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12、古き神の名のもとに

古き神の名のもとに

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 夏至から一月強、女王国の西北辺境を守るルートガー辺境伯領からも、魔物の大発生を伝える急使がナキアに到着する。ガルシア辺境伯領からのそれは握りつぶしたウルバヌスだが、ルートガー家からの使者はナキアの王城の一角、元老院の議場に引き入れて状況を報告させた。
 中央に深紅の絨毯が敷き詰められ、それを挟むように、精緻な彫刻を施した赤い天鵞絨の座面の椅子が向き合って並ぶ重厚な議場、南側の一際高い壇上には、女王の玉座と執政長官インペラトールの椅子が置かれるが、今はどちらも無人であった。一段低い壇に、八人の執政官の座が並べられる。その中央に前々女王の夫君にして以前の執政長官であったイフリート公爵ウルバヌスは、まるでこの場の主であるというように座り、周囲を睥睨している。

 ルートガー辺境伯領からの使者は二人。一人は白髪交じりの老騎士で、もう一人は二十代の若い騎士。どちらも埃と泥にまみれた金属鎧に、すっかり草臥れた青いマントを羽織り、髭も伸びて表情に疲労の色が濃い。

 議席の間の絨毯を踏みしめて、二人の騎士は壇の前に進み、片膝をつく。

「遠路ご苦労であった。楽にせよ。――貴公らは西北辺境ルートガー辺境伯領の聖騎士で間違いないか」
 
 ウルバヌスが壇上から声をかけると、立ち上がった騎士二人のうち、年嵩の騎士が頷く。

それがしは西北辺境を守るルートガー辺境伯家に仕える聖騎士のニコラオスと申します。これなるはせがれのフィリッポス。ルートガー辺境伯ヨハネスの命を受け、当領地の苦境をお伝えすべく罷り越しました」
「話せ」
「は。――夏至の日に、始祖女王ディアーヌ陛下の結界が破れ、当領地にも魔物が大量に発生して流れ込んでまいりました。これまでも年に数匹の魔物は報告を受けており、また我らによって討伐してまいりましたが、同時にあれほどの数の魔物が発生したのは二千年来にも初めてのこと。とても当家の聖騎士だけで討伐しきれぬと、当主ヨハネスの判断でまずは領民の避難を優先し、我らはナキアへ事態を報告すべく馬を駆ってまいりました。聞けば、他領でも同様に魔物が発生し、ナキアにも救援を求めたのに、無下に扱われているとか。元老院の諸卿には、辺境の民の苦境を救うべく、即刻にも〈禁苑〉の助けを求めて――」
「あいや、待たれよ」

 ニコラオスと名乗る老騎士の長広舌を制してウルバヌスが周囲の貴族たちを見回す。

「魔物が――との噂を、辺境の騎士がばら撒いているのは聞いておる。だがその、夏至の日に破れたという始祖女王の結界とは、諸卿らは知っているか?」
 
 ウルバヌスの問いに、段上に居並ぶ執政官の一人、アリオス侯爵が言った。

「我は幼いころ、祖父より聞いたことがある。女王国が魔物の脅威より守られているのは、すべては始祖女王陛下の結界のおかげであると。だがそれは人の目には視えず、魔物もまた、二千年前に全て一掃されておると。もし始祖女王の結界があったとして、何故、今この時に破れるというのか?」

 アリオス侯爵の言葉を受け、壇の下に立つニコラオスが答える。

「女王の力は陰の力。それは夏至の日に最も弱まり申す。ここ二年、女王は空位でござった。それによって弱まっていた結界の力が、夏至の日にとうとう綻びたと、我々は考えておりまする」
「我ら元老院はアルベラ姫の登極をずっと、〈禁苑〉に求めておったのに、〈禁苑〉は自らの掣肘下にあるアデライード姫の即位を要求してアルベラ姫の即位を渋ったのだ。もし女王の空位が原因だとすれば、その責めは〈禁苑〉こそ負うべきであろう!」 
「しかしアルベラ姫は聞くところによりますれば、〈王気〉が――」

