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7、帰郷

偽のつがい

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 割り当てられた豪華な寝室で、見るからに疲れ切っているアデライードを先に寝台に入らせて、恭親王は一人、二、三、カイトからの報告を受けたり、指示を与えたり、あるいはいくつか持ち込んだ書類の処理をしたりして過ごす。

 ふと、昨日ユリウスから聞いた、イフリート家の歴史が頭をよぎる。

(泉を守る火蜥蜴サラマンダーか……)

 属性が火ということは、〈陽〉の気を持つのだろう。〈陰〉の気を持つ女王家の龍種と魅かれあっても不思議ではない。もし、魔族なのだとすれば、魔力を持ち、また子が生まれにくいというのも納得だ。

(龍と蜥蜴トカゲは、近い。龍と蛇の間で起こるようなことが、起きないとも限らない)

 二年前の南方の戦で、甥の廉郡王れんぐんのうがその地の旧王家の娘と恋に落ちてしまったけれど、その娘には魔蛇が憑依していた。つがいを作る習性を持ちながら、雌の龍種とめぐり合うことが禁じられている彼ら雄の龍種は、ごくまれに蛇や蜥蜴等の魔族を番と誤認してしまうことがあるという。交われば交わるほど、互いを蝕み合う偽の番。彼らの〈気〉が打ち消し合って、子は無事には生まれず、また生まれた子はアルベラのように〈王気〉を持たないというのは、あり得ることだと思われた。

(だが……我ながらあまりにもとっぴな発想だな)

 こんなこと、誰かに話しても鼻で笑われて終わりである。
 しかし、イフリート家が女王の偽の番であるとすれば、女王家の者とその正真の番である東の龍種との〈聖婚〉を、イフリート家が頑なに拒むのもわかる。

(ただ、イフリート公爵はそういうのとはまた、違うことを考えていそうだ。それに、偽であれ番だとするならば、この世から銀の龍種を消し去ろうというのも、平仄ひょうそくが合わない)

 やはり単なる突飛な思いつきなのか。
 恭親王は黒髪をガシガシと左手で掻き毟った。情報が断片的過ぎて、考えが纏まらない。

(まあ、イフリート家が蜥蜴だろうが、イモリだろうが、どうでもいいのだがな)

 とにかく無尽蔵に湧いてくる〈黒影〉を何とかしたい。これから地の利の薄い西の国での動いていかねばならないのを、〈黒影〉に悩まされたくなかった。だが、〈黒影〉の本拠地に乗り込んで探らせようにも、カイトの配下の者はあくまで東方での隠密活動に適するよう、訓練された者だ。容姿も何もかも、東方の色が濃過ぎで、潜入してもバレてしまうだろう。

 恭親王は溜息をつく。〈黒影〉も、ユリウスが薦める新しい妻も、そしてサウラも――。

 ようやくただれた生活から足を洗って、真っ当な人生を歩もうと思うそばから、それを邪魔しようとする者たちの、何と多いことか。

 恭親王は左手を出して聖剣を呼び出す。夜の、魔力灯の明かりを弾いて、流麗な刃紋がぎろりと光る。

(天と陰陽よ――。この剣を与えられた者として、アデライードを守る。どうかそれに、力を貸し給え)

 しばらく、その剣を見つめるうちに、彼の心は少し凪いだ。恭親王は剣を左手に納め、妻の眠る寝台へと足を向けた。






 四つ脚の豪華な天蓋に覆われた寝台に、アデライードは横たわっていた。淡く光る魔力灯の薄明りに、アデライードの細い身体のラインが浮かび上がる。そっと起こさないように隣に滑り込み、そのぬくもりを感じながら背後から抱き締めると、触れたところから甘い〈王気〉が流れ込んでくる。

(――今夜は我慢だな……)

 そんな風に思いながら、薔薇の香りのする甘い髪に顔を埋め、すーはーとその香りを堪能していると、アデライードがポツリと言った。

「……でん、か?」
「すまない、起こしてしまったか?」
「ううん……眠れ、なくて……」
 
 ごろんと寝がえりをうって、アデライードが恭親王の方を向き、彼の背中に腕を回してぎゅっとしがみついた。

「寒いのか?」
「ううん……そうじゃなくて……怖くて……」
「怖い?」

 恭親王はどこか頼りない妻を抱きしめて言った。十年ぶりの帰郷だというのに、アデライードは特に喜んでいるようには見えなかった。ユリウスの要請もあって決めた里帰りだが、恭親王としてはアデライードに喜んでもらいたくて、多少の無理をしても入れた予定だ。正直に言って、アデライードの反応の薄さに少しばかり拍子抜けしていた。あまりに幼い時に故郷を離れたので、故郷という気がしないのかもしれない。
 
 ――だが、怖い、というなら話は別だ。
 アデライードは何か、この土地に嫌な思い出でもあるのか。

「アデライード、私はあなたに良かれと思って里帰りしたのだが、もしや、故郷に嫌な思い出でも……」
 
 腕の中でアデライードがふぁさふぁさと首を振る。

「違います……でも……なんだか、不安で……怖い……」

 アデライードは何か、理由のわからない不安に襲われているらしい。華奢な身体を抱きしめながら、恭親王が言う。

「アデライード……もし……辛いようなら、理由をつけてソリスティアに帰るが……」
 
 アデライードが恭親王にさらにぎゅっと抱きつく。

「違う……の。帰ってこられたのは、嬉しい……でも、……怖い……」

 腕の中で身じろぎしたアデライードが、至近距離で彼を見上げながら、尋ねる。

「……今日は、しないの?」
「いや、疲れているようだし……その……」
「殿下は、わたしが好きで好きで、一晩たりとも我慢できないって、昨夜おっしゃった」
「確かにそうだ。でも、我慢しなければならないときは、我慢するよ」
「我慢できる程度には、嫌いになっちゃった……?」
「そんな馬鹿な……」

 恭親王は思わずアデライードをじっと見つめる。腕の中から、アデライードも彼を見つめているのがわかる。触れているだけで、彼を惑わす甘い甘い〈王気〉が循環する。正直に言えば、髪の香りを嗅いだだけで、彼の分身は立ち上がっていたのだ。

「でも、疲れているのだろう。無理強いは、したくない」

 額に軽く口づけながら言うだけでも、彼の理性は吹っ飛びそうになっている。それでも――今夜は我慢するつもりだったのだが――。

「怖いの……いつものように、してはくださらないの? 殿下にもっと、近づきたい。抱きしめられて、何もわからなくなって、怖いのを忘れたい……」

 そんな甘いことを強請られて、彼の分身がずくりと一気に膨張した。彼のなけなしの理性が、音を立ててガラガラと崩壊する。

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