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8、封じられた心
ユリウスの悔恨
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「アデライードはまだ眠っているの?」
ユリウスがシャツの上に紺色の天鵞絨のベストを羽織った軽装で入ってきて、恭親王の前の肘掛椅子に座る。
「ああ……あれだけの大爆発を起こしたから、しばらく目を醒まさないんじゃないかな」
ユリウスは恭親王のはだけた絹のシャツの下に巻かれた、真っ白い晒布を見て、眉を顰めた。
「……やっぱりあれは、アデライードが?……君も、怪我したの?」
「魔力暴走を起こしている人間に抱き着いて鎮めようとしたんだから、火傷程度で済んで、天と陰陽に感謝しないとね」
「魔力暴走……」
「女王家の者は魔力を外に発動できる代わりに、暴発した魔力が周囲に害を為すことが稀にあるそうじゃないか。……陽の、東の龍種は外に発動できないから、暴発しても自爆するだけで、周囲に迷惑はかけないし、そもそも滅多に暴走するようなことはない。今回はアデライードの魔力を私の体内に流して還流させて制御しようとして、一部、溢れた分が暴走して、落雷を呼んだようだ。魔法陣が浮き出ていたから、何等かの魔術を制御しきれない状態で発動してしまったんだろう」
シャオトーズが、さすがに酒ではなくて香草茶を淹れたのを啜りながら、恭親王が説明する。
「雷を呼ぶ魔術なんて、あるの?」
ユリウスがメイローズを振りむいて、尋ねる。
「……陰の女王家で伝承されている魔術までは、私は詳しくはないのですが、私も遠目ながら、魔術の発動を視認しました。雷はおそらく、そのせいです」
「いったいなんだって、魔力暴走なんて引き起こしたんだよ」
ユリウスが両手を広げるようにして、疑問を露わにする。
「……ずっと、霊廟に戻ってきたかったんだと、言っていた。あそこで、命名式をするのを楽しみにしていて……でも、ナキアでの情勢の変化でそれが適わず、彼女は聖地に送られた。故郷に帰りたいと思う心をずっと封じ込めていたから、霊廟を目の当たりにしてそれが弾けてしまったんだ」
ユリウスも、メイローズも、香草茶を淹れていたシャオトーズも、そして背後に立って控えていたゾーイとアリナも、皆がはっとして息を飲む。
感情の薄い、人形のような少女だと思っていたアデライードが、自ら封じていた想いを知り、皆、言葉もない。
「……そう、だったの。僕に力がなくて、アデライードには悲しい思いをさせてしまった。ようやく、聖地から出られたのに、この変態エロ皇子の妻だなんて……」
「そこかよっ!」
「本当は僕だって、アデライードを家に連れ帰りたかった。でも、ギュスターブの元にいたユウラ様がどうなるかわからなかったし、僕の領地経営もまだ軌道に乗らなくて……迂闊に手も出せなかった。ユウラ様が亡くなった時、さすがにイフリートの奴等も、アデライードを聖地から呼び戻すと思ったのに、あいつら、アルベラの女王認証の邪魔になると思ったのか、アデライードに迎え一つ寄こさなかったんだ。あそこで帰国を強行すれば、イフリート公爵は非常手段に出るかもしれないと、僕は帰国させなかった。母親の葬儀にすら出られず、アデライードは恨んでいるだろうね」
悔しそうに唇を噛みしめるユリウスを、恭親王はしかし、冷静に眺める。
ユリウスも領主だ。一族や領民を危険にさらしてまで、アデライードを領地に迎え入れることはできないとうのはわかる。だが結局、敢えてアデライードを不遇のままにしておくことで、レイノークス家が中央に対する野心のないことを示していたわけで、ユリウスが継いでからのレイノークス伯家が、アデライードの孤独の犠牲の上に成り立ってきたのは間違いのないことだ。
