上 下
5 / 170
1、女王の器

〈禁苑〉の走狗

しおりを挟む
 明確に告げられた事実に、アルベラは血が出そうなほど唇を噛みしめた。

「暗殺なんて、そんなっ! わたしは、別に彼女を殺したいなんて思ってないわ!」
「イフリート公爵は殺すつもりだったろう。――現に、聖地にも刺客を送って、彼女と総督を殺そうとした」
「そんなのっ! お父様がそんなこと、なさるはずがないわ! それも月蝕祭の時にだなんて、言いがかりよ!」

 アルベラが叫んだ。数か月前、王女と総督の暗殺未遂を理由に、イフリート家は〈禁苑〉から破門を突き付けられたのだ。

「残念ながら、実際に総督ら一行を襲撃した者には、あの時ギュスターブ公子の護衛として聖地入りしていた騎士がいたのだ。よってギュスターブ殿の断罪は避けられぬし、イフリート家としても無関係とは言い切れぬ」

 イフリート公爵ウルバヌスは、全てを息子ギュスターブの仕業と押し付け、さらに〈禁苑〉に対して巨額の寄付を行うことで、辛うじて一族全ての破門を切り抜けた。今はまだ、〈禁苑〉との全面対決は時期尚早だという、ウルバヌスの判断である。ギュスターブの行方は捜索中だが、杳として知れない。

 暗殺に関与していないアルベラとしては、異母兄のギュスターブの軽挙が、イフリート家全体を破門の危機に陥れたという気分だったが、父のウルバヌスやアルベラが無関係ではないと思われても致し方ない。

「でも……お父様は……」

 圧倒的に不利な状況証拠に、アルベラは悔し涙を浮かべ、それでも父を信じていた。
 父は、高潔な人だ。
 常に、国と民のことを考えている。確かに、父はアルベラを即位させるためには、アデライードの暗殺も辞さないと言っていた。権力のためじゃない。国と、民のためだ。この国を〈禁苑〉や東の帝国の自由にさせるわけにいかない。でも、神聖な月蝕祭の最中に刺客を放つなんて、そんな卑怯なことを、父がするとはどうしても思えなかった。

「アルベラは、自分の父上だからそんな風に思うのだろうけど、アデライード姫にとって、イフリート公爵は命を狙ってくる怖い人にしか思えないだろうよ」
 
 シリルは枯草色の髪を振りながら、アルベラに言った。

「お父様は、……私利私欲のためにわたしの即位を要求しているわけじゃないわ。わたしだって、彼女が女王に相応しいのなら……でも、ずっと〈聖地〉で飼われて〈禁苑〉の犬になりさがったあの子に、女王なんて務まるわけないじゃない!」

 アルベラは十年前に一度だけ見た、妖精のような幼い従妹の姿を思い浮かべる。儚げで可憐で、今にも背中に羽根が生えて飛んでいってしまいそうだった。聖地で、俗世と無関係に育てられ、きっといまだに無垢で幼いままに違いない。よき女王たるべしと、常に努力してきたアルベラからすれば、十年間遊び暮らしてきた女に、女王位を掻っ攫われるなんて、許し難かった。

 それも、〈禁苑〉の言うままに東の皇子を夫に迎え、その武力を押し立てる形で。――〈狂王〉〈処女殺し〉と言われる、歪んだ性癖の男に純潔を捧げるその代償として、祖国の玉座を要求したのだ。

 シリルの持ち込んだ細密画ミニアチュールを見るまでは、アルベラもどこかで、アデライードは〈禁苑〉の駒として、〈狂王〉に捧げられた憐れな生贄だと同情していたのだ。カンダルハルの港まで続く松明たいまつのリレーを遠く見て、女王国の高貴な王女が、獣のような〈狂王〉に蹂躙されたのだと、自身の身に引き比べて恐怖に震えていた。

 だが――〈聖婚図〉に描かれた一対の恋人たちは、アルベラの同情心を打ち砕き、嘲笑うかのように幸福そうに微笑んでいる。

 どこから見ても非の打ち所のない二人が、さらに武力を持って西の女王位を要求する。〈禁苑〉の庇護と帝国の後ろ盾をこれ見よがしにちらつかせて、アルベラから全てを奪おうとする。

 王位も。国も。アルベラと父の、夢も。

 何の、ために――?
 アデライードはこの国がどうなってもいいというの?
 二千年間、先祖が守ってきた国の独立と尊厳をいとも簡単に譲り渡し、彼女は何を求めているというの――?

 女王は、〈王気〉を持つ龍種でなければならない。これは、二千年来の大原則だ。それを曲げて、アルベラ、あなたを女王にしようというのだ。はっきり言えば、非はこちらにある」
 
 テセウスの非情な言葉に、アルベラはついに決壊した。

「〈王気〉――!〈王気〉がなんだって言うの! もうたくさん! あたしだって、好きで〈王気〉を持たずに生まれたわけじゃないわ!そんな、どうにもならないこと、もうたくさん――!」
 
 ぶわっとこみ上げる涙を拭うこともせずにぶちまけるアルベラに、テセウスとシリルは慌てもせずになおも言った。

「わかっているよ、アルベラ。でも逆に言えば、アデライード姫だって好きで〈王気〉を持って生まれたわけじゃないって言うだろうさ。――そのおかげで、たった六歳で母親と引き離され、死に目はおろか、葬儀にも出られず、命を狙われて、東の皇子と結婚させられたんだよ。たまたま、その皇子が男前だっただけで」
「シリルの言う通りだ。だから、被害者ぶるのはやめろ」

 二人に言われて、アルベラははっとした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

憧れだった騎士団長に特別な特訓を受ける女騎士ちゃんのお話

下菊みこと
恋愛
珍しく一切病んでないむっつりヒーロー。 流されるアホの子ヒロイン。 書きたいところだけ書いたSS。 ムーンライトノベルズ 様でも投稿しています。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

友達と思ってた男が実はヤバいやつで、睡眠姦されて無理やり中出しされる女の子

ちひろ
恋愛
ひとりえっちのネタとして使える、すぐえっち突入のサクッと読める会話文SSです。 いっぱい恥ずかしい言葉で責められて、溺愛されちゃいます。

淫らなお姫様とイケメン騎士達のエロスな夜伽物語

瀬能なつ
恋愛
17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。 長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH! 途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!

媚薬を飲まされたので、好きな人の部屋に行きました。

入海月子
恋愛
女騎士エリカは同僚のダンケルトのことが好きなのに素直になれない。あるとき、媚薬を飲まされて襲われそうになったエリカは返り討ちにして、ダンケルトの部屋に逃げ込んだ。二人は──。

処理中です...