリスティアには知り合いの産婆もいるから、ちょうど月数の合う、胎児の死体を融通してもらえるって……」
「あんた、そんないかがわしい産婆の言うことを信じたのかい! そんな、右から左に胎児の死体を持ってこれる産婆なんて、どう考えてもまともな筋の人間じゃない。ちょっと考えたらわかるだろう!」
エンロンもトルフィンも、後ろで聞いていたゾラも、さすがに顔を引き攣らせた。あの産婆はイフリートの黒影の一味だ。ソリスティア周辺の裏社会とも繋ぎはあるし、胎児の屍くらい、用意するのは簡単だろう。サウラがどれほど狡猾であっても、所詮は世間知らずの貴族の女、掌の上で転がされていたのだ。
「魔が、差したのよ。だって……それ以外にあたくしが側室で居続ける方法はないのだもの……」
我慢ができなくなって、トルフィンがついに口を出した。
「さっきから聞いていると、あんた、殿下の側室でいたいだけで、全然、殿下のこと好きじゃないよね? 流産は気の毒だけど、子供を失ったことより、側室でいられないことを悲しんでるだけってどうなの。殿下のこと愛してないのに、側室の座には縋りつきたいって、意味がわからないんだけど!」
トルフィンに聞かれ、サウラがカッとなった。
「別に、最初から愛してなかったわけじゃないわ。あ、あたくしだって、側室の話が来たときは夢を見たわよ。最初の結婚に失敗して後宮で女官として皇后陛下にお仕えする間、何度も鴛鴦宮にいらっしゃる殿下を間近に拝見して……十七、八の頃の殿下は本当にお美しかった。少年と青年の間の、微妙な色気まであって、魔性に魅入られたみたいに女官も侍女もうっとりと眺めてたわ。普段の態度は素っ気ないけど、閨では優しいって聞いていたし、殿下の寝所に侍ることのできる、秀女が羨ましくて堪らなかった。だから、皇后陛下からお話を伺ったときは一も二もなく飛びついたわよ。一度結婚でしくじっているあたくしには、もう後はないし、側室になって子さえ産めば、あとは安泰だと思えたし。……最初の結婚では何の苦労もなくすぐに子供はできたから、大丈夫だと思ったの。子を産むためだけの側室だけど、子はかすがいとも言うし、いつかはお心も寄せてもらえるかもしれないって……なのに」
サウラは俯いて唇を噛む。
「殿下は、子を産むためだけに、愛してもいない、愛されてもいない男の側室になりたがるあたくしが理解できないっておっしゃった。正室と寝るのだけは絶対に嫌だし、もう一人の側室は魔力の差があって子ができないだろうから、母上がうるさいから仕方なく抱くだけだって。そこまではっきり言っているのに、それでも身を任せるあたくしが理解できなくて、気持ち悪いとさえ言われたわ」
さすがに供述を取る男たちもぎょっとして身を固くする。
「月に一度でもいいから、ご寵愛さえいただければ子を産んでみせる、って言い張ったら、本当に月に一日しかいらっしゃらなかった。それ以外はずっと無視されて……そんな扱い受けてそれでも男を愛せる女がいたら、見てみたいくらいよ」
不貞腐れたように言うサウラに、エンロンが冷たく言った。
「……それでもいいから側室にしてくれと、あんたが自分で言ったんだろう。殿下のやり方も褒められたもんじゃないが、言った通りに実行されて拗ねるあんたも間違ってる」
「わかってるわよ。殿下はただ、皇后陛下に逆らえないだけだって。だったら、皇后陛下のお気に入りであることを利用して、何がいけないの。一種の取引だと割り切って、側室の座に縋りついて、何が悪いの。それなのに――〈聖婚〉だか何だか知らないけれど、一方的に離縁なんて、許せなかった。二百年ぶりの〈聖婚〉だし、さすがに側室を伴ってソリスティアに行くのは外聞がよくないって。側室で居続けるには、妊娠し続けるしかなかったのよ……生まれてすぐに死んでしまったけど、以前に子を産んだこともあったから、その時のことを思い出しながら、必死だったわ」
不意に沈黙したサウラに、エンロンが気を取り直して質問した。
「……ソリスティアに来て流産を装うつもりだった。それは産婆のシーラ、の発案に乗った、ここまではわかった。で、殿下ではなく、アデライード姫に面会を求めたのは、なぜだ?」
サウラが少し疲れたように溜息をつく。
「いくら冷血漢でも、身ごもった女がはるばる帝都から来たら、諦めて側室に戻すと思ったのに、絶対に総督府内に入れてもらえず、殿下にも対面できない。殿下が薄々、疑っているらしいのを感じて、ぼろが出ないうちに流産したことにするつもりだったけど、側室に戻してもらえなければ、何のために帝国の西の果てまで来たのかわからない。それで……搦め手から攻めてみようと思って情報を集めたら、殿下は新妻の西の王女様を溺愛してるって。それで、シーラがどうせ流産するのなら、その姫君の差し金で流産させられたと騒いで、官憲に訴えると言えば、溺愛している姫君を守るために、殿下はこちらの要求を呑むのではないかって……」
「それも、あの産婆の発案か」
エンロンとトルフィンがはっとしてサウラを見つめる。
「……ええ。でも、そもそも姫君の側には寄れないし、側室のあたくしが面会を求める理由がないと言ったのだけれど、別に姫君自身に会えなくても、姫君の周囲の者に会って、その後で具合が悪くなって流産したことにすればいいって。総督府に入れなかったけれど、細工をしたり、証拠をごまかしたりするのにも都合がいいし、市井で派手に騒げば噂にもなりやすい。そんな不名誉な噂が流れれば、殿下もあたくしを総督府内に入れざるを得ないだろうって」
「シーラが……ソリスティアには知り合いの産婆もいるから、ちょうど月数の合う、胎児の死体を融通してもらえるって……」
「あんた、そんないかがわしい産婆の言うことを信じたのかい! そんな、右から左に胎児の死体を持ってこれる産婆なんて、どう考えてもまともな筋の人間じゃない。ちょっと考えたらわかるだろう!」
エンロンもトルフィンも、後ろで聞いていたゾラも、さすがに顔を引き攣らせた。あの産婆はイフリートの黒影の一味だ。ソリスティア周辺の裏社会とも繋ぎはあるし、胎児の屍くらい、用意するのは簡単だろう。サウラがどれほど狡猾であっても、所詮は世間知らずの貴族の女、掌の上で転がされていたのだ。
「魔が、差したのよ。だって……それ以外にあたくしが側室で居続ける方法はないのだもの……」
我慢ができなくなって、トルフィンがついに口を出した。
「さっきから聞いていると、あんた、殿下の側室でいたいだけで、全然、殿下のこと好きじゃないよね? 流産は気の毒だけど、子供を失ったことより、側室でいられないことを悲しんでるだけってどうなの。殿下のこと愛してないのに、側室の座には縋りつきたいって、意味がわからないんだけど!」
トルフィンに聞かれ、サウラがカッとなった。
「別に、最初から愛してなかったわけじゃないわ。あ、あたくしだって、側室の話が来たときは夢を見たわよ。最初の結婚に失敗して後宮で女官として皇后陛下にお仕えする間、何度も鴛鴦宮にいらっしゃる殿下を間近に拝見して……十七、八の頃の殿下は本当にお美しかった。少年と青年の間の、微妙な色気まであって、魔性に魅入られたみたいに女官も侍女もうっとりと眺めてたわ。普段の態度は素っ気ないけど、閨では優しいって聞いていたし、殿下の寝所に侍ることのできる、秀女が羨ましくて堪らなかった。だから、皇后陛下からお話を伺ったときは一も二もなく飛びついたわよ。一度結婚でしくじっているあたくしには、もう後はないし、側室になって子さえ産めば、あとは安泰だと思えたし。……最初の結婚では何の苦労もなくすぐに子供はできたから、大丈夫だと思ったの。子を産むためだけの側室だけど、子はかすがいとも言うし、いつかはお心も寄せてもらえるかもしれないって……なのに」
サウラは俯いて唇を噛む。
「殿下は、子を産むためだけに、愛してもいない、愛されてもいない男の側室になりたがるあたくしが理解できないっておっしゃった。正室と寝るのだけは絶対に嫌だし、もう一人の側室は魔力の差があって子ができないだろうから、母上がうるさいから仕方なく抱くだけだって。そこまではっきり言っているのに、それでも身を任せるあたくしが理解できなくて、気持ち悪いとさえ言われたわ」
さすがに供述を取る男たちもぎょっとして身を固くする。
「月に一度でもいいから、ご寵愛さえいただければ子を産んでみせる、って言い張ったら、本当に月に一日しかいらっしゃらなかった。それ以外はずっと無視されて……そんな扱い受けてそれでも男を愛せる女がいたら、見てみたいくらいよ」
不貞腐れたように言うサウラに、エンロンが冷たく言った。
「……それでもいいから側室にしてくれと、あんたが自分で言ったんだろう。殿下のやり方も褒められたもんじゃないが、言った通りに実行されて拗ねるあんたも間違ってる」
「わかってるわよ。殿下はただ、皇后陛下に逆らえないだけだって。だったら、皇后陛下のお気に入りであることを利用して、何がいけないの。一種の取引だと割り切って、側室の座に縋りついて、何が悪いの。それなのに――〈聖婚〉だか何だか知らないけれど、一方的に離縁なんて、許せなかった。二百年ぶりの〈聖婚〉だし、さすがに側室を伴ってソリスティアに行くのは外聞がよくないって。側室で居続けるには、妊娠し続けるしかなかったのよ……生まれてすぐに死んでしまったけど、以前に子を産んだこともあったから、その時のことを思い出しながら、必死だったわ」
不意に沈黙したサウラに、エンロンが気を取り直して質問した。
「……ソリスティアに来て流産を装うつもりだった。それは産婆のシーラ、の発案に乗った、ここまではわかった。で、殿下ではなく、アデライード姫に面会を求めたのは、なぜだ?」
サウラが少し疲れたように溜息をつく。
「いくら冷血漢でも、身ごもった女がはるばる帝都から来たら、諦めて側室に戻すと思ったのに、絶対に総督府内に入れてもらえず、殿下にも対面できない。殿下が薄々、疑っているらしいのを感じて、ぼろが出ないうちに流産したことにするつもりだったけど、側室に戻してもらえなければ、何のために帝国の西の果てまで来たのかわからない。それで……搦め手から攻めてみようと思って情報を集めたら、殿下は新妻の西の王女様を溺愛してるって。それで、シーラがどうせ流産するのなら、その姫君の差し金で流産させられたと騒いで、官憲に訴えると言えば、溺愛している姫君を守るために、殿下はこちらの要求を呑むのではないかって……」
「それも、あの産婆の発案か」
エンロンとトルフィンがはっとしてサウラを見つめる。
「……ええ。でも、そもそも姫君の側には寄れないし、側室のあたくしが面会を求める理由がないと言ったのだけれど、別に姫君自身に会えなくても、姫君の周囲の者に会って、その後で具合が悪くなって流産したことにすればいいって。総督府に入れなかったけれど、細工をしたり、証拠をごまかしたりするのにも都合がいいし、市井で派手に騒げば噂にもなりやすい。そんな不名誉な噂が流れれば、殿下もあたくしを総督府内に入れざるを得ないだろうって」
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