 言いかけたニコラオスの上から被せるように、ウルバヌスの威厳ある声が遮る。
 
「我らは〈禁苑〉の教えを奉じ、アルベラの即位を求めたがそれは叶えられなかった。その結果として、二年もの間、女王の玉座は虚しいままであった――それが、此度の魔物の禍を招いたと」

 ウルバヌスは背後の、座る者のいない豪華な玉座を一瞥し、再び議場に視線を戻す。

「魔物は、陰陽の和の乱れより発生すると『聖典』にはあるが、この冬の冬至に〈禁苑〉は陰陽を和すためと称し、アデライード姫と東の皇子の〈聖婚〉を強行した。――我ら、女王国の元老院の意向を無視する形で。その半年後だ!陰陽の和をなすべき〈聖婚〉こそが、陰陽の乱れを招いたのではないか?!」

 バン、と椅子の脇の卓に拳を叩きつけて、ウルバヌスが叫ぶ。その声に、居並ぶ議員も、そしてニコラオスらもびくりとしてウルバヌスの顔を見る。

「この夏至の日、東の皇帝は崩御し、皇太子と第三皇子が対立して乱を生した。その中で、皇太子は〈聖婚〉の皇子は贋者であると暴いたのだ!」
「何ですと! それはまことですか!」
 
 議場は驚愕の声に包まれる。

「〈禁苑〉はおろかにも、贋の皇子にも気づかず我が女王家の姫と娶せ、〈聖婚〉の皇子としてアデライードの王位を求める兵を起こさせた。その結果、皇帝は崩御して魔物が地に溢れた。全ては〈禁苑〉と帝国の欺瞞が招いたことに他ならぬ!」

 ウルバヌスが立ち上がり、拳を握りしめて元老院の議員たちに説く。

「そのような偽りの皇子に穢された王女を、女王として戴くことなどできようか! そのような偽りの女王を押し付け、偽りの〈聖婚〉で我が女王国の危機を招いた〈禁苑〉の教えなど、奉ずることができようか!」
 
 ウルバヌスが〈禁苑〉を詰る怒声に、さすがに議員の中にははっとして周囲の者を見回すような表情をする者もいた。だがウルバヌスは畳みかけるように訴える。

「女王の結界の破れが空位のためであるならば、女王を戴けばよい。我らにはアデライード以外に、正統なる女王がいる! アルベラを! アルベラをこそ女王として戴くのだ! その上で偽りの女王を押し付ける〈禁苑〉とは決別し、ふるき神々の名の下に、新たな女王国の礎を築くべきだ。そうすれば陰陽の乱れも収まり、魔物の禍も去る!」
「アルベラ女王の即位を支持いたします!」
「我らが誠心をもって、アルベラ女王にお仕えいたします!」
「女王を、我らのアルベラ女王を!」

 イフリート支持の貴族たちが次々と立ち上がり、アルベラ女王待望の熱狂が沸き起こる。その様子を目にしたニコラオスは、それがウルバヌスによって予め仕込まれていた茶番であると気づくが、単なる一聖騎士に過ぎぬ彼にはいかんともしようがない。
 
「アルベラ女王! アルベラ女王!」
「アルベラ女王の登極を! アルベラ女王!」

 熱狂が煽られて議員たちが口々に叫ぶ中で、ウルバヌスが一際大声で叫んだ。

「我らが正統なる女王を認めず、偽りの女王を押し付ける、〈禁苑〉とは決別すべきとは思わぬか!」
「当然だ! 偽りの女王など、必要ない!」

 ドスドスと足を踏み鳴らし、次第に議場は狂熱を帯びていく。
 
「まずは我らが女王国の喉元に刺さった、カンダハルの憎い帝国軍を蹴散らし、アデライードに鉄槌をくれてやろうではないか!」
「帝国を蹴散らせ! アデライードに鉄槌を!」
「その上で正統なる女王アルベラを戴き、旧き神の下に忠誠を誓おう! 我らが女王と、イフリートの旗のもとに、泉神への信仰を取り戻すのだ!」
 
 ウルバヌスの絶叫を、議場の興奮が呑み込んでいく。その様子をニコラオスとその息子フィリッポスは茫然として見つめるしかなかった。

 ウルバヌスと元老院はその日、アルベラの女王即位とカンダハルの奪回、そして、〈禁苑〉の教えからの離脱を決定した。


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