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1、女王の器
蜜月の甘い沼に溺れて
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冬至の結婚から新年にかけて、蜜月期間として取っていた休暇を終えると、恭親王には総督としての大量の仕事が圧し掛かった。ソリスティアの行政に関わる業務は引き続き副総督のエンロンに任せ、恭親王はイフリート公爵らアルベラ派との戦争準備のための、様々な仕事に忙殺される。しかし、鬱陶しい事務仕事に追われながら、気を抜けば鼻歌の一つも歌いだしそうな主に、ハッキリ言って周囲は呆れていたし、自分でも浮かれすぎと思いながらも、どうしても地に足がつかない恭親王であった。
朝目覚めたら、同じベッドでアデライードが寝ている。いまだに、これは夢ではないかと思う。彼女の白金色の髪は彼の腕を枕にしてもたせかかり、花びらのような愛らしい唇を少しだけ開いて、長い金色の睫毛が伏せられて白い頬に翳を作っている。その真珠のように滑らかな頬に恐る恐る指先で触れ、ようやく夢ではないことを確かめ、しみじみと幸福を噛みしめる。
ついで、昨夜の彼女の痴態を思い出し、しばし淫靡な夢に浸る。
そうして、アデライードの髪から漂う薔薇の甘い香りを精一杯吸い込んでから、アデライードを甘い声で揺り起こすのだ。
目覚めたアデライードの、澄んだ翡翠色の瞳が再び彼の欲を煽るが、彼はそんなことはおくびにも出さずに、シーツにくるんだアデライードを抱き上げて浴室に向かう。
朝は必ず、彼自身でアデライードの身体を洗い上げることにしていた。
別にスケベ心で風呂に入れているわけではなく――スケベ心の存在を否定はしない――アデライードの肌に万一、彼の精がついていたりすると、平民であるリリアやアンジェリカにどんな影響が出るかわからない。それ故に、龍種の責任として、自ら洗っているのである。
タイル張りの浴槽の縁にアデライードを腰掛けさせて、全身くまなくねっとりと洗う。アデライードが恥ずかしいから自分で洗うと言い張るのを、宥め、すかし、脅して洗いまくる。朝の光の中、滑らかで肌理の細かい白い肌がお湯を弾いていく。神殿で禊をする女神のように清楚で、触れるのも躊躇われるほど神聖で、それでいて彼の欲を根こそぎ惹きつけてしまうほど、淫らで美しい。これを見て欲情しなければもう、男として終わっているだろうと思う。それを言い訳にするわけではないが、沸き上がる劣情に流されるまま、朝から風呂場で行為に至ってしまうことも多い。寝台の上以外で、また明るい場所での行為をアデライードは恥じらって嫌がるけれど、アデライードが抵抗できなくなるほど彼女をぐずぐずに蕩かす手段など、いくらでもある。結局、いつもアデライードは恭親王の手管の前にあっさり陥落してしまうのだ。
その後、もう一度隅から隅まで洗い上げる必要があるから異様な長風呂になる。当然、アンジェリカたちも風呂場での乱行に気づいていて、朝食の席でアンジェリカから射殺さんばかりの視線で睨まれて、恭親王の一日は始まるのであった。
朝の仕事は書類の決裁と、ソリスティア領内の商人や、近隣の小領主との接見が主だ。欲の皮が突っ張った狸親父との面談ばかりでイライラするが、アデライードに〈王気〉を補給してもらった右耳の翡翠を撫でながら、なんとかやり過ごす。昼食は汁麺一杯啜って、そのまま軍の視察に出かけるか、軍の幹部や財務官らを招集した会議だ。ここで提出される会計書類、数字に強い恭親王に言わせると、くだらない間違いが多すぎてキレそうになるのだが、
「ここでお説教に時間を使うと、アデライード様とのお茶の時間が減りますよ」
とのトルフィンの言葉に、淡々と間違いを指摘して作り直しを命じるに留める。
午後の休憩には、「エールライヒに餌をやる」を口実にアデライードを呼び出し、できる限り一緒にすごす。本来、恭親王は間食のために休憩を取るという習慣がなかったのだが、少しでもアデライードと過ごす時間を作りたくて、お茶の時間を設けることにしたのだ。昼間に無理してでも時間を作らないと、夜の寝室でしか会う時間が取れない。
現在アデライードは封印を解いたばかりで魔力制御が不安定である。アリナから制御方法は学んでいるが、まだ万全ではない。アリナから棒術も学んでいるアデライードは、初めて会った時よりも、幾分体力もついていたが、それでも身の内に蓄える膨大な魔力を制御するには些か頼りない状態だ。彼が制御を手助けすることで、アデライードの体調はようやく維持されていると言っても過言ではない。そのためにも、時間の許す限りアデライードの傍にいる必要があった。
休憩の後、ゾーイやゾラと剣の鍛錬を行い、午後の書類仕事を大車輪で片づけ、あるいはマニ僧都から西の政体や宗教政策について講義を受けた後、アデライードとの夕食に滑り込む。夕食前までにその日のノルマが全て終わっていれば、夕食後はアデライードと二人っきりで甘い時間を過ごすことができる――今のところ、デレデレに甘いのは恭親王一人で、アデライードは犬のようにじゃれつく夫を持て余しているのだが。
が、夕食までにノルマが終わらなかった場合は悲惨である。後ろ髪を引かれるように執務室に戻り、アデライードとの夜を夢想しながら、残りの書類をやっつけなければならない。そんな日は仕事が終われば飛ぶように、彼女の寝室に直行する。トルフィンに言わせれば、背中に羽が見えるらしい。
寝室だと妙なスイッチが入ってしまうのか、全く自制が効かない。すでに就寝の用意が済んで、寝る前の香草茶などを飲んでいるアデライードに突進し、抱きしめ、侍女たちの目もはばかることなく、ちゅ、ちゅと顔中にキスの雨を降らせる。猛る欲望のままに、アデライードを寝台に引きずり込もうとして、アンジェリカに止められるなんてこと、しょっちゅうだ。
「いくらなんでも、がっつき過ぎです!落ち着いてください!」
安定剤代わりに熱い葡萄酒か、蒸留酒を寝酒に出され、それを飲み終わるまでは寝室に粘る侍女たちに監視されて、二人っきりになるのをジリジリと待たされる。ぱたん、と侍女が退出して扉が閉まると同時にアデライードに圧し掛かり、「愛してる、愛してる」と熱に浮かされるように耳元で囁きながら、強引に行為に及ぼうとする恭親王に対し、天井裏のカイトが「この猴が!」と舌うちしていることも知らず、アデライードの吸い付くような肌と、折れそうな肢体に我を忘れて溺れていく。ただ、流されるように彼を受け入れるしかないアデライードの、どこか頼りない、いとけない風情すら、彼の欲を煽るだけだ。
アデライードと身体を繋げ、舌を絡めて唇を貪り、指を絡めてお互いの〈王気〉を交わせば、繋がり合ったところから互いの〈王気〉が溶けあい、体内を巡って、喩えようもない甘さに酔い痴れる。
何度抱いても飽きたらない、まだ足りないという強烈な飢餓感。充たされて、そして同時に飢えている不思議。
アデライードの中に己の欲を吐き出し、甘く乱れた吐息を交わしながらじゃれ合う。いつしか、アデライードは慣れぬ行為に疲れ切り、彼の腕に頭を預けて長い睫毛に覆われた瞼を閉じ、規則正しい寝息を立てている。大きな掌をアデライードの滑らかな二の腕に這わせ、そのまま腰の曲線を辿る。吸い付くような感触と流れ込む〈王気〉に、心がざわめく。閉じられた瞼に唇を置き、そのまま頬、耳朶、首筋へと流れていくと、再び欲望が燃え盛ってくる。
もう一度貪りたい衝動をぐっと堪え、恭親王はアデライードを抱きしめる。
彼女以外は、何もいらない――。
アデライードとの未来を守るために、彼は兵を率いて戦わなければならないのだが、せめて今しばらく、甘く蕩けるような平安にどっぶりと溺れていたかった。
朝目覚めたら、同じベッドでアデライードが寝ている。いまだに、これは夢ではないかと思う。彼女の白金色の髪は彼の腕を枕にしてもたせかかり、花びらのような愛らしい唇を少しだけ開いて、長い金色の睫毛が伏せられて白い頬に翳を作っている。その真珠のように滑らかな頬に恐る恐る指先で触れ、ようやく夢ではないことを確かめ、しみじみと幸福を噛みしめる。
ついで、昨夜の彼女の痴態を思い出し、しばし淫靡な夢に浸る。
そうして、アデライードの髪から漂う薔薇の甘い香りを精一杯吸い込んでから、アデライードを甘い声で揺り起こすのだ。
目覚めたアデライードの、澄んだ翡翠色の瞳が再び彼の欲を煽るが、彼はそんなことはおくびにも出さずに、シーツにくるんだアデライードを抱き上げて浴室に向かう。
朝は必ず、彼自身でアデライードの身体を洗い上げることにしていた。
別にスケベ心で風呂に入れているわけではなく――スケベ心の存在を否定はしない――アデライードの肌に万一、彼の精がついていたりすると、平民であるリリアやアンジェリカにどんな影響が出るかわからない。それ故に、龍種の責任として、自ら洗っているのである。
タイル張りの浴槽の縁にアデライードを腰掛けさせて、全身くまなくねっとりと洗う。アデライードが恥ずかしいから自分で洗うと言い張るのを、宥め、すかし、脅して洗いまくる。朝の光の中、滑らかで肌理の細かい白い肌がお湯を弾いていく。神殿で禊をする女神のように清楚で、触れるのも躊躇われるほど神聖で、それでいて彼の欲を根こそぎ惹きつけてしまうほど、淫らで美しい。これを見て欲情しなければもう、男として終わっているだろうと思う。それを言い訳にするわけではないが、沸き上がる劣情に流されるまま、朝から風呂場で行為に至ってしまうことも多い。寝台の上以外で、また明るい場所での行為をアデライードは恥じらって嫌がるけれど、アデライードが抵抗できなくなるほど彼女をぐずぐずに蕩かす手段など、いくらでもある。結局、いつもアデライードは恭親王の手管の前にあっさり陥落してしまうのだ。
その後、もう一度隅から隅まで洗い上げる必要があるから異様な長風呂になる。当然、アンジェリカたちも風呂場での乱行に気づいていて、朝食の席でアンジェリカから射殺さんばかりの視線で睨まれて、恭親王の一日は始まるのであった。
朝の仕事は書類の決裁と、ソリスティア領内の商人や、近隣の小領主との接見が主だ。欲の皮が突っ張った狸親父との面談ばかりでイライラするが、アデライードに〈王気〉を補給してもらった右耳の翡翠を撫でながら、なんとかやり過ごす。昼食は汁麺一杯啜って、そのまま軍の視察に出かけるか、軍の幹部や財務官らを招集した会議だ。ここで提出される会計書類、数字に強い恭親王に言わせると、くだらない間違いが多すぎてキレそうになるのだが、
「ここでお説教に時間を使うと、アデライード様とのお茶の時間が減りますよ」
とのトルフィンの言葉に、淡々と間違いを指摘して作り直しを命じるに留める。
午後の休憩には、「エールライヒに餌をやる」を口実にアデライードを呼び出し、できる限り一緒にすごす。本来、恭親王は間食のために休憩を取るという習慣がなかったのだが、少しでもアデライードと過ごす時間を作りたくて、お茶の時間を設けることにしたのだ。昼間に無理してでも時間を作らないと、夜の寝室でしか会う時間が取れない。
現在アデライードは封印を解いたばかりで魔力制御が不安定である。アリナから制御方法は学んでいるが、まだ万全ではない。アリナから棒術も学んでいるアデライードは、初めて会った時よりも、幾分体力もついていたが、それでも身の内に蓄える膨大な魔力を制御するには些か頼りない状態だ。彼が制御を手助けすることで、アデライードの体調はようやく維持されていると言っても過言ではない。そのためにも、時間の許す限りアデライードの傍にいる必要があった。
休憩の後、ゾーイやゾラと剣の鍛錬を行い、午後の書類仕事を大車輪で片づけ、あるいはマニ僧都から西の政体や宗教政策について講義を受けた後、アデライードとの夕食に滑り込む。夕食前までにその日のノルマが全て終わっていれば、夕食後はアデライードと二人っきりで甘い時間を過ごすことができる――今のところ、デレデレに甘いのは恭親王一人で、アデライードは犬のようにじゃれつく夫を持て余しているのだが。
が、夕食までにノルマが終わらなかった場合は悲惨である。後ろ髪を引かれるように執務室に戻り、アデライードとの夜を夢想しながら、残りの書類をやっつけなければならない。そんな日は仕事が終われば飛ぶように、彼女の寝室に直行する。トルフィンに言わせれば、背中に羽が見えるらしい。
寝室だと妙なスイッチが入ってしまうのか、全く自制が効かない。すでに就寝の用意が済んで、寝る前の香草茶などを飲んでいるアデライードに突進し、抱きしめ、侍女たちの目もはばかることなく、ちゅ、ちゅと顔中にキスの雨を降らせる。猛る欲望のままに、アデライードを寝台に引きずり込もうとして、アンジェリカに止められるなんてこと、しょっちゅうだ。
「いくらなんでも、がっつき過ぎです!落ち着いてください!」
安定剤代わりに熱い葡萄酒か、蒸留酒を寝酒に出され、それを飲み終わるまでは寝室に粘る侍女たちに監視されて、二人っきりになるのをジリジリと待たされる。ぱたん、と侍女が退出して扉が閉まると同時にアデライードに圧し掛かり、「愛してる、愛してる」と熱に浮かされるように耳元で囁きながら、強引に行為に及ぼうとする恭親王に対し、天井裏のカイトが「この猴が!」と舌うちしていることも知らず、アデライードの吸い付くような肌と、折れそうな肢体に我を忘れて溺れていく。ただ、流されるように彼を受け入れるしかないアデライードの、どこか頼りない、いとけない風情すら、彼の欲を煽るだけだ。
アデライードと身体を繋げ、舌を絡めて唇を貪り、指を絡めてお互いの〈王気〉を交わせば、繋がり合ったところから互いの〈王気〉が溶けあい、体内を巡って、喩えようもない甘さに酔い痴れる。
何度抱いても飽きたらない、まだ足りないという強烈な飢餓感。充たされて、そして同時に飢えている不思議。
アデライードの中に己の欲を吐き出し、甘く乱れた吐息を交わしながらじゃれ合う。いつしか、アデライードは慣れぬ行為に疲れ切り、彼の腕に頭を預けて長い睫毛に覆われた瞼を閉じ、規則正しい寝息を立てている。大きな掌をアデライードの滑らかな二の腕に這わせ、そのまま腰の曲線を辿る。吸い付くような感触と流れ込む〈王気〉に、心がざわめく。閉じられた瞼に唇を置き、そのまま頬、耳朶、首筋へと流れていくと、再び欲望が燃え盛ってくる。
もう一度貪りたい衝動をぐっと堪え、恭親王はアデライードを抱きしめる。
彼女以外は、何もいらない――。
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