111 / 170
12、銀龍のつがい
ジュルチ到着
しおりを挟む
ジュルチ僧正が治癒魔法を使える僧侶数人を伴ってソリスティアに着いた時には、すでに夜になっていた。ジュルチは船着場から総督府に入り、出迎えの官人から一言、二言聞いて頷くと、治癒魔法師を怪我人の元に案内するように言い、自分はまっすぐ恭親王の寝室に向かった。
天蓋のある大きな寝台の上にかつての彼の愛弟子が青白い顔で横たわり、ぴくりとも動かない。ジュルチはその周囲の金色の〈王気〉に普段の輝きがないことに気づき、眉を寄せた。彼の頭を抱えるようにして、白金色の髪をした女がその白い額に唇を寄せ、一心不乱に気を注入している。女の魔力量は凄まじいのだが、だが制御が不得手なのか、かなりの部分が空気中に溶けてしまい、部屋中に女の魔力が充満している。
寝台脇の止まり木で休んでいた黒い鷹が入室者に対し、警戒の声を上げて羽ばたく。寝台の脇で男の脈をとりながら小さな魔法陣を展開して術を施していた僧が、それに気づいて顔を上げた。
「早かったな、ジュルチ……」
「メイローズ殿より聞いて、即座に魔法陣に乗ったからな。容態はどうだ?」
「アデライードが〈気〉を注入し続けているおかげで心の臓は動いているが、まだ自力で魔力を循環できる状況にない。魔力の流れが滞っているんだ。これを流すことができれば……」
「やってみよう」
ずかずかと寝台の側に歩み寄った大柄な僧侶を見て、アデライードがはっと身を引く。
「失礼します、姫君。魔力を循環させるように、ショックを与えますから、少しだけ退いてください」
アデライードは涙と絶望とで真っ青な顔をして、目の下には濃い隈が浮いていた。早急に恭親王の容態を好転させなければ、アデライードが倒れるのは確実だ。
ジュルチは寝台の上にあがって死んだように横たわる恭親王の身体を跨いで膝立ちになり、右手の人差し指と中指を恭親王の額に当て、左手を胸の前で印を結んで目を閉じた。濃く、太い眉がぐっと狭められ、低い声で真言を唱える。
彼の身体の下に赤い光の魔法陣が現れ、炎のような光が彼の身体全体を包む。それが右腕を伝って指から恭親王の額に当てられる。
「……喝っ!」
ぶわり、と赤い光の炎が沸き上がり、ジュルチと恭親王の身体全体を包む。その情景にアデライードが息を飲み、両手を胸の前で組んで祈るような仕草をする。真言を唱えているジュルチの額に汗が浮かび、こめかみから流れて顎に伝う。
バチィ!とひときわ激しい炎が恭親王の身体を襲い、恭親王の身体が一瞬、反り返って寝台から浮き上がり、痙攣する。
「……!!」
アデライードが声にならない悲鳴をあげ、翡翠色の瞳を大きく見開く。鷹が止まり木の上でバサバサと羽ばたき、一瞬、飛び上がる。次の瞬間、どさ、と恭親王の身体が再び寝台に落ち、弛緩した。ジュルチが口をつぐみ、炎を収束させる。
「……流れた!さすが〈阿闍梨〉!」
澱んでいた金色の光が、輝きを増して揺らめきはじめたのを見て、マニ僧都が喜びに青い瞳を煌かす。恭親王の頬にはわずかに赤味が差し、呼吸もしっかりしている。
「もう、大丈夫だ、アデライード。……衝撃が大きかったから、少し、時間がかかるだろうが、回復するよ。あとはゆっくり、魔力循環の手伝いをすれば、彼自身の自己治癒力でいけるよ」
マニ僧都の言葉に、アデライードの翡翠色の瞳からは、みるみる涙が溢れ出て、頬を伝う。
ジュルチが寝台を降り、梔子色の袈裟の着崩れを直すと、アデライードに言う。
「姫君も休まれるべきだ。ずっと魔力を発散し続けて、枯渇寸前だ」
だがアデライードは無言で首を振り、恭親王の額に再び口づけて魔力を注入しようとする。
「アデライード、これ以上は無理だ。君が倒れてしまうよ」
