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13、裁きの星
獄吏の心得
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「いずれ、あんたは帝都に移送されて正式な裁きを受けることになるが、事件現場であるソリスティアでの調書が必要となる。俺はもともと獄吏だから、あんたの供述からだいたいの罪名と量刑を決め、それを報告書に添えて、帝都に上げることになるな。……つまり、この先のあんたの人生は、俺の胸三寸、ってこと」
寒門出ながら、エンロンは体つきもがっしりとし、少し厳しい雰囲気を持つ、そこそこに見場のいい中年であった。だがその目にはトルフィンやゾラなどの、帝都の十二貴嬪家出身のお坊ちゃんにはない、醒めた鋭さがあった。
「帝国は法治国家だから、すべての犯罪は法に則って裁かれる。帝国法は律が六百三十二条、付帯条項が二百十一条あるけど、俺の頭にはそれがぜーんぶ入ってる。俺の親父も獄吏だったし、俺は十三の歳から見習いとして帝都の獄で働いていたからね。……そこのトルフィンはゲスト家の出だから、もちろん、彼の頭にもそれくらいは入ってるだろうし、俺とトルフィンが生まれも年齢も違うわりに結構話が合うのは、お互い法律脳だからだろう。でも、見てる地平が違うっていうのは感じるね。俺たち獄吏は常に、この犯罪はどの律に当てはめるか、どのくらいの量刑か、そんなことばっかり考えてる。減刑の可能性のあるのはどちらか、付加刑をつけるならどれかってね。ゲスト家のお歴々はきっと、もっと政治的な観点で法を捉えているんだろうな。例えば、陛下のお考えとか……ね。でも、ゲスト家の偉い人は、実際の取り調べや裁判なんかはやんないからさ、結局俺たち獄吏がその意を汲んで、裁判を組み立てて、ゲスト家の人がその書類にちょっくら見てくれのいい文章を書き加えて、ハンコをパ、パーン!、パーン!とつくんだ。……裁判文書の一丁上がりってね」
エンロンは握りこぶしをつくってハンコをつく真似をして、不敵に笑ってみせる。
「……つまりね、あんたが馬鹿にした俺たち木っ端役人のおかげで、帝国は動いてんの。十二貴嬪家がどんなに威張ってても、俺たちがいなけりゃ裁判一つできやしない。この広大な帝国を膨大な法で動かしてんのは、俺たち木っ端役人よ。要するに、あんたを生かすも殺すも、俺次第ってこと」
サウラは蒼白な顔で、エンロンの話を聞いている。エンロンの言う話は、半分本当で、半分嘘である。確かにトルフィンは現場の裁判に出たことはない――皇子の侍従なんだから、当たり前だ――が、例えば十二貴嬪家が関わる裁判などは、獄吏任せでなく、ゲスト家の者も取り調べに加わる。今回、トルフィンはエンロンの助手のような顔をしてサウラの尋問の記録を取っているのだが、皇族にかかわる案件の、最終的な責任はゲスト家が負わねばならない。だから本来の責任者はトルフィンなのである。しかし、サウラのような狡猾な女を尋問するには、老練なエンロンの方が適任であるから、表向きエンロンが責任者のように振る舞っているのに過ぎない。トルフィンとしても、現場から叩き上げの獄吏の取り調べに興味があった。
「ではまず……妊娠を偽装してソリスティアまでやってきた動機と、目的、協力者……そんなところから話してもらおうか。いもしない子がいるみたいなお芝居と、お腹に詰め物までして帝国の西の果てまで、ご苦労だよね? 永遠に妊娠し続けるつもりだったのか? ほんと、バカバカしい企みだよな」
トルフィンが無言でサラサラと書きつける横で、サウラが唇を噛む。
今現在、妊娠していないことがバレてしまった以上、罪に問われるのは避けられない。だが、サウラはそれでも目まぐるしく頭脳を回転させていた。何とか罪を軽くしなければならない。あの二人の刺客に騙されていたのだと、言い抜けなければならなかった。
「……妊娠を偽装したわけではないわ。妊娠は、したのよ。でも……流産してしまった。それを、言い出すことができなくて、ズルズルと引き延ばしてしまっただけよ。悪意が、あったわけではないんです」
サウラは必死に話を組み立てる。
「〈聖婚〉するから離縁する、って殿下に言われた時は頭が真っ白になったわ。そんな馬鹿なって。わたくしはもともと、皇后陛下の肝いりで、殿下の御子を産むために入った側室だったけど、三年お側に侍っても身ごもることがなくて……でも、せめて最後にお情けをと必死に縋ったら、殿下も突然の離縁には罪悪感を抱いていらっしゃったのかご寵愛をいただいて……その後、すぐに皇后陛下に申し上げて、妊娠の可能性が消えるまでは、と離縁の手続きを待っていただいたの」
「つまり、ソリスティアに発つ直前にご寵愛があった……」
エンロンが内心、舌うちしながら確認すると、サウラは大きく頷く。
(なんで、そこで絆されて抱いちゃうかな。ほんっと、下半身が緩いっつーか……)
だが、冷酷になり切れない甘くて緩い部分もまた、あの皇子の人柄だとエンロンは苦笑する。その一夜があってもなくても、サウラなら妊娠の偽装ぐらいやりかねないという気もしていた。
「懐妊していたときは嬉しくて泣いたわ。これで、側室でいられるって!」
記録しながら、トルフィンが眉を顰める。つまり、子供ができたのが嬉しかったんじゃなくて、側室でいられることが嬉しかっただけなのかよ、と。
「……懐妊が確定したのは、いつ?」
「ちょうど避暑離宮にいた時で、八月の半ば。その後は帝都に帰って……いつまでも鴛鴦宮にいるわけにもいかなくて……九月の半ばに実家に帰ったわ」
「あの、産婆と侍女はいつから仕えてる?」
「以前にわたくし付きだった侍女はもう邸にいなくて、新たに侍女のルルと、それから産婆のシーラを雇ったの。……ずっと順調だったのに……十月に入って、突然、具合が悪くなって。胃がムカムカして、眩暈や吐き気もひどくて……体全体が赤子を拒否してるみたいな感じで……十月の末に……」
サウラが遠くを見るような目をして、言った。
「ああこれで、終わった、って思ったわ。……皇子の子を妊娠していれば側室でいられたけれど、殿下の愛情がないのは知っていたから、流産したと知られたら、もう、終わりだって。悔やんでも悔やみきれなくて泣いていたら、産婆のシーラが……少しずつお腹を大きくしていったら、バレやしませんよ、て」
エンロンもトルフィンも、黒い瞳をギラリと光らせた。……やはり、産婆のシーラ=〈エイダ〉の発案だった。
「シーラが……ソリスティアまで行って、流れたことにすればいいって。どんな冷酷な男でも、そこまでやってきた女を、流産したからってもう一度離縁するようなことはできない。世論がそんな非道なことは許しませんよって」
「ちょっと待てよ。そら、無理だよ。六か月、七か月にもなれば、もう、腹ん中で赤ん坊の姿をしているんだよ。流産したとなったら、医者はその流れた赤ん坊を確認をする。それをどうやって誤魔化すつもりだったんだ」
寒門出ながら、エンロンは体つきもがっしりとし、少し厳しい雰囲気を持つ、そこそこに見場のいい中年であった。だがその目にはトルフィンやゾラなどの、帝都の十二貴嬪家出身のお坊ちゃんにはない、醒めた鋭さがあった。
「帝国は法治国家だから、すべての犯罪は法に則って裁かれる。帝国法は律が六百三十二条、付帯条項が二百十一条あるけど、俺の頭にはそれがぜーんぶ入ってる。俺の親父も獄吏だったし、俺は十三の歳から見習いとして帝都の獄で働いていたからね。……そこのトルフィンはゲスト家の出だから、もちろん、彼の頭にもそれくらいは入ってるだろうし、俺とトルフィンが生まれも年齢も違うわりに結構話が合うのは、お互い法律脳だからだろう。でも、見てる地平が違うっていうのは感じるね。俺たち獄吏は常に、この犯罪はどの律に当てはめるか、どのくらいの量刑か、そんなことばっかり考えてる。減刑の可能性のあるのはどちらか、付加刑をつけるならどれかってね。ゲスト家のお歴々はきっと、もっと政治的な観点で法を捉えているんだろうな。例えば、陛下のお考えとか……ね。でも、ゲスト家の偉い人は、実際の取り調べや裁判なんかはやんないからさ、結局俺たち獄吏がその意を汲んで、裁判を組み立てて、ゲスト家の人がその書類にちょっくら見てくれのいい文章を書き加えて、ハンコをパ、パーン!、パーン!とつくんだ。……裁判文書の一丁上がりってね」
エンロンは握りこぶしをつくってハンコをつく真似をして、不敵に笑ってみせる。
「……つまりね、あんたが馬鹿にした俺たち木っ端役人のおかげで、帝国は動いてんの。十二貴嬪家がどんなに威張ってても、俺たちがいなけりゃ裁判一つできやしない。この広大な帝国を膨大な法で動かしてんのは、俺たち木っ端役人よ。要するに、あんたを生かすも殺すも、俺次第ってこと」
