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10、女狐来襲
フエルのお使い
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「城下におられるサウラ様にこれこれの物をお届けし、生活にご不自由がないかお尋ねするように」
ゾーイに命じられ、フエルは張り切って城下に出かけた。
アデライード姫の里帰り旅行に、置いてけぼりを食わされてフエルは腹を立てていた。恭親王はフエルをあまり身近に寄せ付けないため、フエルは必然的にアデライードとの接点もなく、思い入れもない。仮にも御子を身ごもっておられるらしいご側室様が総督府内にも入れないという状況に、フエルは少年らしい正義感から側室に同情していた。
石畳の道を馬車に乗り、総督府からそれほど離れていないサウラの住む屋敷を訪れたフエルを、サウラは歓迎した。総督府で何となく疎外感を感じていたフエルは、母親クリスタの実家ホストフル家に連なるサウラにも親近感を覚えた。
「クリスタ様には一度、お目にかかったこともございますのよ?お母さまによく似ていらっしゃるわ」
優しい声で愛想よく言われ、幼いフエルはそれだけであっさりとサウラに篭絡されてしまう。母と離れ、自分の存在を疎ましいと思っているらしい恭親王の元での新しい生活は、父と恭親王との間の隠された事情を知らされていない彼にとっては、不安と理不尽な思いが募るばかりだったのだ。
「まだ見習いで、ふつつかな身ではありますが、精いっぱい仕えさせていただきますので、なんなりとおっしゃってください」
しゃちほこばって言うフエルを、サウラも侍女たちもほほほと笑う。
「……殿下は大変に信仰に篤い方でいらっしゃるから、〈聖婚〉の王女様にご遠慮してわたくしに暇を出されたのに、予想外に懐妊したことでご不興を買ってしまったのですよ。わたくしはともかく、せめてこの子だけでも、殿下のお情けをと思っているのですが、それを訴える機会もなくて……」
切なそうに睫毛を伏せるサウラにフエルは同情してはいるが、彼自身、ほとんど恭親王の近くに寄せてもらえないので、力になれそうもなかった。
「……殿下はもしかしたら、アデライード様に対し、引け目を感じておられるのかもしれませんわ。わたくしも愚かだったのです。もっと上手く殿下にお伝えしていれば、ここまでのご不興を買わずにすんだのかもしれませんのに、ついつい恐ろしい気がして。……あるいはアデライード様がご不快に感じておられるのかもと、それも心苦しくて」
フエルはアデライードと恭親王が庭を散歩しているのを遠くから見たことがある程度で、彼女の為人にはついては何も知らなかった。ただおっとりと無口なタイプで、殿下が熱愛しているらしいことは、遠目に見てもよくわかった。普段はクールな恭親王が、尻尾を振って飼い主に纏わりつく駄犬よろしく、アデライードに構いつけている姿を、フエルとしてはちょっとみっともないと思ってしまったくらいだ。
新婚のこの時期に、昔の女が大きな腹を抱えてやってきて、愛する女が万が一にもへそを曲げてしまったら、と恭親王は恐れているのかもしれない。しかし、男の責任として、あまりにいい加減ではないかと、正義感の強いフエルは反発を感じる。父が生きていれば、身ごもった側室をこんな風にほっぽり出しておくなんて、あり得まい、と。
「さあ、アデライード姫はおっとりした方だと伺っております。何分、まだお若いですし、特段の反応は聞いておりません」
フエルがそれでも生真面目に答えると、サウラはふふふと笑う。
「ずいぶんとお美しいとのお噂を伺っておりますわ。……殿下が一目見て夢中になるのも無理はないとも」
たしかに遠目に見たアデライード姫は光を纏った女神のように美しかった。だが、まだ若すぎるフエルは、アデライードは綺麗なだけの人形のように見えた。
「……まあ、殿下はああいう方がお好みなのでしょうね」
その頼りない風情と、その美しさに骨抜きになっている殿下に対しても、フエルは不満に感じていた。
「わたくしね、せめてアデライード様に直接お会いして、この御子の将来についてお願いしたいと思っているのです。このままだと、殿下はおそらくわたくしを総督府には置いてくださらない。出産の後にはきっと、帝都に追い返されてしまいそうですもの。その後のこの子を誰が育てることになっても、やはりご正室様のご意向に大きく左右されると思うのです」
大きく膨れた腹を愛おしそうに撫でるサウラに、フエルは首を傾げる。
「しかし、やはり、まず殿下にお会いして、訴えるのが先決ではありませんか?」
「そうですけれど、殿下はもう、すっかりアデライード様に心を奪われてしまわれたようですし……今更お会いしても、きっと辛いでしょう」
