上 下
104 / 170
11、対決

正体

しおりを挟む
 メイローズが紺碧の瞳を冷徹に光らせて言う。
 
「姫君が身ごもっていないと、どうしてわかるのです。そんな危険なものを姫君に飲ませるわけがないでしょう? 言っておきますが、サウラ様が何人子供を生もうと、アデライード姫の髪の毛一筋、そよがすこともできませんよ!」

 その間にもサウラは顔を苦痛に歪め、身体を屈めて異常を訴える。

「い、痛い……どうして……? この子がそんなに邪魔なの? わたくしはただ、殿下の御子を……」
「しっかりなさって!」

 アデライードはそれを見て、困ったようにマニ僧都に視線をやる。マニ僧都が叫ぶ。

「医師を! 早く医師の診察を受けさせよ!」

 リリアが走って部屋を出て、医師を呼びに行く。アデライードが入室する前に医師は隣室に待機させていたので、すぐに部屋に現れた。

「アデライード姫の意を受けた医師など、信用できません! わたしは産婆です、わたしが……」

 産婆が大声で医師を拒絶しようとするのを、メイローズがぴしゃりと言った。

「診察を拒否することは許しませんよ。ここで出した茶を飲んで具合が悪くなったと、言いがかりをつけたのです。本当に子がいるのかどうか、確認させていただきます」
「そうよそうよ! このお茶は伝統あるフェラール商会の最高級のお茶なんだから! ケチつけられちゃたまんないわ! 子供がいるのかいないのか、殿下の御子かどうか、出るとこ出ようじゃないのさっ!」
  
 メイローズの尻馬に乗って、アンジェリカが威勢よく啖呵タンカを切る。その場のほぼ全員があちゃーと思うが、ここまで黙っていただけで、アンジェリカとしては相当我慢していたのだろう。

(だからって、褒めてはあげませんけどね!)

 メイローズは時間を計る。ユーエルが港まで走り、話を聞いた恭親王が即刻総督府に引き返したとして、あとどれくらいかかるか。だが、このまま時間を引き延ばし、余計な芝居をされるのも厄介だ。
 メイローズはついに、切り札を切った。

「サウラ殿。あなたのお腹に御子が本当にいらっしゃるとしても、殿下の御子ではありませんね。なぜなら、〈王気〉が視えませんから」
「〈王気〉……?」

 腹を押えていたサウラが、ぽかんとした表情でメイローズを見た。

「皇子の子であれば、もちろん〈王気〉を持つ。あなたぐらい腹が膨らむ時期ならば、その腹の周囲にも、子の〈王気〉が透けて視えるものなのですよ。たとえ〈王気〉の弱い女児であってもね。……だが、今あなたのお腹の周囲に、〈王気〉は視認できません。殿下の御子ではないか、あるいはもともと子などいないかの、どちらかです」
 
 そう言われて、サウラは左右の女たちに救いを求めるように視線を動かした。

「何を無礼な! 胎児の〈王気〉は不安定で、視認できない望気者も多い! 宦官風情が生意気な!」
 
 中年の産婆がサウラを庇うが、マニ僧都は冷淡に言った。

「申し訳ないが、私にも視えないな。ついでに、アデライードにも視えていない。三人の望気者が三人とも視えないってことは、〈王気〉がないと認定せざるを得ないね。……かつて、西のアルベラ王女の〈王気〉が視えないと騒ぎになったときは、念には念をいれて、七人の望気者で確認をとったくらいだが、その女の腹の子にそこまでする必要はなかろう」
「黙れ、この生臭坊主が! アルベラ様の悪口は許さぬ!」

 突然、産婆は懐から匕首を出して、マニ僧都に突進する。アリナとランパが咄嗟とっさに剣を抜くが、産婆は驚くべきスピードでマニ僧都に突っ込んだ。しかし、僧都の周囲に白い魔法陣が出現し、産婆を弾き飛ばす。そのままくるりと受け身を取り、身軽に身を起こした産婆を見て、アデライードが叫んだ。

「――エイダ!!」

 その言葉を聞いて、メイローズがはっと産婆を見る。中年の、冴えない女。しかし、間違いなく東方出身の外貌をしていたはずなのに、そこにいたのは彫りも深い、赤い髪をした西方の女であった。

「何だい、やっぱり口がきけたのかい。十年もよくぞ騙してくれたよ。――でも、それも今日で終わりさ! 女王になるのは、イフリート家の血を引くアルベラ様だよ! 覚悟!」

 ランパとアリナがアデライードの前に立って剣を構え、佩刀していないフエルはミハルを庇うようにしてその前に立つ。
 
 十年、ずっとアデライードの間近に張り付き、アデライードを監視し、アデライードに恐怖心を植え付けてきた女が、目の前にいた。

 大人しいネズミのような風体の騒々しい修道女ではなく、獰猛な赤い髪を振り乱し、眼光炯々けいけいとしてアデライードを睨みつける女刺客。姿かたちも髪の色も、全てが異なる。しかし、その女が発するアデライードに向けた敵意と憎悪は、〈エイダ〉そのもの――。かつて、アデライードの親しい者たちの命を、幾人も奪ってきた女が、再びアデライードの前に立っていた。

 忘れていた恐怖が、アデライードに甦る。首筋の〈王気〉が感知するピリピリした危険。ほんの半年前まで、アデライードが常に晒されていた感覚。

 コワイ。モウ、コレイジョウ、ダレモ、ウシナイタクナイ――。

 恐怖で身動きできなくなったアデライードに向かって、〈エイダ〉が突進する。

(殿下――!)

