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6、新年の宴

襲撃

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 宴の間、副傅のゾーイと筆頭侍従武官のゾラは、護衛として恭親王の座の斜め後ろに控え、彼らの少し前、アデライードの御座のすぐ後ろには護衛の女騎士としてアリナが立ち、不測の事態に備えていた。

 広間全体の警備は総督府付きの騎士に任命されたユーエルが、また賓客の安全はアートが、そして広間の外の警備はテムジンが担当し、総督府全体の警備はソリスティア出身の騎士を中心にバランシュが担当する。さらに、恭親王の周辺はカイトらの隠密が警護する。そういう何重もの警備体制を敷き、また総督府に仕える下働きを含めても全て、身元調査は厳重に行っていた。普段であれば、総督府内には蟻の子一匹入り込む余地はない。

 しかし、世の中に絶対はない。
 総督府外から多くの賓客が詰めかける宴席は、外部からの刺客が潜り込むには格好のチャンスとなる。どれだけ警戒しても警戒しすぎるということはなかった。ゾーイとゾラは長年の付き合いと騎士としての勘により、一見何事もないように座っていた恭親王の微かな仕草から、主が近づいてくる召使の男を警戒していることに気づき、次の瞬間にはすぐさま行動に移していた。

 召使の男が盆を投げつけてアデライードに襲いかかった時、二人の護衛は剣を抜いてすでに恭親王らの御座近くまで走り込んでいて、アリナはその後ろ姿を見て慌てて二人の後に続く。アリナの出足が遅れたのは、恭親王と過ごした時間が短く、彼女は主の警戒を察知できなかったからだ。

 アリナは男の狙いがアデライードであると気づき、わが身の迂闊さに歯噛みした。
 間に合わない――。

 恭親王ならば、襲撃に反応して躱すことができるだろうが、姫様には無理だ――。
 アリナは一瞬の何分かの一の間に、敵の刃に斃れるアデライードを幻視していた。

 ピギャー!
 ガシャーン!

 投げつけられた盆やグラス、酒が御座にぶつかって砕け散り、黒い鷹はそれを逃れて空中に飛び上がった。甲高い鳴き声を上げ、バサバサと黒い羽根をまき散らして羽ばたきする。 
 アデライードの背丈を超える大きな椅子の背もたれを超える高さまで、赤い血しぶきが噴き上がる。
 姫様――。

 女とはいえ騎士にあるまじきことながら、アリナは一瞬、その双眸を閉じてしまう。だが――。

 勇気を奮って目を開いたアリナの前にあったのは、総督の左手の剣が男の心臓を貫いている光景であった。




 恭親王はマントを翻して投げつけられた酒器や盆を素早くかわし、御座から立ちあがってアデライードの正面に庇うように移動していた。そして左手の掌を男に向けてかざし、そのまま聖剣を呼び出す。掌から飛び出した聖剣はまっすぐ男の心の臓に吸い込まれていく。聖剣が男の心臓を貫くより前に、驚異的な速さでアデライードの前まで走り込んだゾラが、男が振りかぶった匕首あいくちを右手首ごと剣で薙ぎ払っていた。アリナが目にした血しぶきはそれだ。

 カラン、とタイル敷きの床の上に、匕首を握ったままの男の手首が落ちて音を立てる。
 手首を失い、串刺しにされた男はしばらくその場に仁王立ちしていたが、ごぽっと音を立てて口から血泡を噴き出すと、そのまま頽れるように両膝をついた。

 反対側には、やはり走り込んだゾーイが剣を構えて素早く周囲を警戒する。そこへもう一人の男が走り出て、懐から小刀を出して一直線に恭親王に向かうが、どこからともなく飛んできた短刀が男の肩に突き刺さり、バランスを崩したところでゾーイが袈裟懸けに斬って捨てる。
 
 串刺しにされ、膝をついた男はすでに絶命していたが、剣を握る恭親王は秀麗な眉一つ動かさず、口元には優雅な笑みさえ浮かべたままだ。アリナが咄嗟とっさに、ゾラの背後でただ茫然と動けないでいるアデライードの前に立ち塞がり、自身のマントを拡げてアデライードの視界を遮る。その動きを目の端に入れて、恭親王が満足気に薄い唇の口角をわずかに上げた。

 アデライードの安全が確保できたと見て、恭親王は目の前で串刺しにされた男から聖剣を抜いた。ぶわっと盛大に血しぶきが飛び散る。その一瞬、引き裂かれた衣服の隙間から、恭親王は男の心臓のあたりに、焔に包まれる赤い蜥蜴トカゲの入れ墨を目にする。

 恭親王はマントをうまく捌いて自身を返り血から守ったが、その血しぶきは直近にいたヴェスタ侯爵ヴィルジニオと、その妹ベルナデットに降りかかった。

 殺人現場を間近で目にし、状況が理解できないのか硬直していたいたベルナデットは、血の雨をまともに被って数秒後、絹を引き裂くような悲鳴をあげて失神し、ばったりと床に倒れてしまう。ヴィルジニオもまた驚愕のあまり立ち尽くしていたが、妹の悲鳴に驚いたかのように無様に尻もちをついてがたがたと震え始める。妹を助けるところではない。

 ベルナデットの凄まじい悲鳴の後、凍り付いたような静寂が広がり、数秒後、広間全体は女の悲鳴や陶器の割れる音、怒号が沸き起こるが、それを恭親王が一喝した。
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