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11、対決
サウラの切り札
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メイローズは紺碧の瞳でサウラと、その左右に控える若い侍女と中年の産婆をじろりと睥睨した。
「姫君は西の女王家の王女です。本来ならば、東の貴族とはいえ軽々しくお目見えを許されるようなご身分ではございません。重々、失礼のないように。もし、不穏な動きをすれば、問答無用に切り捨てられても文句は言えませんよ。身分が違うのですからね」
普段、アデライードは平民のリリアやアンジェリカにも隔てなく接しているが、メイローズはサウラに対しては権高に出ることに決めた。最高貴族に連なる家でありながら中位貴族でしかないサウラは、おそらくアデライードに対して余計なコンプレックスを拗らせているのだ。恨むことすら筋違いの階層の差を、思い知らせてやらねばならない。
それから、かなり長い時がたって、サウラが再び文句を言い始めたころに、ようやくアデライードの到着が告げられた。シャオトーズが扉を開けると、まず、護衛騎士のランパが先導で入り、その後ろに剃り上げた頭も神々しいマニ僧都、そしてアデライードと、女騎士のアリナ、一番最後にアンジェリカが入って扉を閉める。
まるで、現実のものなど何も見ていないかのような、超然とした表情でアデライードがサウラとはかなり離れたソファに腰を下ろす。その横に置かれたひじ掛け椅子にマニ僧都が梔子色の袈裟を捌いて座る。ランパとアリナが両脇に立った。
「アデライード姫様、そちらがサウラ殿です。……サウラ殿、姫様に拝礼を。本来ならば跪拝すべきではありますが、ご懐妊中とのことで、立礼で構わないとの、姫様の思し召しです。右隣がマニ僧都。護衛はクラウス家のランパ殿と、ゲセル家の出身にしてマフ家の夫人となられたアリナ殿です」
およそ、十二貴嬪家出身の者を護衛として侍らすことができるのは、東西の皇王家の出身なればこそ。メイローズはこれでもかというくらい、アデライードとサウラとの身分の懸隔を見せつけた。――アデライードにとって、どう転んでも、サウラの産んだ子供など何の脅威にもならないことを、はっきりと示すために。
サウラは侍女と産婆の助けを借りて立ち上がり、大きな腹を抱えるように腰をかがめる。
「恭親王殿下の側夫人、サウラでございます。姫君にはお初に御目文字仕ります。また今後ともよろしゅうお願いいたします」
アデライードはサウラの腹を値踏みするように見て、そこに〈王気〉の視えないことを確認し、やや眉を顰めてじっと腹のあたりを見つめた。事情を知らないものは、夫の子を孕んだサウラの膨れた腹を不快げに見つめているように見えたかもしれない。実は、アデライードの目はサウラの腹のあたりに置かれた左手の、小指と薬指に嵌められた指甲套に釘づけであった。そんなものを嵌めている女を、アデライードは生まれて初めて目にしたからである。
アデライードは微かに頷くだけで、何も言わない。メイローズがシャオトーズらに指示を出して、ようやくお茶の支度にかかる。アデライードの茶杯とサウラの茶杯、そしてメイローズの茶杯に同じ茶壺の茶が注ぎ分けられ、皆の前でメイローズがすべて飲み干して異変のないことを示してから、はじめてお茶はアデライードとサウラに供された。
一言も声を発しないアデライードの代わりに、マニ僧都がにこやかに言った。
「アデライードは朝から魔術制御の練習をしたから、少し疲れていてね。急な話で驚いたよ。この長い白金色の髪を梳くのも大変でね。支度に時間もかかってお待たせして申し訳なかった。私みたいな髪型にすれば、絞った布で拭くだけでいいんだけど、女の人はそうもいかなくて大変だよね」
だが言っていることは馬鹿丸出しである。こんな時に何を言っているのと、ミハルは眉を寄せてしまう。が、おちゃらけた言葉の直後、マニ僧都の声の調子は豹変した。
「……で、たかが親王の側夫人の分際で、王女であるアデライードに何の用なの?殿下でなくてアデライードに用だなんて、ずいぶんと僭上だね?」
すでに彼もサウラの腹のあたりをじっと見て、メイローズと同じ見解に至っている。彼は異母妹のユウラを身ごもった女王ゼナイダの姿を今でも覚えている。特に〈王気〉の強かったユウラ王女を孕んで、ゼナイダは二重の〈王気〉に包まれて神々しく輝いていた。この女自身には〈王気〉はないが、この時期ならば腹を中心に恭親王と同様の金色の光に包まれているはずだ。
「ほほほ、同じ殿下に嫁いだ身として、女同士のおしゃべりを楽しみたいと思うのはおかしいですかしら?……もっとも、姫君はお噂では声を失っておられるそうですけれど」
そんな古い情報をどこで、とミハルが赤味がかった瞳を丸くする。たしかに口数は少ないが、今では問題なくしゃべっているのに。
「そんなことのために、この、純真無垢なフエル君を騙して?」
マニ僧都が厳しい調子で問いかける。騙して、と言われ、フエルがびくりとしてサウラを見た。
ずいぶんと疑われておりますのね。騙すだなんて、人聞きの悪い。……フエル殿に伺ったところによると、姫君は古今の尺牘を鑑賞されるのがお好きだとか。ですから、わたくしも少しばかり持参いたしましたのよ、殿下の尺牘を」
そう言って、サウラが横の若い侍女に顎をしゃくると、侍女が中央の卓に塗りの手文庫を置き、中の尺牘を出して並べた。
下手くそとまでは言わないが、癖のある、けして名蹟とは言い難いその文字。だが、その場の全員に見覚えのある手蹟だ。
「〈聖婚〉の皇子として、ソリスティアに赴任されてから、帝都のわたくしに送ってくださったお便りですの。これを姫君とご一緒に鑑賞したいと思い、お持ちしたのですよ」
嫣然と微笑むサウラに、ミハルが目を瞠る。
「まさか! 帝都を発つ前に、殿下はサウラ様にお暇を出したと……」
「でも、本心ではずっと、わたくしをお心に留めてくださっていたのです。ですから、最後の夜にもご寵愛をいただいて……このややが殿下の愛情の証拠ですわ」
「姫君は西の女王家の王女です。本来ならば、東の貴族とはいえ軽々しくお目見えを許されるようなご身分ではございません。重々、失礼のないように。もし、不穏な動きをすれば、問答無用に切り捨てられても文句は言えませんよ。身分が違うのですからね」
普段、アデライードは平民のリリアやアンジェリカにも隔てなく接しているが、メイローズはサウラに対しては権高に出ることに決めた。最高貴族に連なる家でありながら中位貴族でしかないサウラは、おそらくアデライードに対して余計なコンプレックスを拗らせているのだ。恨むことすら筋違いの階層の差を、思い知らせてやらねばならない。
それから、かなり長い時がたって、サウラが再び文句を言い始めたころに、ようやくアデライードの到着が告げられた。シャオトーズが扉を開けると、まず、護衛騎士のランパが先導で入り、その後ろに剃り上げた頭も神々しいマニ僧都、そしてアデライードと、女騎士のアリナ、一番最後にアンジェリカが入って扉を閉める。
まるで、現実のものなど何も見ていないかのような、超然とした表情でアデライードがサウラとはかなり離れたソファに腰を下ろす。その横に置かれたひじ掛け椅子にマニ僧都が梔子色の袈裟を捌いて座る。ランパとアリナが両脇に立った。
「アデライード姫様、そちらがサウラ殿です。……サウラ殿、姫様に拝礼を。本来ならば跪拝すべきではありますが、ご懐妊中とのことで、立礼で構わないとの、姫様の思し召しです。右隣がマニ僧都。護衛はクラウス家のランパ殿と、ゲセル家の出身にしてマフ家の夫人となられたアリナ殿です」
およそ、十二貴嬪家出身の者を護衛として侍らすことができるのは、東西の皇王家の出身なればこそ。メイローズはこれでもかというくらい、アデライードとサウラとの身分の懸隔を見せつけた。――アデライードにとって、どう転んでも、サウラの産んだ子供など何の脅威にもならないことを、はっきりと示すために。
サウラは侍女と産婆の助けを借りて立ち上がり、大きな腹を抱えるように腰をかがめる。
「恭親王殿下の側夫人、サウラでございます。姫君にはお初に御目文字仕ります。また今後ともよろしゅうお願いいたします」
アデライードはサウラの腹を値踏みするように見て、そこに〈王気〉の視えないことを確認し、やや眉を顰めてじっと腹のあたりを見つめた。事情を知らないものは、夫の子を孕んだサウラの膨れた腹を不快げに見つめているように見えたかもしれない。実は、アデライードの目はサウラの腹のあたりに置かれた左手の、小指と薬指に嵌められた指甲套に釘づけであった。そんなものを嵌めている女を、アデライードは生まれて初めて目にしたからである。
アデライードは微かに頷くだけで、何も言わない。メイローズがシャオトーズらに指示を出して、ようやくお茶の支度にかかる。アデライードの茶杯とサウラの茶杯、そしてメイローズの茶杯に同じ茶壺の茶が注ぎ分けられ、皆の前でメイローズがすべて飲み干して異変のないことを示してから、はじめてお茶はアデライードとサウラに供された。
一言も声を発しないアデライードの代わりに、マニ僧都がにこやかに言った。
「アデライードは朝から魔術制御の練習をしたから、少し疲れていてね。急な話で驚いたよ。この長い白金色の髪を梳くのも大変でね。支度に時間もかかってお待たせして申し訳なかった。私みたいな髪型にすれば、絞った布で拭くだけでいいんだけど、女の人はそうもいかなくて大変だよね」
だが言っていることは馬鹿丸出しである。こんな時に何を言っているのと、ミハルは眉を寄せてしまう。が、おちゃらけた言葉の直後、マニ僧都の声の調子は豹変した。
「……で、たかが親王の側夫人の分際で、王女であるアデライードに何の用なの?殿下でなくてアデライードに用だなんて、ずいぶんと僭上だね?」
すでに彼もサウラの腹のあたりをじっと見て、メイローズと同じ見解に至っている。彼は異母妹のユウラを身ごもった女王ゼナイダの姿を今でも覚えている。特に〈王気〉の強かったユウラ王女を孕んで、ゼナイダは二重の〈王気〉に包まれて神々しく輝いていた。この女自身には〈王気〉はないが、この時期ならば腹を中心に恭親王と同様の金色の光に包まれているはずだ。
「ほほほ、同じ殿下に嫁いだ身として、女同士のおしゃべりを楽しみたいと思うのはおかしいですかしら?……もっとも、姫君はお噂では声を失っておられるそうですけれど」
そんな古い情報をどこで、とミハルが赤味がかった瞳を丸くする。たしかに口数は少ないが、今では問題なくしゃべっているのに。
「そんなことのために、この、純真無垢なフエル君を騙して?」
マニ僧都が厳しい調子で問いかける。騙して、と言われ、フエルがびくりとしてサウラを見た。
ずいぶんと疑われておりますのね。騙すだなんて、人聞きの悪い。……フエル殿に伺ったところによると、姫君は古今の尺牘を鑑賞されるのがお好きだとか。ですから、わたくしも少しばかり持参いたしましたのよ、殿下の尺牘を」
そう言って、サウラが横の若い侍女に顎をしゃくると、侍女が中央の卓に塗りの手文庫を置き、中の尺牘を出して並べた。
下手くそとまでは言わないが、癖のある、けして名蹟とは言い難いその文字。だが、その場の全員に見覚えのある手蹟だ。
「〈聖婚〉の皇子として、ソリスティアに赴任されてから、帝都のわたくしに送ってくださったお便りですの。これを姫君とご一緒に鑑賞したいと思い、お持ちしたのですよ」
嫣然と微笑むサウラに、ミハルが目を瞠る。
「まさか! 帝都を発つ前に、殿下はサウラ様にお暇を出したと……」
「でも、本心ではずっと、わたくしをお心に留めてくださっていたのです。ですから、最後の夜にもご寵愛をいただいて……このややが殿下の愛情の証拠ですわ」
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