サウラはちらりと周囲を見て、侍女たちを遠くに下がらせた。
「誰にも申し上げていないのですけれど……実は殿下からはずっと、お便りをいただいておりましたの」
ゾーイに命じられ、フエルは張り切って城下に出かけた。
アデライード姫の里帰り旅行に、置いてけぼりを食わされてフエルは腹を立てていた。恭親王はフエルをあまり身近に寄せ付けないため、フエルは必然的にアデライードとの接点もなく、思い入れもない。仮にも御子を身ごもっておられるらしいご側室様が総督府内にも入れないという状況に、フエルは少年らしい正義感から側室に同情していた。
石畳の道を馬車に乗り、総督府からそれほど離れていないサウラの住む屋敷を訪れたフエルを、サウラは歓迎した。総督府で何となく疎外感を感じていたフエルは、母親クリスタの実家ホストフル家に連なるサウラにも親近感を覚えた。
「クリスタ様には一度、お目にかかったこともございますのよ?お母さまによく似ていらっしゃるわ」
優しい声で愛想よく言われ、幼いフエルはそれだけであっさりとサウラに篭絡されてしまう。母と離れ、自分の存在を疎ましいと思っているらしい恭親王の元での新しい生活は、父と恭親王との間の隠された事情を知らされていない彼にとっては、不安と理不尽な思いが募るばかりだったのだ。
「まだ見習いで、ふつつかな身ではありますが、精いっぱい仕えさせていただきますので、なんなりとおっしゃってください」
しゃちほこばって言うフエルを、サウラも侍女たちもほほほと笑う。
「……殿下は大変に信仰に篤い方でいらっしゃるから、〈聖婚〉の王女様にご遠慮してわたくしに暇を出されたのに、予想外に懐妊したことでご不興を買ってしまったのですよ。わたくしはともかく、せめてこの子だけでも、殿下のお情けをと思っているのですが、それを訴える機会もなくて……」
切なそうに睫毛を伏せるサウラにフエルは同情してはいるが、彼自身、ほとんど恭親王の近くに寄せてもらえないので、力になれそうもなかった。
「……殿下はもしかしたら、アデライード様に対し、引け目を感じておられるのかもしれませんわ。わたくしも愚かだったのです。もっと上手く殿下にお伝えしていれば、ここまでのご不興を買わずにすんだのかもしれませんのに、ついつい恐ろしい気がして。……あるいはアデライード様がご不快に感じておられるのかもと、それも心苦しくて」
フエルはアデライードと恭親王が庭を散歩しているのを遠くから見たことがある程度で、彼女の為人にはついては何も知らなかった。ただおっとりと無口なタイプで、殿下が熱愛しているらしいことは、遠目に見てもよくわかった。普段はクールな恭親王が、尻尾を振って飼い主に纏わりつく駄犬よろしく、アデライードに構いつけている姿を、フエルとしてはちょっとみっともないと思ってしまったくらいだ。
新婚のこの時期に、昔の女が大きな腹を抱えてやってきて、愛する女が万が一にもへそを曲げてしまったら、と恭親王は恐れているのかもしれない。しかし、男の責任として、あまりにいい加減ではないかと、正義感の強いフエルは反発を感じる。父が生きていれば、身ごもった側室をこんな風にほっぽり出しておくなんて、あり得まい、と。
「さあ、アデライード姫はおっとりした方だと伺っております。何分、まだお若いですし、特段の反応は聞いておりません」
フエルがそれでも生真面目に答えると、サウラはふふふと笑う。
「ずいぶんとお美しいとのお噂を伺っておりますわ。……殿下が一目見て夢中になるのも無理はないとも」
たしかに遠目に見たアデライード姫は光を纏った女神のように美しかった。だが、まだ若すぎるフエルは、アデライードは綺麗なだけの人形のように見えた。
「……まあ、殿下はああいう方がお好みなのでしょうね」
その頼りない風情と、その美しさに骨抜きになっている殿下に対しても、フエルは不満に感じていた。
「わたくしね、せめてアデライード様に直接お会いして、この御子の将来についてお願いしたいと思っているのです。このままだと、殿下はおそらくわたくしを総督府には置いてくださらない。出産の後にはきっと、帝都に追い返されてしまいそうですもの。その後のこの子を誰が育てることになっても、やはりご正室様のご意向に大きく左右されると思うのです」
大きく膨れた腹を愛おしそうに撫でるサウラに、フエルは首を傾げる。
「しかし、やはり、まず殿下にお会いして、訴えるのが先決ではありませんか?」
「そうですけれど、殿下はもう、すっかりアデライード様に心を奪われてしまわれたようですし……今更お会いしても、きっと辛いでしょう」
サウラはちらりと周囲を見て、侍女たちを遠くに下がらせた。
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