「しかし……殿下、西の女王家の姫君が、あれほどの力を秘めているとは、寡聞にも聞いておりませんでした。……今回のように、殿下ご自身にまで危険が及ぶようなことがありますのなら……」
ユリウスがシャツの上に紺色の天鵞絨のベストを羽織った軽装で入ってきて、恭親王の前の肘掛椅子に座る。
「ああ……あれだけの大爆発を起こしたから、しばらく目を醒まさないんじゃないかな」
ユリウスは恭親王のはだけた絹のシャツの下に巻かれた、真っ白い晒布を見て、眉を顰めた。
「……やっぱりあれは、アデライードが?……君も、怪我したの?」
「魔力暴走を起こしている人間に抱き着いて鎮めようとしたんだから、火傷程度で済んで、天と陰陽に感謝しないとね」
「魔力暴走……」
「女王家の者は魔力を外に発動できる代わりに、暴発した魔力が周囲に害を為すことが稀にあるそうじゃないか。……陽の、東の龍種は外に発動できないから、暴発しても自爆するだけで、周囲に迷惑はかけないし、そもそも滅多に暴走するようなことはない。今回はアデライードの魔力を私の体内に流して還流させて制御しようとして、一部、溢れた分が暴走して、落雷を呼んだようだ。魔法陣が浮き出ていたから、何等かの魔術を制御しきれない状態で発動してしまったんだろう」
シャオトーズが、さすがに酒ではなくて香草茶を淹れたのを啜りながら、恭親王が説明する。
「雷を呼ぶ魔術なんて、あるの?」
ユリウスがメイローズを振りむいて、尋ねる。
「……陰の女王家で伝承されている魔術までは、私は詳しくはないのですが、私も遠目ながら、魔術の発動を視認しました。雷はおそらく、そのせいです」
「いったいなんだって、魔力暴走なんて引き起こしたんだよ」
ユリウスが両手を広げるようにして、疑問を露わにする。
「……ずっと、霊廟に戻ってきたかったんだと、言っていた。あそこで、命名式をするのを楽しみにしていて……でも、ナキアでの情勢の変化でそれが適わず、彼女は聖地に送られた。故郷に帰りたいと思う心をずっと封じ込めていたから、霊廟を目の当たりにしてそれが弾けてしまったんだ」
ユリウスも、メイローズも、香草茶を淹れていたシャオトーズも、そして背後に立って控えていたゾーイとアリナも、皆がはっとして息を飲む。
感情の薄い、人形のような少女だと思っていたアデライードが、自ら封じていた想いを知り、皆、言葉もない。
「……そう、だったの。僕に力がなくて、アデライードには悲しい思いをさせてしまった。ようやく、聖地から出られたのに、この変態エロ皇子の妻だなんて……」
「そこかよっ!」
「本当は僕だって、アデライードを家に連れ帰りたかった。でも、ギュスターブの元にいたユウラ様がどうなるかわからなかったし、僕の領地経営もまだ軌道に乗らなくて……迂闊に手も出せなかった。ユウラ様が亡くなった時、さすがにイフリートの奴等も、アデライードを聖地から呼び戻すと思ったのに、あいつら、アルベラの女王認証の邪魔になると思ったのか、アデライードに迎え一つ寄こさなかったんだ。あそこで帰国を強行すれば、イフリート公爵は非常手段に出るかもしれないと、僕は帰国させなかった。母親の葬儀にすら出られず、アデライードは恨んでいるだろうね」
悔しそうに唇を噛みしめるユリウスを、恭親王はしかし、冷静に眺める。
ユリウスも領主だ。一族や領民を危険にさらしてまで、アデライードを領地に迎え入れることはできないとうのはわかる。だが結局、敢えてアデライードを不遇のままにしておくことで、レイノークス家が中央に対する野心のないことを示していたわけで、ユリウスが継いでからのレイノークス伯家が、アデライードの孤独の犠牲の上に成り立ってきたのは間違いのないことだ。
「しかし……殿下、西の女王家の姫君が、あれほどの力を秘めているとは、寡聞にも聞いておりませんでした。……今回のように、殿下ご自身にまで危険が及ぶようなことがありますのなら……」
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