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【番外編】叢林の盧墓
父と、主と
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フエルの黒い瞳が見開かれる。全身に鳥肌が立って、瞬間、頭に血が上る。
「まさか!……いかにジーノさんと言えども、父を侮辱するのは――」
「わしとて信じたくはなかった。だが、我ら主従がベルンの北岸に虜囚となって連れ去られたのは知っておろう。あの時に、恭親王殿下は蛮族の首長と取引をなさった。我ら配下の命と引き換えに、自らの貴き御身を差し出そうと仰せになった」
フエルが言葉を失う。殿下が。皇子である殿下が。その身体を、蛮族の首長に?
龍種はまさに神の化身。貴種はその眷属であり、命にかけても龍種を守るために存在する。
その龍種の、聖なる身体を賤しき蛮族に差し出して、それによって配下が命を永らえるなど――。
「……もちろん、我らもお止めした。主君のために命を投げ出すのは臣下の務め。臣下のために主君が犠牲になるなど、古より未だ此くの如きこと非ざる、と。――だが、恭親王殿下は、我らのためではないと仰せになった。配下に死なれては、機会を盗んで帝都に逃れることもままならぬ。全ては自分たち皇子が助かるためのことだと」
フエルはようやく腑に落ちる。
恭親王の配下たち、ゲルも、ゾーイも、トルフィンも、あの不遜なゾラですら、恭親王に心酔し、生涯、お側を離れることはないと誓い、遠くソリスティアまで一人も欠けることなく従っている理由を。彼らは皆、主君に対して命の恩があるのだ。
「恭親王殿下はもとより、ご自身お一人だけを犠牲になさるおつもりであった。しかし、蛮族の首長はそれでは納得しなかった。残る二皇子、肅郡王殿下とわが主、成郡王殿下のお身体をも要求してまいった。それを恭親王殿下は、自分は慣れているから、自分一人だけですべて相手をすると仰せになった」
「慣れ、……てる?」
意味が分からずにポカンとするフエルを気の毒そうに見て、ジーノは続ける。
「殿下はさらに仰った。――そこのデュクトよりも下手くそだったら、馬鹿馬鹿しいから帰る、と。」
フエルの、頭に昇った血が一気に冷える。心臓が、ドクドクと早鐘を打つ。つまり、父と殿下との間に身体の関係があったと、殿下自らが認めたのだ。
「その後の、デュクト殿の懊悩は見ているこちらが辛くなるほどで、毎夜、殿下が首長の天幕に呼び出される度に、天幕の内で嫉妬に狂っていた。事が事だけに、慰めることも叶わぬし、我らはただ、見ているしかなかった」
「ちち……が」
辛うじて囁くように言うのがやっとのフエルから目を逸らし、ジーノは言う。
「殿下の方はデュクト殿に対して、甘いお気持ちはなかったようだ。むしろ、苦しむデュクト殿を見て、ほくそ笑んでいるようにわしには見えた。――まるで、復讐でもしているかのように」
復讐――。フエルの脳が、鈍器で殴られたかのような衝撃を受ける。蛮族に自らその身を差し出して、嫉妬に苦しむ父に復讐する。つまりそれは――。
「父が、殿下を犯したのですか?」
フエルの震える声に、ジーノは淡々と続ける。
「二人が関係がどういう切っ掛けから始まったかは知らぬ。だが、殿下がデュクト殿を疎んでおられれたのは、傍から見ても明らかだった。殿下の方から望んだ関係ではなかったと、わしは思う」
茫然と、ジーノを凝視しているフエルから目を逸らし、ジーノは溜息をつく。
