上 下
40 / 170
5、言葉で言わなきゃ

不潔

しおりを挟む
 翡翠色の瞳にありありと浮かぶ非難の眼差しに、覚悟していたこととはいえ、実際に冷たい視線を向けられれば、恭親王の心にぐっさりと突き刺さる。

「ちょっと待ってくれ、アデライード! 愛しているのはあなただけだっ」
「……つまり、愛してもいない相手とあんな……天と陰陽に対する冒瀆です!」

 そこまで言われてようやく、これは妬いているのではなく、愛のないセックスをしたことを詰られているのだと気づく。

「……アデライード、そんなことを言われても、しょうがないだろう。私はあなたに出会うまで、誰も愛したことなどないんだから」
「わたしは、殿下がわたしのことを愛してるっておっしゃるから、だから……。愛してもいない相手とあんなことできるなんて、そんな人だと思わなかった。最低。あっちいって!」

 不信そうに下から見上げてくる翡翠色の瞳の揺らぎと、アデライードが初めて垣間見せた素直な感情に、恭親王はどきどきする。アデライードが怒ってくれたというのは、全くの無関心よりはマシだとは思うものの、怒る方向が彼の予想とかなり違う。
 
 不潔。最低。あっちいけ。

 愛する者から罵倒されている絶望に心が砕けそうだが、ここで落ち込んでもどうにもならない。

(落ち着け、どうでもいいとか言われるよりは、うんとマシだ。怒られて当然なのだから……。しかし……)

 以前の正室は、懐妊した側室を折檻せっかんして、赤子もろとも死に至らしめる程激怒したという。
 アデライードが嫉妬心を暴走させるタイプでないこと、懐妊した側室ではなくて、懐妊させた彼自身に怒りを向けてくれる真っ当な性格であることを、恭親王はこれ以上ないほど有り難く思う。有り難く思わねばならないと、強いて冷静に自らに言い聞かせる。

 だがしかし、他の女と寝たことではなく、愛してもいない女と寝たことが許せないというのは、これは要するに……。

(じゃあ、私が他の女を愛しているのなら、その女と寝てるのはオッケーなのか?それってつまり、私のことなど、別に愛していないっていうことじゃ……)

 ぐるぐると、どうしてもネガティブな方向に思考が向いてしまう恭親王が、無言で固まっている隙に、アデライードは彼の腕の中から逃れようと身を捩る。愛されていないのかも、との考えが過れば過るほど、アデライードを手放すことに恐怖すら感じて、もがくアデライードの細い手首を片手でひとまとめにし、空いたもう一方の腕を細い身体に回してがっちりと拘束する。白金色の髪から、芳しい薔薇の香りが鼻腔をくすぐる。

「やだっ……殿下なんか嫌い、最低!離して……痛い……」
「だめだ。離したら逃げてしまうじゃないか。……逃がさないと言ったはずだ。アデライード」

 嫌い、とか、最低、とか、ひどい言葉がぐっさぐっさと心を抉るが、ここで怯んだら負けだと、恭親王は一層、力を込めてアデライードを抱きすくめ、アデライードが苦し気にぎゅっと瞑った目じりに口づけて、言った。

「他の女に子ができたなんて話、あなたが怒るのは当たり前だ。申し訳ないと思うし、それに対する罵倒は甘んじて受ける。散々に罵ってくれて構わない。でも……正直に言って、あなたの怒っているポイントがわからないのだが……」
「痛い、から……逃げないから、少し緩めて……」

 アデライードはがんじがらめに抱きしめられて、身を竦めながら、恭親王の腕の中で懇願するのに、恭親王は慌てて強く握っていた手首の拘束を緩める。

「殿下は……わたしのことが好きだから、我慢できないからするって……だから、他の人が好きなら、その人とするのもしょうがないと思うけど……赤ちゃんができるようなことをしておきながら、その人のことは別に好きじゃないって……好きでもない相手と、あんなことをするなんて、ひどい!」

 アデライードの論理を聞いて、恭親王は眉を顰める。

「……その、私が他の女を好きなら、寝てもいいのか?」

 それに対して、アデライードは何を今さら、というような顔であっさりと言った。

「だって、人を好きになっちゃうのは、仕方がないでしょう?」
「ふ、二股でも?」
「ふたまた?」
「その、一度に違う相手二人と付き合うって意味だけど」

 アデライードは抵抗をやめ、不思議そうに尋ねる。

「だって、男の方は何人もの奥さんを好きになるのでしょう?お父様にもお兄様にも、何人も奥様がいらっしゃる。どの人も同じように好きだから、みんなで仲良くするのよって、お母様が……」

 恭親王は予想外の答えに目を丸くする。

「え……つまり、何人もの妻を、同じように平等に愛せって?それであなたは構わないのか?」

 恭親王の驚愕の様子を、アデライードはきょとんとした顔で見上げている。

「男の方はそういうものなんでしょう?だから、殿下がそのご側室がお好きなら……仕方がないと思うけど、好きでもないなら、なんでって……わたしも、シウリンも、あなたも好きだから……二人同時に好きになっても、おかしなことじゃないと、思うし……」

 そう言われて、恭親王は心臓をぶっとい錐で一突きされるような衝撃を受けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【R18】隣のデスクの歳下後輩君にオカズに使われているらしいので、望み通りにシてあげました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向け33位、人気ランキング146位達成※隣のデスクに座る陰キャの歳下後輩君から、ある日私の卑猥なアイコラ画像を誤送信されてしまい!?彼にオカズに使われていると知り満更でもない私は彼を部屋に招き入れてお望み通りの行為をする事に…。強気な先輩ちゃん×弱気な後輩くん。でもエッチな下着を身に付けて恥ずかしくなった私は、彼に攻められてすっかり形成逆転されてしまう。 ——全話ほぼ濡れ場で小難しいストーリーの設定などが無いのでストレス無く集中できます(はしがき・あとがきは含まない) ※完結直後のものです。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

王女の朝の身支度

sleepingangel02
恋愛
政略結婚で愛のない夫婦。夫の国王は,何人もの側室がいて,王女はないがしろ。それどころか,王女担当まで用意する始末。さて,その行方は?

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

5人の旦那様と365日の蜜日【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
気が付いたら、前と後に入ってる! そんな夢を見た日、それが現実になってしまった、メリッサ。 ゲーデル国の田舎町の商人の娘として育てられたメリッサは12歳になった。しかし、ゲーデル国の軍人により、メリッサは夢を見た日連れ去られてしまった。連れて来られて入った部屋には、自分そっくりな少女の肖像画。そして、その肖像画の大人になった女性は、ゲーデル国の女王、メリベルその人だった。 対面して初めて気付くメリッサ。「この人は母だ」と………。 ※♡が付く話はHシーンです

処理中です...