 剣を構えたランパが〈エイダ〉の前に踏み込む。エイダが両袖から黒く長い、鈎爪を出し、ランパの剣を弾く。

 ガキ―ン!

 黒い鈎爪がランパの腕のかすり、血が吹き上がる。
 アデライードがその光景に両手で口元を覆って、翡翠の瞳を見開く。悲鳴すら、喉の奥に引っかかってあげることができない。
 
「落ち着け、アデライード!」

 マニ僧都が叫ぶ。次に剣を合わせたアリナが鋭い剣撃にバランスを崩し、一歩後退する。

「覚悟!」

 〈エイダ〉が硬直して逃げることもできないアデライードに、黒い鈎爪を振り上げた時。

 ガシャーン!

 と窓のガラスを突き破り、弾丸のように小ぶりの黒い鷹が突っ込んできて、〈エイダ〉の顔を鋭い爪で抉った。

「ギャー!」

 不意打ちに、〈エイダ〉が爪を振り回すも、鷹は空中に舞い上がり、巧みにその爪を避け、もう一度〈エイダ〉に爪をお見舞いする。黒い羽が周囲に飛び散る。

「エールライヒ!」
「おのれ!」

 もう一人の侍女が、やはり黒い鈎爪を出して、エールライヒに撃ちかかるところを、どこからか飛んできた小刀がその爪を弾く。

 ガキン!

 天井裏から現れた黒装束の男たちが二人、アデライードの前に立って二人の刺客と交戦する間に、シャオトーズが壁沿いに音もなく動いて、側付きの者たちの豹変に茫然自失していたサウラを拘束した。

 黒い鷹はアデライードの伸ばした右手に止まり、二度、三度と羽ばたく。

「エールライヒ! お前が来たということは、殿下も近くに?」

 ピギャー!

 鷹の甲高い鳴き声が響くのと、廊下を走ってきた足音が近づき、蹴破るように男たちが部屋になだれ込んでくるのが、ほぼ同時であった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

【R18】隣のデスクの歳下後輩君にオカズに使われているらしいので、望み通りにシてあげました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向け33位、人気ランキング146位達成※隣のデスクに座る陰キャの歳下後輩君から、ある日私の卑猥なアイコラ画像を誤送信されてしまい!?彼にオカズに使われていると知り満更でもない私は彼を部屋に招き入れてお望み通りの行為をする事に…。強気な先輩ちゃん×弱気な後輩くん。でもエッチな下着を身に付けて恥ずかしくなった私は、彼に攻められてすっかり形成逆転されてしまう。 ——全話ほぼ濡れ場で小難しいストーリーの設定などが無いのでストレス無く集中できます(はしがき・あとがきは含まない) ※完結直後のものです。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

王女の朝の身支度

sleepingangel02
恋愛
政略結婚で愛のない夫婦。夫の国王は,何人もの側室がいて,王女はないがしろ。それどころか,王女担当まで用意する始末。さて,その行方は?

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

5人の旦那様と365日の蜜日【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
気が付いたら、前と後に入ってる! そんな夢を見た日、それが現実になってしまった、メリッサ。 ゲーデル国の田舎町の商人の娘として育てられたメリッサは12歳になった。しかし、ゲーデル国の軍人により、メリッサは夢を見た日連れ去られてしまった。連れて来られて入った部屋には、自分そっくりな少女の肖像画。そして、その肖像画の大人になった女性は、ゲーデル国の女王、メリベルその人だった。 対面して初めて気付くメリッサ。「この人は母だ」と………。 ※♡が付く話はHシーンです

未亡人メイド、ショタ公爵令息の筆下ろしに選ばれる。ただの性処理係かと思ったら、彼から結婚しようと告白されました。【完結】

高橋冬夏
恋愛
騎士だった夫を魔物討伐の傷が元で失ったエレン。そんな悲しみの中にある彼女に夫との思い出の詰まった家を火事で無くすという更なる悲劇が襲う。 全てを失ったエレンは娼婦になる覚悟で娼館を訪れようとしたときに夫の雇い主と出会い、だたのメイドとしてではなく、幼い子息の筆下ろしを頼まれてしまう。 断ることも出来たが覚悟を決め、子息の性処理を兼ねたメイドとして働き始めるのだった。

処理中です...