サウラは蒼白な顔で、エンロンの話を聞いている。エンロンの言う話は、半分本当で、半分嘘である。確かにトルフィンは現場の裁判に出たことはない――皇子の侍従なんだから、当たり前だ――が、例えば十二貴嬪家が関わる裁判などは、獄吏任せでなく、ゲスト家の者も取り調べに加わる。今回、トルフィンはエンロンの助手のような顔をしてサウラの尋問の記録を取っているのだが、皇族にかかわる案件の、最終的な責任はゲスト家が負わねばならない。だから本来の責任者はトルフィンなのである。しかし、サウラのような狡猾な女を尋問するには、老練なエンロンの方が適任であるから、表向きエンロンが責任者のように振る舞っているのに過ぎない。トルフィンとしても、現場から叩き上げの獄吏の取り調べに興味があった。
「ではまず……妊娠を偽装してソリスティアまでやってきた動機と、目的、協力者……そんなところから話してもらおうか。いもしない子がいるみたいなお芝居と、お腹に詰め物までして帝国の西の果てまで、ご苦労だよね? 永遠に妊娠し続けるつもりだったのか? ほんと、バカバカしい企みだよな」
トルフィンが無言でサラサラと書きつける横で、サウラが唇を噛む。
今現在、妊娠していないことがバレてしまった以上、罪に問われるのは避けられない。だが、サウラはそれでも目まぐるしく頭脳を回転させていた。何とか罪を軽くしなければならない。あの二人の刺客に騙されていたのだと、言い抜けなければならなかった。
「……妊娠を偽装したわけではないわ。妊娠は、したのよ。でも……流産してしまった。それを、言い出すことができなくて、ズルズルと引き延ばしてしまっただけよ。悪意が、あったわけではないんです」
サウラは必死に話を組み立てる。
「〈聖婚〉するから離縁する、って殿下に言われた時は頭が真っ白になったわ。そんな馬鹿なって。わたくしはもともと、皇后陛下の肝いりで、殿下の御子を産むために入った側室だったけど、三年お側に侍っても身ごもることがなくて……でも、せめて最後にお情けをと必死に縋ったら、殿下も突然の離縁には罪悪感を抱いていらっしゃったのかご寵愛をいただいて……その後、すぐに皇后陛下に申し上げて、妊娠の可能性が消えるまでは、と離縁の手続きを待っていただいたの」
「つまり、ソリスティアに発つ直前にご寵愛があった……」
エンロンが内心、舌うちしながら確認すると、サウラは大きく頷く。
(なんで、そこで絆されて抱いちゃうかな。ほんっと、下半身が緩いっつーか……)
だが、冷酷になり切れない甘くて緩い部分もまた、あの皇子の人柄だとエンロンは苦笑する。その一夜があってもなくても、サウラなら妊娠の偽装ぐらいやりかねないという気もしていた。
「懐妊していたときは嬉しくて泣いたわ。これで、側室でいられるって!」
記録しながら、トルフィンが眉を顰める。つまり、子供ができたのが嬉しかったんじゃなくて、側室でいられることが嬉しかっただけなのかよ、と。
「……懐妊が確定したのは、いつ?」
「ちょうど避暑離宮にいた時で、八月の半ば。その後は帝都に帰って……いつまでも鴛鴦宮にいるわけにもいかなくて……九月の半ばに実家に帰ったわ」
「あの、産婆と侍女はいつから仕えてる?」
「以前にわたくし付きだった侍女はもう邸にいなくて、新たに侍女のルルと、それから産婆のシーラを雇ったの。……ずっと順調だったのに……十月に入って、突然、具合が悪くなって。胃がムカムカして、眩暈や吐き気もひどくて……体全体が赤子を拒否してるみたいな感じで……十月の末に……」
サウラが遠くを見るような目をして、言った。
「ああこれで、終わった、って思ったわ。……皇子の子を妊娠していれば側室でいられたけれど、殿下の愛情がないのは知っていたから、流産したと知られたら、もう、終わりだって。悔やんでも悔やみきれなくて泣いていたら、産婆のシーラが……少しずつお腹を大きくしていったら、バレやしませんよ、て」
エンロンもトルフィンも、黒い瞳をギラリと光らせた。……やはり、産婆のシーラ=〈エイダ〉の発案だった。
「シーラが……ソリスティアまで行って、流れたことにすればいいって。どんな冷酷な男でも、そこまでやってきた女を、流産したからってもう一度離縁するようなことはできない。世論がそんな非道なことは許しませんよって」
「ちょっと待てよ。そら、無理だよ。六か月、七か月にもなれば、もう、腹ん中で赤ん坊の姿をしているんだよ。流産したとなったら、医者はその流れた赤ん坊を確認をする。それをどうやって誤魔化すつもりだったんだ」
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