だが、忠告を聞かずに治療を続けようとするアデライードを見て、マニ僧都は肩を竦める。自身の魔力暴走によって恭親王が危篤に至った責任を感じているのだ。と、ジュルチが無言で、アデライードの額に人差し指と中指を当て、静かに口の中で真言を唱える。目を閉じたまま、アデライードはずるりと崩れて、恭親王の顔の横に頽れた。
「夫婦なのだから、同じ褥でも構わないよな?」
ジュルチの言葉に、マニ僧都が言う。
「そうだけど、こんな格好で寝かしたら、アデライードの首が寝違えてしまうよ。もうちょっと、まっすぐにしてあげないと」
「こんな若い女性に触れるのは戒律に反する。おぬしの姪だ。おぬしが直してやれ」
やれやれ、よっこらしょ、とマニ僧都がアデライードの脚を引っ張って恭親王の隣に寝かせ、上掛けを被せる。
「交代して、おぬしを休憩させてやりたいところだが、治療が済んだら話があるとメイローズ殿に言われているのだ。もう少しだけ、頑張ってくれるか」
「実のところ魔力も限界なんだけど、もうちょっとだけ頑張るよ。早く戻ってきてくれ」
ジュルチが持参した魔力回復用の魔法水薬を、栄養ドリンクよろしく一気飲みして、さすがに疲れたようにマニ僧都が言うと、ジュルチが苦笑いして、部屋を出た。
天蓋のある大きな寝台の上にかつての彼の愛弟子が青白い顔で横たわり、ぴくりとも動かない。ジュルチはその周囲の金色の〈王気〉に普段の輝きがないことに気づき、眉を寄せた。彼の頭を抱えるようにして、白金色の髪をした女がその白い額に唇を寄せ、一心不乱に気を注入している。女の魔力量は凄まじいのだが、だが制御が不得手なのか、かなりの部分が空気中に溶けてしまい、部屋中に女の魔力が充満している。
寝台脇の止まり木で休んでいた黒い鷹が入室者に対し、警戒の声を上げて羽ばたく。寝台の脇で男の脈をとりながら小さな魔法陣を展開して術を施していた僧が、それに気づいて顔を上げた。
「早かったな、ジュルチ……」
「メイローズ殿より聞いて、即座に魔法陣に乗ったからな。容態はどうだ?」
「アデライードが〈気〉を注入し続けているおかげで心の臓は動いているが、まだ自力で魔力を循環できる状況にない。魔力の流れが滞っているんだ。これを流すことができれば……」
「やってみよう」
ずかずかと寝台の側に歩み寄った大柄な僧侶を見て、アデライードがはっと身を引く。
「失礼します、姫君。魔力を循環させるように、ショックを与えますから、少しだけ退いてください」
アデライードは涙と絶望とで真っ青な顔をして、目の下には濃い隈が浮いていた。早急に恭親王の容態を好転させなければ、アデライードが倒れるのは確実だ。
ジュルチは寝台の上にあがって死んだように横たわる恭親王の身体を跨いで膝立ちになり、右手の人差し指と中指を恭親王の額に当て、左手を胸の前で印を結んで目を閉じた。濃く、太い眉がぐっと狭められ、低い声で真言を唱える。
彼の身体の下に赤い光の魔法陣が現れ、炎のような光が彼の身体全体を包む。それが右腕を伝って指から恭親王の額に当てられる。
「……喝っ!」
ぶわり、と赤い光の炎が沸き上がり、ジュルチと恭親王の身体全体を包む。その情景にアデライードが息を飲み、両手を胸の前で組んで祈るような仕草をする。真言を唱えているジュルチの額に汗が浮かび、こめかみから流れて顎に伝う。
バチィ!とひときわ激しい炎が恭親王の身体を襲い、恭親王の身体が一瞬、反り返って寝台から浮き上がり、痙攣する。
「……!!」
アデライードが声にならない悲鳴をあげ、翡翠色の瞳を大きく見開く。鷹が止まり木の上でバサバサと羽ばたき、一瞬、飛び上がる。次の瞬間、どさ、と恭親王の身体が再び寝台に落ち、弛緩した。ジュルチが口をつぐみ、炎を収束させる。
「……流れた!さすが〈阿闍梨〉!」
澱んでいた金色の光が、輝きを増して揺らめきはじめたのを見て、マニ僧都が喜びに青い瞳を煌かす。恭親王の頬にはわずかに赤味が差し、呼吸もしっかりしている。
