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6,夏至

夏至

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 帝都に至る街道を、ウーフェイを中心とする百騎は駆け続けに駆けた。口を開ければ舌を噛んでしまいそうなスピードで駆け、途中、ただ水を飲むための休憩中に、ウーフェイはゾラから、今回の叛乱についての説明を受けた。太極殿で文官が皆殺しにされたことに及んで、さすがの豪胆なウーフェイも絶句する。

「文官皆殺しとは……何たることだ。新しい世が聞いて呆れる」
「そろそろ行こうぜ。正午には処刑が始まっちまう」
 
 一行は馬に跨ると、再び北へとひた走る。昨日の騒ぎが宮外にも聞こえているのか、街道も人気はなく、閑散としていた。帝都の南門に到着するころには、太陽が中天にかかろとしていた。

「やべぇ、もう正午だ!」
「……時間がない。……者ども! 強引に突破するぞ!」
オウ!」
 
 州騎士団の百騎は、制止ししょうとする門馬の衛兵を振り切り、一気に城門を突破した。それと、帝都の鐘楼が正午の鐘を鳴らすのがほぼ同時であった。

「間に合ってくれぇ!」

 ゾラが借り物の馬の馬腹を蹴って、スピードを上げる。それにテムジンが続き、ウーフェイ以下の州騎士団も後に連なる。
 帝都の大路を全速力で駆け抜ける集団を、民衆は恐ろし気に見送る。集団の先頭に立つゾラは、宮城の門前に高く組まれた臨時の櫓のような場所に、数人の武官が縛られて立っているのを目にした。その櫓の直下で、団長らを奪回しようとする帝都騎士団の茶色い鎧と、防ごうと警備する皇宮騎士団の赤い鎧が揉みあっている。しかし、櫓の下の乱闘するをよそに、刑吏と思われる者たちが櫓に登り、処刑を強行しようとしていた。
 
「テムジン、ウーフェイさん、俺が突破するから、援護頼む!」
「承知!」

 ゾラは馬の尻に一鞭当てると中腰の状態でふわりと飛んで、乱闘する一団を飛び越えて櫓の下に至ると、背中に隠していた短剣を取り出し、投げ上げる。正確に刑吏の額を貫いて、刑吏が血を吹きながら櫓から転げ落ちる。ゾラは走っている馬の鐙から足をぬき、馬の鞍に登って両腕で櫓を掴むと、ひらりと櫓に飛び移った

「ゾラ! おぬし、生きておったのか!」
「親父! 貸しにしとくぜ!」

 そう言うと借り物の剣を抜いて後ろ手に縛られている父親の縄を斬り、その直後にくるりと振り向いて、突進してきた別の刑吏を袈裟懸けにする。櫓の上に侵入者を認めた騎士が殺到しようとするが、ゾラが乗り捨てた馬がそのまま走り抜けて彼らを馬蹄にかける。テムジンとウーフェイやその配下が、櫓の下に突入してゾラを援護する。

「兄者! ゾラ!」
「クーフェイ!」
  
 帝都騎士団を率いてきたゲセル家の三男が、やはり櫓の上に登り、父親を解放する。それから同様に縛られていたマフ家のジューイと、親衛隊長のソルバン侯爵の縄を切り、他の帝都騎士団の仲間が寄せてきた馬に彼らを誘導する。

「おのれ、新帝陛下に逆らうか!」

 櫓に登ってきた叛乱側の騎士が、ゾラに剣を打ち下ろすのをひらりと躱し、躱されてたたらを踏んだところを、ゾラは後ろからその尻を蹴り落とす。次の男と対峙して、ゾラはそれが見習い時代からの旧友、リオだと気づく。

「ゾラ! お前……お前は解ってくれると思ってたのに……だから昨夜、俺はお前に会いに行って、説得するって……お前が逃げたせいで、俺はっ! 裏切り者だって疑われたんだぞ! お前を説得できれば、親衛隊に採用されるはずだったのに!」
「俺が逃げたおかげで出世の道が絶たれちゃった? 俺が親父や主君を見殺しにするはずねぇだろ。あーんなクソ皇子の親衛隊なんて、貧乏くじもいいとこだぜ!」
「うるさい! いつもいつも、お前はフォーラ家の跡取りだからって、いい加減な男のくせに、大事にされて……俺だって! 俺だって皇家に直接仕えて何が悪い!」

 リオとゾラは帝都騎士団で見習い騎士になった時、同期だった。その頃のゾラはあまり身体も大きくなく、リオの方が強かった。だがそんなのはもう、十五年も昔のことだ。団長の息子だったゾラは、見習いの時はいろいろと嫌がらせやら、陰に籠ったイジメやら、あった。自分で解決させろ、というゾラの父親の意向もあり、表だってはイジメを注意する者もおらず、上層部の黙認を見て、かなりえげつないイジメもあったのだ。ゾラは腕を磨くことでイジメを実力で跳ね返し、十五の歳には見習いトップの成績で正規の騎士になった。巡検に出て腕を認められ、皇宮近衛騎士に推薦されたのだ。――つまんないからすぐやめて、皇子の侍従武官になったのだけれど。

 カッコ悪いから、ゾラは自分の苦労話を人に語ったりはしない。――女を口説くのに苦労した話とか、女で失敗した話とかは、面白おかしく語ってしまうから、話だけ聞いたら、ゾラは努力も苦労もせず、女遊びしかしていないように見える。しかし、さほど体格的に恵まれていないゾラが、皇子の筆頭侍従武官としてやってこれたのは、彼が表に出さない地道な鍛錬の賜物だ。けして、家柄のせいだけじゃない。

 飽きっぽいゾラが、十年も同じ主君に仕えていられるのも、恭親王がゾラの実力をきちんと評価してくれるからだ。ゾラを貴種という色眼鏡で見ることなく、ゾラが内心に抱く、身分制度への不信感もちゃんと理解してくれている。――いや、あの人自身、それを理不尽だと思っている。ゾラはそれに共感できるのだ。
 
 だからこそ、ゾラは恭親王あの人に仕えているのだ。皇子だから、親王だから仕えているわけじゃない。
 
 ゾラは剣を構えてリオに言った。

「俺に勝って、フォーラ家の跡取りの首だと持っていけよ。俺は皇帝だろうが何だろうが、あんなクソ皇子のお側なんて、死んでも仕える気はねぇけどな!」
「言ったな!」

 リオが上から剣を振り下ろす。もともと大柄だったリオは、今でもゾラより頭一つデカい。でもその剣の切れは大味だとゾラは思った。――同じような体格なら、ゾーイの足元にも及ばない。
 あっさりとそれを受流し、剣を弾き飛ばす。身体を低くして剣を横に薙ぎ払う。リオはその剣を何とか避けようとするが、脹脛ふくらはぎを掠って血が飛び散る。

「うぐわっ! 卑怯な!」
「足がお留守だからだよ!」

 それでもリオは剣を返し、何とかゾラの攻撃を躱す。二合、三合と剣を合わせるうちに、圧倒的な技量差があることが、リオにもわかってくる。

「くそっなんで! 昔は俺の方が強かったのに!」

 そう、昔は――。平民出の多い帝都騎士団で、イジメに合うゾラを庇ってくれたのもリオだ。曰く、好きで団長の息子に生まれたわけじゃないだろう、と。お邸育ちのゾラが行ったこともない、屋台や場末の店での買い食いやら、悪い遊びやら。リオとは仲がよかった。――ゾラが、皇宮近衛騎士に推薦されるまでは。

 あれを切っ掛けに、リオとゾラの仲はおかしくなった。リオは、ゾラの実力に目を瞑り、貴種の跡取りだから認められただけだと、思い込んだ。

 八合目、リオが渾身の力でゾラの剣を折ろうとして叩きつけるところを、するりと剣身をなぞるようにしていなすと、そのまま手首を返してリオの剣を絡めとり、弾き飛ばす。あ、とリオの注意が飛んでいく剣に逸れた瞬間に、ゾラの剣がリオの頸動脈を正確に捉え、血が噴き出した。

「くそお!……身分の差がなけりゃ……」

 鮮血をまき散らしながら櫓の上に斃れたリオを見下ろして、ゾラがぽつりと呟く。

「全くだな。……身分の差さえなけりゃな……」

 周囲でも、戦闘は終わりつつあった。
 州騎士団の百騎が加わったことで、クーフェイらの奪還計画は成功裡に終わる。帝都騎士団は彼らの団長や貴種の武官家の当主を奪回し、第三皇子賢親王エリンの指揮のもと、新帝に対して反旗を翻す。

 夏至の日、帝都は二つに割れた。
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