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11、対決
前哨戦・嫌味の応酬
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「アデライード姫様は、まだ、お越しにならないの?」
サロンの長椅子に大儀そうにもたれ掛り、大きな腹を撫でながらサウラが不機嫌そうに言う。左右に控える若い侍女と、のっぺりした顔の中年の産婆らしき女が、盛んに扇いだり、汗を拭いたりしている。その態度に、ミハルなどはさっきからムカムカしているのだが、そこは腐っても公爵令嬢だけあって、凍りついたような笑みを頬に張り付けている。
「突然のご訪問ですもの、支度に時間がかかるのも、当然ですわ。……何しろ西の王女様でございますもの」
あんたとは違うのよ、という言外の意を込めて、ミハルが蔑むような眼差しでサウラを見る。これ見よがしに大きな腹を撫でながら、図々しくもソリスティアまでやってきて、子供を盾に側室の座に居座ろうとする女。まったくもって、同じ空気を吸うのも嫌なのだが、殿下が戻ってくるまで時間を稼がなければならない。
フエルはこの状況を招いてしまった責任を今更ながら感じ、蒼白な顔で俯いているばかりで、まったく場を持たせる役に立たない。ユーエルの知らせを聞いて慌てて駆け付けたエンロンは、部屋に入った早々、「木っ端役人が親王殿下のサロンに何の用なの」とサウラから強烈な嫌味を食らったが、それを年季の入ったぶ厚い面の皮で弾き飛ばして、そのまま平気な顔で末席に座っている。せっかく自分が追い返した女狐を、わけのわからん理由で総督府の中に引き込んだソアレス家のクソガキに対し、エンロンとても思うところはあるのだ。
(ソアレス家だか何だか知らんが、ガキはこれだから……)
「もう疲れてしまったのだけれど、お茶もまともに出ないのね」
大儀そうに言うサウラに、待ってましたとばかりにミハルが言った。
「身体が大儀ならお帰りになられたら? 姫様もいらっしゃらないうちから、お茶を飲もうなんて、わたくし、思ってもみませんでしたわ。やっぱり一世代でも下がってしまわれると、感覚が変わってしまいますのね。十二貴嬪家の躾と、一等伯爵家の躾は違っておりますこと」
「なっ……!」
サウラの家はもともとは十二貴嬪家のホストフル家だが、当主から五代隔たると分家して貴種の資格を失う。ハーバー家は現当主であるサウラの父の代で分家した、限りなくホストフル家に近い家ではあるが、しかし十二貴嬪家ではない中位貴族なのである。帝国に八家しかない公爵家の、それも当主の令嬢であるミハルは、サウラのコンプレックスを真正面から遠慮なく抉った。
「……わたくしは殿下の側夫人、あなたは殿下の侍従文官の正室です。身の程は弁えていただきたいわ」
「まったく、その通りですわね。わたくしは十二貴嬪家のクラウス公爵の娘で、夫もまた、十二貴嬪家のゲスト公爵の甥ですわ。側夫人といったって、貴種の出身じゃないわけですから、品階は下がりますわね。ああ、失礼、もう離縁されたのでしたっけ?」
「ミハル殿、いい加減になさい。……仮にも、恭親王府のうちですぞ」
容赦のない嫌味の応酬に、さすがにエンロンが水を差す。フエルというガキもガキだが、この異常に矜持の高い女も勘弁してほしかった。トルフィンという男は十二貴嬪家の出身の割にはまっとうで気持ちのいい奴なのに、どうしてこんな気位の高い女房をもらう気になったのか、エンロンにはさっぱりわからなかった。
そうこうしているうちに、メイローズが入ってきた。メイローズの黄金の髪と際立った美貌は、枢機卿という立場を得たことで、その場の空気を支配する威圧感さえ、湛えている。
「もうじき、姫君がまいられます。それから、姫君の伯父上にして、太陽宮のマニ僧都も、ご同席なさいます」
「そんな得体のしれない方まで、ぞろぞろ引き連れていらっしゃるの?たいそうなご身分ですこと」
サウラが面倒くさそうに言うのに、珍しくメイローズがぴしりと言った。
「マニ僧都は西の女王国のヴェスタ侯爵家の出で、亡き女王ユウラ様の異母兄です。不敬なことをおっしゃるものではありません」
サロンの長椅子に大儀そうにもたれ掛り、大きな腹を撫でながらサウラが不機嫌そうに言う。左右に控える若い侍女と、のっぺりした顔の中年の産婆らしき女が、盛んに扇いだり、汗を拭いたりしている。その態度に、ミハルなどはさっきからムカムカしているのだが、そこは腐っても公爵令嬢だけあって、凍りついたような笑みを頬に張り付けている。
「突然のご訪問ですもの、支度に時間がかかるのも、当然ですわ。……何しろ西の王女様でございますもの」
あんたとは違うのよ、という言外の意を込めて、ミハルが蔑むような眼差しでサウラを見る。これ見よがしに大きな腹を撫でながら、図々しくもソリスティアまでやってきて、子供を盾に側室の座に居座ろうとする女。まったくもって、同じ空気を吸うのも嫌なのだが、殿下が戻ってくるまで時間を稼がなければならない。
フエルはこの状況を招いてしまった責任を今更ながら感じ、蒼白な顔で俯いているばかりで、まったく場を持たせる役に立たない。ユーエルの知らせを聞いて慌てて駆け付けたエンロンは、部屋に入った早々、「木っ端役人が親王殿下のサロンに何の用なの」とサウラから強烈な嫌味を食らったが、それを年季の入ったぶ厚い面の皮で弾き飛ばして、そのまま平気な顔で末席に座っている。せっかく自分が追い返した女狐を、わけのわからん理由で総督府の中に引き込んだソアレス家のクソガキに対し、エンロンとても思うところはあるのだ。
(ソアレス家だか何だか知らんが、ガキはこれだから……)
「もう疲れてしまったのだけれど、お茶もまともに出ないのね」
大儀そうに言うサウラに、待ってましたとばかりにミハルが言った。
「身体が大儀ならお帰りになられたら? 姫様もいらっしゃらないうちから、お茶を飲もうなんて、わたくし、思ってもみませんでしたわ。やっぱり一世代でも下がってしまわれると、感覚が変わってしまいますのね。十二貴嬪家の躾と、一等伯爵家の躾は違っておりますこと」
「なっ……!」
サウラの家はもともとは十二貴嬪家のホストフル家だが、当主から五代隔たると分家して貴種の資格を失う。ハーバー家は現当主であるサウラの父の代で分家した、限りなくホストフル家に近い家ではあるが、しかし十二貴嬪家ではない中位貴族なのである。帝国に八家しかない公爵家の、それも当主の令嬢であるミハルは、サウラのコンプレックスを真正面から遠慮なく抉った。
「……わたくしは殿下の側夫人、あなたは殿下の侍従文官の正室です。身の程は弁えていただきたいわ」
「まったく、その通りですわね。わたくしは十二貴嬪家のクラウス公爵の娘で、夫もまた、十二貴嬪家のゲスト公爵の甥ですわ。側夫人といったって、貴種の出身じゃないわけですから、品階は下がりますわね。ああ、失礼、もう離縁されたのでしたっけ?」
「ミハル殿、いい加減になさい。……仮にも、恭親王府のうちですぞ」
容赦のない嫌味の応酬に、さすがにエンロンが水を差す。フエルというガキもガキだが、この異常に矜持の高い女も勘弁してほしかった。トルフィンという男は十二貴嬪家の出身の割にはまっとうで気持ちのいい奴なのに、どうしてこんな気位の高い女房をもらう気になったのか、エンロンにはさっぱりわからなかった。
そうこうしているうちに、メイローズが入ってきた。メイローズの黄金の髪と際立った美貌は、枢機卿という立場を得たことで、その場の空気を支配する威圧感さえ、湛えている。
「もうじき、姫君がまいられます。それから、姫君の伯父上にして、太陽宮のマニ僧都も、ご同席なさいます」
「そんな得体のしれない方まで、ぞろぞろ引き連れていらっしゃるの?たいそうなご身分ですこと」
サウラが面倒くさそうに言うのに、珍しくメイローズがぴしりと言った。
「マニ僧都は西の女王国のヴェスタ侯爵家の出で、亡き女王ユウラ様の異母兄です。不敬なことをおっしゃるものではありません」
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