44 / 170
6、新年の宴
宴のはじまり
しおりを挟む
大広間に現れた総督夫妻の麗しさは、事前に売りに出された肖像以上で、列席する者たちはいずれも息を飲んで陶然と見惚れた。壇上中央に置かれた豪華な肘掛椅子に、まず総督のエスコートでアデライードが腰を下ろし、続いて恭親王が黒いマントを華麗に捌いて悠然と座る。その肩に黒い鷹が舞い降りた。
「総督にして恭親王殿下と、妃殿下に拝礼!」
トルフィンが帝国風の独特の抑揚で声をかけると、賓客たちは一斉に頭を下げる。恭親王が右手を上げて合図すると、トルフィンの指示で賓客は席に就くことが許された。やがて杯が配られ、酒が回る。正傅であるゲルが杯を持って壇に近づき、乾杯の挨拶をして宴が開始された。
アデライードが聖地を出て、女王国の側の貴族たちの前に出るのはこれが初めてである。
ユウラ女王の唯一の姫ながら幼少から聖地に閉じこめられた王女は、西の貴族たちの同情を集めてはいたが、イフリート公爵の強大な権力の前では、王女をナキアに迎えようと提案することは危険すぎた。このまま、あたら若い花が萎れるままに聖地で一生を終えるかと思われた王女は、〈聖婚〉によって東の皇子の妻となり、さらに唯一の〈王気〉持ち、正統なる女王の唯一の後継者として、西の玉座を要求しているのだ。そこにはイフリート家を排除するという、帝国と〈禁苑〉の思惑が絡んでいるものの、無力であった王女は、今やソリスティア十万の兵と宗教権威の後ろ盾を持つ、女王候補へと変身を遂げた。むしろ、イフリート公爵の娘として、将来の女王位を約束されていたはずのナキアの王女こそ、〈王気〉という龍種の証を持たぬ偽りの女王として、〈禁苑〉より糾弾を受ける身に転落したのだ。
白金色の髪と翡翠色の瞳という、始祖女王以来の女王家の特徴を示す輝くばかりの美貌は、存在するだけでその場の注目を集める。どこか儚げな雰囲気と、控えめな装飾の清廉な衣裳は、まさに天から降り立った月の精霊ディアーヌの再来であった。隣りに座る恭親王の端麗な容姿と、そのまま一対の神像のようにも見えて、改めてこの度の〈聖婚〉の夫婦の、太陽と月が並び立つような姿に、女王国ばかりか帝国の使者たちも感嘆の溜息をもらす。
皇帝よりの正使である大鴻臚卿ブライエ公爵が、結婚の承認の詔勅を読み上げ、アデライードを一品親王妃に叙す証としての玉飾冠を奉る。アデライードは言われていた通り、目だけで礼をしてその儀式は終わった。続いて東の皇后よりの結婚の祝いが並べられる。東の豪華な絹織物、螺鈿の楽器や道具、南方の珍しい香料、珊瑚、真珠、瑪瑙などの宝石たち。アデライードからの返礼として用意されていたのは、西方の特産である繊細なボビンレースのショール、西方の意匠が織り込まれた絨毯、西方の乳香、紅玉や緑玉の豪華な装飾品、そして豪華な金泥の施された手書きの彩色の『聖典』。もちろん、事前にセルフィーノと相談の上、恭親王が準備させたものである。
アデライードはいつの間にか、そんなものまで準備していた夫に驚いた。アデライードに負担をかけまいとの心遣いではあろうが、何もかもお膳立てされ、雛壇の上の人形のように飾り立てられるだけの自分が少し、情けない。
(仕方がないわ……何にも、できないんだもの。昨夜も「ガツン」を魔法の言葉だと勘違いしていたし、とにかく余計なことをしないで、座っていればいいと言われて当然だわ)
続いて、陰陽宮代表のメイローズが進み出て、今回の〈聖婚〉が〈聖剣の大婚〉であることを告げ、〈聖剣〉が本物であると保証する、と述べた。恭親王が立ち上がり、数歩前に出て左手を前に出す。掌から長大な剣が出現し、恭親王はそれを大広間の床に挿して、一同に示した。
どよめきが、大広間を揺るがせる。
どういう仕組みなのか。
呼び出した恭親王自身が不思議でしようがないのだから、誰にもわからない。
出てくるはずもない場所から出てきた剣の美しさに皆、度肝を抜かれ、ただただ〈聖剣〉を見つめるのみ。
ユリウスは年末の宴の際に実見済みであるが、エイロニア侯爵も、ユリウスの妻のイリスも、ヴェスタ侯爵とその妹ベルナデットも、〈聖剣〉と、それを掌から取り出した総督を、半ば口を開いて茫然と見る。とくにベルナデットは、はじめて直に見る恭親王の美貌と聖剣の神秘に、すっかりのぼせ上がってしまった。
「総督にして恭親王殿下と、妃殿下に拝礼!」
トルフィンが帝国風の独特の抑揚で声をかけると、賓客たちは一斉に頭を下げる。恭親王が右手を上げて合図すると、トルフィンの指示で賓客は席に就くことが許された。やがて杯が配られ、酒が回る。正傅であるゲルが杯を持って壇に近づき、乾杯の挨拶をして宴が開始された。
アデライードが聖地を出て、女王国の側の貴族たちの前に出るのはこれが初めてである。
ユウラ女王の唯一の姫ながら幼少から聖地に閉じこめられた王女は、西の貴族たちの同情を集めてはいたが、イフリート公爵の強大な権力の前では、王女をナキアに迎えようと提案することは危険すぎた。このまま、あたら若い花が萎れるままに聖地で一生を終えるかと思われた王女は、〈聖婚〉によって東の皇子の妻となり、さらに唯一の〈王気〉持ち、正統なる女王の唯一の後継者として、西の玉座を要求しているのだ。そこにはイフリート家を排除するという、帝国と〈禁苑〉の思惑が絡んでいるものの、無力であった王女は、今やソリスティア十万の兵と宗教権威の後ろ盾を持つ、女王候補へと変身を遂げた。むしろ、イフリート公爵の娘として、将来の女王位を約束されていたはずのナキアの王女こそ、〈王気〉という龍種の証を持たぬ偽りの女王として、〈禁苑〉より糾弾を受ける身に転落したのだ。
白金色の髪と翡翠色の瞳という、始祖女王以来の女王家の特徴を示す輝くばかりの美貌は、存在するだけでその場の注目を集める。どこか儚げな雰囲気と、控えめな装飾の清廉な衣裳は、まさに天から降り立った月の精霊ディアーヌの再来であった。隣りに座る恭親王の端麗な容姿と、そのまま一対の神像のようにも見えて、改めてこの度の〈聖婚〉の夫婦の、太陽と月が並び立つような姿に、女王国ばかりか帝国の使者たちも感嘆の溜息をもらす。
皇帝よりの正使である大鴻臚卿ブライエ公爵が、結婚の承認の詔勅を読み上げ、アデライードを一品親王妃に叙す証としての玉飾冠を奉る。アデライードは言われていた通り、目だけで礼をしてその儀式は終わった。続いて東の皇后よりの結婚の祝いが並べられる。東の豪華な絹織物、螺鈿の楽器や道具、南方の珍しい香料、珊瑚、真珠、瑪瑙などの宝石たち。アデライードからの返礼として用意されていたのは、西方の特産である繊細なボビンレースのショール、西方の意匠が織り込まれた絨毯、西方の乳香、紅玉や緑玉の豪華な装飾品、そして豪華な金泥の施された手書きの彩色の『聖典』。もちろん、事前にセルフィーノと相談の上、恭親王が準備させたものである。
アデライードはいつの間にか、そんなものまで準備していた夫に驚いた。アデライードに負担をかけまいとの心遣いではあろうが、何もかもお膳立てされ、雛壇の上の人形のように飾り立てられるだけの自分が少し、情けない。
(仕方がないわ……何にも、できないんだもの。昨夜も「ガツン」を魔法の言葉だと勘違いしていたし、とにかく余計なことをしないで、座っていればいいと言われて当然だわ)
続いて、陰陽宮代表のメイローズが進み出て、今回の〈聖婚〉が〈聖剣の大婚〉であることを告げ、〈聖剣〉が本物であると保証する、と述べた。恭親王が立ち上がり、数歩前に出て左手を前に出す。掌から長大な剣が出現し、恭親王はそれを大広間の床に挿して、一同に示した。
どよめきが、大広間を揺るがせる。
どういう仕組みなのか。
呼び出した恭親王自身が不思議でしようがないのだから、誰にもわからない。
出てくるはずもない場所から出てきた剣の美しさに皆、度肝を抜かれ、ただただ〈聖剣〉を見つめるのみ。
ユリウスは年末の宴の際に実見済みであるが、エイロニア侯爵も、ユリウスの妻のイリスも、ヴェスタ侯爵とその妹ベルナデットも、〈聖剣〉と、それを掌から取り出した総督を、半ば口を開いて茫然と見る。とくにベルナデットは、はじめて直に見る恭親王の美貌と聖剣の神秘に、すっかりのぼせ上がってしまった。
11
お気に入りに追加
223
あなたにおすすめの小説
【R18】隣のデスクの歳下後輩君にオカズに使われているらしいので、望み通りにシてあげました。
雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向け33位、人気ランキング146位達成※隣のデスクに座る陰キャの歳下後輩君から、ある日私の卑猥なアイコラ画像を誤送信されてしまい!?彼にオカズに使われていると知り満更でもない私は彼を部屋に招き入れてお望み通りの行為をする事に…。強気な先輩ちゃん×弱気な後輩くん。でもエッチな下着を身に付けて恥ずかしくなった私は、彼に攻められてすっかり形成逆転されてしまう。
——全話ほぼ濡れ場で小難しいストーリーの設定などが無いのでストレス無く集中できます(はしがき・あとがきは含まない)
※完結直後のものです。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
[R18] 18禁ゲームの世界に御招待! 王子とヤらなきゃゲームが進まない。そんなのお断りします。
ピエール
恋愛
R18 がっつりエロです。ご注意下さい
えーー!!
転生したら、いきなり推しと リアルセッ○スの真っ最中!!!
ここって、もしかしたら???
18禁PCゲーム ラブキャッスル[愛と欲望の宮廷]の世界
私って悪役令嬢のカトリーヌに転生しちゃってるの???
カトリーヌって•••、あの、淫乱の•••
マズイ、非常にマズイ、貞操の危機だ!!!
私、確か、彼氏とドライブ中に事故に遭い••••
異世界転生って事は、絶対彼氏も転生しているはず!
だって[ラノベ]ではそれがお約束!
彼を探して、一緒に こんな世界から逃げ出してやる!
カトリーヌの身体に、男達のイヤラシイ魔の手が伸びる。
果たして、主人公は、数々のエロイベントを乗り切る事が出来るのか?
ゲームはエンディングを迎える事が出来るのか?
そして、彼氏の行方は•••
攻略対象別 オムニバスエロです。
完結しておりますので最後までお楽しみいただけます。
(攻略対象に変態もいます。ご注意下さい)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる