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8、封じられた心

そばにいて

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「殿下、勝手にいなくなっちゃ、いや!」

 そう言って飛び込んできたアデライードを、恭親王は座ったままどん、と抱き留めるが、薬を塗ったばかりの傷口に衝撃が響いて「うっ」と顔を顰める。

「……どうした、アデライード、目が覚めたのか?」
「目が覚めたら殿下がいなくて……怖い、一人は嫌!」
「それはすまない。……でも、リリアもいるだろう」

 アデライードは恭親王の胸に顔を埋めたまま、ぶんぶんと首を振る。

「殿下じゃなきゃ、いや!」

 可愛いことを言われてつい、やに下がりそうになるが、周囲の冷たい視線に気づいて「こほん」と咳払いし、アデライードを優しく引き剥がす。

「わかった。すぐにそちらに行くよ。ちょっとユリウスと狩りの予定について話していただけなんだ」
「ほんとに?勝手にどこかにいなくなったり、しない?」
「しつこく付きまといこそすれ、アデライードから離れていなくなったりは、絶対あり得ない」

 全員がうんうん、と頷き、ユリウスが少し困ったようにアデライードを窘めた。

「どうしたの、アデライード。そんなエロ皇子じゃなくて、お兄様の胸に飛び込んでおいでよ」
「だって、殿下じゃないと……また魔力が暴走した時に止めてはくださらない」

 アデライードが涙の滲んだ翡翠色の瞳で首を振る。

「アデライード、あれだけ大きな暴走をしたから、しばらくは大丈夫だ。その間にまた、制御の方法を学んだらいい。私もいるし、問題ない」
「でも……」

 不安げに揺れる瞳で見上げられ、恭親王はたまらなくなって衆目も気にせずぎゅっと抱きしめる。

「わかった。甘えてくれるぶんには、私はいくらでも大歓迎だよ。しばらくあなたの感情も不安定だろうし、私がずっと傍についていよう」
「……てのを口実に、人目もはばからずにいちゃつくつもりだな、このエロ皇子め」
「転がり込んだチャンスは逃さないことにしている」

 恭親王はアデライードを抱き寄せて、ユリウスに向けて片目を瞑ってみせた。




 魔力暴走の余波で、アデライードは微熱があった。居間を出て寝室に移動し、恭親王はアデライードと並んで、寝台に腰を下ろす。

「少し熱がある。休んだ方がいい」
「殿下は……?」
「私も少し、火傷をしたから、今手当してもらったところだ。それに疲れた。魔力もだいぶ使ってしまって、魔力不足で頭も痛い。夕食まで休ませてもらうつもりだった」
「火傷?」

 アデライードは恭親王の胸に巻かれている白い晒布サラシに初めて気づいたようだった。
 アデライードの魔力を体内で循環させ、吸収しようとしたが、やはりかなりの部分が暴走によって放散されてしまった。彼自身、相当に疲労している。

「……わたしの、せい……?」

 恭親王の火傷がアデライードのせいかと聞かれれば、そうだとしか言いようがない。
 
「たいしたことはない。魔力が戻ってくれば自己治癒で綺麗に治せる。今は傷が化膿しないように、湿布しているだけだ。心配はない」
「わたしに、癒させて……せめて……」

 アデライードが涙ぐんで見上げるのを、恭親王は微笑んだ。

「今はまだ、あなたも魔力が十分でないだろう。今夜一晩、ゆっくり休んで、明日、あなたが回復したら、癒してくれ」
「ごめんなさい……」
「謝ることはない。大丈夫だよ」

 アデライードを優しく抱き寄せて、恭親王が言う。

「いいんだ、あなたのためなら、命もいらない。……あなたに大事がなくて、よかった」

 恭親王はアデライードを抱きしめたまま、ごろんと寝台に横たわる。

「少し、眠りたい……さすがに……疲れた……」
「ん……殿下、お願いがあるの……」
「何……?」
「側にいて……ずっと……どこにも行かないで……」
「ああ……あっちへいけと言われても、塩を撒かれても、しつこく側にいるよ」
「あっちへいけなんて、言いません!」
「一昨日かそこらに、言われた気がするけどな……」
「それは……」

 アデライードが気まずそうに、ゴソゴソと腕の中で身じろぐ。

 恭親王は横になったまま、腕の中のアデライードをじっと見つめる。

「アデライード……全部、受け止めるから。だから、感情を閉じこめなくて、いい。多少の暴走なら、私が止められる。そのための、番だ」

 アデライードが恭親王の背中に両腕を回し、ぎゅっと絹のシャツを握りしめ、胸に頭をくっつけてぐりぐりする。

「……アデライード、その……少し、……痛い……」

 はっとして頭を離して、アデライードが謝る。
 
「ご、ごめんなさい……あの、今日はありがとうございます……あんなに、大きい暴走は、初めてかも、しれなくて……」
「魔力量が増えているから、仕方がない。感情を制御するのと、抑え込んでなかったことにするのは、違う。魔力を小出しにする方法を、考えた方がいいかもしれないな」

 恭親王はアデライードの艶やかな髪を指で梳きながら、考える。甘い〈王気〉が彼の中に流れ込み、彼の傷を癒す。その心地よい甘い〈王気〉を感じているうちに、いつしか恭親王はうつらうつらして、そのまま眠りに落ちた。

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