上 下
8 / 68
第一章 呪われた王子

藤の物語

しおりを挟む
 十八歳で士官学校を卒業した俺は、王都の陸軍に勤務することになった。オーランド伯爵の叙任され、郊外にオーランド邸を拝領し、王宮を出た。そのころ、第二王子ジョージの病状はかなり重く、王都を離れバールの離宮で療養に入る。王妃もバールで過ごすことが増えていた。

 俺とステファニーの関係は相変わらずだった。休みのたびにステファニーに呼び出され、オペラの昼興行マチネーや小規模な園遊会ガーデン・バーティ―、チャリティーの競馬といった、昼間の催しでのエスコートを要求された。

 ステファニーと一対一でも十分、面倒くさいのだが、ステファニーは社交デビュー前から取り巻きの令嬢を引き連れていから、ステファニーを信奉する女たちとの交流も強制された。とりわけ、親友格のシュタイナー伯爵令嬢ミランダ・コートウォールと、ミランダの恋人、ギルフォード侯爵子息アイザック・グレンジャー、ステファニーと俺の四人で、何度もダブルデートをさせられた。

 ミランダ嬢とアイザック・グレンジャーは婚約間際でラブラブなのだが、俺は別にステファニーが好きでも何でもないので、非常に居心地が悪いのだ。アイザック・グレンジャーはすっかり俺の友人気取りで、しかし話も合わず、退屈極まりない男だ。
 
 それでもまだ、ステファニーの社交デビュー前は比較的自由があった。夜会に行けば寄ってくる女もいて、後腐れのない相手と火遊びを繰り返した。要するに、ステファニーへのあてつけなので、ひどい話だが相手の顔も名前もほとんど覚えていない。

 当時の俺は女よりも、王都の貿易商バーナード・ハドソンが持ってくる、投資話に夢中だった。
 バーナードは士官学校の友人、ロベルト・リーンの後見人で、彼の姉のパトロンで、東洋との貿易で成功した商人だった。彼の持ってくる話は良心的で外れがなく、俺はそれで少し増やした資金を、ヤバイ投資話に突っ込んで大損したり、逆に一山当てたりして、少しずつ自分の自由になる金を増やしていた。身長も伸び、拳闘ボクシングで鍛えて物理的にはかなり強くなったが、バーナードと話していると、やはり世の中は金だと、俺は考えを改めた。

 バーナードは単なる金儲けが目的の商人ではなくて、東の果ての国、ヤパーネの文明に心酔し、東洋の美しいモノをたくさん、我が国に持ち込んだ。平面的な多色刷りの版画は、西の絵画に大きな革新をもたらしたし、上質な絹のテキスタイルはファッションにも東洋風オリエンタルブームを引き起こした。

 ある時、バーナード主催の文学の会とやらに招かれた。

 バーナードがそこで紹介したのは、なんと千年前に書かれたヤパーネの恋愛小説。しかも、作者は宮廷仕えの女官だという。バーナードはその長編小説をランデル語に翻訳した、ハートフォード大学の東洋学者を招き、出版記念と紹介を兼ねた催しを開いたのだ。

「それはどんな小説なの」

 友人のロベルトの問いに、見かけはあまり冴えない、翻訳した学者がしどろもどろに答える。

「ヤパーネ王が身分の低い女性に産ませた王子の、女性遍歴の物語です。ヤパーネの王家は二千年続いていて、一夫多妻なんです」
「つまり後宮ハーレムってことか?」

 俺の問いに、学者が首を傾げる。

「王にはもちろん、後宮があります。主人公の王子は王位には即きませんが、父親の妻と密通して生まれた子が王になります」

 ほかの客がざわついた。

「千年前の野蛮な異国の物語とはいえ、不道徳に過ぎないかね?」
「我々の価値観とは違います。宮廷生活には非常に高雅な美意識が貫かれているのです」

 不倫と高雅な美意識が同居する社会ってなんだよ、と俺は積んである革張りの翻訳本を手に取る。

「非常に長いので、まだ途中なのですよ。すべてを出版するには資金が足りなくて……」

 第三王子の俺が興味を示したのを見て、学者が必死に営業を始める。

「元の本はこういった、縦書きで糸綴じの書物で――」
「すごいな、あんたこれが読めるのか!」

 見たこともない異国の文字。俺が翻訳本をめくっていると、学者が横から言った。

「王子の物語なのですよ。……あ、その場面は、王子が後に最愛の妻となる、少女と出会った場面ですね。王子はまだ幼い少女に恋をして、彼女を誘拐して自分好みに教育を施して、後に妻にするんです」
「うぇ?」

 変な声が出た。

「それ、犯罪じゃないのか」
「結婚の形態が違いますので」

 主人公の王子は十七歳で十歳の幼女に恋をし、誘拐して自分の邸に連れ込み、少女が十四歳で妻にする。

「七歳差……」

 俺とエルシーの年の差も七歳。俺も父上が身分の低いローズに産ませた王子だし、許されるなら俺だってエルシーをさらったのに! しかも自分好みに教育? エルシーを理想の淑女に育て上げるだと?――そして十四歳で妻に? ということは俺が二十一? 今じゃないかよ!



 なんだその、理想郷のような小説は。




 俺は無意識にゴクリと唾を飲み込んでいた。俺の反応に気をよくした学者は、さらに俺の興味を煽るように、少しだけ声を落とす。

「その……彼女と初めて関係する場面が秀逸なのです。もちろん、あからさまな描写はないのですが、無垢だった少女は、突然、豹変した主人公のことが受け入れられず、翌朝、恥じらってベッドから出てこないのです」
「そ、その場面もあるのか?」
「いえ、それはまだ……出版する資金が不十分で――」
「……金は出す。今すぐ出版してくれ」

 俺はその場で、彼への援助を決断した。


 もっとも、俺たちの会話を横で聞いていたロベルトは、露骨に気味悪そうな表情をしていた。

「え、十歳? 誘拐でしょ、それ。やばくない?」

 誘拐するのは十歳だが、関係を持つのは数年後……俺は七歳のエルシーを抱く勇気はなかったけれど、十四歳のエルシーなら……。

「千年前の話だ。今とは価値観が違う。寿命も短いし、結婚する年齢だって早い。我が国だって、百年前なら十二、三で嫁に行っただろう」
「そうですけどー」

 ロベルトの母親は南国ロマンザの出身だそうだから、きっと東洋の高雅な趣味は理解しないのだ。
 きっとそうだ。俺が幼女趣味の変態なせいでは、断じてない。……たぶん。
 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【R18】寡黙で大人しいと思っていた夫の本性は獣

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
 侯爵令嬢セイラの家が借金でいよいよ没落しかけた時、支援してくれたのは学生時代に好きだった寡黙で理知的な青年エドガーだった。いまや国の経済界をゆるがすほどの大富豪になっていたエドガーの見返りは、セイラとの結婚。  だけど、周囲からは爵位目当てだと言われ、それを裏付けるかのように夜の営みも淡白なものだった。しかも、彼の秘書のサラからは、エドガーと身体の関係があると告げられる。  二度目の結婚記念日、ついに業を煮やしたセイラはエドガーに離縁したいと言い放ち――?   ※ムーンライト様で、日間総合1位、週間総合1位、月間短編1位をいただいた作品になります。

官能令嬢小説 大公妃は初夜で初恋夫と護衛騎士に乱される

絵夢子
恋愛
憧れの大公と大聖堂で挙式し大公妃となったローズ。大公は護衛騎士を初夜の寝室に招き入れる。 大公のためだけに守ってきたローズの柔肌は、護衛騎士の前で暴かれ、 大公は護衛騎士に自身の新妻への奉仕を命じる。 護衛騎士の目前で処女を奪われながらも、大公の言葉や行為に自分への情を感じ取るローズ。 大公カーライルの妻ローズへの思いとは。 恥辱の初夜から始まった夫婦の行先は? ~連載始めました~ 【R-18】藤堂課長は逃げる地味女子を溺愛したい。~地味女子は推しを拒みたい。 ~連載中~ 【R-18有】皇太子の執着と義兄の献身

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...