「十四、五歳のころの恭親王殿下は、魔性にも魅入られそうなほどのお美しさであった。今から思えば、落馬事故の前のユエリン皇子も容貌はお美しかった。だが、傲慢さが外面に滲み出ていて、わしは好きにはなれなんだ。しかし、あの事故から復帰なさったユエリン皇子のお美しさと言ったら――。ただ美しいだけでなく、儚げで、何とも言えぬ憂いと色香を漂わせて、そのまま天に昇ってしまいそうであった。男でも、あの美しさに迷うのは、仕方のないことと思えるほど。だが、デュクト殿は他ならぬ、傅役だ。皇子を護り、正しき道に導くべき身。万一、皇子から関係を迫られても、それを突っぱねるべきが傅役じゃ。デュクト殿はその禁を犯した。その罪は重く、永久に消えぬと、わしは思う」
フエルは蒼白な顔で、震える両手を膝の上で握りしめる。ジーノは視線を逸らし、窓の外に広がる夏の庭を見て、続ける。
「だが、わしはずっと疑問に思っていた。それこそ、喉の奥に小骨がひっかかるように。――なぜ、デュクト殿が罪に犯したのか」
ジーノは再びフエルを見つめて言う。
「おぬしは皇太子の傅役を務めるソアレス家の出。傅役の何たるかを幼き日より叩き込まれておろう。傅役にとって、皇子は我が子も同じ。いや、我が子以上の存在。――わしにも息子が二人おるが、倅二人への執着はすでに無い。だが、成郡王殿下には、プルミンテルンの頂で再び相まみえたいと願ってやまぬ。だが、そこにあるのは神聖なる愛であって、醜い肉の欲など、芽生えるはずもない。――どの傅役も、そうであると思っていた。だからよけい、デュクト殿の行いが不思議であった」
ソアレス家の薫陶を受けたフエルにはわかる。すべては、皇子のために。――ソアレス家の者は、皇子の傅役となったその日から、親も、家族も、何もかも擲って皇子お一人に仕える。それこそが最大の誇りであり、喜びのはずだ。
「……正月に、あの狂ったシシルがゲル殿に突っかかった時、シウリンを返せとの言葉を聞いた時、わしは長年の疑問が氷解したように思うた。――皇子が入れ替わって、デュクト殿の歪んだ愛もそこから生じたのだと」
赤子の時から抱いて育てた皇子が死に、存在すら知らされていなかった双子が身代わりになる。名も、顔も同じ、だがしかし、それは彼が育てた皇子ではないのだ。
「十年前と言えば、殿下は十二歳。その歳まで、濁世の穢れも知らぬまま、生涯を天と陰陽への奉仕に捧げるべく生きてきた少年を無理に聖地から連れ出し、さらに天と陰陽が禁じた関係を強いる。慣れ親しんだ場所から引き離され、味方のいない後宮で、己を護るはずの傅役に犯された少年が、どれほど傷ついたか。なぜ、そんな非道を強いることができたのか。――それが愛ゆえであると言われても、わしは到底、赦すことはできぬ」
ジーノの厳しい糾弾に、フエルは何も言えず、ただじっとジーノの病で落ち窪んだ黒い瞳を見つめるしかない。その蒼白な表情を見て、ジーノはふと表情を和らげ、慰めるように言った。
「真実を知らせるのは残酷なこととは思うたが、そなたが何もしらぬままであれば、殿下にさらなる傷を負わせ、またそのことでおぬしも傷つくことになるやもしれぬ」
フエルは唇を噛んで下を向く。たしかに、ソリスティアで殿下からは謂れもなく遠ざけられたと、フエルは感じていた。殿下を庇って命を落とした父を、殿下が厭うことも理不尽だと思っていた。――だが、二人の間に許されざる関係があったとすれば、そしてそれが、殿下の望まぬものであったとすれば、父が憎まれるのは当然だ。
「ジーノさんは、僕はお側を辞すべきだと思われますか」
「……父の罪を、子が贖う謂れはない。――殿下が、おぬしを聖地の学院に入れたのは、デュクト殿によく似たおぬしを疎んだ故であろう。だが、殿下とて、おぬしに父の罪を償わせようというわけではないと、わしは思うがの」
「でも……」
「……おぬしは、デュクト殿ではない。おぬしが殿下と、デュクト殿の罪を越えた信頼を築くことができれば、負の連鎖は終わる。――殿下もご結婚なさって、表情も驚くほど穏やかになられた。過去の傷も、ある程度は乗り越えておられるとは思う。まったく、チャンスがないわけではないかもしれぬな。……今の殿下を目にすれば、成郡王殿下もさぞ、安堵なさることであろう」
フエルが不思議そうにジーノを見る。その表情に、ジーノが微笑んだ。
「わしの主、成郡王殿下は恭親王殿下とことにお仲がよろしかった。ベルンの北岸で、互いに肩を寄せ合うように、互いに守るように過ごしておられた。最後、殿下はただ、弟君の幸せだけを願って、泉下に旅立たれた。殿下は、弟君を深く愛しておられた故」
フエルは黒い瞳を見開いた。成郡王と、異母弟である恭親王との間にも、そんな関係が――?だが、ジーノは薄く微笑んで、わずかに首を振った。
「お二人の間にも関係はあった。だがそれは、魔物に奪われた魔力を〈補給〉し、成郡王殿下の命を繋ぎとめるための緊急の措置であった。だが、何者か、余計なことを皇后陛下に吹き込む者がいて、男色を疑われた恭親王殿下はお見舞いを禁じられてしまわれた。結局、ベルンの北岸から戻って、一度も再会は叶わぬまま、成郡王殿下は儚くおなりになった。最期に――恭親王殿下が片袖に書きつけられた手紙を握りしめるようにして――」
ジーノが、目を閉じる。その顔色は蝋のように青白く、死が、すぐそばまで来ているようだった。
「埋葬の時に、それが人目についてはと、柩にお入れすることできず、わしはその袖を殿下の手から取り去った。――あの袖だけは、プルミンテルンの峰におわす殿下にお持ちしたい。どうしても……僧籍にあるまじき執着とはわかっているが、……だが、あの最期の袖だけは――」
最後ほとんど聞き取れないほどの声で呟いて、ジーノは眠ってしまった。その微笑みは慈愛に満ち、かつての主、成郡王のもとに赴く日だけを心待ちにしていると、フエルは感じた。
あまりに重い告白に、フエルは疲れ切って部屋を後にする。
外にいた施療所の僧に一言告げ、よろよろと宿舎に辿り着くと、室内でルチアが待っていた。
「まさか!……いかにジーノさんと言えども、父を侮辱するのは――」
「わしとて信じたくはなかった。だが、我ら主従がベルンの北岸に虜囚となって連れ去られたのは知っておろう。あの時に、恭親王殿下は蛮族の首長と取引をなさった。我ら配下の命と引き換えに、自らの貴き御身を差し出そうと仰せになった」
フエルが言葉を失う。殿下が。皇子である殿下が。その身体を、蛮族の首長に?
龍種はまさに神の化身。貴種はその眷属であり、命にかけても龍種を守るために存在する。
その龍種の、聖なる身体を賤しき蛮族に差し出して、それによって配下が命を永らえるなど――。
「……もちろん、我らもお止めした。主君のために命を投げ出すのは臣下の務め。臣下のために主君が犠牲になるなど、古より未だ此くの如きこと非ざる、と。――だが、恭親王殿下は、我らのためではないと仰せになった。配下に死なれては、機会を盗んで帝都に逃れることもままならぬ。全ては自分たち皇子が助かるためのことだと」
フエルはようやく腑に落ちる。
恭親王の配下たち、ゲルも、ゾーイも、トルフィンも、あの不遜なゾラですら、恭親王に心酔し、生涯、お側を離れることはないと誓い、遠くソリスティアまで一人も欠けることなく従っている理由を。彼らは皆、主君に対して命の恩があるのだ。
「恭親王殿下はもとより、ご自身お一人だけを犠牲になさるおつもりであった。しかし、蛮族の首長はそれでは納得しなかった。残る二皇子、肅郡王殿下とわが主、成郡王殿下のお身体をも要求してまいった。それを恭親王殿下は、自分は慣れているから、自分一人だけですべて相手をすると仰せになった」
「慣れ、……てる?」
意味が分からずにポカンとするフエルを気の毒そうに見て、ジーノは続ける。
「殿下はさらに仰った。――そこのデュクトよりも下手くそだったら、馬鹿馬鹿しいから帰る、と。」
フエルの、頭に昇った血が一気に冷える。心臓が、ドクドクと早鐘を打つ。つまり、父と殿下との間に身体の関係があったと、殿下自らが認めたのだ。
「その後の、デュクト殿の懊悩は見ているこちらが辛くなるほどで、毎夜、殿下が首長の天幕に呼び出される度に、天幕の内で嫉妬に狂っていた。事が事だけに、慰めることも叶わぬし、我らはただ、見ているしかなかった」
「ちち……が」
辛うじて囁くように言うのがやっとのフエルから目を逸らし、ジーノは言う。
「殿下の方はデュクト殿に対して、甘いお気持ちはなかったようだ。むしろ、苦しむデュクト殿を見て、ほくそ笑んでいるようにわしには見えた。――まるで、復讐でもしているかのように」
復讐――。フエルの脳が、鈍器で殴られたかのような衝撃を受ける。蛮族に自らその身を差し出して、嫉妬に苦しむ父に復讐する。つまりそれは――。
「父が、殿下を犯したのですか?」
フエルの震える声に、ジーノは淡々と続ける。
「二人が関係がどういう切っ掛けから始まったかは知らぬ。だが、殿下がデュクト殿を疎んでおられれたのは、傍から見ても明らかだった。殿下の方から望んだ関係ではなかったと、わしは思う」
茫然と、ジーノを凝視しているフエルから目を逸らし、ジーノは溜息をつく。
「十四、五歳のころの恭親王殿下は、魔性にも魅入られそうなほどのお美しさであった。今から思えば、落馬事故の前のユエリン皇子も容貌はお美しかった。だが、傲慢さが外面に滲み出ていて、わしは好きにはなれなんだ。しかし、あの事故から復帰なさったユエリン皇子のお美しさと言ったら――。ただ美しいだけでなく、儚げで、何とも言えぬ憂いと色香を漂わせて、そのまま天に昇ってしまいそうであった。男でも、あの美しさに迷うのは、仕方のないことと思えるほど。だが、デュクト殿は他ならぬ、傅役だ。皇子を護り、正しき道に導くべき身。万一、皇子から関係を迫られても、それを突っぱねるべきが傅役じゃ。デュクト殿はその禁を犯した。その罪は重く、永久に消えぬと、わしは思う」
フエルは蒼白な顔で、震える両手を膝の上で握りしめる。ジーノは視線を逸らし、窓の外に広がる夏の庭を見て、続ける。
「だが、わしはずっと疑問に思っていた。それこそ、喉の奥に小骨がひっかかるように。――なぜ、デュクト殿が罪に犯したのか」
ジーノは再びフエルを見つめて言う。
「おぬしは皇太子の傅役を務めるソアレス家の出。傅役の何たるかを幼き日より叩き込まれておろう。傅役にとって、皇子は我が子も同じ。いや、我が子以上の存在。――わしにも息子が二人おるが、倅二人への執着はすでに無い。だが、成郡王殿下には、プルミンテルンの頂で再び相まみえたいと願ってやまぬ。だが、そこにあるのは神聖なる愛であって、醜い肉の欲など、芽生えるはずもない。――どの傅役も、そうであると思っていた。だからよけい、デュクト殿の行いが不思議であった」
ソアレス家の薫陶を受けたフエルにはわかる。すべては、皇子のために。――ソアレス家の者は、皇子の傅役となったその日から、親も、家族も、何もかも擲って皇子お一人に仕える。それこそが最大の誇りであり、喜びのはずだ。
「……正月に、あの狂ったシシルがゲル殿に突っかかった時、シウリンを返せとの言葉を聞いた時、わしは長年の疑問が氷解したように思うた。――皇子が入れ替わって、デュクト殿の歪んだ愛もそこから生じたのだと」
赤子の時から抱いて育てた皇子が死に、存在すら知らされていなかった双子が身代わりになる。名も、顔も同じ、だがしかし、それは彼が育てた皇子ではないのだ。
「十年前と言えば、殿下は十二歳。その歳まで、濁世の穢れも知らぬまま、生涯を天と陰陽への奉仕に捧げるべく生きてきた少年を無理に聖地から連れ出し、さらに天と陰陽が禁じた関係を強いる。慣れ親しんだ場所から引き離され、味方のいない後宮で、己を護るはずの傅役に犯された少年が、どれほど傷ついたか。なぜ、そんな非道を強いることができたのか。――それが愛ゆえであると言われても、わしは到底、赦すことはできぬ」
ジーノの厳しい糾弾に、フエルは何も言えず、ただじっとジーノの病で落ち窪んだ黒い瞳を見つめるしかない。その蒼白な表情を見て、ジーノはふと表情を和らげ、慰めるように言った。
「真実を知らせるのは残酷なこととは思うたが、そなたが何もしらぬままであれば、殿下にさらなる傷を負わせ、またそのことでおぬしも傷つくことになるやもしれぬ」
フエルは唇を噛んで下を向く。たしかに、ソリスティアで殿下からは謂れもなく遠ざけられたと、フエルは感じていた。殿下を庇って命を落とした父を、殿下が厭うことも理不尽だと思っていた。――だが、二人の間に許されざる関係があったとすれば、そしてそれが、殿下の望まぬものであったとすれば、父が憎まれるのは当然だ。
「ジーノさんは、僕はお側を辞すべきだと思われますか」
「……父の罪を、子が贖う謂れはない。――殿下が、おぬしを聖地の学院に入れたのは、デュクト殿によく似たおぬしを疎んだ故であろう。だが、殿下とて、おぬしに父の罪を償わせようというわけではないと、わしは思うがの」
「でも……」
「……おぬしは、デュクト殿ではない。おぬしが殿下と、デュクト殿の罪を越えた信頼を築くことができれば、負の連鎖は終わる。――殿下もご結婚なさって、表情も驚くほど穏やかになられた。過去の傷も、ある程度は乗り越えておられるとは思う。まったく、チャンスがないわけではないかもしれぬな。……今の殿下を目にすれば、成郡王殿下もさぞ、安堵なさることであろう」
フエルが不思議そうにジーノを見る。その表情に、ジーノが微笑んだ。
「わしの主、成郡王殿下は恭親王殿下とことにお仲がよろしかった。ベルンの北岸で、互いに肩を寄せ合うように、互いに守るように過ごしておられた。最後、殿下はただ、弟君の幸せだけを願って、泉下に旅立たれた。殿下は、弟君を深く愛しておられた故」
フエルは黒い瞳を見開いた。成郡王と、異母弟である恭親王との間にも、そんな関係が――?だが、ジーノは薄く微笑んで、わずかに首を振った。
「お二人の間にも関係はあった。だがそれは、魔物に奪われた魔力を〈補給〉し、成郡王殿下の命を繋ぎとめるための緊急の措置であった。だが、何者か、余計なことを皇后陛下に吹き込む者がいて、男色を疑われた恭親王殿下はお見舞いを禁じられてしまわれた。結局、ベルンの北岸から戻って、一度も再会は叶わぬまま、成郡王殿下は儚くおなりになった。最期に――恭親王殿下が片袖に書きつけられた手紙を握りしめるようにして――」
ジーノが、目を閉じる。その顔色は蝋のように青白く、死が、すぐそばまで来ているようだった。
「埋葬の時に、それが人目についてはと、柩にお入れすることできず、わしはその袖を殿下の手から取り去った。――あの袖だけは、プルミンテルンの峰におわす殿下にお持ちしたい。どうしても……僧籍にあるまじき執着とはわかっているが、……だが、あの最期の袖だけは――」
最後ほとんど聞き取れないほどの声で呟いて、ジーノは眠ってしまった。その微笑みは慈愛に満ち、かつての主、成郡王のもとに赴く日だけを心待ちにしていると、フエルは感じた。
あまりに重い告白に、フエルは疲れ切って部屋を後にする。
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