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12、銀龍のつがい

重傷者

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 主が命よりも大切なものだと言った、あの小箱。そこに何が入っているのか、主はメイローズにすら見せないと言う話だった。だが、今、焼け崩れた小箱の中から出てきたのは、アデライード姫に渡されたという女王家の神器。

(箱の中身を入れ替えたのか?――だが、元々のものは、どこに?)

 あれだけ初恋に拘っていた主が、〈聖婚〉の王女にはあっさりと恋に落ちた。小箱の中身の人のことなど、すっかり振り切ったとばかり思っていたのに。まだ、あの箱を懐に入れていたことに、ゾーイは驚いていた。しかも、その中には神器を入れて――。

 何かが、繋がりかけているのに、瀕死で横たわる主の青白い顔に心が乱れ、ゾーイはそれ以上の思考を続けることができない。

 茫然と立ち尽くすゾーイの耳元でシャオトーズが言った。

「騎士たちが、聖剣を運んでいらっしゃいました」

 落ちていた聖剣をテムジンが拾おうとしたらしいが、重くて一人では無理だったという。ゾーイははっとして寝室の入口に向かい、テムジンらが三人がかりで運んできた聖剣を受け取る。

(う……)

 力自慢のゾーイでも眉を顰めてしまうそれを、どうして主は軽々と振り回せるのか。運んできた騎士たちを労う余裕もなく、奥歯を噛みしめながら寝台の横までくると、メイローズが言った。

「わが主の左手に握らせてください」

 ゾーイが重さに耐えながら恭親王の左手に柄を握らせる。と、しゅっと恭親王の左手に聖剣は吸い込まれて消えた。

「たぶん、聖剣がアデライードの魔力を一部相殺してくれたんだ。そうでなければ、私の魔法陣だけでは、あの部屋どころか、この建物全体が大破していたかもしれない」

 マニ僧都が懐から取り出した、貝葉ばいよう蛇腹じゃばら折りにした帳面おぼえがきを睨みながら言う。マニ僧都は魔法陣を呼び出せる術者だが、全ての魔法陣の真言マントラを記憶しているわけではない。帳面に書き留めて、その都度それを見ながら唱えて呼び出すのだ。効果の期待できそうな魔法陣を選ぶと、目を閉じてその真言を唱え、魔法陣を現出させた。

「姫様もお召し替えを……」
 
 少し焼け焦げた長衣を気にしてアリナが言うが、アデライードは無言で首を振った。その瞳は潤み、絶え間なく涙を零し続けている。

「アデライード、大丈夫だ。殿下を信じて。治癒術を施す者が、治癒を信じなければ、治るものも治らない」

 マニ僧都が自身も治癒魔法を施しながら、アデライードを窘める。アデライードは頷くものの、涙は止まらない。自分が魔法陣を制御できなかったせいで、自分を守ろうとした恭親王が巻き込まれて、一時は心臓が止まったのだ。動揺するのも無理はなかったが、とにかく今は、恭親王が意識を取り戻すよう、魔力を込めるのが先決だった。

「メイローズ、太陽宮に連絡して、ジュルチを呼び出して欲しい。私とアデライードだけでは彼の治療が心もとないし、ランパや、他の怪我人の治療もある」
「わかりました。今回の事故についての報告も必要ですから、すぐに手配します」

 恭親王の胸に薬を塗って包帯を巻くと、メイローズはアデライードに魔法水薬ポーションの小瓶を渡す。

「これを飲ませてください。内臓もダメージを受けている可能性がありますから」

 アデライードは無言で頷くと、水薬を自分の口に含み、恭親王に口移しで飲ませる。恭親王が飲み込んだのを確認してホっと息をつき、再び額に口づけして〈気〉を注入し続ける。

 シャオトーズが新しい夜着を持ってきて、治療している二人の邪魔にならないように、手早く着替えさせていく。

 メイローズが連絡用の転移魔法陣を作動させるために恭親王の寝室を出たところで、遅れて総督府に帰り着いたゲルとトルフィンら文官が廊下を走り込んできた。

「何があったのだ! 殿下が怪我をしたと――!」
「二階のサロンがひどい有様だけど、いったい――」

 隣のアデライードの部屋で待機していたミハルとアリナが、廊下に飛び出してきた。

「トルフィン兄様! 殿下が――!」
「ミハル? 無事でよかった! 一部屋だけ大惨事ってどうなってるんだよ!」
「私は聖地のジュルチ僧正に殿下の治療の助力を頼むため、転移魔法陣を動かしに行きます。殿下のお怪我について、帝都にも知らせるべきです。事情はエンロン殿が存じていますから、まず、書斎で簡単に報告を聞いてください。幸いにも、ランパと殿下以外は軽傷です」
「殿下の容態は?」
「……まだ意識が戻りません」

 ゲルが絶句して、寝室の扉を見る。

「……様子を見に行っても?」
「マニ僧都とアデライード姫が今、治癒魔法を施しています。我々にできることはありませんよ」

 だがゲルは正傅の責任として、恭親王の寝室の扉を開けて中に入っていった。
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