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2、銀龍の孤独

記憶の部屋

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 恭親王の助言を得て、アデライードはアリナの魔力制御と棒術の訓練の他に、マニ僧都から放出系魔法の訓練を受けることになった。
 アデライードの居間で彼女の向かい側の椅子に座ったマニ僧都が言う。

「そういう訓練を太陰宮で受けていないとはね。ちょっと驚いたよ」
「一度、訓練中に事故があって……巻き沿いで亡くなった人も出たのです」

 アデライードは金色の睫毛を伏せた。魔力制御の訓練中に刺客に襲われ、動揺したアデライードの魔法が暴発し、近くにいた修道女が犠牲になったのだ。アデライード自身は咄嗟にエイダが庇って事なきを得た。それ以来、修道院での魔法の訓練は禁止になった。

「そうなのか。今は魔力量も半端ないから、もし暴発すると大変なことになるよ。気持ちを落ち着かせて、焦らないようにね」
「はい」

 マニ僧都はそう言うと、ごくごく初等の放出魔法の訓練から始める。
 まず紙に描かれた魔法陣から魔法を起動させることから始め、詠唱により魔法陣を現出させてそこから魔法を起動させることまで、ちょっとした物理攻撃から身を守る防御魔法まではあっさりとできた。

 もともと、聖地に入る以前は少しずつそういう訓練もしており、念話と目くらましくらいは習得していたのだった。――修道院の生活で、そういうものは全て忘れてしまっていたけれど。

「基本的なところは問題ないね。この、放出系の魔法っていうのは、どれだけ強い魔力を持っていても、ダメな人はてんでダメなんだ。例えば、殿下の魔力はものすごく強いけれど、魔法陣一つ起動させることができない。やはり陰の魔力は放出系と相性がいいんだね。――では、問題の、受け継いだ記憶の中から、必要な魔法を取り出すことだけど――記憶というのはとても繊細なものなんだ。うかつに弄ると記憶が壊れてしまうこともあるし、あなたの精神が影響を受ける可能性もある。まず、どういう風にユウラからその記憶を受け取った?」
 
 マニ僧都の言葉に、アデライードは白く細い人差し指を顎にあてて、首を傾げる。

「――あれは、お母様が亡くなる三年ほど前のことで――ですから、わたしが十二の年です。お母様は体調を崩し気味になって、魔力量が減退したのです。それで、これ以上魔力量が減ると、夢問いもできなくなるからと、少し早いけれどわたしに全ての記憶を譲渡すると言われました。お母様が夢の中でわたしに銀色に輝く鍵のようなものを渡してくださいました。それを私が受け取ると、わたしの夢の中に古い扉が現れたのです。ですが、今はまだ封印がかかっているから扉は開かない、結婚して、封印が解かれれば鍵は開く、と言ったのです」

 マニ僧都は青い目を見開いて興味深げに話を聞いている。

「なるほど――つまり、記憶は箱のようなものではなくて、巨大な部屋か、そういうものに入ったイメージで譲渡されたわけだ。……それで、結婚した後で、その記憶を探りにその部屋に入った?」
「はい……でも……」

 アデライードは俯いた。

「鍵はすでに開いていて、中に入ることはできましたが、部屋の中は茫洋としていて、しかも中がうすぼんやりして見えないのです。どちらに進んでいいのかもわからないし……」

 それでも勇気を奮って中に踏み込めば、簡単な念話や目くらましのような魔法の魔法陣はそのあたりに浮かんでいて取り出すことができたが、他はさっぱりなのだという。
 その話を聞いたマニ僧都はふむふむと頷く。

「なるほど……その辺に浮いている魔法陣というのは、ありきたりな、今さっき取り出したようなやつだな。そういうのは魔力が少ない女王でも使用できるから、すぐに手に入る場所に入っているのだろう。……それに、ユウラから伝えられている記憶は、何も魔法陣だけじゃないんだろう?」
「はい。お母様は、始祖女王以来のすべての記憶が入っているというのですけれど……どうやって入っているのか、さっぱり」
「ユウラは取り出し方を説明してはくれなかったの?」
「……記憶の譲渡を辛うじて終えたところで、お母様の魔力が切れてしまいました。また、夢問いに来るとおっしゃっていましたが、その後は一度も……。おそらく、体調が悪くなって、聖地まで夢問いできる魔力がなくなったのではないかと」

 本来ならば、記憶の譲渡と合わせて、譲渡された膨大な記憶の扱い方も伝授されるはずだが、ユウラ女王の体調の悪化によってそれは叶わなかったのだ。

 マニ僧都は目を閉じて少し考えていた。彫の深い顔に、剃り上げた頭部。少し尖った顎に右手をあてて、思索する。

「……まず思うに、アデライードは実際の生活経験が非常に乏しいから、イメージに欠けるのだろうね。放出系の魔法の胆は、イメージだよ。その魔法の起こす効果を明確にイメージしながら詠唱するんだ。魔力が強ければ詠唱も必要ないが、効果がイメージできなければ、どれだけの魔力を込めても発動しない。アデライード、まず、その記憶はどんな形をして、どんな入れ物に入っていると思う?どんな風に並び、どんなふうに出し入れされると思う?」

 アデライードは困ったように眉尻を下げる。記憶が入っている入れ物など、考えもつかなかった。

「……伯父様は、心当たりありますか?」

 アデライードの問いに、マニが微笑んだ。

「当たっているかはわからないけれど、やってみる価値はあると思うね。そうと決まれば早速行こう」
 
 翡翠色の瞳をぱちぱちと瞬きしているアデライードを急かすようにして、マニはアデライードを自室から連れ出した。
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