「もう、大丈夫だ、アデライード。……衝撃が大きかったから、少し、時間がかかるだろうが、回復するよ。あとはゆっくり、魔力循環の手伝いをすれば、彼自身の自己治癒力でいけるよ」
マニ僧都の言葉に、アデライードの翡翠色の瞳からは、みるみる涙が溢れ出て、頬を伝う。
ジュルチが寝台を降り、梔子色の袈裟の着崩れを直すと、アデライードに言う。
「姫君も休まれるべきだ。ずっと魔力を発散し続けて、枯渇寸前だ」
だがアデライードは無言で首を振り、恭親王の額に再び口づけて魔力を注入しようとする。
「アデライード、これ以上は無理だ。君が倒れてしまうよ」
だが、忠告を聞かずに治療を続けようとするアデライードを見て、マニ僧都は肩を竦める。自身の魔力暴走によって恭親王が危篤に至った責任を感じているのだ。と、ジュルチが無言で、アデライードの額に人差し指と中指を当て、静かに口の中で真言を唱える。目を閉じたまま、アデライードはずるりと崩れて、恭親王の顔の横に頽れた。
「夫婦なのだから、同じ褥でも構わないよな?」
ジュルチの言葉に、マニ僧都が言う。
「そうだけど、こんな格好で寝かしたら、アデライードの首が寝違えてしまうよ。もうちょっと、まっすぐにしてあげないと」
「こんな若い女性に触れるのは戒律に反する。おぬしの姪だ。おぬしが直してやれ」
やれやれ、よっこらしょ、とマニ僧都がアデライードの脚を引っ張って恭親王の隣に寝かせ、上掛けを被せる。
「交代して、おぬしを休憩させてやりたいところだが、治療が済んだら話があるとメイローズ殿に言われているのだ。もう少しだけ、頑張ってくれるか」
「実のところ魔力も限界なんだけど、もうちょっとだけ頑張るよ。早く戻ってきてくれ」
ジュルチが持参した魔力回復用の魔法水薬を、栄養ドリンクよろしく一気飲みして、さすがに疲れたようにマニ僧都が言うと、ジュルチが苦笑いして、部屋を出た。
11
お気に入りに追加
223
あなたにおすすめの小説
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【R18】隣のデスクの歳下後輩君にオカズに使われているらしいので、望み通りにシてあげました。
雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向け33位、人気ランキング146位達成※隣のデスクに座る陰キャの歳下後輩君から、ある日私の卑猥なアイコラ画像を誤送信されてしまい!?彼にオカズに使われていると知り満更でもない私は彼を部屋に招き入れてお望み通りの行為をする事に…。強気な先輩ちゃん×弱気な後輩くん。でもエッチな下着を身に付けて恥ずかしくなった私は、彼に攻められてすっかり形成逆転されてしまう。
——全話ほぼ濡れ場で小難しいストーリーの設定などが無いのでストレス無く集中できます(はしがき・あとがきは含まない)
※完結直後のものです。
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
5人の旦那様と365日の蜜日【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
気が付いたら、前と後に入ってる!
そんな夢を見た日、それが現実になってしまった、メリッサ。
ゲーデル国の田舎町の商人の娘として育てられたメリッサは12歳になった。しかし、ゲーデル国の軍人により、メリッサは夢を見た日連れ去られてしまった。連れて来られて入った部屋には、自分そっくりな少女の肖像画。そして、その肖像画の大人になった女性は、ゲーデル国の女王、メリベルその人だった。
対面して初めて気付くメリッサ。「この人は母だ」と………。
※♡が付く話はHシーンです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる