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5、言葉で言わなきゃ
不潔
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翡翠色の瞳にありありと浮かぶ非難の眼差しに、覚悟していたこととはいえ、実際に冷たい視線を向けられれば、恭親王の心にぐっさりと突き刺さる。
「ちょっと待ってくれ、アデライード! 愛しているのはあなただけだっ」
「……つまり、愛してもいない相手とあんな……天と陰陽に対する冒瀆です!」
そこまで言われてようやく、これは妬いているのではなく、愛のないセックスをしたことを詰られているのだと気づく。
「……アデライード、そんなことを言われても、しょうがないだろう。私はあなたに出会うまで、誰も愛したことなどないんだから」
「わたしは、殿下がわたしのことを愛してるっておっしゃるから、だから……。愛してもいない相手とあんなことできるなんて、そんな人だと思わなかった。最低。あっちいって!」
不信そうに下から見上げてくる翡翠色の瞳の揺らぎと、アデライードが初めて垣間見せた素直な感情に、恭親王はどきどきする。アデライードが怒ってくれたというのは、全くの無関心よりはマシだとは思うものの、怒る方向が彼の予想とかなり違う。
不潔。最低。あっちいけ。
愛する者から罵倒されている絶望に心が砕けそうだが、ここで落ち込んでもどうにもならない。
(落ち着け、どうでもいいとか言われるよりは、うんとマシだ。怒られて当然なのだから……。しかし……)
以前の正室は、懐妊した側室を折檻して、赤子もろとも死に至らしめる程激怒したという。
アデライードが嫉妬心を暴走させるタイプでないこと、懐妊した側室ではなくて、懐妊させた彼自身に怒りを向けてくれる真っ当な性格であることを、恭親王はこれ以上ないほど有り難く思う。有り難く思わねばならないと、強いて冷静に自らに言い聞かせる。
だがしかし、他の女と寝たことではなく、愛してもいない女と寝たことが許せないというのは、これは要するに……。
(じゃあ、私が他の女を愛しているのなら、その女と寝てるのはオッケーなのか?それってつまり、私のことなど、別に愛していないっていうことじゃ……)
ぐるぐると、どうしてもネガティブな方向に思考が向いてしまう恭親王が、無言で固まっている隙に、アデライードは彼の腕の中から逃れようと身を捩る。愛されていないのかも、との考えが過れば過るほど、アデライードを手放すことに恐怖すら感じて、もがくアデライードの細い手首を片手でひとまとめにし、空いたもう一方の腕を細い身体に回してがっちりと拘束する。白金色の髪から、芳しい薔薇の香りが鼻腔をくすぐる。
「やだっ……殿下なんか嫌い、最低!離して……痛い……」
「だめだ。離したら逃げてしまうじゃないか。……逃がさないと言ったはずだ。アデライード」
嫌い、とか、最低、とか、ひどい言葉がぐっさぐっさと心を抉るが、ここで怯んだら負けだと、恭親王は一層、力を込めてアデライードを抱きすくめ、アデライードが苦し気にぎゅっと瞑った目じりに口づけて、言った。
「他の女に子ができたなんて話、あなたが怒るのは当たり前だ。申し訳ないと思うし、それに対する罵倒は甘んじて受ける。散々に罵ってくれて構わない。でも……正直に言って、あなたの怒っているポイントがわからないのだが……」
「痛い、から……逃げないから、少し緩めて……」
アデライードはがんじがらめに抱きしめられて、身を竦めながら、恭親王の腕の中で懇願するのに、恭親王は慌てて強く握っていた手首の拘束を緩める。
「殿下は……わたしのことが好きだから、我慢できないからするって……だから、他の人が好きなら、その人とするのもしょうがないと思うけど……赤ちゃんができるようなことをしておきながら、その人のことは別に好きじゃないって……好きでもない相手と、あんなことをするなんて、ひどい!」
アデライードの論理を聞いて、恭親王は眉を顰める。
「……その、私が他の女を好きなら、寝てもいいのか?」
それに対して、アデライードは何を今さら、というような顔であっさりと言った。
「だって、人を好きになっちゃうのは、仕方がないでしょう?」
「ふ、二股でも?」
「ふたまた?」
「その、一度に違う相手二人と付き合うって意味だけど」
アデライードは抵抗をやめ、不思議そうに尋ねる。
「だって、男の方は何人もの奥さんを好きになるのでしょう?お父様にもお兄様にも、何人も奥様がいらっしゃる。どの人も同じように好きだから、みんなで仲良くするのよって、お母様が……」
恭親王は予想外の答えに目を丸くする。
「え……つまり、何人もの妻を、同じように平等に愛せって?それであなたは構わないのか?」
恭親王の驚愕の様子を、アデライードはきょとんとした顔で見上げている。
「男の方はそういうものなんでしょう?だから、殿下がそのご側室がお好きなら……仕方がないと思うけど、好きでもないなら、なんでって……わたしも、シウリンも、あなたも好きだから……二人同時に好きになっても、おかしなことじゃないと、思うし……」
そう言われて、恭親王は心臓をぶっとい錐で一突きされるような衝撃を受けた。
「ちょっと待ってくれ、アデライード! 愛しているのはあなただけだっ」
「……つまり、愛してもいない相手とあんな……天と陰陽に対する冒瀆です!」
そこまで言われてようやく、これは妬いているのではなく、愛のないセックスをしたことを詰られているのだと気づく。
「……アデライード、そんなことを言われても、しょうがないだろう。私はあなたに出会うまで、誰も愛したことなどないんだから」
「わたしは、殿下がわたしのことを愛してるっておっしゃるから、だから……。愛してもいない相手とあんなことできるなんて、そんな人だと思わなかった。最低。あっちいって!」
不信そうに下から見上げてくる翡翠色の瞳の揺らぎと、アデライードが初めて垣間見せた素直な感情に、恭親王はどきどきする。アデライードが怒ってくれたというのは、全くの無関心よりはマシだとは思うものの、怒る方向が彼の予想とかなり違う。
不潔。最低。あっちいけ。
愛する者から罵倒されている絶望に心が砕けそうだが、ここで落ち込んでもどうにもならない。
(落ち着け、どうでもいいとか言われるよりは、うんとマシだ。怒られて当然なのだから……。しかし……)
以前の正室は、懐妊した側室を折檻して、赤子もろとも死に至らしめる程激怒したという。
アデライードが嫉妬心を暴走させるタイプでないこと、懐妊した側室ではなくて、懐妊させた彼自身に怒りを向けてくれる真っ当な性格であることを、恭親王はこれ以上ないほど有り難く思う。有り難く思わねばならないと、強いて冷静に自らに言い聞かせる。
だがしかし、他の女と寝たことではなく、愛してもいない女と寝たことが許せないというのは、これは要するに……。
(じゃあ、私が他の女を愛しているのなら、その女と寝てるのはオッケーなのか?それってつまり、私のことなど、別に愛していないっていうことじゃ……)
ぐるぐると、どうしてもネガティブな方向に思考が向いてしまう恭親王が、無言で固まっている隙に、アデライードは彼の腕の中から逃れようと身を捩る。愛されていないのかも、との考えが過れば過るほど、アデライードを手放すことに恐怖すら感じて、もがくアデライードの細い手首を片手でひとまとめにし、空いたもう一方の腕を細い身体に回してがっちりと拘束する。白金色の髪から、芳しい薔薇の香りが鼻腔をくすぐる。
「やだっ……殿下なんか嫌い、最低!離して……痛い……」
「だめだ。離したら逃げてしまうじゃないか。……逃がさないと言ったはずだ。アデライード」
嫌い、とか、最低、とか、ひどい言葉がぐっさぐっさと心を抉るが、ここで怯んだら負けだと、恭親王は一層、力を込めてアデライードを抱きすくめ、アデライードが苦し気にぎゅっと瞑った目じりに口づけて、言った。
「他の女に子ができたなんて話、あなたが怒るのは当たり前だ。申し訳ないと思うし、それに対する罵倒は甘んじて受ける。散々に罵ってくれて構わない。でも……正直に言って、あなたの怒っているポイントがわからないのだが……」
「痛い、から……逃げないから、少し緩めて……」
アデライードはがんじがらめに抱きしめられて、身を竦めながら、恭親王の腕の中で懇願するのに、恭親王は慌てて強く握っていた手首の拘束を緩める。
「殿下は……わたしのことが好きだから、我慢できないからするって……だから、他の人が好きなら、その人とするのもしょうがないと思うけど……赤ちゃんができるようなことをしておきながら、その人のことは別に好きじゃないって……好きでもない相手と、あんなことをするなんて、ひどい!」
アデライードの論理を聞いて、恭親王は眉を顰める。
「……その、私が他の女を好きなら、寝てもいいのか?」
それに対して、アデライードは何を今さら、というような顔であっさりと言った。
「だって、人を好きになっちゃうのは、仕方がないでしょう?」
「ふ、二股でも?」
「ふたまた?」
「その、一度に違う相手二人と付き合うって意味だけど」
アデライードは抵抗をやめ、不思議そうに尋ねる。
「だって、男の方は何人もの奥さんを好きになるのでしょう?お父様にもお兄様にも、何人も奥様がいらっしゃる。どの人も同じように好きだから、みんなで仲良くするのよって、お母様が……」
恭親王は予想外の答えに目を丸くする。
「え……つまり、何人もの妻を、同じように平等に愛せって?それであなたは構わないのか?」
恭親王の驚愕の様子を、アデライードはきょとんとした顔で見上げている。
「男の方はそういうものなんでしょう?だから、殿下がそのご側室がお好きなら……仕方がないと思うけど、好きでもないなら、なんでって……わたしも、シウリンも、あなたも好きだから……二人同時に好きになっても、おかしなことじゃないと、思うし……」
そう言われて、恭親王は心臓をぶっとい錐で一突きされるような衝撃を受けた。
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